十月。
伊勢湾台風の爪痕が日本列島に深く刻まれたまま、学習院中等科の授業は再開された。
教室内には、独特の沈痛な空気が漂っていた。数名いたはずの「あの日、伊勢への随行を許された生徒たち」のうち、戻ってきたのは慶仁、ただ一人であったからだ。
慶仁の隣の席には、六条雅武が座っていた。
二人は乳兄弟であると同時に、初等科の頃から常に成績を競い合い、放課後には剣道場で共に竹刀を交える「最高の御学友」として知られていた。
だが、今の雅武にとって、その隣席は針の筵であった。
教壇に立つ教師の言葉も、窓の外を流れる秋の雲も、雅武の目には入らない。ただ、隣に座る慶仁の、驚くほど痩せ細り、生気を失った横顔だけが、視界の端で焼き付くように存在していた。
「……雅武」
休み時間、慶仁が不意に口を開いた。
その声は、かつて剣道場で響かせていた気風のいい少年のものではなく、深い地の底から響くような、擦り切れた音だった。
「はい、殿下」
「昨日、数学のノートを貸してくれたな。……すまなかった、汚してしまって」
差し出されたノートの端には、小さな、しかし消えない「泥のシミ」が付着していた。
慶仁の手元に残っていた、桑名の泥。どれほど洗っても、どれほど拭っても、慶仁の指先から、あるいは持ち物から、桑名の泥が消え去ることは無かった。まるで桑名の泥が何らかの意思を持って消えることを拒んでいるかのようだった。
雅武は、そのシミを見た瞬間、喉の奥が熱くなった。
自分たちは同じ教科書を読み、同じ試験を受けてきた。だが、あの日を境に、二人の間には「数千年の断絶」にも等しい経験の差が生まれてしまった。
自分は清潔な教室で、台風の被害を「ニュース」として聞いていた。
慶仁は、愛する寛子と千代が泥に消えていくのを、その手で、その目で、その肌で受け止めていた。
「殿下、ノートなど、いくらでも……」
「お前はいいな、雅武」
慶仁の瞳が、ふと雅武を射抜いた。そこには憎しみではなく、もっと深い、救いようのない絶望があった。
「……お前は、まだ『あの日』の前にいる」
慶仁は、汚れたノートを雅武に返すと、再び窓の外の空を見上げた。
その瞳は、もはや教室内を流れる「子供たちの時間」を見てはいなかった。
慶仁の言葉に雅武は呼吸を忘れた。
自分は慶仁のすべてを知っているつもりだった。だが、今の自分は彼にとって、「何も知らない幸福な過去の住人」でしかない。
寛子が死に、千代が消え、皆が散ったあの日。
もし自分がそこにいれば。
千代の代わりに丸太に打たれ、寛子の代わりに慶仁の足を支えられたはずだ。
乳兄弟として、御学友として、正成のように、あの濁流に身を投じる権利が自分にもあったはずなのに。
大人たちは「将来の準備」という名目で、彼からその権利を奪ったのだ。
雅武を襲ったのは、生き残った安堵ではなく、親友の地獄に立ち会えなかったという、あまりにも歪んだ、しかし真実の後悔だった。
「……あんなことを、言うつもりはなかったのだ」
深い夜の静寂が広がる赤坂の私室。
慶仁は、月の光さえ遮るように厚いカーテンを引き、闇の中で一人、椅子に深く身を沈めていた。
脳裏に焼き付いて離れないのは、言葉を放った瞬間の、雅武の表情だ。
乳兄弟として、共に育ったはずの親友が浮かべた、決して触れてはならない神域から拒絶されたかのような、あの凍りついた表情。
「雅武は、悪くない……」
慶仁は、熱を持った額を手のひらで押さえた。
雅武が東京に残ったのは、松殿家への礼儀を尽くし、慶仁が帰る場所を守るためだった。彼は自分の職務を、誠実に、完璧に果たしていただけだ。
それなのに。
――お前は、まだ『あの日』の前にいる。
あの一言は、雅武の誠実さを「無知な幸福」として切り捨て、彼が守り続けてきた慶仁との絆を、あの日流れた泥水で汚すに等しい暴言だった。
謝りたかった。今すぐ雅武の部屋へ行き、彼の肩を掴んで、「すまない、私がどうかしていた。お前の準備があったから、私はこうして帰ってこれたのだ」と伝えたい。
だが、慶仁の喉の奥では、桑名の泥の味がまだ消えていなかった。
「……謝って、どうなる」
慶仁は、胸元に忍ばせた菊結びのお守りを握りしめた。
もし謝って、雅武が「分かります」と泣きながら許してくれたら?
