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Confeito near sea space_




Coursing Jackal

 その日、俺はいつもの艦内食堂ではなく、格納庫を一望できる待機所で自販機から出てきたハンバーガーを食べていた。

 

 バンズも合成肉もぱさぱさしていて、野菜も若干しおれている。

 取り柄らしい取り柄と言えば中に入っているピクルスぐらいな物で、そのピクルスも長期保存する為かビネガーが強く利いていて、とても酸っぱい。

 

 けれども人間の舌とは奇妙なモノで、この酸っぱささえも慣れてしまえば独特な旨味を感じるようになっていた。

 

 むしろ、この酸っぱいピクルスとたんぱくな味の肉が、乾燥気味なバンズに合っているように思える。口の中の水分を吸われたところで、科学調味料的な味のコーラを流し込むと、これがまたなんとも絶品なのだ。

 

 ……いや、絶品は言いすぎたかもしれない。しかし、こんなモノでさえも絶品だと感じてしまうほどに、食と言うのは娯楽であると言い切れる。

 

 なにせ、ルナツーからコンペイトウまでの船旅だ。

 

 この果てしなく広い宇宙で、何週間にも渡って艦内という密閉空間で生活するのだ。

 共に乗艦している同僚たちがいるとは言えども、孤独感と閉塞感は計り知れなかった。

 

「にしても隊長、ここ最近はちょいとやり過ぎなんじゃないですかい」

 

 食べ終わったハンバーガーの包み紙を、几帳面に折りたたんで紙ヒコーキを作っていた男――バックス曹長が言う。

 

「一週間前、月のグラナダで戦闘があったという噂を知らんのか?」

 

 グラナダで戦闘があったという噂は、艦長と基地司令部のオペレーターが話していたらしい内容を誰かが漏らしたもので、俺も聞き覚えがあった。

 曰く、エゥーゴが大部隊で攻めて我が軍の巡洋艦とMSを奪取したとか、してないとか。

 娯楽の少ない艦内では、そういった眉唾ものの噂でさえも肴にされるものだ。

 

「エゥーゴが活発になってきているのは事実だろう」

 

 隊長は毅然とした態度で言い放つも、それは隊長としての立場があるからの言葉であるという事は、この隊――ジャッカル小隊のメンバーには丸わかりであった。

 

「そりゃあ自分にだって分かります。けどね、たかだか一隻の輸送艦(コロンブス)護衛艦(サラミス改)二隻の船隊にわざわざ仕掛けてきますかね」

 

「可能性があるから、こうして待機ボックスで()()()ハンバーガー食ってんだろ?」

 

 二人の会話に割って入ったフッカー軍曹は、食べかけのハンバーガーをダルそうに睨みながら言う。

 

「そうですかね? このハンバーガー、けっこう美味しいと思うんですけど」

「はぁぁ……。そういうコト言ってんじゃねーの、少尉どの」

 

 大きなため息をつかれてしまった。

 

 納得がいかないから、確認の為にハンバーガーをもうひと口食べる。

 少し胡椒が強い肉も、嚙みしめれば味が出て美味しい……ような気がする。

 

「ともかく。いつでも出撃できるようにな。コーラを飲みすぎてしょんべん垂らさないよう、トイレには先に行っておけよ」

「隊長はジャッカル隊のおふくろですなぁ」

 

 はははと茶化すように笑いながら、バックス曹長は包み紙でできた紙ヒコーキをヒュッと鋭く投げる。紙ヒコーキは翼に付けられた折り目(エルロン)で空気を受け止めて、ふわりとホップアップするような軌道を描いてから、窓に激突した。

 

 そのまま窓の外を見ると、無重力空間の格納庫でふわふわと宙に浮きながら、整備兵が暇そうに欠伸を漏らしていた。時刻はヒトフタサンヨン。ちょうど昼飯時であり、ぷかぷかと浮きながらゼリー飲料を飲んでいる彼は、昨日のトランプで居残り役(ババ)を引いたのだろう。哀れなり。

 

「はぁ……。今日の献立、好物のミートパイなんだよなぁ……。なぁンでこんなハンバーガー食わなきゃならんのかねぇ」

「いらないんなら俺が食いますよ、軍曹」

「うっせー。ヤロウと間接キスなんざ死んでもゴメンだわ」

 

 やるせなさにがっくりと肩を墜としながら、それでもフッカー軍曹は「軍人の義務だ、これも給料の内だ」と自分に言い聞かせて、ハンバーガーを食べていた。

 

 そんなやり取りから十分も経たない内に、艦内にアラートが鳴り響く。

 

