guitarvillain   作:古本

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guitarvillain

 

 

 前世の俺は普通の大学生として過ごしていた。

 友人から今流行っているからと勧められぼざろのアニメを見て普通にハマってしまった俺は柄にもなく音楽でも初めてみようかしら、なんて考えている間に交通事故で死んでしまい、そして転生してしまったらしい。

 

 そのことを思い出したのが、五歳の時。

 そこから俺はどんどんと自分の殻にこもってゆくようになった。

 

 別に妹のように重度のコミュ障という訳ではなかったが、自分の精神年齢は二十歳を超えているのだ。小さな同級生たちを悪く言うつもりはないが、二十を超えた男が幼稚園児と対等なお友達になんて慣れるわけがない。

 前世のころから子供は得意ではなかったし、子供に合わせて遊んだり勉強したりするなんてはっきり言って苦行でしかなかった。

 

 だがそれ以上に俺を蝕むものがあった。

 自分がひどく曖昧で不安定で不自然な存在だという思いが付きまとって離れないということだ。

 だってそうだろう? 「ぼっち・ざ・ろっく!」の世界に後藤ひとりの兄なんてものはどこにも存在しない。自分はこの世界に生まれるはずではなかったはずの存在なのだ。

 

 そもそも、自分が創作の世界に転生するということ自体が意味が分からない。自分の頭がおかしくなったのだと思う方がまだ理性的だ。

 前世の記憶が自分の妄想なのか、それとも今生きていると思っている世界の方がオタクをこじらせた狂人の妄想なのか。そんなことばかり考えていると自分の存在すら疑わしくなってきて気が狂いそうだった。

 

 偽物の世界で、偽物のキャラクターが、偽物の人生を送っている。

 

 「俺」の居場所なんてどこにもない。

 世界に拒絶されたまま、異物として生き、死んでゆくのだ。

 

 そんな考えが昼と言わず夜と言わず、頭の中をぐるぐると回り続けて。

 文字通り腐った魚のような目で生きていた。

 

 はたから見ていれば気味が悪い子供だっただろうに、両親は底なしに優しかった。

 何くれとなく世話を焼き、優しく俺を抱きしめ、決して俺を否定しなかった。

 

 前世ではあまり仲の良い家庭では育ってきていなかったから、両親から注がれる愛は涙が出るほどに嬉しく、だがそれ以上に罪悪感があった。

 

 

 ――その愛は偽物の俺ではなくひとりやまだ生まれぬふたりに注がれるべきなのに。

 

 

 誰とも遊ばず、自分から話しかけることもなく、何も言われなければ飯すら食べようとしない。何もする気が起きなかった。両親からの愛情すら素直に受け取れず、俺は死んだように生きていた。

 ある日、そんな俺を見かねたのか、父さんが話しかけてきた。

 

 「藍伽、ギターやってみない?」と。

 

 その時、なぜ差し出されるギターに手を伸ばしたのかもう覚えていない。

 父さんの気遣いを無下にするのは気がとがめたのか、鬱々とした考え事をするのに飽きたのか、前世で抱いた楽器をやってみたいという思いが残っていたのか。

 

 理由は覚えていないが、確かに言えることは一つ。

 俺はその日からギターにのめり込んでいった、ということだ。

 

 

 

 ギターをかき鳴らす指先を起点に、自分の存在が輪郭を帯び始める。

 アンプから吐き出される振動が俺を揺らし、その瞬間だけ俺が俺であることを確信できた。自分の事を肯定できた。世界に認められた気がした。

 

 小中学レベルの勉強で躓く事はまずありえなかったし、人間関係も最低限のコミュニケーションを取りつつも休日や放課後の遊びの誘いは断り続けていたらそういうやつだと認識されてそのうち誘われなくなった。付き合いの悪いやつだと思われていただろうがそんなことはどうでもよかった。

 

 そうして作った時間をギターだけにつぎ込んだ。

 ギターの腕前はつぎ込んだ時間に比例するように上がっていった。

 

 出来なかった事が出来るようになっていくのは素直に嬉しかったし、楽しかった。でも、どうしても音楽をする自分のことは好きになれなかった。

 それは、自分にとってギターを演奏するということはどこまで行っても自分を慰めるだけの行為でしかないということを自覚していたからだと思う。

 

 むしろギターを鳴らしていないとまともに生きることすら出来ない自分が嫌いだった。

 

 

 

 地元の高校に入学すると、どこからか俺がギターをやっていると聞きつけたクラスメイトの佐藤にバンドに誘われた。

 別にバンドに興味はなかったのだが、どうしてもと泣きついてくるクラスメイトに根負けしてそいつとバンドを組んだ。

 

