もしもこんな日本だったら   作:fire-cat

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 1991年の農作物輸入自由化は起きていません。なので、1960年代から始まった機械化による使役家畜の減少の影響を受けて、牛肉は高級品です。
 牛肉が希少であるために鯨肉が主要なタンパク源の一つとして定着しています。そのため、捕鯨は日本の食文化や経済、そして国民の生活に深く根差したものとなっています。





肉類と柑橘類の事情

① 日本の肉食文化事情

 

 オフィス街から続く大通り沿いに、一軒の小さな定食チェーン店があった。

 店の名は千代木屋。昼時ともなれば、豚バラが煮込まれる甘辛い香りが通りに漂い、サラリーマンたちが列をなす人気のチェーン店だ。

 店内では鉄鍋がジュウジュウと音を立て、威勢の良い注文の声が飛び交っている。

「豚丼一丁!」

「ギョク付き豚皿定食、お待ち!」

 この喧騒は、働く人々の日常を支える律動だった。

 人々が昼食に求めるのは、海鮮丼や鳥丼といった他の丼物を差し置き、香ばしい豚バラ肉を甘辛いタレで煮込んだ豚丼か、季節の野菜がたっぷり入った豚皿定食だった。その味は、食欲を満たすだけでなく、一日のリズムを整える、ありふれた風景のひとつであった。余談だが、千代木屋を利用するサラリーマンは昼食なら豚肉を使った丼や定食、夕食なら鯨や魚介類を竜田揚げや刺身にした定食料理か、豚汁や鯨汁といった汁物に海鮮丼などの丼物を併せた丼セットを注文する事が多い。

 農林水産業の保護に力を入れていた日本では、鉄道を基本とした流通網が発達したこともあり、肉や魚介類の供給は早くから安定していた。そのため、千代木屋の定食は、速さと安さ、そして親しみやすさで今日も人々を惹きつけている。

 ここには、手早くお腹を満たしたい、そんなサラリーマンたちの日常が息づいていた。

 

 

 同じ都市でも、一等地に立つチェーン店はまるで別世界だった。

 店の名は芳野家。かつては「早い、うまい、安い」のキャッチフレーズを掲げてチェーン展開を目指していたが、200店舗を超えたあたりで商社を通した牛肉の調達が限界に達した。そんな中でも芳野家は拡張路線を続け、牛肉の供給限界を補うため、他の企業や研究機関と提携してフリーズドライ肉やソイミートの共同開発を始めた。輸送効率を上げるために牛丼のタレを液体から粉末にもした。しかし、当時の技術では代替肉は牛肉に及ばず、タレを粉末化したことで品質のバランスも崩れた。結果として顧客離れが起き、業績は倒産寸前にまで悪化した。

 その危機を救ったのは、昔の芳野家の味を愛していた、とある華族の援助だった。九死に一生を得た芳野家は猛省し、牛丼の品質に対してより一層敏感になった。

 不採算店を閉め、開発途中の代替肉の使用を中止。「早い、うまい、安い」のキャッチフレーズから「安い」を取り下げ、質を重視した料理とサービスを提供。店舗数を絞り、ゆったりした座席や、店舗によっては個室の座敷を設けるなど、大衆路線を大幅に変更した。

 店内には懐かしめのBGMを流し、来店体験に特別感を演出することで、芳野家はただの食事処ではなく「ちょっとした贅沢をもたらす癒しの空間」として、多くの人に支持されるようになっていた。

 暖簾をくぐれば、どこの店舗でも、パリッと糊の利いた作務衣姿の大将か、品の良い着物をまとった控えめな笑顔の女将が迎えてくれる。

 店内は白磁の器から立ち上る湯気と静かな箸の音、ほのかな笑い声に包まれ、落ち着いた照明が空気にさらに深みを与えていた。

 

 この日、ビジネス街の一角にある芳野家の奥の座敷では、二人の男が向かい合っていた。ひとりは年配の重役、もうひとりは配属されたばかりの若手社員。互いの会話はまだぎこちない。だが、丼が運ばれてきた瞬間、空気が変わった。

「山岡、ここの牛丼はな、ただの食事じゃない。職人が手間暇かけて作り上げる、至高の一杯だ。我々も、これくらい丹精込めて仕事をしなければならん」

「はい」

「食事の前に無粋だったな。冷めないうちに食べなさい」

「海原専務、ご馳走になります」

 重役の男は箸をとり、牛肉を口に運ぶ。若者は緊張した面持ちで頷きながら、自らの丼に手を伸ばす。一口頬張った瞬間、柔らかな牛肉と、深みのあるタレの香りが口いっぱいに広がった。

 それは、上司の言葉以上に雄弁に、この店の格と、仕事への姿勢を物語っていた。

 接待に芳野家が選ばれる理由は、その味だけではない。希少な国産和牛を使用した一杯が語るのは、手間を惜しまない美学だ。

 一杯千円という価格に見合う価値があるそれは、単なる贅沢品ではなく、芸術品とも言えるものだった。

 重役が言葉を紡ぐ。

「君は初めて牛丼を食べたと言っていたが、我々の仕事はこの牛肉を、庶民が気軽に楽しめるような価格にすることだ。ただ、いくら安いといっても、品質と安全性を疎かにしてはいかん。この芳野家は一時それを見失って痛い目を見た。そのことを忘れず真摯に向き合うことで、ここまで成長し続けられたのだ。そのことを忘れずにな」

 若者は静かに頷きながら、次の一口に箸を伸ばした。

 

 