『レーダーが艦影を補足。識別信号なし。ジオン残党かエゥーゴの艦隊と思われる。僚艦(フィジー)よりアイランダー小隊が出撃予定。ジャッカル小隊は搭乗機にて待機されたし』

 

 ブリッジオペレーターが簡潔に状況を知らせる。

 やはり女性の声と言うのは聞き取りやすく、一部のパイロット(フッカー軍曹)に至っては、士気も向上しているようだった。

 

「ッしゃァ! 行くぞ!」

「急くな、フッカー。搭乗機待機だ」

「わーってますよ、隊長。けど、こっちはミートパイ食い逃してイライラしてんだ、ジオンだろうがエゥーゴだろうが、まとめてぶッ潰してやる!」

 

 よっぽど退屈していたのであろうフッカーが、飛び出すような勢いで待機ボックスから出ていくのを見ると、俺はバックス曹長と目を合わせた。

 

「困ったものですねぇ」

「まったくです」

 

 二人で肩を竦めて笑いあい、ラッチに掛けていたヘルメット取って格納庫へと飛び出した。

 

 

 

 格納庫に出ると、つい先ほどまでのんびりしていた整備兵が「機体は万全の状態に仕上げてあります」と声をかけてきた。

 

 本当かどうか疑いたくなるところだが、幸いにもこの船の整備兵は――普段の態度はさておき――とても良い腕をしている。機体を各々の持つ癖に合わせて、完璧に調整してくれるのだから、足を向けて眠れないどころではないのだ。

 

 ハンガーデッキに置かれているのは、四機の《ジム・スナイパーカスタム》。

 

 全機《スナイパーカスタム》と言う編成だが、僚艦(フィジー)のMS小隊である、アイランダー小隊の《ジム・インターセプトカスタム》との連携が前提となっているからこその編成だ。

 

 そもそも、細かい話をするのであれば《スナイパーカスタム》と謳っているものの、その実はエース用の汎用カスタム機だ。むしろ《インターセプトカスタム》の方が機動力に特化していて、局地カスタム機と言えるだろう。

 

 俺が乗り込むのは、《スナイパーカスタム》の二番機。左胸に02と印字された機体だ。

 

 事実上専用機となっている機体に乗り込むと、パチパチと手早く機体を立ち上げていく。

 

 一年戦争以来、何度も繰り返してきた動作だ。身体に染み付いている。

 各種無線装置をオンにすると、正面上部の小型モニターに隊長の老け顔が映し出された。

 

 確かアラサーか、三十ちょいだったかと聞いたが、皺や傷の多い顔は完全に四十代……下手したら五十代にも見える。それほどまでに激戦の地域を転々としてきたのか、はたまた単なる遺伝なのか。この謎は母艦(サモア)の七不思議だ。

 

『全機、準備はできたな』

 

「二番機、行けます」

『三番機、いつでも行けるぜ』

『四番機、問題ありません』

 

『ジャッカル1よりブリッジ、出撃準備が完了した』

 

『了解。現在、所属不明艦より発進したMS隊とアイランダー小隊が交戦中。以降、所属不明艦を敵艦と断定し、ジャッカル小隊はアイランダー小隊の援護に向かってください』

 

 ブリッジから送信されたデータが正面モニターに表示され、簡易的なブリーフィングが開始される。

 

 現在確認されている敵機はおよそ六機。四機編成のアイランダー小隊だけでは不利だ。

 

『さくっと行ってまとめて片付けりゃいいんだ。難しい話じゃねぇ』

『そうも行きません。敵艦も居るのでしょう』

『はい、後方に敵艦が二隻。現在待機中かと思われます』

 

 正面モニターのマップ上に敵艦が二隻、後方に表示された。

 

『この距離だと艦砲戦にはならんか……。戦闘宙域に接近してくるようなら、我々が抑える必要がある。覚えておけよ』

「了解です」

『はいよ』

『了解しました』

 

『みなさん、お気をつけて』

 

 簡易ブリーフィングが終わると、エレベーター前で《スナイパーカスタム》の装備を受け取る。

 

 俺とバックスは、狙撃用(L-3)ビーム・ライフルと、ハンド・ビームガンの標準装備。

 隊長とフッカーは標準装備にシールドを加えた遊撃装備だ。

 

 隊長機と共に機体をエレベーターに乗せて、甲板のカタパルトへと出る。

 

 船外に出ると、上を見ても下を見ても、左右どちらを見渡しても、真っ暗な星の海がただただ広がっていた。唯一上下感覚を維持してくれるのは、モニターに表示される計器(インジケータ)母艦(サモア)の甲板だけだった。

 

『一番機、発進どうぞ。続けて二番機、発進位置についてください』

 

