「へー、後藤さんって兄妹がいるのね!!」
「あっはい。妹と兄が……」
学校からの帰り道、郁代はひとりと歩きながら話をしていた。
正式に結束バンドに再加入してしばらく、バンドメンバーでありギターの先生でもある少女ともっと仲良くなるべく郁代は笑顔でひとりに話しかける。
「私一人っ子だから兄妹とか憧れるのよね~。仲は良いの?」
「あっ、仲はいい方だと思います。五歳の妹にはなんだかなめられてる気がしますけど……へへっ」
「あ、あはは……。じゃあ、お兄さんはどんな人なの?」
十歳も歳の差がある妹にまでなめられているという同級生に、なによりそれを否定することができない事実に思わず苦笑しつつも郁代は話を続ける。
「お、お兄ちゃんは結構分かりにくいけど、優しくて、私の目標でもある人です」
「へー、そうなのね。やっぱり年上のお兄さんとか憧れるわ! 目標っていうのは?」
「じ、実はお兄ちゃんもギターをやってて、私よりも上手いんですけど、そのお兄ちゃんを倒すのが私の目標なんです」
そう語るひとりは、倒す、なんて強い言葉とは裏腹に纏う雰囲気は柔らかなもので。
よく見るとその口元はわずかに緩んでいるのが見えた。思わずこちらの口元も緩んでしまうような表情だった。
「ふーん」
「な、なんですか?」
「ただ後藤さん、お兄さんの事好きなんだなーって」
「えっ、いや、その。……はい」
「ふふっ。それにしても、後藤さんよりも上手いなんて想像もつかないわ。後藤さんもとっても上手なのに」
「そ、そうですかね。えへへ」
照れているのか顔を赤らめながら俯いてしまうひとり。
かわいい。
「やっぱり兄妹だし、お兄さんも後藤さんと似てるの?」
「か、顔立ち自体は似てるって言われます」
「へー、じゃあお兄さんも後藤さんと一緒で美形なのね!!」
「び、美形!? ふ、ふへへ……」
(またちょっと溶け始めたわ……。不思議だわ、後藤さんの体質)
「じゃあ、そろそろスターリーに行きましょうか!」
「あっその。虹夏ちゃん達にはもう言ったんですけど今日はちょっと用事があって」
「あら、そうなの?」
「は、はい。家で使ってる機材の調子が悪いので、新しく買いなおそうかと……」
「そうだったのね! 私もついて行きたいけど今日はスターリーのバイトのシフト入っちゃってるし、一緒には行けないわね。一人でも大丈夫?」
ひとりの言葉に郁代はそう言葉を返す。
というのもひとりが一人で買い物ができるビジョンが見えなかったからだ。彼女が一人で買い物に行こうものなら人混みの只中に放り込まれるだけでその場で溶けてしまって買い物どころではないだろう。
「あっ、今日は一緒に行ってくれる人がいるので大丈夫です」
「なら安心ね。……えっ!?」
(後藤さんが誰かと一緒に……!?)
