もしもこんな日本だったら   作:fire-cat

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この一年でこちらが把握している人数の六割は帰還しております。残りは三割が帰還の船を待って待機中、一割が米国に亡命申請を行ったとの事です。


この一割の話。


朝鮮動乱 ~第三の道~

1957年:横浜港・米軍専用埠頭

 

「……これで最後か」

「ああ。日本政府が『不法滞在者』として放り出し、祖国に還ることを拒否した連中だ」

「だが、ワシントンは彼らに別の価値を見出した。平壌の新しい『将軍』はソ連の傀儡に過ぎんが、この連中はあちらの内部事情に通じている。特に済州島から逃げてきた者や、粛清を逃れたインテリ層は、将来の『反攻』のための種火になる」

 

 埠頭には、新潟に向かう帰還民とは対照的な、軍隊のような規律で並ぶ一団があった。彼らは日本政府から帰化を拒まれ、さりとて「地上の楽園」へ行くことも拒み、アメリカへの亡命に一縷の望みを賭け、成功した幸運な一割であった。

 米国への亡命申請は戦後に『亡命』してきた者たちも含め多くの者が出していたが、暴動に参加せず身辺が綺麗だった者のみが米国から受け入れられていた。

 亡命が認められた者の多くは戦前から戦中にかけ日本に入国した者たちで、戦後、『亡命』してきた同胞とは歩みを共にしなかった。そのことが『亡命してきた同胞たちの多くが引き起こした暴動』から身を遠ざけることに繋がったのだ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「米国が例の亡命申請者達を引き受けました。これにより、国内の不安定要素はほぼ一掃されます」

「そうか。アメリカも商売上手だな。我々に恩を売りつつ、自前の『亡命政府』の種を懐に隠し持ったわけだ」

「外交とはそういうものでしょう。我々としても、これで竹島が戻り、在日朝鮮人問題に一区切りがついたことで、ようやく戦後が終わったと言えます」

「……終わった、か。平壌へ向かった九割と、米国へ向かった一割。どちらが先に笑うか、我々が見届けることはないだろうな」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

同時刻:駐日米国大使館

 

「日本側は彼らを早く追い出したがっている。竹島の返還と引き換えに、平壌との間に妙な友情が芽生え始めているからな。石井*1は米国がこの連中を引き受けることに表向きは難色を示しつつも、裏では安堵している」

「だろうな。日本にとっては、自国の手を汚さずに『治安上のリスク』をアメリカに押し付けられるわけだ」

「それで、あいつらの行き先は?」

「彼らは基本的にはハワイやカリフォルニアの農園、東部の工場へ送られる。だが、優秀な若者は陸軍の特殊部隊の極東地域担当教官、あるいは情報局の分析官として再教育する。いつか、あの半島が再び炎に包まれる時のために」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「もう少し早く決断を下すべきだったな」

「仕方ありませんわ。帰化申請がばれたら裏切り者扱いされて殺されていたかもしれませんし」

 

 妻の言葉で、男の脳裏には申請書類を突き返しながら小声で告げた役所の担当者の声が蘇っていた。

 

『あんたはほかの連中と違って、子供も学校に通わせているし、地域ともうまくやって揉め事も起こしていない。だが、もう帰化は無理なんだ。決まりなんだよ。もう少し早く決断していればな。……ただ、隣町にある米軍施設の亡命申請窓口はまだ開いている。あそこなら、あんたのような『まともな人間』を欲しがっている。この書類を持って明日一番に行きなさい、家族を連れてな。新潟行きまで時間がない、急いでな。……余計なお世話かもしれんが、向こうに行ったらあんたらの同胞に深入りせんほうが良いと思うぞ』

 

「向こうに着いたらあの人が言ったように同胞のコミュニティからは少し引いたほうがよさそうですね」

「ああ。そうするつもりだ。今回の件は考えさせられた」

「父さん、もう正弘達とは会えないの?」

「この騒ぎが収まれば朝鮮系米国人として戻ってくることもできるだろうさ」

「そっか。そうなったらいいなぁ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「……父さん、本当にアメリカへ行くの? 言葉も通じないのに」

「ああ。日本はもう、我々の味方ではない。そして平壌へ戻れば、待っているのは『再教育キャンプ』か死刑台だ」

 

 男は、かつて朝鮮半島で軍のエリートだった面影を、汚れた背広の中に隠していた。彼は朴憲永による粛清を逃れ、日本に密航してきた一人だった。

 

「アメリカ人は我々を『自由の闘士』と呼ぶが、実際には便利な『道具』として使うつもりだろう。だが、道具としてでも生き残らねばならん。いつか、あの半島を本当の『我が家』にするために」

 

 

「急げ! 船が出るぞ!」

 

 米軍兵士のぶっきらぼうな号令が飛ぶ。彼らが乗り込むのは、豪華客船ではない。軍の輸送船だ。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 霧の向こうに、金門橋が見えてくる。

 輸送船のデッキで、一人の少年が水平線を眺めていた。

 

「此処が、地上の楽園なの?」

 

 少年の問いに、父親は答えなかった。ただ、軍から渡された「渡航証明書」を強く握りしめていた。そこには、アメリカ政府の冷徹な意図と、家族の生き残りをかけた重い契約が刻まれていた。

 日本側の冷たい視線から逃れ、平壌の赤い嵐を避けた彼らは「自由の女神」の下で、新たな冷戦の駒として、その一歩を踏み出した。

 

 

<FIN>

*1
(石井光次郎:岸信介は満洲の幹部なので、その代わり。大野伴陸でもよかったが)




帰化者(日本人扱い)
日本国籍を取得し帰化できていた者
取引公表前までに帰化を申請し、その最中に生じた暴動などから身を遠ざけて大人しくしていた者
※帰化していた者で暴動に参加した者は日本人の犯罪者と同じ扱いです。

新潟送り
暴動に参加していた者
故意に土地を占拠し不法居住していた者
犯罪を犯した者
取引公表前までに帰化を申請しつつ、その最中に生じた暴動に参加していた者
※取引公表後の帰化申請はすべて却下

亡命許可
取引公表後に帰化申請して却下された者のうち、暴動や犯罪を行わず身辺が綺麗だった者




外国から見たこの一連の動きの評価:最悪の事態を回避した奇跡的な平和的解決

外国から見た関係国への評価w

朝鮮民主主義人民共和国:話が通じる生まれ変わった理性的な国家
 朴憲永という「狂犬」を排除し、日本に領土を返還した金日成は、力による現状変更を好まない、平和主義的で外交的な指導者

日本:道義的責任の完遂と平和主義の証明
 武器を一切使わずに領土問題を解決し、暴力的な強制送還ではなく、あちらの指導者の「同胞よ、帰れ」との呼びかけに応じた人々を邪魔することなく、資産を持たせてまで無事に送り届けた、戦後処理を平和的かつ人道的に解決できる、戦前とは異なる国家

米国:民主主義の守護者としての名誉挽回
 GHQ本部包囲事件で批判を受けていたが、居場所のない亡命者を受け入れ、自由と民主主義の象徴としての名声を劇的に回復。帰還事業に協力しつつ、行き場のない一割を救う人道支援のリーダー。
(帰還事業の件は口をはさめなかっただけ)
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