 カタパルトに乗った隊長機が、暗黒の世界へと飛び立っていく。

 隊長機に続くべく、俺も機体を発進位置へと移動させ、カタパルトに固定させた。

 

 そうしている後ろでは、エレベーターでフッカーとバックスの機体が登ってきている。

 

『二番機、発進どうぞ。続けて三番機、発進位置についてください』

「了解。ジャッカル2、出ます」

 

 操縦桿を前へと倒してペダルを深く踏み込むと、カタパルトが作動し、一気に機体が加速。

 それに伴い身体が座席(シート)へ押し付けられるような加速度()が発生した。

 

 舌を嚙まないよう食いしばっている内に加速は終わり、機体が母艦(サモア)から放り出される。

 

 ――こうして宇宙に飛び出すと、毎回恐ろしさを感じてしまう。

 

 もしも、推進剤が切れてしまったら?

 もしも、撃破されて、運(わる)く生きていたら?

 もしも、もしも。

 

 ほんの少し、ちょっとしたコトで、こんなに広い宇宙に身一つで放り出されかねない。

 そんなの誰だってゾッとしないだろう。

 

 だからこそ、なるべく考えないように。隊長機を中心に、編隊位置(ポジション)に着くことに集中する。後方から三番機(フッカー)四番機(バックス)が合流してきて、ジャッカル小隊は編隊を完成させた。

 

『エゥーゴやジオン残党であれば、高く見積もっても《ゲルググ》程度でしょう。さくっと片付けてしまいましょう』

 

 戦闘宙域に近づくに連れて、ミノフスキー粒子の濃度が上がっていく。

 

『全機、そろそろ交戦宙域だ。油断するなよ』

 

 正面モニターに飛び交うビームの光が映った。

 

 交戦を開始する前に、ジャッカル小隊は二機ずつの分隊に分かれた。

 分隊は一番機(隊長)二番機()がA分隊、三番機(フッカー)四番機(バックス)がB分隊の割り振りだ。

 

 隊長をリーダーに置いたA分隊が前に立ち、フッカーがリーダーであるB分隊はA分隊のカバーができる位置に着く。

 

 モニターを望遠モードに切り替えると、友軍であるアイランダー小隊と共に、敵機の姿が見えた。

 

「なっ――!?」

 

 アイランダー小隊の《インターセプトカスタム》に相対しているのは、特徴的な()()()()()()を持つ機体。地球連邦軍初の量産型MSにして、一年戦争を連邦軍の勝利に導いた立て役者。象徴であり、誇りでもあるモビルスーツ《ジム》の原型をそのままに、改修を施した《ジムⅡ》だった。

 

 その数、六機。ブリーフィングで伝えられた敵機の数と同じだ。

 

『おいおい、こりゃどういう事だよ!? なんだって《ジム》同士でやりあってんだ!』

 

 ジオンに鹵獲された……?

 いや、ありえない。()()()()()()()()()()()()()()が、あれは《ジムⅡ》だ。

 仮にも現在の主力機が、六機も鹵獲されるなんて事あるものか。

 

『……分からん。が、アイランダー隊と交戦しているのなら敵だ。叩く!』

「待ってください、隊長。まだ決めつけるのは……」

『連中は本気でやりあってる。戸惑っている間に殺されるぞ!』

 

 そういう訳ではないが、これだけミノフスキー粒子が濃ゆい状況だ。なにかの誤解で戦闘状態になっているだけかもしれない。

 

 うっかり同士討ち(ブルー・オン・ブルー)なんてした日には、()()()()()()()()()になるだろう。

 

『なんにせよ、今は援護に入るしかないでしょうな。このままではアイランダー小隊に戦死者が出かねない』

『そういう事だ。各機、散開。アイランダーを援護するぞ』

『『「了解」』』

 

《ジムⅡ》の部隊を射程内に捉えると、拡大表示された敵機の姿がより鮮明に写る。

 ミノフスキー粒子の影響か、まだこちら(ジャッカル)が出てきたことに気づいていない様子だ。

 しかし、《インターセプトカスタム》と激しい機動戦を行っている最中であり、狙撃するのは困難だった。

 

『先に撃つ。少尉は三秒ずらして射撃の後、俺のカバーに入ってくれ』

「分かりました」

 

 本当に撃っていい相手なのか? 未だに悩んでいる俺とは対照的に、隊長の声は冷徹だった。

 

 隊長の《スナイパーカスタム》が乱戦状態の宙域に銃口を向ける。俺は隊長と横並びの隊形(アブレスト)になり、同じように銃口を向けて、メインモニターに表示された照準(レティクル)で《ジムⅡ》を捉えた。

