綾小路がAクラス卒業ではなく童貞卒業を目指す話 作:ファウストの劫罰
本当に突然で申し訳ないのだが、冬に息が白くなるのは何故だか知っているだろうか。
それは…
「恋人だからでしょ」
制服に合わせるには少々派手に思える刺繡の入ったマフラー。
そんなアイテムでさえも見劣りするほど櫛田の容姿は端麗だ。
彼女の口元から出た白い息に目を奪われて少し反応が遅れた。
「…人の心に勝手に割り込むな。というか、なんでそんな芸当が出来るんだよ」
「んー、それも恋人だからかなっ?」
「首傾げても可愛くないから。あざとい通り越して粘っこいから」
通学路の街路樹もすっかり秋の色を失った。
冬と美人の相性は抜群で、心なしか櫛田が普段に増して可愛く見える。
これが盛れるというやつなのだろうか。
そんな寒空の下、彼女と並んで歩いているのには理由がある。
寝坊して別々で登校するような時間がなかったのだ。非常に情けない。
…彼女のテンションが異様に高い理由と一時間遅く起きることになった原因をここでは若気の至りと称しておく。
「白い息見て、朝からおセンチになってる男の方がの粘っこいよ。ダーリンっ」
「北海道の銘菓に倣って、恋人設定の押し売りしてくる方が粘っこいだろ」
「え~。そっち?さっきのは別に定番のお土産の話じゃないんだけどな~」
息が白いのは恋人だから。
そんな珍解答は大喜利じゃないと許されないと思うんだが。
…いや、仮に大喜利だとしても許されないくらいつまらなかった。
「ほら、あんたには隠している白い部分があるでしょ」
「…は?」
一般的ならそれは黒い部分と言うところだ。
だが、こと俺に限って言えば白い部分というのが最適だ。
こいつまさか、どこかでホワイトルームの情報を……
「そっちの話」
櫛田が俺の下半身を一瞥して、吊り上がった口角から発したのは朝夜関係なく最悪の下ネタだった。
喉に絡みついて嚥下出来ないくらいには本当に粘っこい。
櫛田をホワイトルーム関連事情に巻き込んでしまうかもしれないと思った俺の心配を返して欲しいものだ。
「そもそも、色以前に俺は恋人じゃないんだよ―
「あ、ハセっちだ。おはよ~っ」
ぞんざいに流されて、加虐的欲求に駆られた俺がそれを抑え込めたのは前を歩く二人が振り返ったからだ。
歴戦のFPSプレイヤーのような仇名の長谷部と一之瀬だ。
うん、やっぱり冬は割増で女の子を可愛くする。
「一之瀬さんもおはよっ」
「おはよ~。二人とも今日は一段と寒いね~」
「…おはよ。きょーちゃん。……綾小路君」
俺は長谷部のそのおまけのような挨拶と対照的に元気一杯の一之瀬の挨拶に会釈一つで返す。
腑に落ちないのは長谷部の歯切れの悪さ。
大方、俺達の関係性とは程遠い妄想を膨らませているんだろう。
俺がその弁解をするより早く、その空気を余すことなく察知した櫛田はこれ見よがしに俺の腕に抱きついてくる。
「あっ!誤解のないように言っとくけど私達付き合ってるよっ」
「よ、よかったー。やっぱ付き合ってなかったんだ」
「…にゃは。二人には寒さは無縁そうだね…」
「どこからツッコめばいいんだこの状況」
櫛田の発言は何故か本当に誤解を招かず、長谷部はしれっと俺に失礼なことを言い、俺達の事情を知っている一之瀬のその発言には少しの棘が含まれていた。
ボケが事故渋滞。
その状況に立ち往生している俺に構わず理解を超えたスピードで会話は進行していく。
「え~本当に付き合ってるのに!!」
「ないない。その感じ百パーセント噓。」
「噓じゃないもんっ。突き合ってるもんっ!!」
トトロを見つけた女児かお前は。
しかも、微妙にニュアンス変えて伝えようとする遊びもマジでやめろ。
噓や冗談の類じゃなくなるから。
一之瀬とか色々察した感じの目でこっち見てきてるから。
