guitarvillain   作:古本

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shockingtruth

 

 

 

 藍伽は、突然目の前に現れた高校生くらいに見える少女に思わず呆気にとられていた。

 

 瞬時に、もしかして以前関係のあった女が怒鳴り込んできたのかと記憶を漁るが目の前の少女はまるで覚えがない。そもそも藍伽は前世の影響もあってか年下には興味がないので年下の知り合いというのはほとんどいないので当然と言えば当然だが。

 

 異性に怒鳴りつけられて、即座に自分の女性遍歴を漁り始める辺り、藍伽の不健全な一面が垣間見える。

 

 閑話休題。

 女性関係に心当たりがないとなればますます、この子が何者なのかまるで分からない。

 

 衝撃が薄れるにつれて段々頭が回り始め、ようやく先ほどの台詞に気を向ける余裕ができてきた。

 確か、先ほどこの少女は後藤さんというものがありながら〜とかなんとか言っていた気がする。歳のころからして後藤さんというのはひとりの事だろうか。

 

 でもあの重度のコミュ障であるひとりにまともな知り合いがいるとは思えない……。

 そこまで考えてようやく思い当たることがあって藍伽はハッとした。

 

 改めて、目の前の少女をよくよく見てみる。

 

 毛先まで至るまで手入れされた赤い髪、休日でもバッチリと施されたメイク、こちらを睨みつける大きな瞳、そして見知らぬ男に啖呵を切るという突拍子がないほどの行動力。

 

 年々薄れていく前世の記憶だが、流石に主要キャラくらいは覚えている。

 それに昨日もひとりからこの子の話も聞いたんだった。

 

 そうだ、この子は……。

 

「――もしかして、君が喜多さん?」

 

 そう、喜多郁代だ。

 ひとりの所属する結束バンドのギターボーカル。原作では、整ったルックスを持つ生粋の陽キャとして描かれていた少女。

 

「な、なんで私の名前を……?」

 

 名前を呼んだ藍伽に警戒する様子を見せる少女。

 そりゃ初対面の男に名前を知られてたら警戒もするだろう。まぁ、そんな事なら初めからこんなことするな、という話だが。

 

 それはともかく、警戒を解くべく藍伽は口を開く。

 

「いや、君のことはひとりから聞いてたんだ。バンドメンバーの喜多さんは赤い髪の明るい性格で、行動力がある人だって」

「そう、後藤さんから……。ってそうよ、やっぱり昨日後藤さんと一緒に歩いてたのは貴方だったのね!」

 

 藍伽はその言葉を聞いてようやく何故この子がこんな行動をとったのか得心がいった。昨日、ひとりと歩く俺を見て、彼女はその関係を邪推したのだろう。それなのに今日別の女と歩いているのを見て頭が血が上った、とかそんなところだろう。

 

 はたから見れば勘違いで突っかかってきたやべー女だが、ひとりのことを思っての行動だと思うと嫌な気はしなかった。

 

「一体どういうつもりなの……っ」

「ちょっと待って」

 

 藍伽はそのまままくしたてようとする郁代を遮った。

 事態が分かった藍伽にとって、ヒートアップする彼女を落ち着かせるのは簡単なことだった。

 

「とりあえず、俺の自己紹介をしようか。俺の名前は後藤藍伽(あいか)

「な、何を……」

 

 そう、ただ自己紹介をすれば足りる。

 

 

「――後藤ひとりは俺の妹だ」

「え」

 

 

 絶句する郁代に、藍伽は意地悪く言った。

 

「兄妹ともどもよろしく頼むよ、()()()()()

 

 郁代は一瞬、藍伽の言うことが頭を受け付けなかった。しかし、その言葉を咀嚼するにつれて徐々に理解が及んでくる。

 

 つまり、自分がとんでもない浮気野郎だと思っていた男はひとりの兄で、昨日のデート現場だと思っていた昨日の様子はただ、兄妹が仲良く歩いていただけだった、ということにならないだろうか。

 

 その友達のお兄さんがただ彼女さんとデートしている所に急に割って入って自分は何を言った……?

 あまり覚えていないが、頭に血が上って天が許しても私が許さない、とか、とても恥ずかしいことを言った気がする。

 

「~~~ッ!!」

 

 そう気付いた郁代は自分でも顔が真っ赤になっていっていくのが分かった。

 

「ほ……」

「ほ?」

「本っ当に、すみませんでしたー!!!!!!」

 

 喜多郁代、人生で二度目の渾身の土下座であった。

 ついこの間、リョウと虹夏に、バンドから逃げ出してしまったことを謝るためにしたばかりだったのに、こんな短期間に二度も土下座をする事になるとは思っていなかった。だが今この時、郁代は地面に顔をつけるのに何のためらいもなかった。

 

「大丈夫だから、顔を上げて」

「で、でもそれじゃあ私の気が収まりません」

「いや、そういうことじゃなくて。このままだと俺、街中で女子高生に土下座させてるやばいやつになっちゃうから」

 