 

 ――閃光。

 

 隊長機から放たれた光の束は、《インターセプトカスタム》に斬りかかろうとしていた《ジムⅡ》の頭部に命中。直後、メインカメラを失ったことで大きな隙を見せた《ジムⅡ》の胴体を《インターセプトカスタム》のビームサーベルが両断してしまった。

 

 味方機がやられた事に反応してしまった《ジムⅡ》に対して、同情を感じつつも引き金を絞る。

 ほぼ確実に直撃を取れるコースだった筈が、敵が横にスラスターを吹かせたせいで右肩を掠めただけだった。

 

「外れた!?」

『少尉、迷うな!』

 

 内心を見透かした隊長が前に出る。俺の仕事は隊長(エサ)に食いついた敵を仕留めることだ。望遠モードを切って、斜線隊形(エシュロン)へと切り替えながら進出する。

 

 乱戦時に重要なのは咄嗟の判断力と、機体の機動力。

 

 アイランダー隊の《インターセプトカスタム》は機動力に優れていて、普段から乱戦時を想定した訓練を行っている。前衛は彼らに任せて、俺たちは迂闊な敵を確実に墜としていけば良い。普段なら簡単な話なのだが、敵機が《ジムⅡ》と言うのはどうしても躊躇してしまう。

 

「本当に、やらなくちゃいけないのか……?」

 

 溜まっていた疑問を独り呟いてみても、胸のつっかえは取れなかった。

 

 状況は八対五。数の有利を取ったことで、戦いのペースはこちらが握り始めている。

 

 逃げる味方、追う敵。更に敵を追う味方と、その背後を狙う敵。

 激しい攻守の移り変わり。どちらも攻める時と下がる時を弁えている。

 およそ、一年戦争以降に入ってきた新人パイロット(ニュービー)の動きではなかった。

 

『ちっ、中々どうして……』

『こいつら手練じゃねぇかよ! クソっ!』

 

 B分隊も乱戦に参加し始めた、敵を捉えきれていない。

 

「くッそ……!」

 

 敵に食らいついてビームを撃つが、僅かにレティクルからズレて外れてしまう。

 

 あと少し。ほんの数センチと言う所で、敵は巧妙にレティクルから外れる。たった一瞬でも入りさえすれば、狙撃用(L-3)ビーム・ライフルで撃ち墜とせる自信があるのに、歯がゆい。

 

 高機動を続けていれば、人間の肉体はどれだけ鍛えていたとしても耐えきれなくなる。

 

「っ、は――! はっ、はぁっ……!」

 

 隊長と共に乱戦エリアから一度距離を取って、カバーをB分隊に任せる。

 

 ミノフスキー粒子の影響で、至近距離でなければ無線は繫がらないが、こういった場面でスムーズにカバーを任せられるのは、日々の訓練の賜だろう。

 

「あいつら、疲れ知らずですか」

『違うな。連中はリズムを取るのが上手いんだ』

 

 そう言われてハッとした。敵は攻める素振りをみせる事はあっても、無理やり取りには行かず、うまく攻守を切り替えている。

 

「動き、おかしくありませんか」

 

 そう呟いた時、乱戦の向こう側で何かがキラリと光った。

 

散開(ブレイク)ッ!』

 

 隊長も気付いたのか、大声で叫ぶ。

 

 ペダルを踏み込み、編隊が崩れるのもお構いなしに、全力で機体を上昇させ――。

 ――直後、高出力ビームの砲撃が乱戦中の味方を襲った。

 

『――っ!?』

 

 運悪くビーム砲の直撃を貰ったのは、フッカーを援護できる位置(ポジション)に居た、バックス曹長だった。

 

 ピンク色の閃光が《ジム・スナイパーカスタム》の四番機に()()

 そして、()()

 

「バックス……軍曹?」

『おい、バックスっ!! 返事をしやがれ!』

 

 乱戦状態から一度離れてきたフッカーが怒鳴りつける。

 

 ……が、バックスからの返事が二度とないと言うことは誰が見ても明らかだった。

 

 爆発の直前に四番機(バックス)が居た地点の付近には、《スナイパーカスタム》のものと思われる残骸が漂っている……。

 

『こッの、ふざけた野郎がッ……!』

『フッカー下がれ。お前はアイランダーの援護をしてくれればいい』

 

 三番機(フッカー)狙撃用(L-3)ビーム・ライフルを投げ捨て、腕部に固定されたビームサーベルを起動させる。

 そんな状況を隊長が見過ごすわけがなかった。

 

『隊長っ!』

『命令だ、分かるな』

『っ……!』

 