「…てか、櫛田さんの彼氏面出来るのが嬉しいのか知らないけど綾小路君も否定したら?」
的外れなことを言うにしても、俺のこの腕の振りをちゃんと見てから言ってほしいものだ。
170㎞のストレート投げれるくらいの力で振り払おうとして、櫛田の体がちょっと浮いてるくらいだ。
それを逆手に取って、満面の笑みで楽しんでいる櫛田。
父親をアトラクションくらいにしか思っていない女児かこいつは。
「波瑠加ちゃん。二人は仲良しなだけで交際関係じゃないよ。そうだよね?綾小路君っ」
「仲良しでもないけどな。それ以外は一之瀬の言う通りだ」
「…まあ、HONAMIが言うならそうなんだろうけどさ。綾小路君、朝から役得だと思ってない?」
なんだよ、その独特なイントネーション。
サザンオールスターズの楽曲かゲームセンターぐらいでしか耳にしないやつだぞ。
まあでも、随分と一之瀬と仲良くなったようで何よりだ。
一之瀬への信頼と友好度が透けている。
その調子で俺のことも少しは信用してくれないだろうか。
「役得?むしろ損な役回りだ。荷物持ちさせられている気分だ」
腕に押し付けられている二つの物体に対して雪見大福のように柔らかいなとか思う余裕もないほど、肩が痛い。脱臼しそうだ。
「ほんとに~?」
「…今日は珍しく食い下がってくるな。なんだ?思うところでもあるのか?」
「べっつに~?人畜無害で大人しそうな成りしてる癖にやることやってんだなーって思っただけ」
「どういう意味だ?」
抽象的だが言いたいことは何となく分かる。
しかし、酷評にもとれるその言葉の真意は長谷部の口から聞いておきたい。
「櫛田さんに抱きつかれても動じない。女子3男子1の状況でも普段と変わらない。軽井沢さん達やみーちゃん達とも上手くやってる」
「正直、女慣れしてるようにしか見えないってこと」
彼女の洞察力の高さが十二分に発揮された鋭い指摘だった。
どうして、その観察眼が俺だけでなく櫛田に使えないのかが不思議なくらいだ。
「ハセっち。やっぱ分かってるね~。そうなんだよ、私が抱きついても鬱陶しそうにするだけで何も反応してくれないんだよ。酷くないっ?」
「うん。きょーちゃんの言い分も分からなくはないよ」
「だよねだよね。他の男子なんて鼻の下だけじゃなくて他にも色々伸ばしてるのに―
「ストップ」
長谷部は手の平を前に突き出し櫛田を遮った。
良からぬことを口走りそうだったのでナイス判断だ。
そのまま、長谷部は櫛田の腕を引っ張り、俺から櫛田を引きはがしてくれた。本当にナイス判断だ。
「きょーちゃんもそういうところ。男子いるのに下っぽい表現したり、天下の往来で堂々と抱き着いたりするから綾小路君もこんな反応なんだと思うよ」
…その通りだ。
客観的。俯瞰的に物事を考えるのが本当に上手い。
伊達に一人の生活を謳歌していない。その経験が活かされている。
だが、的を得た分析だからこそ、櫛田にとって喜ばしいものではなかった。
だが…
「…分かったっ。じゃあ代わりにハセっちに抱きつけばいいんだねっ」
瞬時に切り替えて、櫛田らしさ全開で長谷部に抱きついて声を弾ませる。
「え、えっ…。き、きょーちゃん重っ!!何もってんの!?」
「あ、重いって言ったな。よし、ハセっちの体重を校内に広めてやる~」
「そ、それはまじ勘弁!!ごめんごめん、私が悪かったからっ!!」
「うーん、どうしよっかな~。私、思ったことポロっと言っちゃうタイプだからな~。えーと、ごじゅう…」
「あああああああああああああああー!!」
…根に持ってる。確実に根に持ってる。なんなら地球の裏側まで突き抜けている。
櫛田からは冗談めかし切れない怨念を感じた。
長谷部は余程俺に聞かせたくなかったのか、櫛田を抱えているとは思えないスピードで走っていった。
