ゾンビ世界で元研究者の女と共依存しながら退廃的な生活を送る話   作:POTROT

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準備・歓迎

「……ん……う……」

 

 体が揺さぶられ、意識が急激に浮上していく。

 しかし、予想以上に疲労が溜まっていたらしい私の体は実に重く、目を開くことすら億劫だ。

 一瞬だけ薄目を開けて見てみると、男が何かを持っているのが見えた。

 形状から見るに、恐らくアレはゴムだろう。

 きちんとしている。どうやら学校の性教育にはしっかりと効果があったらしい。

 こちらとしても、孕む心配が無くなってくれるので大歓迎だ。

 

「あぁ……申し訳ないが、私は今自分から動けない。勝手に使ってくれ」

 

 そう言い終わると、男が私の下半身の方へと回りこむ。

 そのまま私の足を持ち上げて……あれ?

 私が傷に当てておいた布を外

 

「あぐあッ!?」

 

 突然の激しい痛みに体が跳ねた。眠気が一瞬で吹き飛ぶ。

 涙も出てきた。あまりにも痛い。

 だが、その後も心臓の鼓動に合わせて、焼けるような痛みは押し寄せて来る。

 

「……ッ!!ぐゥッ……!あぁッ…………!!!」

 

 体を捻り、四肢を動かし、何とか痛みを分散させようとするも、痛みは一向に収まらない。

 ならばもう、暴れるだけ無駄だ。布団を握り、歯を食いしばって痛みを堪える。

 これならば、もう少し耐えていられそうだ。

 

「ハァッ、ハァッ!フゥーッ!」

 

 永遠にも思えるような長い時間の後、急に痛みが和らいだ。

 その変わりに、足には何かできつく縛り付けられているような感覚がする。

 ……成程、恐らくだがアレはゴムではなく包帯で、この痛みは包帯を足に巻こうとしたためのものだった、という事なのだろう。

 まぁ、そりゃあ血塗れの女を抱くって言うのは気が引けるか。

 

「フーッ……フーッ……」

「終わったが……大丈夫か?」

 

 上から男の心配そうな声が降って来る。

 大丈夫か大丈夫でないかと聞かれれば勿論大丈夫ではないが、今の私には大丈夫と答える以外の選択肢など存在していない。

 折角ここまで来れたのに、たかが痛み程度で台無しにするわけにはいかないのだ。

 

「フゥーッ、だっ、大丈ッ、夫、だとも……!」

 

 未だ襲いくる痛みに堪え、私はなんとか言葉を紡ぎ出すことができた。

 しかし、言葉の節々に大丈夫では無い感じが滲み出てしまう。

 男は何かを考えている様子だったが、しばらくすると立ち上がり、何処かへ去っていった。

 流石にこの状態は無理と判断したのだろうか。まぁ、そうしてくれると非常に有難いが。

 

「ハッ……ハァッ……ッ!」

 

 だが、実際はそうで無かったらしい。男はすぐに戻ってきた。

 今度こそゴムを持って来……全然違った。

 私の額をタオルのようなもので拭ってから、また何処かへ行ってしまう。

 おかげでかなり楽にはなったが……あの男は一体いつになったら私を抱くつもりなのだろうか。

 抱くのならさっさと抱いてくれた方が私の精神的に有難いのだが。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

 ……数分程時間が経って、痛みもかなり治まってきた。

 後方からドアの開く気配と、男が近づいて来る気配がする。

 どうやらこちらの様子を見に来たらしい。

 

「……大丈夫か?」

「ふぅ……あぁ、もう大丈夫だよ。すまないね、こんなことをやらせてしまって」

「構わない。……ところで、腹は減っているか?」

「……?」

 

 腹が?……そういえば、最後に食べたまともな飯は……昨日の夜か。

 菓子パンを幾つか食べて、その後すぐに追い出されたんだった。

 思い出したら急に腹が減ってきた。

 

「まぁ、減ってはいるが……まさか作ってくれるのかい?」

「いや、もう用意はほとんど出来ている。席に座……座れるか?」

 

 ……まぁ、私のあの醜態を見ればそう思ってしまうのも当然か。

 しかし、ドアの先の光景を見てみると、食卓らしき席はすぐそこにある。

 あの程度ならば、今の私でも辿り着けるはずだ。

 

「席というと……すぐそこだろう?そのくらいなら大丈夫さ」

「そうか」

「ああ、大丈夫……って、うわわっ!?」

「食卓まで運ぼう。あまり動かないでくれ」

 

 体がいきなり宙に浮く。どうやら抱き上げられたようだ。

 目と鼻の先にまで近付いた男の顔から目が離せない。

 

「い、いや、大丈夫だって言ったんだが!?」

「転んだりして怪我でもすれば大変だ」

「……う、ぬ、まぁ、その通りなんだが……流石に……」

 

 恥ずかしい、と言葉にする前に男が動き出す。

 私の体をぶつけないようにしてドアを通り抜けると、優しく椅子私を座らせた。

 そして、こちらが何も言えないうちにキッチンの方へと行ってしまう。

 それから数十秒もすると、何かが焼ける音と共に美味しそうな匂いが漂って来た。

 

 ……いや、本当に何なのだろうかあの男は。

 先程から何がしたいのかさっぱりわからない。

 それに、私の覚悟を何度も何度も弄んで……私を一体どうするつもりなんだ?

 

 などと考えていると、男が料理を乗せた皿と水を持って来る。

 湯気を立ち上らせる彩り溢れたそれは、非常に美味しそうだ。

 

「……おぉ、野菜炒めか。いいね、美味しそうじゃないか。正しく男飯という感じだ」

 

 ……とりあえず語感で男飯と言ったが、男飯って褒め言葉なのだろうか?

