昭和二十二年二月一日、CIE政策分析官のJ・N・ワーシントン海軍中佐は、SCAP教育戦略部のジョージ・H・スローン少佐に宛てて、私的な手紙を書いた。
我々の仕事では、法的文書によって予期せぬ立ち止まりを経験することは稀だ、と彼は書き出した。昨夜、教育基本法の最終的な前文草案を読み直した。正直に言って、心を動かされるとは思っていなかった。
日本人は、我々が苦労していることをやってのけた。それは法律と良心の融合だ。我々の憲法が何が許されるかを説明するのに対し、彼らの憲法は、少なくともこの前文においては、我々がどうあるべきかを描き出そうとしている。俯仰天地に愧じない生活、道義と和の精神――そうした言葉が心に残る、とワーシントンは続けた。民主主義は少しの詩がなければ成り立たないのだと、思い出させてくれた、と。
内部的にはこの法律の大部分を承認するだろう、と彼は書いた。本部の何人かは道義が道徳的すぎるのではないかと懸念しているが、放っておけ。我々はファシズムを解体するために来たが、日本は静かに、いかにして意味を再構築するかを示しているのかもしれない。
次に東京に来たとき、酒でも飲みながら話そう。
そう結んで、彼は手紙を封じた。
その半年あまり後、今度は大西洋を越えて、別の報告書が書かれていた。国連教育再建調査団の特別報告者、キングス・カレッジ・ロンドンのマリア・N・ベッカーズが、日本の教育基本法に関する考察をユネスコに提出したのである。教育基本法は、東洋の倫理的伝統と戦後の民主主義的コミットメントの顕著な融合を示している、と彼女は書いた。その構造は法律的であるが、その声は志向的である。とりわけ前文においては、道徳的な雄弁さにおいて既知のいかなる戦後の教育憲章にも匹敵する、と。
報告書は、道義と和の精神を市民形成の共同の柱として宣言する前文の強調点を特筆し、障害を持つ人々や民族的、言語的マイノリティへの教育的平等を法典化した包摂性の広さを、立法例には稀な広範さだと評した。第四条にみる女性の再定義は、伝統的な美徳を維持しつつ主体的行動を主張するという二面性を持ち、改革を進める他のアジア諸国にとってのモデルとなり得ると記された。世俗主義の明文化についても、信教の自由と市民の一体性を両立させるニュアンスに富んだアプローチだと評価された。
ベッカーズは結論として、この法律が文化的多元性を持つ社会や権威主義からの脱却を図る社会における、将来のユネスコ技術援助プログラムの参照枠組みとして役立ち得ると提言した。日本の学者と中立的な観察者による解釈的エッセイを付して、この法律の翻訳をユネスコ比較教育資料集に含めることが推奨された。
東京の一室で書かれた私信と、ロンドンの研究者が編んだ公式報告書。立場も言葉も異なる二つの文書が、同じ一つの前文を前に、同じように足を止めていた。