 その言葉を聞いて郁代がはっと顔を上げると、確かに自分たちはかなりの視線を集めてしまっていた。

 慌てて立ち上がると、藍伽の方に向き直ってもう一度頭を下げる。

 

「す、すみません。お兄さんだけじゃなくて彼女さんにもご迷惑を……って、あれ?」

 

 藍伽の彼女も、デートを邪魔されていい気はしなかっただろうと郁代は謝ろうとして、途中で疑問の声を上げた。

 

「彼女?」

「はい、さっきまでお兄さんの隣にいましたよね。何故か姿が見えないんですけど……」

「あぁ、あの子なら喜多さんがこっちに向かって来た時にトラブルに巻き込まれるのはごめんだと思ったみたいで凄い速さでどっか離れて行ったよ」

 

 そう、先ほど藍伽が驚いていた理由の半分は郁代のせいだがもう半分は、一緒に歩いていた女が怒れる郁代を見るや否や「イケメンは好きだけど面倒事はノーセンキューよ!」とか言いながら凄い勢いで去っていったせいだった。

 他の男に比して女性との関わりの多い藍伽でも見たことのないほど、判断と逃げ足が早い女だった。

 

「え……? でも彼女さんなんですよね」

「いや、俺がさっきヴィレヴァン前で時間潰してたら声かけてきた人で、彼女どころかさっき初めて会った人だ。名前もしらない」

「??????」

 

(それって逆ナンってこと……? というか初対面であんな腕組んだりとかするものなの……? お兄さんもいやがっていなかったみたいだし……。分からない、私には分からないわ……)

  

 恵まれた容姿を持っているが恋愛経験が皆無の郁代は藍伽の話を聞いて宇宙猫になっていた。

 分かったことは、どうやら藍伽への偏見のうち、ひとりとの関係性はともかく女遊びが激しいという部分は勘違いではなかったかもしれないということだけだった。

 

「とりあえず、場所を移そうか。ここじゃ人の目を集めすぎる」

「は、はい」

 

 

 

 

 そういう訳で、藍伽と郁代は少し移動して、藍伽行きつけの小さな喫茶店に落ち着いた。

 

「改めて、本当にごめんなさい。後藤さんのお兄さんだなんて全く気付かないで失礼なことを色々と……」

「本当に気にしてないって。あれはひとりのことを思ってやってくれたんだろう? むしろ妹と仲良くしてくれてることを感謝したいくらいで、怒る事なんて何もないよ」

「いえいえ、そんなことお友達なんだから当たり前です! 謝るだけじゃ気が済まないので何か私にできることがあれば……!!」

 

 ――友達だから当たり前、か。

 

 藍伽は、郁代の言葉を口に出さずに舌の上で転がす。

 自分にとっては本当に、その言葉だけで十二分な程だというのに。

 

「んー、じゃあ学校やバンドでのひとりの様子を聞かせてくれないか?」

「後藤さんの様子を、ですか?」

「ああ、俺はこっちで一人暮らしをしているからひとりと話す機会が中々ないんだ。それにひとりはあんまり自分の話をしたがらないから」

「なるほど! そういうことならお安い御用です!」

 

 そう言って郁代は藍伽のリクエストに応えて楽しそうにひとりの話を始める。

 やがて郁代の楽し気な雰囲気につられて、藍伽も相槌だけでなく気付けば自分からも口を開いていた。

 

 年も性別も境遇も違う二人だが、ある意味話題には事欠かない共通の話題(ひとり)のおかげで二人の話は意外と盛り上がった。

 

 

「ふぅー、思ったより長い間話し込んでいたな」

「ふふっ、そうですね。後藤さん、面白い子ですから」

 

 そうかもな、なんて言いながら藍伽は乾いたのどを潤すようにすっかり冷めてしまったコーヒーを口に運ぶ。

 今まで謝ったり話すことに集中していて、郁代は相対する相手をよく見ている余裕がなかったが、話も一段落して落ち着いたので、改めて藍伽に目を向ける。

 

 すると気づくのはやはり藍伽とひとりとの間の血のつながりだ。

 そういえば、と郁代は昨日ひとりも兄と自分は顔立ちが似ていると言っていたことを思い出す。疑っていたわけではなかったが、藍伽を目にすれば確かにその言葉に嘘はなかった事がよくわかる。

 

 形の整った眉、高すぎずも低すぎもしない鼻、小ぶりな唇、そしてその配置。

 どれもひとりとそっくりな特徴だ。

 

 勿論、同一人物ではないのでひとりと異なるところもある。

 例えば、髪色や目つきだ。

 

 ひとりは綺麗な明るいピンク色だが、藍伽は艶があるが落ち着いた色合いの紫の髪。

 それから目つき。ひとりも碧い大きな瞳をもつが、藍伽は瞳の色合いこそ同じものだが、その形は切れ長の目、と形容したくなるような少し吊り上がった形の涼やかな目元だ。

 