 無線機越しでも奥歯を嚙み締めるフッカーの感情が伝わってくる。

 一方の俺は、まだバックスが死んだことを受け止めきれていなかった。

 

『少尉、ついてこい。バックスの仇を討つ』

『隊長……?』

 

 呆然としている俺をたたき起こしたのは、今までに聞いたことのないドスの利いた声だった。

 

 隊長は火線から逆算して、既に敵の位置を割り出しているようで、迷わず敵の方へと走っていく。俺も慌てて隊長機についていくが、隊長の動きはいつもよりも荒かった。

 

『奴ら、恐らくキャノン・タイプだな』

 

 ビーム・キャノンを装備した機体と言えば、真っ先に思い浮かぶのは《ゲルググ・キャノン》だ。しかし、現状を考えると連邦製のキャノン・タイプ……。《ガンキャノン》タイプか、《ジム・キャノン》タイプも考えられる。どちらもビーム砲を搭載した仕様は高性能機で、敵に回したくない相手だった。

 

 しかし、それは同時に勝機でもある。なにせキャノン・タイプに比べて《スナイパーカスタム》は機動力で優れている。乱戦にさえ持ち込めれば、たとえ《スナイパーカスタム》以上の高性能機だろうと撃破できるはずだ。

 

「見えた! 敵は二機――《ジム・キャノンⅡ》っ!?」

『一番厄介なのが出てきたか!』

 

 キャノン・タイプで最も優れていると言える《ジム・キャノンⅡ》は、《ジムⅡ》と同様に現役で稼働している機体だ。それも、戦時中の高級機である《スナイパーカスタム》とは違い、戦後に開発された高級機で、連邦軍内の()()()()()()であるティターンズに配備されていることが多い。

 

 そんな機体が、()()()敵に回っている。

 

 機動力でこそ《スナイパーカスタム》の方が優れているものの、逆を言えば、()()()()()()()()が《ジム・キャノンⅡ》に()()()()()と言える。

 

「クソっ」

『少尉、しっかり付いてこい!』

「了解!」

 

 威勢よく返事をしたものの、先ほどの乱戦で集中力と体力をかなり消耗してしまった。

 

「(付いていくしかない、が……)」

 

 気持ちはともかく、身体が思うように動いてくれるかは、その時になってみなければ分からない。

 

『来るぞ……ッ!』

 

 望遠表示された《ジム・キャノンⅡ》は、一部の装甲が()()()()()()()()()()()

 先ほどの《ジムⅡ》と同じ色だ。

 

「こいつら、まさかエゥーゴってやつなのか!?」

 

 ()()()()()()()A.E.U.G(エゥーゴ)。ジオンの残党が徒党を組んだだけだという認識だったが、こうして連邦軍の機体――それも()()()――が出てくるのは、連邦軍の上層部が手を貸している証拠だった。

 

「噂には聞いていたが、そこまで腐敗しているのかッ――!?」

 

 砲撃姿勢を取っていた連中に照準を合わせて、射撃(トリガー)

 移動しながらの射撃である以上、牽制以上の効果は期待していなかったが、目的は果たせたようで、敵も位置を変え始めた。

 

「(ここからは機動射撃戦になる)」

 

 狙撃用(L-3)ビーム・ライフルの取り回しは、決して良いと言えない。砲身の冷却とビームの収束の為に、一定時間の間が生まれてしまうからだ。しかし、ビームガンでは重装甲の《ジム・キャノンⅡ》に有効打を与えるのが難しい以上、どうしても狙撃用(L-3)ビーム・ライフルに頼らざるを得なかった。

 

 一方の《ジム・キャノンⅡ》は、肩のビーム・キャノンこそ機動戦には向かないものの、手に持つジム・ライフルは取り回しに優れた実弾武装だ。《スナイパーカスタム》だって、直撃を貰い続ければ、ひとたまりもない。

 当たりどころが悪ければ、一発で()()()()だ。

 

 シールドを持つ隊長機の背後に張り付く形で、敵へと接近する。

 敵も、砲撃姿勢から交戦体制へと切り替えた。

 

 敵はただでさえ重装甲だと言うのに、対ビーム・コテーィングが施された曲面型のシールドまで持っていた。

 

「(防がれるのを承知で胴体を狙うか?)」

 

 距離がある内にビーム・キャノンが放たれる。幾ら盾があるとはいえ、直撃を貰えばバックスの()()()()になってしまうだろう。

 

 なるべく編隊を崩さないよう心がけながら、隊長機と上下に分かれて回避。続けてきたビームも躱す。すかさず反撃の一射を放つも、敵もまた上手く躱した。

 