 佐藤がリーダーを務めるバンドは、ドラム、ベース、キーボードの三人に、俺のギターが入った男四人組のバンドだった。

 初めはギターだけという話だったがいつのまにか俺がボーカルもやることになっていた。やたらと佐藤が俺をボーカルにと推してきた上に、楽器をやっているくせに(偏見)他の三人が皆音痴だったせいだ。

 

 そのバンドは結構本格的に活動していて、路上だけでなくライブハウスでもよくライブをしていた。

 だからバンド活動には金がかかり、俺もバイトをしてノルマ分などのお金を稼ぎながら活動をすることになった。

 

 初めは面倒なことになったな、としか思っていなかった。

 やりたくもないバイトをすることになったし、バンドで活動する分結構な時間を拘束される。

 

 しかし、ギターを練習する時間は減ったはずなのに一人でやっているときよりもギターは上達していったし、やってみると意外とボーカルも俺の性にあっていた。

 

 こうして俺はバンドを組んで活動し始めた。

 初めは、鳴かず飛ばずだったが活動していくうちに少しずつ自分たちのバンドを目当てにライブに来てくれる客も多くなっていき、ノルマを達成するのもやっとだったチケット販売も苦労なくこなせるようになっていった。

 

 だんだん人気が出始めた頃、俺たちは普段よりも大きなハコでライブをする機会を得た。

 キャパは五百人で、そんな規模のライブをするのは初めてだったから俺たちは興奮して気合を入れてそのライブに向けて練習した。

 

 そして迎えたライブ当日。

 その日、俺は起きたときからなんだかやたらと調子が良かった。なんだかいい演奏ができそうな予感があって、リハでその予感は確信に変わった。そんな気持ちになるのは初めてだったが、本番が待ち遠しいとさえ思った。

 

 程よい緊張感の中、俺たちはステージに立った。

 初めて見る数の観客に見守られながらドラムがカウントを取る。

 

 それに合わせて、ギターをかき鳴らし、声をマイクに吹き込んだ瞬間……

 

 

 ――世界が俺を中心に回り始めた。

 

  

 カウントに合わせて極限まで高められた集中力は、俺に天井から全体を見下ろすような俯瞰視点を与えた。真横にいるベースは勿論、後ろにいるはずのドラムやキーボードの姿すら良く見える。

 左手は手元を見ずとも正確なコードを淀みなく押さえ、力強いストロークは俺の思った通りの音をギターに吐き出させる。

 マイクを通して増幅された歌声は、物理現象に過ぎないはずの空気の振動に感情が溶け込み、言葉以上の意味を持ってライブハウスに拡散される。屈折した俺の心からの叫びが、質量をもって観客に叩きつけられる。

 

 ――あぁ、楽しい。

 

 俺以外のためだけに作られた、俺の居場所なんかないと思っていた()()世界が今だけは俺の物になった気がした。

 

 絶頂感にも似た快感があった。

 今なら何でもやれるという全能感があった。

 

 最高の出だしで始まったライブは失速することなく常に瞬間最大風速を叩きだし続けた。

 会場のボルテージは際限なく上がってゆく。

 

 夢のような時間は、永遠のように思えた数分間の後、終わりを迎える。

 俺たちが最後の曲を弾き終わると、その余韻が溶けきる間もなく……ライブハウスが爆発した。

 

 数百人の叫ぶような歓声によりライブハウスが揺れた。どこを見渡しても観客は興奮に顔を上気させ我を忘れて叫ぶように歓声を上げる。如何なる感情か涙を流している人さえ見えた。

 熱狂的なまでの盛り上がりだった。

 

 この日最大の拍手に見送られながら俺たちはステージを降りた。

 ライブは時間にすると大した時間ではなかったが全力の力を出したせいで全身汗をかき、息は乱れていた。

 今までで最高のライブをしたという実感があったから、そんな疲労感すら心地よかった。

 

 俺は、浮ついた心地のまま帰路につき久方ぶりに穏やかな眠りを迎えた。

 

 

 ――このライブが原因でバンドが解散するなんて夢にも思わないままに。

 

 

 ライブの翌日、俺は佐藤に呼び出された。

 大事な話があるから会って話がしたいと言われて、今までそんなことを言われたことがなかったので、何の用だろうかと訝しみながら呼び出された喫茶店に向かった。時間通りにつくと、そこにはすでに佐藤が座って待っていた。

 

「で、なんだよ。話って」

 

