「閣下。朝鮮の指導者ですが如何いたしましょうか?」
「そうだな……。呂運亨なる人物の評価が高いようだな」
「ああ、あれなら米国にも顔が利くようですな。修正主義的なところはありますが社会主義者でありますのでよろしいのではないでしょうか」
「ふむ……。問題が起きれば挿げ替えればよかろう」
「呂運亨め! 誰のおかげで指導者になれると思っておるのか! 近頃のあ奴の言動は目に余る」
「呂運亨は独自の民族主義的な動きもさることながら、我々の意向に反する土地改革を民族主義的社会主義の名のもとに推し進めていますな。あれは我々の原則を歪める「修正主義」以外の何物でもありません」
「排除すべきだが、後釜はいるのかね?」
「朴憲永は如何でしょうか?」
「どのような人物かね? あれと同じようなのでは困るが」
「半島の政治家の中では我がソ連に最も忠実であり、かつ朝鮮半島内で最大の共産主義組織を率いています」
「ふむ……。ほかに候補はいるかね?」
「金成柱はどうだ?」
「あれは貫目不足だ。朴憲永の後釜なら務まるであろうが」
「であれば朴憲永の下につけるか?」
「いや。潰しあわれても面倒だ。金成柱は満洲にとどめて半島には入れるな」
「われわれの目が届く満洲で実績を積ませるか」
「満洲も最近きな臭くなっているが、大丈夫か?」
「適時ガス抜きはさせているはずだ」
「まあ満洲は良い。それよりも朝鮮だ。閣下、後任は如何しますか?」
「呂運亨は邪魔だ。後任は朴憲永とする」
「承知しました」
「呂閣下ですな?」
「そうだが、君は……。ああ、朴同志の秘書か。何の用だ」
「閣下、あなたの『左右合作』は、人民とソビエトへの裏切りだ」
「何!? ……グッ、きさ……ま」
「閣下! 貴様らなにをする! ガッ」
「遅い。これで護衛とは」
「……閣……下」
「同伴はこいつで最後か?」
「そのようだ。……同志スターリンは、統一朝鮮の指導者として、呂運亨、あなたではなく、偉大なる同志、朴憲永を選ばれた。邪魔者は消えろ」
「おの、れ……」
1948年4月:平壌・錦繍山議事堂
「同志閣下! 済州島で大規模な暴動が発生しました!」
「なんだと? あの島の連中、革命の何たるかを理解しておらんのか」
「強引な中央集権化と、食糧供出に不満を持った島民が武装蜂起した模様です。島民どもは険しい漢拏山に籠城し、地元の人民委員会すら中央に反発しております」
「反動分子め。旧体制の残党や右派の扇動に乗るとは愚かな」
「如何いたしましょうか。説得のための工作員を送りますか?」
「生温い。容赦は要らん、本土から討伐隊を送れ。党に逆らう者は老若男女問わず、全て『帝国主義の犬』として処分しろ」
「す、全て、ですか? 島民の数割が犠牲になる恐れが……」
「構わん。焦土作戦をもって徹底的に鎮圧しろ。山を焼き、洞窟を塞げ。新たな国家に逆らえばどうなるか、全土への良い見せしめになるだろう」
「……しかし閣下、すでに数百の島民が海を渡り日本へ逃げ出しております。ほとんどの島民が逃げ出す恐れもありますが」
「逃げるなら逃がしてやれ。日本に『厄介者』を押し付けてやるのも一つの戦術だ。残った反抗勢力は、一人残らず土に還せ」
1948年8月:朝鮮社会主義人民共和国建国宣言
ソ連の全面的な支援の下、朴憲永を最高指導者とする「朝鮮人民共和国」が朝鮮半島全土に樹立された。
1949年9月:九月宗派事件発生。朝鮮労働党延安派粛清。満洲派・ソ連派一部国外追放
「金錫源、白善燁、朴正煕。貴様らを反人民的な親日行為、特に日本国陸軍、満洲国軍への服務経歴により、死刑を宣告する!」
「待て! 我々は朝鮮の軍人だ! 朴憲永、貴様!」
「済州島で同胞を虐殺し、今度は有能な将兵を殺すか! 貴様こそ民族の敵だ!」