 しかし、男は気にした素振りを見せていないので、多分褒め言葉なのだろう。

 男は一度キッチンに戻り、箸を一膳と水をもう一つ持って来た。

 そして私の前に箸を置くと、そのまま椅子に座る。

 

「……ん?君の分は……?」

「俺は大丈夫だ。遠慮せずに食べてくれ。これは歓迎会だからな」

 

 歓迎会……歓迎会……?私の……?

 

「……あ、ああ……か、歓迎会か……歓迎会なら、仕方がない、な、うん」

「水は、麦茶とオレンジジュースがある。そっちの方が良ければ言ってくれ。持ってこよう」

 

 何故、そんなに私に良く……いや、まさか、これ……毒……?

 成程、歓迎会とは、そう言う……やはり、抱けなかったのが気に食わなかったのか?

 いや、そもそも最初からこうするつもりだったのかも知れない。

 

「……な、なぁ。まさか……これは、私を……?」

「ああ、貴女に食べてもらうために作ったんだ。むしろ食べてもらわないと困る」

「…………あ、え、そ、うか……そう……だよな」

 

 念のために確認してみるが、やはりそうだったらしい。

 ……上げて落とすとはこのことか。

 しかし、仕方が無い。どうせ食べるしか無いのだ。

 

「……では……い、ただきます」

 

 体温が下がり、全身の血の気が引いていることがハッキリわかる。

 その上汗は出るし手も震える。上手く箸が持てない。

 逃げたい。このまま皿を落とせば少しは可能性が────

 

「……自分で食べられるか?」

「ヒッ……あ、だ、大丈、夫、だ。……じ、自分で、食べる……!」

 

 いや、もう、無理だ。目の前に男が居る。死ぬしか無い。

 ……せめてあまり苦しまないようにしよう。

 さっさと致死量を取り込めればそれで良いはずだ。

 皿を持ち上げて中身を掻き込み、水で流し込む。

 

「ッ……………………!」

 

 ……ん?普通の味だぞ……?

 変な気体が発生するわけでも無いし、異物っぽいものが入っているわけでも、キノコが入ったりしていたわけでも無いし……

 

「…………あれ?」

「だ、大丈夫か?口に合わなかったのか?」

「え………………」

 

 どうやら、本当に心配しているらしい。

 ……まさか、これ普通の料理で、毒だのなんだのってただの杞憂だったり……?

 いや、そうなるとまた……あ、違う、拙い、早く返事をしなくては。

 

「あ、い、いやいやいや!とても、とても美味しかったとも!」

「それなら、良かったが……一体どうしたんだ?」

「そ、それは、そのぉ……」

 

 ど、どう切り抜ける……?

 毒が入ってると思ってました、なんて言ったら本当に毒殺されそうだし……

 …………あ、そうだ。こう言う時に便利なのがあった。

 

「き、気にしないでくれたまえ!女の秘密というヤツだ!」

「……あぁ、成程」

 

 よし、やはりこの手は強いな。こう言う時に女に生まれて良かったと思う。

 しかし、まだ切り抜けたわけでは無いはずだ。早急に次の手を……

 

「……おかわりは、要るか?」

「えあっ…………も……ら、えるのかい?」

「ああ。構わない」

「じゃ、じゃあ……貰おうじゃないか」

 

 ……どうやら、考える必要は無かったらしい。

 彼が皿を持ってキッチンに戻る。

 

「さ、どうぞ」

「うん、有難う」

 

 彼が再び野菜炒めを持って来た。最初よりも少し多く盛り付けられている。

 今度は先程のように掻き込んだりせず、ゆっくりと咀嚼し、味わって食べる。

 

「…………美味しい」

「それは良かった」

 

 心底安心したかのような声色。

 マスクの下にある表情はわからないが、その目は確実に柔らかくなっている。

 ……成程。つまり、私はただただ善意で出してくれた料理に対して、毒だのなんだのと疑っていたわけだ。

 

 ………………あー……拙い。

 理解してしまうと、湧き出して来た罪悪感で押し潰されそうになる。

 

「……私は……これを、毎日食べてもいいのかい?」

「いや、そうもいかない。食材には限りがある。これ以降は比べ物にならないくらい貧相になるから、出来れば今のうちに味わって食べてくれ」

「………………ッ、じゃあ、今回は……」

「歓迎会だからな」

「……そう、か…………」

 

 …………考えてみればそうだ。

 病院にいた頃はこのくらい普通に食べられたが、ここは一般家庭。

 この状況において、食料は貴重なものだろう。

 つまり、私は彼を疑っただけでなく、彼の貴重な食料を無駄にしたと言うことになるのか。

 

「勿体ないことを、してしまったかな」

「……まぁ、気にするな。いざとなればかき集める。好きに食べても構わない」

「ッ…………!」

 

 ああ、拙い。本格的に拙い。

 自己嫌悪が止まらない。涙腺も決壊する。

 

「すまない……すまない……!」

 

 もう、謝ることしかできない。

 到底許されることではないと言うのはわかっているが、それでも謝るしかない。

 今の私には、それくらいしか出来ることは無いのだから。

 

 





 うん、誤解が解けて良かったですね。まぁ、変わりに罪悪感をGETしたわけですが。
 彼女には今後この罪悪感で苦しんでもらいます。
 いやー……可哀想ですね。それが良いんですがね。

 次回からは主人公視点に戻ります。
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