 喫茶店で佐藤と向かい合って座るが、一向に話をするそぶりを見せなかったのでしびれを切らして水を向けると、佐藤は躊躇う様子を見せた後口を開いた。

 

「あの、さ……。俺、バンド解散しようかと思ってるんだ」

「……は?」

「今までも考えてたけど昨日のライブで決心がついた」

 

 一瞬本気で何を言っているのかわからなかった。

 佐藤はリーダーということもあって、誰よりも熱心にバンド活動に取り組んでいたし、今俺たちのバンドは名前も売れ始め、右肩上がりに成長している最中であるはずだった。

 

「な、なんでだよ。自惚れかもしれんがあれだけのライブをできるバンドはそうそういないと思うし、俺たちならもっといいライブだってできるはずだ。それなのになんで……」

 

 俺がそういうと佐藤は気まずそうに俺から目をそらして言った。

 

「ああ、確かに昨日のライブはすごかった」

「だろ? これからはもっと」

「でも! ……あれは俺たちのライブじゃない。お前のライブだったんだよ」

 

 そう言われて俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 

「なぁ、後藤。お前は天才だよ。昨日だって、観客はお前しか見てなかった。お前だけに向けて賞賛の声をあげていた。いくらギターボーカルが目立つって言ってもあれじゃあ俺たちはいいとこお前を引き立てるためだけのバックミュージックだ」

「……」

 

 頼んだアイスコーヒーの氷が溶けてことりと音を立てるのだけがやけに大きく響いた。

 

「一応言っとくけどお前に不満なんてないんだぜ。バンドに入ってくれたのには本当に感謝してるし、お前のギターボーカルの腕前はいちバンドマンとしてリスペクトしてる。でも、だからこそ俺はお前とこれ以上バンドを組めない」

 

 佐藤が伊達や酔狂でこんなことを言い始めたわけではないことはすぐに分かった。

 こいつは人にも音楽にも真っ直ぐに向き合う気持ちのいい奴であることは十分知っていたから。

 だからこそ、こいつの優しさが痛かった。自分の傲慢さや歪さが浮き彫りになってくるような気がして辛かった。

 

「変な言い方だけど俺は昨日、お前のギターに、歌声にドラムを叩かされたんだ。それのおかげで昨日は実力以上の演奏が出来ていたと思う。でも、あれだと俺の音楽は出来ないんだ。俺が必死に俺のドラムを叩いてもその音は全部お前に呑み込まれちまう。俺の、俺たちの実力不足だってことは分かってる。でも……情けない話、同じステージに立つにはお前はでかすぎるんだよ」

 

 その佐藤の言葉に何も言えない自分がいた。

 確かに俺は昨日、演奏中バンドメンバーのことを思いやった瞬間など少しもなかったかもしれない。俺にとってあの時あったのは、苦楽を共にしたバンドメンバー(佐藤たち)ではなく『ドラム』と『ベース』と『キーボード』でしかなかった。

 俺はバンドにとってというより自分が最高のライブをすることしか頭になかった。そう思い返して愕然とした。

 

「元は言えば俺が後藤をバンドに誘ったのに、本当に勝手なことを言ってるのは分かってる。でもごめん、俺はもうこれ以上お前とバンド組めないわ」

 

 そのあと、俺は何を言ったのかはっきりと覚えていない。

 だが、そのあとバンドメンバー全員で話し合いが行われ、ベースとキーボードの反対意見にも流されず佐藤は意見を変えず、結局バンドは解散することになった。

 

 バンドが解散してしまった後、俺はフラフラとした足取りで家に帰り、いつも通りギターをアンプに繋いでギターの練習を始めた。

 普段ならギターを持った瞬間に雑念は払われギターだけに集中できるのだがこの日だけはギターをいくら鳴らそうとも頭の中は色々なものでぐしゃぐしゃだった。

 

 解散してみると、楽しそうに演奏するバンドメンバーたちの顔ばかりが浮かんでくる。その時やっと俺の中で煩わしいとしか思っていなかったはずのバンド活動が、自分の心の中で重要な位置を占めていたことに気がついた。

 

 そんな思いを今更抱いたことに自嘲する。

 バンドメンバーを自分が気持ちよく演奏するための道具のように思っていた男が真剣に音楽をやっている彼らとのバンド活動を懐かしむ資格なんかない。

 

 俺の独り善がりな精神性がバンドを解散に追いやったというのに。

 

 俺が少しでも違っていれば、佐藤たちと共にバンドを続け、音楽を心から楽しめていた未来があったのかもしれない。

 だが、今残っているのはもっと嫌いになった自分だけだった。

 