「黙れ! 帝国主義の犬めが!」
「さて、帝国主義者どもは片付いたな。次は……」
同年:満洲のソ連軍基地
「……朴憲永は愚かなことを。信条が異なるとはいえ、有能な軍人をこうもあっさり粛清するとは」
「同志。我々の出番はまだです。今は耐えねば」
「わかっている。奴は呂運亨を暗殺し、済州島を血の海に変え、今度は軍の骨抜きか。逃げ出した島民たちが日本で何を語っているか、奴は理解していない」
「同志。あやつは『済州島を掃除した』と豪語しているようです。ですが、あの島で流された血は、いずれ朴憲永を飲み込む波となるでしょう」
「奴が腐敗し、民衆の憎悪を集めれば集めるほど、我々の『解放』の価値が上がる」
「だが、犠牲となる者と残された家族のことを考えるとやり切れんな」
1952年:朴憲永の暴走始まる
国内の経済破綻と粛清への不満をそらすため、朴憲永は極端な「反日」政策に打って出た。ソ連も、千島での報復の意趣返しとして、これを黙認・支援した。
「我が国の海洋主権を宣言する! 日本は、この『平和線』を越えてはならん! 独島は我が領土である!」
1954年12月:12月宗派事件発生。国内残留満洲派・ソ連派粛清
「朴一禹、姜健、方虎山、金雄、朴金喆、崔表徳。貴様らを反国家的な分派行為により、死刑を宣告する!」
「待て! 我々は党に忠誠を誓った朝鮮の軍人だ! あいつらとは違う! 済州島での虐殺も貴様の命令に従っただけだ! 朴憲永、貴様!」
「黙れ! 分派主義の犬めが!」
1956年8月
スターリンの死(1953年)とソ連共産党第20回大会(1956年)による「スターリン批判」は、朴憲永政権の運命を決定づけた。
朴憲永は「スターリンの忠実な犬」であると同時に、「粛清すべきスターリニスト」となった。
「時は来た! 呂運亨同志の仇を! 済州島で散った無辜の民と、朴憲永に粛清された無数の同胞の仇を取るぞ! 我が名は金日成! 独裁者を倒すべく戻ってきた!」
「金日成将軍だと?」
「抗日の英雄、金日成将軍が帰ってきたぞ!」
「ん? 何だか若すぎないか? 彼奴も騙りか?」
「騙りかどうかなんて関係ないさ。あの独裁者を倒してくれるなら彼は英雄金日成将軍だ」
「それもそうだな」
「金日成将軍万歳!」
「万歳!」
「同志閣下! お逃げ下さい。警護隊は全滅しました。ソ連軍も動きません!」
「馬鹿な! モスクワは私を見捨てたというのか!」
「いたぞ、こっちだ!」
「閣下! こちらへ!」
「わかった」
「ここは! ……! 貴様、私の護衛ではなかったか!」
「無実の罪で私の従兄を『分派主義者』の汚名を着せて殺した貴様が悪いのだよ。……朴憲永を捕えたぞ! ここだ!」
「……貴様が金日成を名乗るか。伝説の姿とは似ても似つかぬな。騙りものが」
「朴憲永。呂運亨殿を始め、多くの愛国者を殺戮し、私利私欲のために国家を腐らせた罪により、貴様を金日成と人民の名において処刑する」
「ふざけるな! この騙りものが! 貴様は金成柱であろうが! 負け犬満州派の頭目風情が!」
「私は金日成だ。抗日戦争を経て、いま独裁者を打倒した金日成だ! 独裁者を撃て!」
1957年:朝鮮民主主義人民共和国建国宣言
「閣下、朝鮮民主主義人民共和国建国おめでとうございます」
「ありがとう。早速だが、日本との交渉を行おう」
「では、独島を日本にくれてやると?」
「海軍も満足に揃えられていない現状であの島を守り切る自信はあるのかね? 実力行使で奪いに来る可能性は極めて低いが万が一という事もある。奪われるより、恩に着せられるうちに恩に着せてくれてやった方がましだ。今なら『前独裁者・朴憲永の暴走行為の後始末』という事で此方の面子も立つ」
