昭和二十一年十月十八日、文部省第三会議室。座長の西園寺公明は、机に広げられた前文草案を見渡し、出席者たちの顔を一人ずつ確かめた。文部省教育制度課長の北白川誠、東京大学で教育哲学を講じる伊丹和明、詩人で教育白書編集参与の吉永澄、東京女子高等師範学校教諭の門脇花乃、広島県立呉中学校から呼ばれた教師代表の鶴見剛。そして末席に、CIE文化顧問のサミュエル・S・若林が、オブザーバーとして静かに座っていた。
西園寺がまず口を開いた。
「冒頭で憲法を確定したと置くことは良い。しかし、それだけで、なぜ教育を改めるのかが国民に伝わるだろうか」
その言葉に伊丹がすぐに応じた。
「戦争の悲惨や敗戦を正面から書きにくいのであれば、精神の虚脱と道義の廃頽という、倫理的崩壊を表す語句で象徴すればよい」
吉永はそこに、国家再建へのたゆまざる意欲を並べることを提案した。建設と反省を同時に響かせるリズムが生まれるはずだという、詩人らしい直感だった。
議論は次に「和」と「自主」という対概念に移った。門脇は、戦前の修身教育にあった服従による秩序ではなく、人格による和だと読み取れる構成が必要だと述べた。鶴見も現場の声として、和が同調圧力と読まれては困ると応じる。彼らが行き着いたのは、「自主独立の精神と和の精神とは、道義の精神の両面である」という一文だった。北白川がそれを評して言う。自由イコール孤立という西欧的誤解を越えて、独立した人格同士が共に敬愛するという、日本的な自由の姿になるのだと。
第三部では、家族から郷土、国家へと連なる順序が議論された。西園寺は、両親に孝し、兄弟友愛し、夫婦相睦むという連なりが、旧時代的にならず、それでいて日本人の情操にも響くべきだと自負した。吉永は、身を慎んで無礼の挙動なく、常に自分を引きしめてという行の口調を、文語詩の韻律として美しいと評した。列挙ではなく、生の敬虔のような節として構成できると。
第四部、普遍文化と国民文化、国際協調の接続に話が及ぶと、伊丹は、普遍的にして個性ゆたかな文化の創造という語が、国家再建を世界との共生へ開く視座を生むと語った。門脇は、戦時中に教え子を送り出した自身の経験から、国際平和がただの理想ではなく、赦しと連帯への意志として明記されることに感謝を述べた。
最後の段落、誓約か願望かという問いに、西園寺は迷いを見せた。日本国憲法の精神に則りという締め文句は誓いなのか宣言なのか。伊丹は、この法律を制定するという行をあえて淡白にすることで、前段の精神的高揚を受け止める法的意志へ移行できると説いた。
そのとき、若林が静かに口を開いた。
「通訳がその言葉を日本語に変えていく。これは我々自身が苦心している事柄だ、と若林は言った。単に禁止事項を定めるだけでなく、何を追求しているのかを想起させる法律をいかに記すか。これは、私がこれまでに出会った立法の文章の中で、最も威厳のあるものの一つかもしれない。これは、法における皆様の文化的な証だ」
会議室には、しばらく誰の声もなかった。
起草者たちは後にこの前文を、教えるための法律ではなく、育て合うための約束と呼び合ったという。