 さすがに高級機。乗っているのも並大抵のパイロットではない。

 距離を取ったところで意味がないと判断したのか、敵は距離を詰めてきた。

 機動力に劣る部分を、装甲と火力で補おうというのだろう。

 

「く、うぅぅっ……!」

 

 先程の乱戦よりも激しい高機動戦闘。唯一の救いは敵が二機だけで、味方機も隊長だけだから、気を使う相手が減っているということだ。その分、空いた脳のリソースをフル稼働させて、隊長を狙う敵を狙える位置(ポジション)につく。

 

 こちらの動きに気づいてか、敵は隊長へ攻撃を行う前に位置を変えた。その動きに食らいつかんとペダルを踏み込むと、もう一機の《ジム・キャノンⅡ》からビーム・キャノンとジム・ライフルの斉射が飛んでくる。

 

「当てずっぽうの攻撃なんか!」

 

 俺だって、一年戦争から生き残ってきたパイロットなんだ。

 こんな所で、簡単には死ねない!

 

 ビーム・キャノンの弾が右腰を掠めるが、致命傷ではない。

 かすり傷だと無視して、さらに前へと突っ込むようにブーストを吹かせる。

 

「もらった!」

 

 突撃を掛けながら、同時にビーム・ライフルを撃つ。

 直撃コースだ。確実に仕留めたと思ったのに、敵はシールドで防いだ。

 

 いくら対ビームコーティングされているとは言っても、直撃を何発も貰えばシールドだって破壊される。ビームを弾いて無数のヘコみができたシールドを携えながら、《ジム・キャノンⅡ》はジム・ライフルとビーム・キャノンの銃口をこちらに向ける。

 

 すかさず格闘戦用バイザーを下ろして、ボックスタイプ・ビームサーベルを起動。

 

 右方では俺を狙っていた機体に、隊長機がビーム・ライフルを連射している。

 瞬間的にではあるが、一対一の状況が生まれた――!

 

「裏切りものはッ――!!」

 

 左肩を前に出しながら、タックルするような姿勢で一気に接近。

 

 乱射されるジム・ライフルは的確にコクピットを狙おうとしているが、ちょうど左腕が盾代わりになっていた。

 

 肩部のキャノンがこちらを向いて――。

 

「(――今っ!)」

 

 ビーム・キャノンが放たれる直前、一瞬だけの()()()

 

 上昇と違い下降はMSの構造上遅くなってしまうが、それだけに回避は左右か上が定石だ。敵からして、下降は完全にマークの外だった。

 

「消えろッ!」

 

 トリガーを引けば、《スナイパーカスタム》はサーベルが出た左腕を振る――――わなかった。

 

「(なっ、しまっ――!)」

 

 盾代わりに突き出していた左腕。肘にある関節に()()()()()()が出ている。

 バックスを殺されてしまって、頭に血が上っていたのか。そんな事にも気づかなかった。

 

 だが、そんな言い訳は通用しない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――死神が、俺を睨みつける。

 機体越しでも感じられる、明確な殺意。

 思わず操縦桿から手を離し、反射的に身体を守ろうとする。

 一射目を外したビーム・キャノン。その砲口は確実に俺を捉えて――。

 

『少尉ッ!!』

 

《ジム・キャノンⅡ》のシールドを、ビームが貫いた。

 

 二度、同じ場所に被弾したシールドは限界を迎えて、そのまま《ジム・キャノンⅡ》の左肩にビームが直撃。被弾したことでノックバックを起こし、銃口は逸れて、ビーム・キャノンの弾は機体の頭部と右肩の間を掠めた。

 

 敵のシールドを撃ち抜いたビームは、隊長の《スナイパーカスタム》が撃ったものだった。

 

「たい、ちょう……?」

 

 時間がゆっくりと流れていくような感覚。

 隊長の機体もあちこち被弾していて、装備していたシールドも、半壊状態だった。

 

「や、めろ……」

 

 ようやく理解する。

 

 隊長はこちらの援護をする為に、敢えて相対していた《ジム・キャノンⅡ》から視線を逸したのだ。

 

 そんなことをしてしまえば、敵も黙って見過ごす筈がない。

 背後から迫る、もう一機の《ジム・キャノンⅡ》。

 

「やめろォォ――っ!!」

 

 もう、隊長は助からない。

 理解するのとほぼ同時に、俺の身体は今すべきコトを実行していた。

 

 肘が曲がらずとも、肩は動く。

 肩を軸にして左腕を前に突き出し、ライフルを撃つ《ジム・キャノンⅡ》に突撃。

 

 連射されるライフルの弾を機体が受け止める。

 それも構わない。今は、隊長の作ったチャンスを絶対に逃せない。

 

