いつか神を滅ぼす日のために 作:観察者X
我ながら何でこんな面倒臭い設定にしたんだ。
エルフ王デケム・ホウガンの崩御および新王レクス・セントラムの即位。
その二つの情報は、法国の前線基地の完全崩壊とともにエルフたちに瞬く間に広がった。
新王は現在、法国がこの数十年で大樹海内に作り出した基地を破壊して回っている。それは驚くべき速度だ。超越者たるエルフが本気で動けばこれほどの戦果を当たり前に出せるのだという証左だった。
「ん~、ちょっと順調すぎて怖いな。というか、スルシャーナたちって一般兵には名前を伏せているみたいだけど……何で? 神になったんだからもっと自己顕示欲全開でいこうぜ」
新王は戦場に出ている全てのエルフに撤退を宣言した。理由は邪魔になるからだ。その圧倒的力を見てしまえば納得しかない。弱者の手助けなど、超越した強者からすれば煩わしいだけだ。
レクスは全エルフに改宗を求めているが、逆を言えばそれ以外で圧制とされるようなことはほぼない。強制的な改宗も立派な圧制だが、先王と比較すればマシだ。そもそも、改宗に期限はつけていないし、罰則も言い渡していない。王としての命令ですらなく、一個人としての要望だ。
大神コスモス。それがレクスが提示した新しいエルフの神の名前。
「あいつらに抵抗して~、僕も~、神様を名乗るよ~。正体は隠すけどね~」
王の覚えを良くしようと改宗を宣言するエルフは多い。一種の同調圧力が生まれ、王都内では改宗について新王派と保守派で対立が生まれていた。もっとも、以前の在り様を思えば考えられないことだった。デケムの言うことが絶対であったからだ。
子どもを戦場に出さなくていい。娘や妻を差し出さなくていい。気まぐれで殺されるようなこともないし、法国の人間を追い払ってくれる。
都市を守護する巨大な獣まで配置してくれた。先王が使役した精霊にも劣らない威容を放つ白い虎だ。何でも新王が崇拝する神の眷属らしい。
「白虎を永続召喚状態にしといて、都市を守らせよう。留守を襲われるのも気に入らないしね。名前は『ウェス』で」
突然出現したとはいえ、そんなことがどうでもよくなるくらいに、彼らにとってレクスは救世主であり理想的な王だった。これからエルフたちとどう向かっていくかはレクス本人ではなく、その本体たるネロの動向によるが、ネロにしてもエルフたちを悪いようにするつもりはない。彼らは被害者だからだ。ネロはエルフに対して責任と義務があるからだ。
六大神の正体が、ネロの仇敵たるスルシャーナたちだったのだから。
怨敵スレイン法国。ネロはエルフたちの味方であり続ける。彼らを虐げてきた法国を裁くという大義名分は、ネロ・ネミートスのルールに則したものなのだから。
ネロは待っていた。
こうして法国の基地を潰していけば、必ず神となったあの六人組が現れるはずだ。自分が出ては逃げるかもしれない。レクス――灰神の使徒ならば、レベル百プレイヤー一人でもなんとか勝てるラインだ。一人か二人をおびき寄せるには絶好のラインだ。
もしも現れたならば、ワールドエネミーたる自分の暴力を見せるとしよう。まだ完全異形形態にはなっていない。だからこそ、彼らで初披露にするつもりだ。これ以上ふさわしい相手はいないだろう。本来ならば、ユグドラシルが終わる前に最後の花火として彼らと戦うつもりだったのだから。
神になったおまえたちに、魔王という理不尽を教えよう。
「ああ、楽しみだ。これほどドキドキする公演は初めてだ。ユグドラシルの十二年でも滅多になかった。憂さ晴らしの相手、ちゃんとしてもらうぜ? 我が親愛なる旧友たちよ。……なんちゃって」
運悪く生き残った兵士、あるいは実験も兼ねて蘇生させた兵士から慣れない拷問で聞き出した情報は有意義なものだった。
特に「六百年」という月日は大きかった。アンデッドのスルシャーナはともかく他の五人は種族を変えるなりして生きている可能性が高い。寿命で死んだなど考えない。大罪人によって追放されたなど嘘っぱちだ。そんな風に逃げるなど許されない。ネロの知らない所で死んでいるなど、どう考えても罪だ。
「あいつら、僕のこと忘れてねえよな?」
もしも忘れていたというのならば、思い出させるだけだ。あのユグドラシル最後の戦いとともに。勝利した襲撃者であるスルシャーナたちにとってはあの戦いは過去だろう。だが、ネロにとってはまだ続いているのだ。あの憎悪が、あの憤怒が、あの後悔が。
