私の持ってる情報を伝える。
『やつら』のタイプは大きく分けて3つ。人型、肉塊、動物型。
人型はこっちが気づかないふりをしていれば襲ってこないけど、執拗にいやらしく揺さぶって来て、殺しに来る。多分、知能がある。
肉塊は周回をしているけど、あいつらの感知範囲に入って気づかれるとものすごい勢いで襲って来る。
動物型。これはあんまり見ない。ネズミの化け物もそう。短絡的というか機械的というか……音に反応するタイプ。
基本的には距離を取って隠れる以外に方法はなくて、倒そうなんて思わない方が良いよ、ということを付け加える。
「やっぱそうか……そういう感じか……」
と三島君。
そういう感じ?
「でもさ、オレ、肉塊も、人型も潰したぜ?」
誇らしそうに。
「え?」
「いや、凄い勢いって言ったけど、そんなでも無くてさ。バッドとか自転車とか、色々近くにあったのを使って、なんとか。美空さんから引きはがした後、オレもずっと追いかけられてるのがしんどくて、一か八かで反撃したんだ。そしたらなんとかなってさ……。さすがに疲れたから、ここで休んでたんだけど……」
「そうなの……?」
ああ、そうか。
ものすごい勢いで殺しに来たのって、周回後半だっけ。最初は確か……弱かった気がする。じゃあ、この世界はまだ一週目に近いのかな。
それはそれで、凄いな、二人とも。ループしてる感じはしないし……死なずに乗り越えてきたんだ、この世界を。私が来るまで。
それは凄いな……。
三島君がふいに立ち上がった。
「ちょっと待ってて。外の様子見て来る」
「えっ、ちょっと……」
やめてよ、勝手なことは。
「大丈夫。ほんとにちょっと見て来るだけだから、すぐ戻るよ!」
三島君は私にサムズアップして笑い掛け、行ってしまった。
美空ちゃんがすすす、と私に寄って来て、言った。
「律、彼と仲良しなの?」
「え、まあ……クラスメイトだよ」
「ふうん……」
「どうしたの? なんでもないよ?」
なんとなく分かる。
大好きだった従姉の天然さが、今はめんどくさい。普通のときだったらそういう話も付き合うし、私も楽しいけど、ちょっと今は気分じゃない。すごく疲れてる。
彼が私に告白して、私がフッたと知られるとめんどうくさいことになりそうだな、と思った。
「ただいま。さっきのやつ、いなくなってたぜ」
三島君はホントに直ぐ帰って来た。
「いつでも行けるけど、どうする?」
「うーん、そうだね……」
「アイテム、探さなきゃだろ? なんかアテとかあんのか?」
「あて、ってほどじゃないんだけどね……私のときは、私に関係があるものが世界に散らばってたかな。場所も私に関係がある場所だった」
あの病院も商店街も、東堂さんとは一緒に居られなかった小学校やショッピングモールも動物園も、私が知ってる場所だった。
「二人とも、この辺りに覚えってない? 私は無いんだけど……」
「あ」
反応したのは美空ちゃん。
「思い出の場所とか、ある?」
「公園……かも……」
「じゃあ、行ってみてもいいかもね」
でも、待ってても良い。東堂さんが助けてくれるから。見つけてくれるから。そしたらまた、あの希望の光に連れて行ってくれる。あとは『帰る』ことを選ぶだけ。
三島君が立ち上がった。
「よし! そうと決まれば、行ってみようぜ。と、その前に……ごめん、やっぱちょっと待っててくれるか?」
三島君が早足に家の中をうろつき始めた。
少し時間がかかりそうだなと思って、私は御手洗いに立った。
お手洗いを終えて戻ると、三島君が槍を持っていた。箒の先に包丁を何重にも巻いたテープで固めた簡易なもの。それと、侍のように、腰にバットを数本ぶら下げている。
「なに、それ」
「護身用の武器」
「そう……」
私、戦うなって言ったと思ったんだけど……。でも、美空ちゃんも安心してるみたいだし、まだ一週目みたいだし。良いか。一週目は確か、あんまり覚えてないけど……私も何とかなったような、武力対抗をした覚えがある。
にしては、あのネズミは強すぎたけど。なんだろう。違和感があるけど……。
私たちは家を出て小道を進んだ。周囲には静寂が広がっていて、三人分の足音と、数本のバッドが鳴らす金属と木製の音がリズム的に響くだけ。
怯える美空ちゃんの手を握り(三島君と手を握りたそうにしてたけど)、進む。
「手は離さないでね。私がぎゅっと握ったら、声を出さない覚悟をして。いい?」
かつて東堂さんに教わった合図を、私は美空ちゃんに伝える。美空ちゃんは頷き、私の手をしっかりと握った。
三島君は少し前を歩き、周囲を警戒している。武器を握っている手が緊張で固くなっているのが分かる。その頼もしさに、少し安心してしまう自分がいた。
「なあ、藤砂」
「なあに?」
自分でも驚くほど間の抜けた声が出た。気が緩んでいるのは私も同じらしい。
まあ、一人でいるより心強い。確かに少し、嬉しい。三島君は頼もしいし、かっこいい。東堂さんほどじゃないにしても。
「名前で呼んでも良いかな」
「……」
どうしようかな。別に嫌ではないけど、一度告白を断った間柄だし、距離を近づけるのも良くないんじゃないかな、って―――少し普通のことを考える余裕が出てきた。