 1人でギターをかき鳴らす。

 物思いにとらわれ、集中とは程遠い状態なのにもかかわらず俺の演奏は、しかし、嫌になるほど完璧だった。

 

 あのライブで俺は一つ壁を越えたらしい。

 今までとは明確にレベルの違う演奏ができる。

 

 喜ばしいはずのその事実は、お前は周りに仲間が居ようと居まいと変わらないと誰かから言われたような気がしてなんだか無性にイライラした。

 

 ギターを弾くたびに激しい自己嫌悪に襲われ、しかし、それと同時に微かに自己憐憫の情が湧き、こんな状況でも自分を慰めずにはいられない弱い自分にますます嫌気がさした。そんな負のスパイラルから抜け出せず。

 ギターを弾きさえすれば無心になれた今までとは違って思考と感情は千々にちぎれた。

 

 

 その日から俺はギターを辞めた。

 これ以上やっていると、俺の心の支えだったギターのことまで嫌いになってしまいそうだったから。

 

 すると分かりやすいものでそれ以降俺は荒れ始めた。

 高校にも最低限しか行かなくなったし、家を空けることが多くなった。別に家が嫌になったわけではなかったが、家にいるとどうしてもギターのことを思い出してしまうし、折角父さんが教えてくれたギターを辞めてしまったのでなんだか家に居づらくなってしまったのだ。

 

 父さんと母さんは、俺がバンドを解散したことや毎日かかさず狂ったように弾いていたギターを辞めてしまったことを知っていたので最低限家に帰ってくることを条件に俺を自由にさせてくれた。

 

 俺を信頼してくれてのことだったがその間、俺は、前世では嫌厭していたタバコと酒に手を出し、知り合った女の家を点々とし、絡んできたチンピラと殴り合いのけんかをしたりと、バカなことを繰り返していた。

 

 おもちゃが一つ無くなっただけでこれだ。前世を合わせればもう40近いというのに思春期のガキのようにしか振る舞えないとは!

 自分の歪さと精神の未熟さをまざまざと見せつけられたようで情けなくなったが、荒れた生活を辞められなかった。

 

 そんな生活を続けて半年ほどがたったある日、俺は久しぶりに家に帰ってきていた。

 父さんと母さんが決めた俺が帰ってきて一緒にご飯を食べる日だったからだ。

 

 久しぶりに囲う食卓はやっぱり安心できる場所で、自分でも気が緩んでいくのが分かる。

 高校の話を聞かれたり、ふたりがようやく言葉を話し始めたという話を嬉しそうに話されたり。

 

 やっぱり自分には勿体無いくらいのいい家庭だった。

 

 他愛のない、しかし温かな会話をしているとひとりがいつもより口数が少ないことに気がついた。

 この子は原作通り極度の人見知りだが、家族の前では普通に話すので珍しい様子だった。

 

「ひとり、どうした? 体調でも悪いのか?」

「……お兄ちゃん」

 

 ひとりに声をかけると、何か言いたげな様子でこちらを見つめてくる。

 

 前世の記憶が戻った初めの頃はひとりのことは、漫画の主人公だ、という意識が強かった。でも、やることなすこと裏目に出るほど不器用で、しかしそれでも心優しい女の子がにぃに、にぃにと懐いてくるのだ。こんな不憫で可愛い生命体に情が湧かないやつはもう人間じゃない。

 そういうわけでおれはひとりを妹として可愛がっているつもりだったし、何か困り事があるなら助けてやりたかった。

 

 まぁ、普段家に帰らない不良兄が何を今更、という感じではあるのだが。

 

 俺は椅子を引いてひとりと向き合うと次の言葉を待った。

 

「……お兄ちゃん、話したいことがあるから後で部屋に行ってもいい?」

「あぁ、いいよ」

 

 晩飯を食べ終わり、部屋で待っていると遠慮がちなノックが聞こえた。

 

「……お兄ちゃん?」

「開いてるから入ってこいよ」

 

 そう声をかけるとおずおずとひとりが部屋に入ってきた。彼女の両手には父さんのレスポールカスタムと俺が使っていたギターが握られていた。

 

「あ、あの…! 私、最近ギターの練習始めて…、それでお兄ちゃんにギター教えて…もらえたらな…って…」

 

 どんどん尻すぼみになっていったがひとりははっきりとそう言った。

 俺がギターを辞めたことはひとりも知っているはずで、ひとりもこの話題について俺があまり触れられたくないのも気づいていただろう。兄妹といえどあまり正面から話をするのが得意ではないひとりがそれでもそう言ったのだ。力になりたいのは山々だった、だが…。