あの戦いを忘れるということは、あの六人を許すということだ。あの時のあの言葉を許すということだ。演劇都市コスモスウェイを、自分の子どもと言うべきNPCを忘れるということだ。
だからネロは忘れない。だからネロは許さない。あの戦いの記憶を何一つ捨てることなどできるはずがない。現在と違ってゲームの中だったとしても、あの痛みは確かにこの胸に残っている。だから、ネロは世界喰いになった。プレイヤーであることを捨ててでも、果たすべき復讐があった。
「もう遊びじゃすまない。世界が壊れるほどに殺し合おうぜ、スルシャーナ」
■
時を同じくして、ある墳墓で、ある不死者の王が、自分の名前を変えた。
「これより私の名を呼ぶ時は、アインズ・ウール・ゴウンと呼ぶがいい」
それはユグドラシルにおいて、伝説的な集団の名称。最悪のDQNギルド。魔王の軍勢。わずか四十一人で千五百人の大侵攻を返り討ちにした理不尽の具現。
そのまとめ役にして最後のひとり、モモンガは十二年の付き合いになる名前を捨て、「アインズ・ウール・ゴウン」と名乗ることにした。ギルドの全てを背負うと決めたのだ。
――仲間たちよ。もしも栄光ある名前を一人で独占することに異論があるというのならば、ここに来て告げて欲しい。その時は潔くモモンガに戻ろう。
「アインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ」
モモンガ改めアインズは、シモベたち――仲間たちの子どもと言うべきNPCに対して宣言する。
「アインズ・ウール・ゴウンにこそが大英雄だと、生きとし生ける者全てに教えてやれ。このアインズ・ウール・ゴウンこそが最も偉大なる存在だと知らしめるのだ!」
この世界にいるかもしれない仲間たちにも届くように。
戻ってくるはずもない友人たちの帰還を信じるその姿は、旧友を仇敵と憎む世界喰いと同じくらい哀れなものだった。
世界の頂点に立ち栄光を目指す魔王。神の破滅を願う世界喰い。
両者の出会いはそう未来の話でもない。
■
一人の男性が、神殿の会議室から退室した。
影のような噂でしか存在を聞かないような非合法部隊。スレイン法国神官長直轄特殊工作部隊群、六色聖典。その中でも、漆黒聖典は死の神スルシャーナが追放されたという神話に基づき、存在しないことになっている。
彼はそんな部隊の隊長だった。第一席次『漆黒聖典』。部隊の名前を異名としてそのまま冠することを許されるほど力を持った彼は、最高執行機関から任務を授かった。人類の明日を決定するかもしれない重要な任務を。
「悪いことは続くものね」
隊長に声をかけてきたのは、十代前半に見える少女だった。奇怪なことに髪と瞳の色が左右で違う。片方は目が覚めるような白銀で、もう片方は全てを飲み込むような漆黒。
血と血の掛け合わせによって有り得ない確率で生まれた存在、漆黒聖典番外席次『絶死絶命』。
彼女の存在は漆黒聖典の中でも特に重要機密とされている。最高執行機関のお歴々を始めとする法国の中枢を除けば、漆黒聖典の同僚の何人か知らないはずだ。……漆黒聖典着任時に自分の能力を過信しすぎて傲慢になった者は、その態度を改めるため、彼女にその鼻をへし折られる。彼女を知っている漆黒聖典メンバーとはつまりそういう者たちだ。隊長自身、過去にボコボコにされた経験がある。
「エルフに前線基地が破壊されたかと思ったら、土の巫女姫が謎の爆発に巻き込まれて死ぬなんて」
「神官長たちは謎の爆発を復活した『破滅の竜王』と断定しました。これより、最秘宝を纏ったカイレ様を漆黒聖典全員で護衛し、『破滅の竜王』を支配しに行きます」
「そう。私の方は準備がもう少しかかるそうよ」
「……例の、エルフの新王ですね」
先日、エイヴァーシャー大森林の三日月湖に建設中の前線基地がエルフの襲撃によって崩壊するという事件が起きた。犠牲者の正確な数は把握できていないが、中継基地まで逃げられた生存者が十数名程度というだけで危険性を理解するには十分だった。
襲撃してきたエルフはなんと単独。生存者の話を整理すると、エルフ王の崩御というとんでもない事態が発生したらしい。基地襲撃の下手人こそはエルフの新王を名乗り、法国に宣戦布告。先王を殺害したのは新王で間違いない。そして、今現在、その新王は大樹海のあちこちにある法国の拠点を襲撃して回っているらしい。何かの間違いだと疑ってしまうほど恐ろしい速度で。
この拠点襲撃には規則性があることが判明し、最高執行機関は絶死絶命を出撃させ、これを撃退することを決定した。