私はなんだか久しぶりに笑った。
「いいよ。律って呼んで」
「ほんとう? 良かった。あのさ、オレのことは」
「三島君って呼ぶね」
「あ、はい……」
ごめんね。私から縮めるつもりはないんだ。私の心は東堂さんに向けてるの。
「次の角、曲がって……」と美空ちゃんは震える声で言った。
三島君が、映画の特殊部隊みたいに角を曲がる。背を壁に預けて少しだけ覗いて、手招きして促し、自分が先に行く。ちょっとかっこいい。
少し進んで、ハンドシグナルで止まれ、と。
「やつらだ。肉塊」
「どっち方面に進みそう?」
「左だ」
「左は公園の方だよ……」美空ちゃんが小声で言う。
「迂回するか?」
「いえ、着いていく。距離を取って、気づかれないように」
「ミラーリングって奴か」
「?」
三島君は意味を説明してくれず、ゆっくりと前進していった。
何度か角を曲がりながら、奴らに気づかれないように公園への道を進む。
「人型だ」
「迂回。めんどうなことになる」
「でも、律。公園、目の前だよ」
「分かってるよ」
公園の入り口は目前。
安全圏ではないけど駆け込める距離。
でも、公園の入り口を見張るようにして、絶妙に離れた場所に人型のやつがいる。気づかれなければ通過できる。でも気づかれるかもしれない、微妙な距離だ。
「でもね―――」
「大丈夫だ」
私の言葉を遮ったのは三島君だった。
握った槍を掲げる三島君を見て、美空ちゃんが目を輝かせる。
「絶対ダメ。人型はダメ。あれは厄介なの。知能もある。私は過去、何度もこ―――嫌な目に遭ってる」
「大丈夫だ。言ったろ? さっき、人型を一つやったって」
三島君は爽やかに笑った。覚悟もある。威圧感すらある。自信に満ちていた。
「ダメ」
「信じてくれ、律。公園はもう目の前なんだ。大丈夫、心配しないで。オレが絶対、二人を守ってみせるから」
一拍。
「逃げてばっかりじゃ、ダメだ。見ててくれ、律」
私の目をしっかりと見据えた三島君の一言を聞いて、私は息を吞んだ。
美空ちゃんが私にぎゅっとしがみつく。
三島君は護衛の槍を握りしめて、飛び出して行った。
ばくばく、ばくばくばく。
心臓の音が響く。手が震える。ダメ、戻れ、と叫びたくても、声にならない。気づかれるのが怖い。
「なにが、逃げてばっかり―――」
「ちがうよ、律……っ!」
美空ちゃんが言った。
「怒らないでね……? 多分、彼、そう言う意味で言ったんじゃないと思うわ」
「え?」
「律、気づいてないかもしれないけど、ずっと震えてるんだよ。わたし以上に」
「え?」
言われて気づいた。
震えているのは美空ちゃんじゃなくて、私だった。
「彼、律を安心させてあげたいんだよ。あいつらがただ怖い存在じゃなくて、倒せる存在なんだって、教えてあげたいんだと思う。勝手な人じゃないよ、三島君は。優しい人だよ、律。私も目の前で一体、あいつらを倒してくれたの、見たんだから。大丈夫だよ」
……。
美空ちゃんは能天気に視えて、昔から人を見る目はすごかった。信じる他ない。
でも―――。
あ。
「だから言ったのに……っ!」
「三島君!」
「美空ちゃ―――」
目の前で、人型と戦っていた三島君は、突然現れた二体目の人型に襲われて、槍を失った。バットを腰から引き抜いて応戦しようとして、最初の人型に突き飛ばされる。バットも全部転がった。
「あが、あ」
三島君は強く背中を打ったみたいで、痛みにのたうち回っている。
そんな姿を見て、耐えられなかったのは美空ちゃんだった。
美空ちゃんは私の手を振りほどいて飛び出した。
―――追えなかった。
美空ちゃんは三島君の前に立つ。
物陰に隠れたままの私の脳内で警鐘が鳴り響く。追え、間に合わない。ただ見てることだけしか出来ない。
そして、美空ちゃんの首が―――っ。
「美空ちゃん!!」
赤い噴水が噴き出した。
どた、と美空ちゃんが倒れる。時間が止まったように重い。空気も、みぞおち圧迫される。
噴水を浴びた三島君が苦悶の表情で、私の方に走った。
頭がフル回転する。
すべてを知り尽くしたはずなのに、今この瞬間は、いつだって無力だ。美空ちゃんの笑顔がフラッシュバックする。涙も出ない。知ってるからだ。
―――どうすればいいか。
三島君が私の手を取った。
「えっ」
思わず彼を見る。
苦悶の表情。血の気が引いている。
「やばい、やばい、やばい……!」
それしか言わず、彼は私の手を引いて走り出す。引っ張られるようにして走り出した私も、すぐに自分の力で走り出す。
三島君は私の手を引きながら全力で走る。一瞬だけ、私は美空ちゃんを見た。三島君は振り向きもしない。
……。
後ろからは人型がつきまとってくる。追いつけるけど追いつかないふりをする―――あれはそういう生態だ。見つかったら、終わり。逃げ切るのはすごく難しい。
―――だから、言ったのに。分かってたのに。分かってたでしょ、言ったでしょ。こうなるのは分かってたでしょ。美空ちゃんは死ぬ必要なんてなかった。迂回すればいいだけだった。私は分かってたのに。防げなかった。守れなかった。人が死ぬのを、止められなかった。
ねえ、どうして?