「にゃははっ。あれは波瑠加ちゃんの自業自得だね」
「そうだな。Dクラスで穏便に暮らす上で一番してはいけないことは櫛田を敵に回すことだ」
「その理論だと、私は禁忌に触れていることになるかな?」
「穏便に過ごすつもりなんてないだろうに」
俺のその言葉に一之瀬はくすりと笑う。
白い息を一つ吐いて、俺の歩調を合わせて隣にくる。
そして、手の質感を確かめるように指を当ててきた。
「仕方ないよ、意中の人が渦中の人だから」
「俺としては藁にも縋る思いだ。求めているのは平穏な暮らしとそれに寄り添ってくれる付き人だ」
「にゃは、その両立は不可能に近いね」
一之瀬は自分の指を俺の指と絡ませて解けないように固く結ぶ。
「私、綾小路君のためなら何だってする。本当に何だって」
一之瀬が全身全霊を預けるように寄りかかってくる。
「もう綾小路君のもの…なんだよ。私の身体も人生も…」
「…確かに両立は不可能だな。一之瀬が隣にいて平穏でいられるはずもない」
櫛田に抱き着かれても冷静を保っていた心臓が加速を始める。
勿論、櫛田も魅力的だ。
今日だって、何度もその整った容姿に目を惹かれた。
決定的な違いは主導権が俺にあるかないかだ。
「学校。このままサボるか?」
「…にゃは。綾小路君、悪い子だね」
彼女の言う通り、俺は意地が悪い。
一之瀬がこの提案を断れないことを理解しているのだから。
「付き合ってくれるか?」
「うん。私も悪い女だからね」
…精々悪ぶった女止まりだ。
だって、その表情は陰険な女のそれじゃない。
心の底から湧き上がるような優しさで俺に寄り添ってくれるような笑顔だった。
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「もう勉強やだああああああああああっ」
寒空の下の中庭。
小野寺かや乃の渾身の嘆きが水蒸気になって消えていく。
「きよたかくん。ぎゅ~っ」
「ああ。…あれ、みーちゃん少し太ったか?」
「着込んでるだけですっ!!!仮にそうだったとしてもスルーしてくださいっ!!!」
「む、不評か。女性の些細な変化にも気付ける男ってのは難しいな」
「そんなのいらないです。いつもみたいに可愛い一点張りで十分です」
「みーちゃん。今日も可愛いな。ボトックス注射したのかってくらい肌もスベスベだ」
「きよたかくん…?わざとやってるよね…?」
みーちゃんを揶揄うことが楽しい余り、少しセンシティブな例えを出してしまった。
少し反省しないと…。
「もうこのカップルやだああああああああああ」
寒空の下の中庭。
松下千秋の悲鳴に近い慟哭は飛沫になって消えていく。
「松下。別に俺達はカップルじゃないぞ」
今朝の長谷部といい、どうにもこの学校には恋愛脳のカップリング厨しかいないように思えた。
「どこがっ!!その体制、彼氏彼女でも部屋で二人きりの時しかやらないやつだからっ!!」
バっと立ち上がり松下は俺とみーちゃんをビシっと指差す。
もはや俺にとって日常だが、胡坐の上にみーちゃんを乗せて抱擁し合っているだけだ。
「かや乃ちゃんもそう思うでしょ!?」
「…べんきょうこわい」
「ほら、それはもはや体制じゃなくて体位だってかや乃ちゃんが言ってる!!」
上の空で古典落語のような事を呟くかや乃を使って言いたい放題な松下。
ペーパーシャッフルの試験対策が始まってから、俺とみーちゃんが会える時間はこの昼休みくらいに限られる。
それもあってか、アクセルベタ踏みで甘えてくるようになった。
控えめに言って可愛い。
俺以外の男なら一瞬で依存してしまうだろう。
昨今、CBDすら規制してしまう行き遅れた国家だ。
みーちゃんの存在も危険視され、海外逃亡しなければならない未来もあるかもしれない。