郁代が想定外の答えに驚いていると、ひとりの鞄の中で携帯が鳴り始めた。
それにひとりはあわあわしながら電話に出る。因みに郁代がひとりの携帯から音が出ているのを聞いたのはこの時が初めてだった。
「も、もしもし。……うん、分かった。今から行くね」
(後藤さんがどもらず、敬語を使わないで話してるの初めて見たわ……)
初めて見るひとりの様子に郁代は衝撃を受けていた。
しかし、そんな様子には気が付かないでひとりは電話をいそいそと仕舞い、郁代に向き直った。
「そ、そういうことなので私はもう行きますね……。喜多さんもバイト頑張ってください。 そっ、それでは……!!」
ひとりはそういうとぴゅーっと走り出していった。
実は先ほどから下校中の郁代の友達であろう人達からちらちらと見られているせいでひとりの精神はいっぱいいっぱいだったのだ。
そんなことはつゆ知らず、郁代はしばらくの間ひとりの背中を呆然と見送っていたが、ハッと我に返ると急いで歩き始めた。ひとりが走っていった方向へ向かって。
その顔には、隠しようのない好奇心が輝いていた。
話の流れから、今日一緒に買い物に行く相手というのは電話の相手だろう。未だにバンドメンバーとすらまともに目を見て話せない子が気を許した様子で話せる相手というのが気になったのだ。ただの出歯亀精神だった。
もうひとりの姿は見えなくなっていたが、待ち合わせしているなら駅前だろうとあたりをつけて自分の直感に従って駅に向かう。
駅の近くできょろきょろとしていると、見覚えのあるピンク色の髪が見えて急いで物陰に隠れる。
はたしてそこにはひとりの姿が。ひとりはうつむいて地面をじっと見つめていたが、誰かに声をかけられてパッと顔を上げる。
ほっとしたように顔を緩めながら向けた視線の先にいたのは……。
(まさかとは思ってたけど、本当に男の人だわ……!)
軽く手を上げながらひとりに近づいて行くのは自分たちよりも少し年上であろう青年だった。
後ろ姿なので顔こそよく見えなかったが、長い手足にゆるくパーマのかかった髪型、センスの良い服で均整の取れた身体を包んでいる様子は、それだけで人目を引くような雰囲気がある。
男の耳にはピアスとイヤーカフ、指にはリング、首にはネックレスが光る。それだけ聞くとゴテゴテしていそうなものだが、男の雰囲気のせいか違和感はなく、よく似合っている。そして背中にはギターケースが背負われていた。
総じていえば、如何にも遊び慣れていそうなバンドマンという感じ。
そこまで長い付き合いではないとはいえ、ひとりと交友があるようなタイプには見えなかった。むしろ、ひとりが最も苦手とする人物に見える。
しかし、ひとりと謎のバンドマンは和やかに談笑しながら歩き去っていった。
ひとりがチャラついた男と共に雑踏へ消えたという事実に身を固まらせる郁代を残して……。
そして数十分後、スターリーにて。
「えー!! ぼっちちゃんが如何にも遊んでそうな男の人と歩いてたぁ!?」
「そうなんです!! 緊急事態ですよ!!」
郁代は、既にスターリーに来ていた虹夏とリョウに今日見たことを伝えていた。
虹夏はその勢いに少し気圧される。
「き、緊急事態って。確かに驚いたけどさ。そんなに大騒ぎするようなことじゃなくない?」
「もう! 伊地知先輩は全然分かってないです!!」
虹夏は地団太を踏む郁代をなだめるように言葉をつなぐ。
「だってさー、ぼっちちゃんも、普段の奇行を見てると忘れそうになるけど……あれでも、一応、多分、普通の女の子(?)なんだよ? ぼっちちゃん、猫背だし、顔色悪いし、いつも下向いてるから分かりにくいけど、ほんとは可愛いし。彼氏くらいいてもおかしくないじゃん」
(伊地知先輩、意外と口悪いわね……)
さらりと毒を吐く虹夏に驚きつつも、郁代は流石付き合いが長いだけあって虹夏のひとりへの理解度の高さもなかなかだな、と思う。でもそれだけだとまだ甘い見通しだと言わざるを得ない。郁代はさらにヒートアップしながら虹夏に詰め寄る。
「そうなんです、後藤さんはすっごく可愛いんですよ。プロポーションだっていいし」
やけに深刻そうな郁代につられるように虹夏も思わず生唾を飲み込む。