「貴女以上の適任はいないでしょう」
絶死と隊長は法国内には三人しかいない「神人」だ。
六大神の血を覚醒させた存在、神人。英雄や逸脱者さえ超えた法国の最終兵器にして人類の切り札。八欲王などの血を覚醒させた存在はまた別の呼称で呼ばれる。
絶死は六大神の末裔であると同時に、八欲王の血も引いている。百年前、デケムが当時の法国の切り札であった女性を犯し、孕ませた。女性は奪還され、産んだ子どもこそ絶死だ。そして、一連の因縁こそ現在まで続く戦争の発端だ。つまり、エルフと法国の戦争は彼女がエルフ王を殺すために起きたと言っても過言ではない。
現在の彼女は心中穏やかではないはずだ。母親から託された自分の存在意義の一つを奪われた形なのだから。
もしも『破滅の竜王』復活の予言と謎の爆発がなくとも、エルフの新王暗殺に隊長を含めた漆黒聖典が出撃した可能性は低い。
「聞いた話だけど、新しいエルフ王は左右で瞳の色が違うそうよ」
それは隊長も聞いている。曰く、王たるエルフの諸相。他ならぬ目の前の彼女が該当し、デケム・ホウガンの特徴として知られているものだ。
「もしかしたら、私の兄かもしれないわね」
「可能性は高いでしょうね」
隊長はそう言うが、最高執行機関はほぼ確信していることを知っている。新王はデケム・ホウガンの実子であり、番外席次の腹違いの兄に該当すると。
「だとしたら、私と同じようにあの男の存在は喉に刺さった骨だったのかしらね」
新王レクス・セントラルを名乗るエルフの情報は少ない。皆無と言っていい。強いエルフならどこかしらで戦果を挙げていそうなものだが、これまでのエルフに関する情報で彼らしき影はどこにもない。現在捕虜にしているエルフたちにも尋問が行われているそうだが、それらしい情報は何一つとして得られていないそうだ。王都以外で縁があった女エルフとの子どもではあり、最近父親を捜してエルフの都にやってきたのではないかという意見もある。
対して、デケム・ホウガンのこれまでの行動や彼を殺しているという事実から考えると、絶死の推測もあながち外れてはいないだろう。無論、強者との間に子どもが作れるのならば人格などどうでもいいと考える酔狂な女エルフが母である可能性だって捨てたものではないが。
「兄と私、どっちが勝つと思う?」
絶死が隊長に色の違う瞳を向ける。そこに宿る光の正体は、好奇心であり、喜悦であり、戦闘衝動だ。
「貴女ですよ」
即答だった。
敵の力が未知数である以上、軽率で安直な回答かもしれない。しかし隊長は絶死の勝利を疑っていない。彼女の知る全ての者がそうであるはずだ。血を覚醒させた強さや六大神の遺産たる武装もそうだが、彼女には常識外の切り札が二つもある。神が相手でもなければ負けるはずがない。
「そっか」
隊長の答えを予想していたのか、素っ気ない反応だ。彼女もまた自分の勝利を疑っていないはずだ。
「あの男にぶつけるはずだったものは、兄に受け取ってもらいましょう。勝手に妹のものを盗ったんだもの。責任を取って、ちゃんと憂さ晴らしの相手をしてもらわないとね」
新王は超越者としての実力で次々と樹海内の基地を破壊している。最強存在がどういうものかの証明だ。対して、遥か昔に結ばれた竜王との契約もあり、絶死はそれほど戦闘に出られるわけではない。
だからこそ、今回絶死と漆黒聖典はそれぞれの任務をこなす。法国に逆襲せんとするエルフを討ち取ることも、世界を滅ぼす力を持つ竜王を支配下に置くことも、人類の未来のためには必要なことだ。
「貴女のことです。万が一など有り得ないとは思いますが、相手も未知の存在です。くれぐれもお気をつけて」
「ええ。貴方たちもね」
「では失礼します。ご武運を」
お互いに、相手が任務を失敗するはずがないと確信をした上で、絶死は隊長の背中を見送る。
二人の神人は知る由もなかった。これが今生の別れになることを。そして、これから法国が滅亡に向かっていくということを。そのきっかけを、他ならぬ自分たちが作ってしまうことを。
ちなみに、ネロがこの時点で法国軍に半異形形態・完全異形形態の姿を見られていたら「エルフが竜王を従えている」という勘違いが発生して漆黒聖典フルメンバー+最秘宝で大樹海ルートなのでシャルティア洗脳事件回避ルートに入れました。
このルートは、漆黒聖典の被害は増えるんですがナザリックが敵に回らず、諸々あってナザリックがネロを倒すルートでもあるので法国大勝利(原作比)となったでしょう。