そうならないためにも、みーちゃんの良さが世間にバレないように俺が匿うべきだろう。
「みーちゃん。俺達は付き合ってないよな」
「うんっ」
みーちゃんはその質問に景気よく返す。
もう彼女の中では結論が出ているのだ。
「…みーちゃんもそれでいいわけ?」
「うんっ。私に必要なのは恋人じゃなくて清隆君だからっ」
みーちゃんは俺に恋人としての役目を求めない。
その悟りに近い結論に隙はないように思えた。
「千秋ちゃん。もうその二人に何言っても無駄だよ。特別なんだよ」
「…かや乃ちゃんはそれでいいのっ?この二人の無法なイチャつきようを見せられてムズムズしないのっ!?」
「うーん、もう慣れたかな」
現実逃避から帰還したかや乃にさえ、見捨てられて完全に孤立した松下はへなへなと座り込んだ。
「…これ、私が可笑しいの?」
「価値観のズレがそう錯覚させてるだけだ。テストじゃないんだ。正解なんてない」
「てすといやだああああああ」
…あ、テストはNGワードだったか。
というか、俺の価値観なら、いきなり発狂しだす君達の方がよっぽど怪奇的存在だ。
「俺はみーちゃんの価値観に感銘を受けた。好き嫌いの感情は分からない俺だが、必要か不必要かの評価基準は明確だからだ」
「人間関係まで断捨離始める過激派のミニマリストみたいな思考だよ…」
「そこが思考の落とし穴だな。人じゃなくて物に向ける考え方。その固定観念が邪魔をして最初から選択肢として排除される」
感情的ではなく、理論的に取捨選択をする。
少なくとも俺はこの考えに救われた一面がある。
「少なくとも俺が好き嫌いに判断を委ねていたらみーちゃんとの今の関係はなかった」
好き嫌いの感情が必要なものを切り捨ててしまうくらいならそれはもう必要ない。
現代社会で恋人が欲しいと嘆く人の多いこと。
恋愛感情に囚われいるあまり、方向性を見失った結果だ。
彼らがいう恋人の定義は利害が一致しただけの男女が心の溝を埋め会うだけの関係性のことだ。
「…綾小路君はそれでいいのかもね。きっと判断を間違えない。…けど、好きってそういうのを抜きにしても必要だと思えることを言うんじゃないかな」
「あっ、それ!!私もそう思う。綾小路君の考え方に一理あるのは分かるんだけど、恋愛ってそういうことじゃないっていうか…」
俺にとってそれは想像の埒外で未知の領域。
それでも乙女の心情を明かすような二人の言葉は抽象的だが確かな芯があった。
「松下とかや乃は人を好きになったことがあるのか?」
「「……えっ……」」
間。困惑。間。
息も声もぴったり合わせた二人は固まってしまう。
「き、きよたかくんっ。そう言えば、午前中は大丈夫だったんですか?」
流れからして違和感のない質問のはずだったが、機密情報に抵触していたらしい。
みーちゃんの気遣い心遣いが俺の傷口に塩を塗る。
「そ、そうだ!それだ!その話聞きたかったんだよ~。うわ~。あっつ~」
いくらかや乃の基礎代謝がいいとはいえ、この気温だ。お弁当を食べたくらいで汗はかかないだろう。
間違いなく冷や汗である。
「た、確か、茶柱先生が言ってたのは理事長が運転してたダンプカーに轢かれかけて、その事故処理で遅れたんだよね?怪我とかない?」
あの後、茶柱先生には適当にクラスに言い訳するように伝えておいたのだが……。
極秘裏に入手した茶柱先生の由緒ある黒歴史の一つ。
アイコンが真っ黒の別れましたアカウント(茶柱先生が高校時代に付き合っていた彼氏との共有垢)を学校の掲示板に戒めとして晒すことを俺は決意した。
「え、先生は諸事情って言ってなかった?クラスポイントに影響を及ぼす可能性があるから詳しくは二人に聞けって…」
「あ、あれ、そうだっけ。聞き間違いだったかな~あはは」
…おかしかったのは松下の方だった。