「しかし、みすみすくれてやるのも惜しいですな」
「誰がタダでくれてやるものか。当然対価は頂くさ」
「対価と仰いますと」
「日本に避難した我が同胞の帰還事業を確実に速やかに行って貰う。我が国は人手不足だからな。当然費用は向こう持ちで帰還の際は資産の持ち出しも認めさせる」
「その資産は……」
「もちろん我が国に帰還した時点で国家の物になる。我が国は平等な社会だ、何事においてもな。富は再配分せねばならん。それは党と国家の役割だ」
「なるほど」
「ああ、それと、我が国にいる日本人も帰国を望む者は島をくれてやるのと同時に送り返してしまおう。朴憲永が捕らえた日本人漁師には、そうだな……陶製の勲章でもくれてやれ。『殉難烈士勲章』とでもつけてな。我々は奴と違うという印象も与えられるだろうさ」
―日朝非公式会談―
「……では竹島の返却と朝鮮半島にいて帰国を望む日本人を送り返してもらう代わりに、帰還事業を速やかに進めろと?」
「そうです。朴憲永の虐殺(4.3事件)や今回の騒乱でそちらに逃れた同胞、戦前に渡ったり戦中に徴用され帰還できていない同胞たちを全て帰国させて頂きたい。当然帰還に当たっては財産の持ち出しも認めて頂きたい」
「同胞全てですか。もし帰還を拒む者がいた場合は?」
「我々は全ての同胞の帰還を求めています、全ての同胞の」
「なるほど。同胞の、ですな」
「その同胞についてですが、済州島から逃げてきた連中の扱いについて貴国の考えは? ……彼らは命からがら島を逃れてきた人々ですが」
「……ああ、彼らが帰還を拒み、日本に残るというのであれば、それはもはや我が国の『同胞』ではない。ただの『密入国した外国人』として、貴国が好きに処理されればよろしかろう。我々は貴国に密入国した外国人などに一々関与しない」
「なるほど(帰還事業に応じない者は見捨てる、ということか)。あなた方の同胞が一人でも多く帰国されるよう、我が国も尽力しますよ」
―日本 衆議院大委員会―
「では我が国に在住している朝鮮人の帰還事業を進める代わりに竹島の返還と朝鮮半島にいる日本人の帰還が行われるという事でしょうか」
「その通りです。また、竹島周辺で捕らわれた日本人については見舞いとして殉難烈士勲章を授与するとのことです」
「我が国は朝鮮民主主義人民共和国とは国交を結んでおりませんがそこはどうするおつもりですか」
「この事業は人道に基づき行われる事業であり、国交締結はまた別の問題であります」
1958年:平壌
「帰還は順調かね」
「ええ。日本政府が積極的に行っております。この一年でこちらが把握している人数の六割は帰還しております。残りは三割が帰還の船を待って待機中、一割が米国に亡命申請を行ったとの事です。あと半年のうちには全員帰還できるでしょうな。最も中には日本に帰化申請を出した者もいたようですが、外国人居留者名簿に記載がない者や渡航証明書を持たない者、戦後に騒乱を起こしたり、許可なく何処ぞに勝手に住み着いた者たちの申請は悉く却下され、財産を持たされた上で新潟に監視付きで送られています」
「そうか、素晴らしいな。仕事の早さは我が国も見習わなくてはいかん」
「まったくですな。ああ、帰還の件ですが、日本人は官憲のみか、一般民衆や彼らが言うところの任侠、ならず者すら官憲に積極的に協力しているようです」
「ほう、日本に逃げ込んだ奴らは相当恨みを買ったようだ。では島の譲渡と日本人の送還を確実に行い、我々は朴憲永(やつ)と違うと日本人に理解させねばならんな」
「はっ」
「ああ、それと密出国が起こらないようにしたまえ。くれぐれも周辺諸国に【迷惑】をかけることのないようにな」
「承知しております」
「宜しい」