郁代は目に力を込めながらそんな虹夏と距離をグンと詰める。
「それなのにちょろくて直ぐ調子乗っちゃうし、自己肯定感は低いくせに承認欲求だけはやたらと高い女の子なんですよ!! そんな子が男の人に目をつけられたらどうなると思います?! 言葉巧みに声をかけられてそのままほいほいついて行っちゃうに決まってるわ!! 彼氏ならいいけどただ遊ばれてるだけかも……いえ、きっとそうに違いないわ!!」
(喜多ちゃん、意外と口悪いし決めつけがひどいなぁ……)
勢いに任せて結構なことを言っている郁代に若干引きつつも、虹夏は自分の後輩に向き直る。
「んーでもぼっちちゃんなら、男の人に話しかけられるだけで破裂したりするだろうしナンパとかは大丈夫じゃないかなぁ。普通の人なら、ぼっちちゃんが溶けたり破裂したりしたらドン引きしてもう声かけたりしないよ」
「いえ、私の勘じゃあの男、只者じゃないです! ただのナンパ男ならいざ知らず、あの人はきっと後藤さんの奇行にも動じずナンパできるハイレベルなナンパ師なんだわ……!」
「ハイレベルなナンパ師ってなんだそれ」
そんな変な人いないよー、という虹夏に郁代はそれならと口を開く。
「でも考えてみてくださいよ。もし、後藤さんの奇行バリアにやられず、話しかけられる人がいたとしてですよ? 後藤さん、その人に褒め続けられでもしたら……」
そこまでいうならと、虹夏もそんな状況を想像してみる。
確かにひとりは低い自己肯定感の反動か自分を褒めてくれる人には心配になるくらい警戒感をなくしてしまうのは虹夏も知っていることだった。
そんなひとりが男の人に褒められ続ける……。
「た、確かにぼっちちゃんならころっと騙されちゃってもおかしくない気がしてきた……!」
みるみるうちに顔色が悪くなっていく虹夏。
「ど、どうしよう喜多ちゃん! 緊急事態だよ!!」
「だからずっとそう言ってるじゃないですか!」
我関せずの態度で机に突っ伏しているリョウの目の前で、二人は際限なくあわあわし続ける。
「こうしちゃいられないよ、喜多ちゃん! ぼっちちゃんを助けに行かないと!!」
「流石先輩、そうじゃなくっちゃ! 早速行きましょう!」
「おー! ほら、リョウも早く」
「私はめんどくさいからパス。それに……」
リョウはちらりと目線を上げてすぐに伏せた。
もーこれだからリョウは、とか言ってる虹夏は気付いているのだろうか、自分たちの後ろに般若の表情を浮かべた自分たちの雇い主がいることに。
「おいお前ら、私の前でバイトをバックレようとするとはいい度胸だな……?」
バイト二人に店長の雷が落ちるまであと数秒……。
その後、結局普通にバイトして終わってしまった日の翌日、郁代は珍しく何の予定もない休日だった。
今日はひとりに会う予定もないし、昨日連絡したところ何事もなかった様子だったので昨日のことは次会った時に問いただそうと心に決めて、今日は久しぶりにゆっくりしようと思っていた。
けれど、しばらくするとなんだか家にずっといるのもなんだか勿体ないような気がしてきて気付けばいつものように外に出てしまっていた。
特に理由もなく街をぶらついていると、何故か向こうから腕を組んで歩いてくる男女に意識が引き付けられた。女のほうが一方的にべたべたと男にくっついているように見えたが、他は至って普通のカップルに見える。
初めはなぜそのカップルに目を引かれたのか分からなかったが、しばらく見ていると男の方になんだか見覚えがあることに気づく。
暗い紫のような色の髪色、かなりの高身長、身につけられたシルバーアクセサリー、そして背負われたギター。
間違いなく、昨日ひとりと歩いていた男だ。
だが、楽しげに男の隣を歩いている女はどう見てもひとりではなかった。
そう気付いた瞬間、郁代の頭は真っ白になって、その足はその男に向かって進んでいた。
ずんずんと歩いてきた少女に気付いて足を止める男の前で、郁代は怒りのままに大きく息を吸い込んだ。
「そこの貴方!! 後藤さんというものがありながら別の女の人とデートなんて……! そんな不埒な真似、天が許してもこの私が許さないわよ!!!」
ぽかんとする男の前で郁代はそう啖呵を切ったのだった……。