 ビームサーベルの先端が、何層にも重ねられた装甲に触れる。

 

 ――瞬間、爆発。

 先に光ったのは、隊長の機体だった。

 

「ぁぁアァァっ――!!」

 

 続けて、相対していた《ジム・キャノンⅡ》の腹部――コクピットブロックを、ビームサーベルが貫いた。

 

「っ――は、っ。はっ、はっ」

 

 死ぬかと思った。冷や汗が出た。

 何なら少しコーラが漏れたかもしれない。

 

「や、やれ、た……。次っ――」

 

 隊長を墜とした、もう一機の《ジム・キャノンⅡ》。奴を墜とさなければ。

 そう思い、振り返ろうとしたが……機体が、動かない。

 

「な、なんだ……? どうなってるんだ!?」

 

 パワーダウン。

 ジム・ライフルの直撃を受け続けていた《スナイパーカスタム》は、既に限界を超えていた。

 

「うごけ、よ……動いてくれよっ!」

 

 真っ暗な中でぼんやりと光るモニター。予備電源モードは作動している。

 生命維持装置は働いてくれるが、それよりも先にヤツが来るだろう。

 

 無音の世界で、荒く吐いている息の音が聞こえる。

 心音がうるさい。手が震えて、再起動の手順さえまともにこなせない。

 

 カツン。

「ひっ」

 

 何かが機体にぶつかった。軽い音だ。恐らく、破片か何かだろう。

 けれど、ほんの僅かなその衝撃が、心をぐちゃぐちゃにかき乱す。

 

 隊長を殺した《ジム・キャノンⅡ》は、近くにいるはずだ。

 なのに、なぜだ。なぜ、仕掛けてこない。

 

「み、のが……され、た……?」

 

 相打ちになったのだと判断したのか。分からない。

 

 とにかく、状況を把握しなければ、なんの判断もできない。

 

 緊急脱出用のレバーを強く引く。上手く反応しない。

 

 もう一度。もう、一度。

 ……何度試しても、脱出装置が作動しない。

 

 ならば、と手動でコクピットハッチをこじ開ける。

 こちらは素直に開いてくれた。

 

 ハッチの正面には、綺麗にコクピットブロックを貫かれた《ジム・キャノンⅡ》。

 

「脱出パック、持っていかないと」

 

 シート下のサバイバルキットケースを引き出して、中からハンドガン(HcK AP-8)小型バーニア(ランドムーバー)を取り出す。

 

 腰にランドムーバーを取り付けてから、右手でハンドガンを構えて、左手でサバイバルキットケースを握る。

 

「よし……行くぞ」

 

 深呼吸をしてみるも、心音は鳴りやまない。

 自分がまだ生きているのだと知らせてくれることに憎らしく思い(感謝し)ながら、《スナイパーカスタム》のコクピットから這い出た。

 

 外に出て辺りを見渡すと、生き物の気配を感じなかった。

 

 真っ暗な宇宙で、《スナイパーカスタム》と《ジム・キャノンⅡ》が漂っている。

 

 ……ふと、視界の端でパチリと光るものがあった。

 

《スナイパーカスタム》の腹部。ビーム・キャノンを掠めた場所がパチパチとスパークしている。

 

「(やばッ――)」

 

 誘爆。腹部の切れ目から火を噴き出し、機体の推進剤に引火する。

 

 ランドムーバーで距離を取ろうとするが、もう手遅れだ。

 俺は咄嗟に身体を丸めて、後頭部をサバイバルキットケースで守る。

 

 たちまち機体は爆発を起こし、俺は宇宙へと弾きだされる。

 

 頭部への、強い衝撃。

 そして、ついに意識を手放した――。

 

 

 …………。

 

 

 目を、覚ます。

 

 意識を飛ばしてしまってから、ほんの一瞬のことのように思える。

 

 背中に何かが刺さっているのか? 異物感がある。

 足も右脛の辺りに破片が突き刺さっている。

 

 幸いにも上半身は、かすり傷こそ多いもののほとんど無事だった。

 サバイバルキットケースも、しっかり摑んでいたおかげか。

 ケースはボコボコにヘコんでしまっていた。

 

 宇宙の中の、瓦れきの海。

 殆ど身ひとつの状態でふわふわと揺蕩う……。

 

 おもむろにへこんだケースをあけて、中から薬剤を取り出す。

 

「(そう、これ……()()()()……)」

 

 思考にモヤがかかったような状態で、それでも生きる為に必死だった。

 

 左肩のメディカルコネクターに気付け薬を差し込んでやると、頭のモヤが一気に晴れていく。

 自分の身体が、自分のモノでないような。そんな心地よさ。

 

