「……非公式だが、平壌の『新しい主』から打診があった。竹島を返す、と言ってきている」
「タダではあるまい。条件は?」
「『資産を持った同胞の全員帰還』だ。向こうは資産と人手が欲しいらしい。こちらとしては、終戦の混乱で居座ったり密入国してきた連中を合法的に、かつ人道的に整理する絶好の機会だ」
「資産か。不動産や莫大な資産を持ち出せるわけでもなし。金で解決できるならそれも一つの手だと思うが。幾許かの金を持たせて、全員送り返してしまうのも手だな」
「そこは議会にかける必要があるが、昨今の社会情勢を見れば反対意見は少ないだろう」
「ある程度の金を持たせて、さっさと帰してしまったほうが良い」
「素直に帰国に応じる連中は問題ない。問題は、帰りたがらない連中だ。日本に生活基盤があると言い張るだろう」
「そこはあちら側が知恵を貸してくれた。――『帰らない者は我が国の同胞ではない』とね。つまり、帰還を拒否した瞬間に彼らは亡命者から不法滞在者になる。そうなれば、居留許可を出す出さないはこちらの裁量一つだ」
「竹島周辺で捕まった漁師たちへの賠償はどうしますか?」
「あちらさんは『殉難烈士勲章』なるものを授与するらしい。何か裏があるかと調べてみたが今回新しく設けた勲章のようだ。あちらさんにとっても前指導者の暴挙を否定し、現政権の度量を示す為の演出の一部だ。こちらが不利益を被ることもないならそのままにしておこう。我々はただ、人道的配慮に深く感謝するポーズを取ればいい。むろん我々からも被害者たちには生活保障を行わねばならんがな」
「密入国者のリストは精査できているか?」
「はい。渡航証明書のない者、および過去に騒乱に関与した者の住所は全て特定済みです。明朝、一斉に『任意同行』を求めます」
「抵抗されたらどうしますか?」
「……『不幸な事故』は避けたいが、法執行の厳格さは見せねばならん。幸い、近隣住民はこちらの味方だ。騒音や犯罪に嫌気がさしている」
「お勤めご苦労さんです、刑事さん。……例の件、話は通ってますよ」
「ああ。表立って俺たちが動くと角が立つ場所がある。あんたらの出番だ」
「わかってますよ。先代のおやっさんがあんたらの先代と組んだ闇市の排除と同じだ。居座ってる連中のケツを叩いて、新潟行きのバスに乗せるだけだ。あっちが持ち出さない限り拳銃は使わねえ、木刀と気合で十分でしょう」
「頼むな」
「若頭、いいんですか? しっぽ振るように国の仕事を手伝っちまって。俺たちゃ犬っころじゃありませんぜ」
「バカ言え。これは日ノ本への奉公だ。奴らに竹島を盗られ、漁師を殺されて、おまけに国内で暴れられて……」
「女子供も随分襲われましたからね。甚吉の奴が命懸けで守ってくれなければ頭のお嬢とご友人も危なかった。お嬢達を守って甚吉の奴は膾に……」
「俺たちが動く大義名分は揃いすぎてる。警察も今回ばかりは見て見ぬふりだ。存分に暴れろ」
「ああ。甚吉の敵討ちだ」
「多少手荒く扱ってもいいが、船に乗せられる程度にしとけよ。入院が必要ですなどと居座られんじゃねえぞ」
「そっちだ! にがすな!」
「くそっ、見失った!」
「あいつら、どこ行きやがった!」
「兄さん、鮮人達、あっち行ったぞ!」
「そうか! すまねえ」
「あいつら逃がすんじゃないよ! 嫁と孫の仇だ」
「おらぁ! 暴れんじゃねえ! おとなしくお縄につきやがれ! おい! そこら辺にいるマッポ呼んで来い」
「達者でな。国に帰ったら、親孝行するんだぞ」
「気を付けてお帰りよ」
「ああ、そうだった。こいつは餞別だ。聞いた話じゃ地上の楽園とは言っても、あっちの冬は寒いらしいからな」
「……行っちまったな。達者でやっていければ良いがな」
「だな。しかし、帰ろうとしない連中は何を考えているのかねぇ」
「新聞読めばわかるさ。アイツらは良い奴だったから素直に帰れるんだろ。大方向こうでなんか後ろめたい事でもしてきたんだろうよ、帰ろうとしない奴らは。どちらにしろ帰されるんだから素直に応じればあちらさんの心情も違うだろうに、馬鹿な奴らだよ」
「違いねえ」
「ずいぶんと集まりましたね」
「ああ。もうすぐあちらさんからの迎えの船が到着する。全員は無理だろうが少しは静かになるだろうさ」
「全員送り返すまで気が抜けんな。そこの病院にでも逃げ込まれちゃかなわん」
「その通りだ。全員よく聞け! 上からの通達だ。全員を帰還させるまでの間、新潟の収容施設周辺の警備を最優先しろ。逃がすんじゃないぞ!」
「署長、無理やり乗せようとすれば暴動が起きますよ。特に済州島から逃げてきた連中は、あっちに帰れば殺されると怯えている」
「だからこそだ。せっかくあちらさんが引き取ると申し出てくれているんだ。日本に残ってまた暴動を起こされるよりは、向こうに管理してもらうほうが良い。逃げ出されてあちらさんに付け込まれるような隙を見せるなよ」
「……これで最後か.この一年半、よくここまで捌いたもんだ」
「向こうも必死ですよ。財産を根こそぎ持って帰らせて、到着した瞬間に没収するつもりでしょう。まさに『金のなる木』の輸出ですな」
「向こうは資産と人が手に入る。こちらは島が戻り、治安も良くなる。近江商人の三方よしじゃないか」
「署長。三方よしって、帰る奴は損してやしませんかね」
「地上の楽園に帰るんだ、損はしとらんだろ」
「ははは、違いねえ。署長も言いますね」
「泣くわ喚くわハンストやら暴れるやら、あいつらには散々苦労させられたからな。このくらいは言わせてもらうさ」
「帰還した彼らは、あっちで幸せになれますかね?」
「……知らん。我々の仕事は、彼らを『同胞』の元へ送り届けることだ。その後のことは、彼らの選んだ新しい『将軍様』に聞くんだな」
――埠頭には、何も知らぬまま万歳を叫ぶ帰還者たちと、それを冷たく見送る日本側、そして全てを計算済みの平壌の影があった。