普段と同じに見えるが、内心では冷静さを著しく欠いているようだ。
何はともあれ、茶柱先生への信頼が地の底に落ちることは何とか回避した。
だが、諸事情なんて丸投げ同然だ。
バニーガール衣装を着せるお仕置きくらいに留めておいてやろう。
俺は一之瀬が生徒会から抜ける絡みで色々あったのだと適当に説明した。
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「…付け焼き刃とはいえ、よくここまで彼女達を仕上げたわね」
「俺はお飾りの監督だよ。彼女達の努力の成果だ」
恵、佐藤、篠原、佐倉を筆頭に恵グループの学力は目まぐるしい成長を見せている。
否が応でも、勉強をしなければグループに置いていかれる危機感。
ああいうコミュニティの強みが遺憾なく発揮されたと言える。
「それで?私にこれを見せてまで言いたいことは?」
「ペーパーシャッフルまでの残り二週間。俺は好き勝手やらせてもらう」
「やり方は一任する。元々そういう話だった。続きがあるんでしょう?」
「ああ。今の鈴音なら、俺のいう好き勝手が何を指すか分かるはずだ」
「……例の件。それの協力をしろということね」
俺は首肯する。
一之瀬の参入を経て、問題作成の進捗も計画より随分と進んでいるはずだ。
「櫛田さんの相手をする人間がいないと困るんじゃなくて?」
「既に先手は打っている」
櫛田が素直に鈴音と試験対策をやることを受け入れていたのは鈴音の行動を制限できる側面もあるからだ。
俺と不用意に二人になる機会をそもそも失わせていた。
だが今、堂々と教室で俺達が話していても、櫛田はクラスメイトとわあきゃあと雑談に花を咲かせて割り込んでくる様子はない。
「よくあの怪獣を懐柔できたわね」
「笑った方がいいところか?」
「結構よ。全然笑えないもの」
「…何をしたの?いや、ナニをしたのね」
「はっはっは。おあとがよろしいようで」
「ふざけないで」
「すみません」
俺は下手くそな愛想笑いを潜めて、真顔に戻る。
鈴音の言う通り笑えないのだが笑うことでしかこの話題を収束できない。
鈴音の言葉を否定しなかった俺に対して、何とも微妙で複雑な表情だが、細かな事情を聞き出す野望はしないようだ。
「…用意周到で色々とムカつくけれど、それだけ私の力が必要ということでしょう?」
「ああ」
「場所を変えましょう」
公衆の面前で話すわけにもいかない。
俺は手早く荷物を纏めて鈴音と一緒に教室を出ていく。
「…ここなら、誰かが来てもすぐに分かるでしょう?」
「ああ。寒い以外は文句ないな」
連れてこられたのは特別棟の屋上。
ここは櫛田のストレス発散スポットでもある場所だ。
やはり、発想の仕方が根本的に似ているな二人は。
「…貴方、防寒具の一つも持っていないの?」
「こんなに寒くなると思わなかったんだ」
「例年の東京の冬にしては暖かい方だと思うけれど…。南国育ち?」
「沖縄は海風が直通でむしろ寒いらしいけどな」
今までの冬は気温も湿度も管理された施設内で過ごしていたからな。
今朝もそうだったが、冬の色を実際に肌で感じたのは初めてだ。
「それとも……、随分と冬事情に詳しい上に用意周到な貴方がマフラーの一つも持っていないのはこれが目的かしら?」
鈴音の首元のマフラーが俺の首元に伸びてきた。
フルーティーな香りが鼻腔を刺激する。
「もう少し寄ってくれるかしら。届かないわ」
「…そんな積極性を見せられたら明日からもマフラーは持ってこれないな」
「…バカ。今日だけよ。明日からは首を絞めるわ」
「怖えよ」
肩を寄せ合い、一つのマフラーを二人で使う。
それは神様が丁寧に造りすぎたとしか思えない眉目秀麗な顔がすぐそばにくるということで。
人と会話する時は目を見て話せと言った誰かも、この状況なら口を噤むに違いない。