 藍伽は見るものにどこか冷たい印象を抱かせるが、その原因はその目元のせいというのが大きいように思われた。藍伽の碧い瞳にまっすぐと目を見られると睨まれてるわけでもないのに思わず背筋を伸ばしてしまうような気配がある。

 

 だが、逆に言うと、それくらいしか違いがないほど二人はよく似ていた。

 それにも関わらず、郁代がそうであったように両者を知っていても初見で二人を兄妹だと結び付けられるものは多くないだろう。

 

 それは、二人が持つ雰囲気があまりにも違うせいだ。

 それに加えて郁代に関しては、あのひとりの兄だという先入観のせいで実際とはかけ離れた人物像を思い描いていたせいでもある。

 

 ひとりはすぐにでも逃げて消えてしまいそうな小動物のような雰囲気があるが、一方、藍伽は何もしていていなくとも何故か視線を集めてしまうような存在感を放っている。

 その雰囲気の差が大きすぎて、二人からの印象も大きく異なってしまうのだ。

 

 藍伽は良くも悪くも人の目を気にしないので、自分の思うように行動するが、それが傍目には一本芯の通った堂々とした立ち居振る舞いに見える。

 それに藍伽は郁代よりは年上とはいえまだ二十歳になったばかりの大学生だ。それなのにその所作は年不相応な程落ち着きに満ちていてどこか余裕すら感じさせる。その余裕は貫禄のようなものすら藍伽に与えていた。

 そのくせ、笑うと年相応の表情になるのだからたまらない人にはたまらないだろう。

 

 思わず目で追ってしまう、でも手を伸ばしても届かないような、そんなミステリアスな雰囲気を持つ青年だった。

 

 間違いなく、今まであったことのないタイプの人種。

 けれどなぜか、藍伽の姿が郁代の記憶の中の誰かとデジャブる。思い返してやっと思い当たった。

 

(あ、そっか。ギター弾いている時の後藤さんと少し似てるんだわ……)

 

 ひとりがギターを弾いている時。それも誰にも見られていないと思っているときや、郁代と二人で練習しているときにお手本として弾いてくれる時、ひとりの纏う雰囲気はがらりと変わる。

 教室での様子しか知らないクラスメートがその時のひとりを見たら驚くだろう。ひとりがギターだけに意識を集中させている時、俯いてギターを見ているせいでいつものように顔は見えないのに、思わず息を吞んでしまうような迫力がある。

 

(ギター弾いてる時の後藤さんはとってもかっこいいけど、お兄さんはずっとこれなんだからこんなの反則よね。お兄さん、モテるんだろうなぁ……)

 

 

 

 

「……」

「ん? どうかした?」

「い、いえっ! 何でもないです!」

 

 藍伽の前なのに気付かない間にぼうっと呆けてしまっていた郁代は、彼からの問いかけに飛び上がりそうになりながら答える。夢から覚めたような心地だった。

 郁代の声が小さな店内に響きわたり、驚いて思っていたより大きな声が出てしまっていたことに気づく。

 

「あっ……、んんっ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをして郁代は話題を変える。

 

「あー、えっと……そ、そう! そう言えばお兄さんもギター弾かれるんですよね!」

 

 郁代の視線が揺れ、定まったのは藍伽が先ほどまで背負っていたギターケースだった。

 かなり露骨な話題逸らしだったが、藍伽は気にせずに素直に答える。

 

「ああ、まあな」

「もしかして、お兄さんが後藤さんのギターを教えた先生だったり?」

「いや、全く教えなかったと言ったら嘘になるけど、ひとりは勝手に上手くなっていったからな。だからギターに関しては師弟関係というよりはライバルって感じかな」

 

 藍伽の話を聞いて、今まで恥ずかしそうにしていたのが嘘のように郁代の顔がどんどんと明るくなっていく。

 

「後藤さんも、お兄さんが自分の目標だって言っていました!」

「はは、そうか。まぁ、そうは言っても今のひとりにはまだまだ負けてやる気はないけどな。……だけど、いつかひとりはきっと俺より凄い演奏をするようになるはずだから、その時を楽しみに待ってるところだ」

 

 藍伽がそう付け加えると郁代は瞳をキラキラとさせて本当に光を放っているかのようだった。

 

「兄妹でライバルなんて! なんだかそういう関係とっても憧れます!!」

「そうか?」

「そうですよ! 後藤さんはお兄さんと切磋琢磨してあんなに上手になったのね……! 私も練習頑張らなくちゃ!!」

 

 両手をギュッと握りしめて貪欲にギターの上達を望む郁代に藍伽は好感を抱く。

 あまり結束バンドに口をだすつもりはなかったのだが、可愛い妹のバンドメンバーに先達としてお節介を焼いてやりたくなってきた。

 

「なぁ喜多ちゃん」

「はい?」

 

 それに、この子ならば()()()()だろう。

 そう見積もると、藍伽は顔を上げて首をかしげる郁代の目を真っ直ぐ見て言った。

 

 

 

 ――この後、路上ライブをやろうと思ってたんだけど良かったら喜多ちゃんも見に来ない?

 

 

 

 

 

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