どうして2人とも、私の言うことを聞いてくれなかったの?
私を頼ってくれてたんじゃないの?
私を信じてくれてたんじゃないの?
私のこと好きなんじゃないの?
どうして私の言うことを聞いてくれなかったの……っ!!
悔しい。悔しい悔しい悔しい。防げたのに、守れたのに。なんで急に勝手をしたの!?
直前までうまくやってたのに。私を連れて行ってくれた東堂さんみたいに、二人を連れていけたのに!
私の言う通りにしてれば、うまくいったじゃない!
そうでしょ!?
東堂さんなら……こんなことになってない。
私はあのとき、東堂さんの言うことをちゃんと聞いたもの。だから帰れた。彼に会ってから私は一度も死ななかった。どうして2人とも私の言うことを聞かないの、なんで聞いて貰えないの。どうして、私は上手くいかなかったの。同じことをしてるはずなのに。
私が東堂さんじゃないからだ。東堂さんのように素晴らしい人じゃないからだ。だって東堂さんに下心は一切なかった。最後に『残るか、帰るか』を選ばせてくれたほどだもん。やっぱり東堂さんはすごい。私は外側を真似ただけで、中身が伴ってないんだ。だからだ。そうだよね。
それと、あの2人だからだ。私は東堂さんの言うことをちゃんと聞いた。真面目で良い子だったから。2人は違ったから。やっぱり素直なのが一番だよ。東堂さん。私、あなたの言うこと、何でも聞きます。だから私を救ってください。
息が上がる。全力疾走。鍛えていたとはいえ、入院患者の体力でスポーツ万能少年に並べるわけもない。足がもつれ、息が追いつかなくなる。
三島君は肩越しに私を見て―――手を離した。それどころか……私の腕を使って、私を突き飛ばすようにして。
足がもつれ、前のめりに倒れた。突き出した掌も膝も、太ももも二の腕も傷だらけ。全身が悲鳴をあげる。
痛みで滲む涙で景色が歪む。
遠ざかって行く三島君の背中を見ながら、困惑と絶望が全身を覆う。
「え?」
なに?
え?
なんで?
なにをされたの?
どうして?
―――え?
私のこと、好きって……。
地面にキスをする私のふくらはぎ、太ももを伝い、下着を押しのけ、下腹部から入り込んで来る何かに震えあがる。
絶叫。
暗転。
暗くて臭い下水道。
何も感じないのに、不快感と痛みが記憶に残っている。
「おえ……!」
胃液が喉を逆流する。
「うっ……うぉえ……!」
ぺちゃ……。
暗転。
「……」
手探りでライトを探す。
赤い噴水の光景が頭に焼き付いている。これまでの美空ちゃんの顔、笑顔も泣き顔も、全部が私の責任のように重い。吐き気はある。体も震える。でも、前回のルート、死なずに抜けた感覚を体が覚えている。
「ここ、から、か……は。はは……」
まだやれる。まだ私は折れてない。折れる必要もない。だって今がどれだけ辛くても、東堂さんが来てくれる。絶対に。
大丈夫。ループした。美空ちゃんは生きていて、助けられる。三島君も……パニックになっただけ、ただ普通の男の子だったってだけ……。
「ひっ……くっ……!」
吐き気を堪え、涙を拭う。恐怖も痛みも、すべて次の一歩のための経験だと自分に言い聞かせる。
今度こそと、心の奥で決意が燃え上がる。
東堂さんが来てくれるまで、頑張らないと。
大丈夫。必ず来てくれる。
だって、
東堂さんは、まだ、来ない。