それでは、雅武までもが、この冷たくて暗い、丸太が体を砕く音が鳴り止まない「あの日」の檻に閉じ込めてしまうことになる。
(寛子なら、きっと私を叱っただろうな)
寛子なら、あの凛とした声で「殿下、雅武さんに甘えてはなりませぬ」と嗜めたはずだ。
そして千代なら。千代なら何も言わずに、慶仁と雅武の間を繋ぐように、少し熱めの茶を淹れて、二人の空気をそっと解きほぐしてくれただろう。
だが、誰もいない。
自分を叱ってくれる光も、自分を支えてくれる影も、すべてはあの濁流が浚っていった。
残されたのは、親友を傷つけることでしか「あの日」の尊厳を守れない、歪んだ心を持った自分だけだった。
「雅武……お前は、そのままでいい。……泥を知らぬ、真っ白な手のままでいろ」
慶仁は、闇の中で呪文のように呟いた。
雅武を地獄へ引き込まないための、それが彼なりの、あまりにも不器用で残酷な「友愛」だった。
慶仁は誰にも見せず、一人で静かに、しかし激しく、自分の傲慢さを呪いながら涙を流した。
昭和三十四年、十月。赤坂の京極宮邸。
慶仁は赤坂の邸にて十三歳の誕生日を迎えた。
例年であれば、松殿侯爵家を始めとする諸家からの祝辞が溢れ、幼い頃から慶仁を知る侍従たちが賑々しく立ち働いたはずの、十三歳の誕生日である。
本来なら、宮号継承を控えた祝祭の席となるはずだった広間を支配しているのは、耳が痛くなるほどの「冷たい沈黙」であった。
膳の上には、料理人が丹精込めた赤飯や鯛の塩焼きが並んでいる。だが、その湯気からは、かつての誕生日のような「祝祭の香り」がしなかった
六歳の頃から、不器用な慶仁の隣で常に正しい作法を説き、時に厳しく、時に優しく微笑んでいた寛子の姿はどこにもない。そして、その寛子の数歩後ろで、主の意を汲んで鮮やかに立ち働き、寛子の着替えを完璧に整え、慶仁が緊張している時にはさりげなく茶を差し出し、寛子だけでなく慶仁の好物も把握していた千代の姿も、もうなかった。
慶仁の歩調に合わせて駆け寄ってくれた忠義の侍従や武官たちも皆、伊勢の海か、あるいは冷たい土の下にいた。
今、慶仁の背後に控えているのは、惨劇の後に急遽配属された、顔も名前も覚えきれぬ若い侍従たちである。
差し出された祝いの膳を、慶仁はただ黙って見つめていた。
「殿下、少しでも召し上がらなければ……」
新たに配属された、不慣れな様子の若い侍従が恐る恐る声をかける。
その声が義務に満ちた「他人行儀な」声に聞こえ、慶仁は胸を締め付けられた。
(千代なら……)
千代なら、今の自分が食欲など微塵もないことを、その瞳の揺らぎだけで分かったはずだ。
「殿下、一口だけでよろしゅうございます。私が寛子様から叱られ役を頂戴いたしますから」
そう茶目っ気たっぷりに囁いてくれた、あの声はもう二度と戻らない。
寛子が太陽なら、千代はそれを支える大地だった。その両方を、自分はあの濁流に根こそぎ奪われたのだ。
ふと視線を落とすと、広間の隅で石のように動かない雅武がいた。
本来なら、彼は今頃、慶仁の隣で「殿下、おめでとうございます」と笑い合い、共に膳を囲んでいたはずだった。だが、あの日、東京に残って無傷でいた雅武は、今の慶仁にとって『喪われていない、あまりに眩しすぎる過去の遺産』だった。
慶仁は、雅武の震える肩を見つめながら、あの日、彼へ投げつけた「お前は、まだ『あの日』の前にいる」という言葉の棘を思い出し、胸の奥を焼かれるような自責に沈んだ。
「……寛子は、いつもこの時期になると、私の成長を『少し早すぎます』と笑っていた」
絞り出すような慶仁の独白に、周囲の大人たちは言葉を失った。
「六歳で彼女に出会ってから、私の誕生日は彼女に認められるための通過点だった。そして、その私を陰で支えてくれたのは、いつも千代だった。……だが、十三になった私を認めてくれる彼女たちは、もういない」
慶仁は、膳の脇に置かれた、泥汚れの落ちきらない「菊結びのお守り」を手に取った。
寛子が命と引き換えに握りしめ、そして千代がその最期を支えて自分に遺した、あまりにも重い形見。
慶仁は窓の外、皮肉なほど透き通った秋の晴天を見上げた。
(寛子、千代……。私は、お前たちの命を礎にして生きているのだな)
その自覚が、血を流していた少年の心に、冷徹な鋼の鎧を被せていく。
祝いの詞も笑い声もない十三歳の誕生日は、彼にとって「無垢な子供」の葬儀であり、「悲劇を背負った皇族、京極宮」としての即位式であった。
少年の瞳からは幼さが完全に消え去った。
彼は寛子の冷たい手から回収された、泥汚れの落ちきらない「菊結びのお守り」を握りしめた。
その指先は、今も彼女の体温が残っているような錯覚を覚えていた。
一ヶ月後。
慶仁の元に、一通の届け物があった。
それは、六華苑の泥の中から奇跡的に見つかった、千代の遺品である手鏡だった。鏡面は粉々に割れていたが、その裏側には、彼女が大切に忍ばせていた寛子と慶仁、そして雅武が四人で写った古い写真が挟まっていた。
慶仁は、震える手でその写真をなぞった。
あの日、桑名で失われたのは、単なる命ではない。彼を「少年」でいさせてくれた、輝ける季節そのものだったのだ。
京極宮慶仁王の御歌(昭和50年 歌会始 お題「雨」)
― わが腕(かいな) 支えし腕(うで)の 温もりを 雨の音きく 夜半にさがして ―