「…あったかいな。これ。どこのブランドなんだ?」
「どこのでもないわ。オリジナルよ」
「…編み物か。お菓子作りといい中々クリエイティブな趣味だな」
「一人の時間が長いと、出来る事も増えるものなの」
「一人の時間ねぇ…」
今となっては、一人で過ごす時間は俺の生活にはほとんどない。
それこそ、今朝は別として通学路くらいだ。
「…ねぇ、貴方変なこと考えてないでしょうね?」
「……それに関しては全くの誤解だ。何のことか一瞬分からなかった」
「…白々しい演技ね。言っておくけど、この年齢ならするのが健全なの。医学的根拠のある健康効果も各国の研究機関に認められているわ」
「おーけー。分かったから。一旦止まってくれ。完全な濡れ衣だから」
「…その濡れ衣は隠語かしら?屈辱ね」
「んなわけないだろ」
威勢よくツッコミを入れるべく、鈴音の方を向くとバッチリと目が合う。
彼女はこの距離でもずっと俺の目を見て話していたようだ。
しっとりとした目で射抜かれて、不覚にも胸がざわついた。
だが、それは俺だけじゃなかったらしい。
「な、なによ。黙ってじっと見てきて」
「可愛いくて見惚れただけだ」
「……ッ」
俺よりもさらに動揺していた鈴音を見て冷静になり、甘言蜜語がするっと漏れた。
相手を取り込むような言葉が脳や心を介さず出せてしまうのだから我ながら中々に腐っているものだ。
「…貴方もその…、格好いいと思うわ」
「そりゃどうも」
「…その淡泊な反応気に入らないわね。私が褒めるなんてそうあることじゃないのよ?」
容姿を評価されて嬉しいと思える人間は大きく分けて二種類。
先天性のイケメン。所謂ギフテッド型。
彼らの特性上、ルックスの良さを自認している。だから褒められると嬉しい。共感できるからだ。
そして、もう一つは努力型。
肌・髪だけでなく容姿に纏わるケアやメイクを入念に行い、少しでも良く見せようと努力を惜しまないタイプ。
彼らは社交辞令の誉め言葉で嬉しく感じる。何故ならそれが、努力が報われた瞬間だからだ。
ちなみに努力型には落とし穴がいくつもある。
代表例はそもそも褒められることをよしとしないタイプだ。
可愛い格好いいを作っていることをひた隠しにしておきたいという心理だろう。
他にも努力をした結果ではなく過程を褒めて欲しいタイプもいる。
天才に天才と褒めると怒られる、あの容姿版だと思っていい。
そして俺は残念ながらどちらでもない。
せいぜい顔面偏差値60がいいとこ。美容に関しても教養はからっきしだ。
「褒められている気はしなかった。だって鈴音は俺の容姿で俺を好きになったわけじゃないだろ?」
「…いいえ、」
「私は貴方の全部が好きよ。そこには容姿も含まれる」
俺は鈴音に全てを見せていない。
それは鈴音本人も知るところ。
それを踏まえた上での全部好き。
これから先、俺から何が出てきてもそれを好きでいる覚悟だ。
「…可愛いな。お前」
「下手な誤魔化しね。貴方、攻撃力は強いのに防御面はペラペラね」
ひよりや櫛田に散々弄ばれている身。防御手段に乏しい自覚はある。
ぐうの音もでなかった。グーパンチは出そうだが。
「仮に俺が紙耐久高速物理アタッカーなら、お前は進化前ポケモンだ。さっきのはココドラLv1の初見殺しの戦略がたまたま成功したようなものだ」
「言ってる意味が全く分からないのだけれど」
「ああ。俺にも分からない。というか、何で俺達ここにいるんだっけ?」
「更年期障害はまだまだはやいわよ……。…あれ、なんでだったかしら」
十二月は始まったばかり。
明日も寒くなりそうだ。
…とりあえずマフラー買お。
性癖超集中一点突破型のyoutuberを最近見てます
これだけで誰のことか分かる人は多分同じ性癖だから話しかけてこないで。