 右足は上手く動かせないけれど、取りあえず上半身が動けば良い。

 

 シグナル送信機とストロボライトを起動。なるべく遠くにいかないよう、近場においておく。

 信号銃は、なにかの光――もう、敵でも味方でもどちらでもいい――が見えたら、使う。

 

 空気は……まだ、大丈夫。だが漏れている。背中と脛に刺さっているモノのせいだろう。

 まずは脛から。補修用機密テープを適当な長さに切ってから、脛に刺さっている破片を引き抜く。

 

「う、っっ――ぁ!」

 

 痺れるような痛みが走る。傷口から空気が抜けていく。

 急いでテープを貼り付けると、右足が熱を持ったように傷んだ。

 続いて背中も、同じように。

 

「いっ、つ……く、うぅぅっ……」

 

 涙が出るような激痛だった。

 けれど破片は無事に抜けて、テープで空気の漏れも塞いだ。

 

 それから、どうしよう。

 なにも、やることがない。

 やる気がおきない。

 

 時計を見ると、戦闘を開始してから、およそ四時間。

 空気は――あと、半日と言った所か。

 気を失っている間に、かなり抜けてしまったのだろう。

 

 救援は、来るのだろうか。

 このまま、誰にも見つけられずに死ぬのか。

 

 広くて冷たい、この宇宙で。

 

 俺は、なにもできなかった。

 頭に血が上って、一人で突っ込んで。

 隊長に救ってもらった。

 

 なのに、このまま死んでいく。

 

 孤独感。

 泣き叫びたいのに、喉から声が出ない。

 

 腹も空いているだろうに、非常食に手が伸びない。

 

「(あぁ、そういえば……)」

 

 出撃前に食べたハンバーガー。

 あれ、やっぱりおいしくなかったよな――。

 

 そっと、瞼を――閉じる。

 

 

 

 身体が、揺さぶられる。

 誰か。見知った声が、聞こえてくる。

 

「――ぉぃ、ぃき――る――」

 

 あぁ、もう。うるさい。

 死に際ぐらい、ゆっくりさせてほしい。

 

「しっかり――きろ――」

 

 気付け薬が切れたのか、全身の痛みが尋常じゃない。

 もう、瞼も開けられない。

 

 ――なのに。誰かが、俺の身体を()()()()()()()

 

 ゆっくり、瞼を開く――。

 視界に飛び込んできたのは、どこか軽薄そうな男の顔。

 

 ジャッカル3、フッカーの顔だった。

 

「目が覚めたか! 待ってろ、すぐに《サモア》まで運んでやるからな」

 

 あぁ、よかった――。

 俺はまだ、()()()()()

 

 

 

 ――――。

 

 

 

 それから、しばらく経って。

 

 あの時の戦闘はエゥーゴによる物資強奪作戦だったと聞かされた。

 

 エゥーゴはジオンの残党どもに手を貸す、いわば売国奴のような奴らだ。

 連邦軍に属していながら、アンチ・アース・ユニオン・グループ(A.E.U.G)などと名乗るのだから滑稽だ。

 

 戦果は隊長が墜とした《ジムⅡ》一機と、俺が墜とした《キャノンⅡ》が一機。それから、アイランダー小隊とフッカーが教導で《ジムⅡ》をもう一機墜としていたらしい。

 

 損失はバックス、隊長、俺の機体と、アイランダー小隊の二番機。

 合計で《スナイパーカスタム》三機と《インターセプトカスタム》一機。

 さらに、()()()()()()()()()()()

 

 やはり、《ジム・キャノンⅡ》は隊長を撃破した後に味方と合流していたらしい。けれど《ジムⅡ》がもう一機墜とされたことで、撤退していったとのことだった。

 

 ――つまり。アイツはまだ、()()()()()

 

 幸いにも、俺のけがはそう酷くはなかった。リハビリも込みで、全治三ヶ月。

 その間にジャブローがエゥーゴによって核攻撃を受けて、その攻撃に()()()()()()()()()()()事を知らされた。

 

 そして、宇宙世紀〇〇八七年の七月。

 ようやく退院した俺は、受け取った指令書を片手に、ゼダンの門の士官室を訪れていた。

 

「少尉、よく来てくれたな。()()()()()()は君を歓迎するぞ」

「はい。ガディ・キンゼー少佐。よろしくおねがいします」

 

 アレキサンドリアのモビルスーツ部隊。

 エリート部隊であるティターンズの一員として、グリプス戦役に身を投じることになった。

 

 全てはエゥーゴを、あの《ジム・キャノンⅡ》を、討つ為に――。

 




『Coursing Jackal』 fin.

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