 

「ごめんひとり。……でも俺はもうギターは辞めたんだ」

 

 そういうとひとりは俯いてしまって、顔を見せないままぽつりと呟いた。

 

「……なんで」

「え?」

「……なんでお兄ちゃんはギターやめちゃったの? あんなに上手だし、ギターを弾いてる時のお兄ちゃんすごくキラキラしてたのに……!!」

 

 そのひとりの言葉をどうやって誤魔化そうかと考えていたのに、ふとこぼれるように俺の口から言葉が出てきていた。

 

「……俺さ、自分が、世界が嫌いなんだ」

 

 それは妹に聞かせるつもりはなかった、でも確かな俺の本音。

 

「でもギターをやってるとほんの少しだけ昔より変われた気がして……。もしかしたら自分のことを好きになれるんじゃないかって思ってたんだ」

 

 一度口に出すともう止まらなかった。

 

「でも違った。俺は変われてなんかいなかったんだよ。それが分かってからは弾けば弾くほど自分のことが嫌いになって。だから俺はギターを辞めた。これ以上やってギターまで嫌いになってしまうのが怖かったから。俺がギターを辞めたのはそんな下らない理由だよ」

 

 ひとりに軽蔑されるかもしれない。こんな情けないやつが兄貴なんて嫌に決まってる。

 そんな思いが去来するがもうどうしようもなかった。黙ってひとりの言葉を待つ。

 

 だが、静かに俺の言葉を聞いていたひとりはゆっくりと顔を上げると、俺の目をまっすぐ見て言った。その青い瞳に強い光を宿しながら。

 

「じゃ、じゃあ! 私もっとギター上手くなる!」

「え?」

「お兄ちゃんよりすごい演奏をして、いつか言ってやるんだ。ギターってすごいでしょって、音楽って楽しいものなんだよって」

 

 見慣れているはずのひとりの顔がなんだかいつもと違って見えた。

 

「そしたらきっと、お兄ちゃんもそんなすごいギターを弾ける自分のことも認めてあげられるようになるはずから……!」

 

 

「私がヒーローになってお兄ちゃんを助けてあげる!!」

 

 

 そうひと息で言い切ったひとりを前に俺は一瞬惚けてしまったが、脳がその言葉を咀嚼していくにつれ

 

「……ふ、はは、ははははははは!!」

 

 大口を開けて笑ってしまった。

 多分こんなに笑ったのは今世で始めてだ。

 急に笑い出した俺にひとりがぽかんとしていたが笑いはなかなか収まらなかった。

 

 ーーあぁ、そうか、お前が俺に生きる(音楽をやる)理由をくれるのか……!

 

 その言葉だけで俺がどれだけ救われるか、この子はきっと知らないだろう。

 

「ははは、そうか、ひとりは俺よりすごいギタリストになるのか」

「わ、笑わないでよ! 私は本気で言ってるのに」

「分かってるよ。その日を楽しみにしてる。心の底からな」

 

 ぷくりと含ませたひとりの頬をつつきながら俺も腹を決めた。

 ひとりがこんなことを言ってくれたんだ。もう現実から目を背けて、色々なものから逃げ回るようなダサい真似はもうやめよう、と。

 

「……なぁひとり。俺ギターもう一回やってみるよ。俺もそう簡単に妹に負けてやるわけにはいかないしな」

「ほ、ほんと!?」

「あぁ、今日は一緒に練習するか」

 

 俺は精々高い壁であろう。どれだけ高い壁でもでもひとりは絶対俺を超えてくれる。なんたって彼女はヒーローなんだから。

 俺を踏み台にひとりが飛翔する時、ひとりは誰よりも輝けるだろう。

 それがこの子への恩返しになるはずだから。

 

 あぁ、だから……

 

 ーーいつか、俺を倒してくれ、ヒーロー(いつか、俺を救ってくれ、ひとり)

 

 

 

 

 それから数年後、俺は大学2年に、ひとりは高校に入学し原作が始まる年になった。

 ギターを再開すると決めたあの日、ひとりが動画投稿サイトにアカウントを作るというのでそれに合わせて俺もアカウントを作った。

 

 練習の傍ら、ネットに動画をアップしたり配信したりしていると、徐々に登録者数は増えていった。そして、今の結果がこれだ。

 

 

 アカウント名『guitarvillain』

 登録者数……56万人

 

 

 ……うん、ひとり。お兄ちゃんちょっとやりすぎちゃったかもしれない。

 

 

 

 

 

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