 視線を郊外に向ければ、幹線道路沿いに、胡坐をかいて鋤の上で焼かれている肉を食べようとしている笑顔の農民をデフォルメした看板が見られる。

 店の名はsukiya。店内にはファミリー層が多く、BGMに混じって楽しげな会話が飛び交うそこは、子供たちの笑い声が響き渡る、活気に満ちた空間だった。

 メニューは猪や鹿などのジビエ料理が中心。特に看板メニューの鹿肉料理は山間部から直接仕入れた新鮮な鹿肉を、独自のタレとニンニクで下処理している。焼けた鹿肉の香ばしい匂いが店内を包み、豚肉よりもあっさりしていて、それでいて深みのある味わいが、若者たちの舌を唸らせていた。

 熱い味噌汁をすすりながら丼やステーキ定食、カレーを食べ終え、

「美味かった。また来よう」

 と笑う声が、そこかしこで聞こえる。

 sukiyaでは冬になると通年メニューの(馬肉)鍋の他に、季節メニューとして、紅葉(鹿肉)鍋、牡丹(猪肉)鍋、(熊肉)鍋といった鍋物定食も登場し、大人気を博している。かつてジビエは、山の民であるマタギの特権だったが、今やsukiyaが地域と都市を結び、家族団欒の食卓へとその味を届けていた。

 独自に築き上げた流通網の工夫により、鹿、猪、熊といった山の獲物だけではなく、稀ではあるが北から海豹(アザラシ)(トド)といった食材が新鮮なまま届く時もある。その努力が、店の「特別ではないけど幸せな時間」を支えていた。

 

 夕方、とある家庭から声が聞こえてくる。

「今日の夕食は焼肉よ」

 という母親の声に、

「わ~い。お肉大好き!」

 と、はしゃぐ子供たち。そんな様子を見て

「昔の焼肉は、店で月に一度食べられれば大喜びしたものだったがなぁ」

 と、感慨深げに呟く祖父に、

「今はいい調味料ができましたから。お肉も種類にこだわらなければ、それなりのものが手に入りますし」

 と、母親が応じる。

「農作業に牛を使わなくなってから牛肉は高くなって、一時期は庶民に手が出せなくなったからな。台湾が戻ってきて、あちらの山でも放牧が始まってから少しは安くなったと聞くが、それでも無理はするんじゃないぞ」

 心配げな祖父の声に、

「焼肉と言っても今日は豚ホルモンですから。高価なものではありませんし、今月の家計はまだ大丈夫ですよ。それに最近はソイミートも馬鹿にできない味になりましたから少しづつ使っていこうかなと思っているんです」

 と母親が応える。

「そういえば、そうじゃったな。産学官一体の研究成果が、ようやく日の目を見始めたのか」

 そんな会話をする大人たちに対し、立ち上る香りに待ちきれない様子の子供たちが「早く食べようよ」と急かしてくる。その声に「はいはい」と笑みを浮かべながら、

「いただきます」

 と、声を揃え、食前の挨拶が室内に響き渡る。

 食卓を囲んではしゃぐ子供たちの声と、野菜を食べるように促す大人たちの声が混じる、和気藹々とした一家団欒の光景がそこにあった。

 

「今年は隣街でジビエグルメフェアが開催されるらしい。開催されたらみんなで行こうか」

 一杯引っ掛けて上機嫌な様子で居酒屋のジビエ串や豚のホルモン焼きを土産に帰宅した父親が、店の壁に貼ってあったポスターを思い出して提案すると、子どもたちばかりか大人も一緒になって喜びの声を上げた。

 政府が山間地域の振興を掲げていることから、ジビエは重要な地域資源と位置づけられている。

 秋の狩猟シーズンには、新鮮な鹿肉や猪肉を使った料理を味わうジビエグルメフェアのようなイベントが開催される。基本的には地元での開催だが、たまに都市部で開かれることもある。父親は立ち寄った居酒屋のポスターでそれを見つけ、子供たちに話したのだった。

 

 一方、少し離れた商店街の定食屋の一角では、この店の定番料理の一つである鯨の竜田揚げ丼が湯気を立てていた。

「これだよ、これ。ここに来たらこれを食べなきゃ」

 そんなご機嫌な男性の隣の席では、祖父が孫に

「昔もこれがごちそうだったんだ」

 と、鯨の刺身を勧める。だが、孫は

「え〜。僕はこっちがいいよ」

 と、鯨ベーコンのチャーハンをパクリと食べ、鯨のカレー揚げに手を伸ばす。

 そんな孫を目を細めて見つめながら、時代は変わったなぁ。と刺身を一切れ摘む祖父。

 さらに離れた席では若者達が陣取り、料理に舌鼓を打っていた。女性陣が

「鯨肉はヘルシーで高タンパクだから美容にも良いんだって、テレビで紹介されていたよ」

 と、鯨ベーコンの野菜巻きを食べ、男性陣が

「俺たちは、こっちだな」

 と、鯨汁や海鮮丼、鯨の漬け丼を頬張る姿があった。

 


 

② 柑橘の事情

 

 スーパーでは、国産の柑橘たちが果物コーナーの一画を満たしている。

 そこに広がるのは、夏みかんや八朔の爽やかな香り。甘酸っぱい伊予柑やプチプチとした食感が楽しい温州みかんに代表される柑橘類が日本の食卓を一年を通して彩っていた。

 夏の盛りになると、果物コーナーの近くにあるジューススタンドで母親が、

「お母さん、ジュース買って!」

 と子供にねだられる光景が良く見られる。そんなとき母親は、大抵の場合、ポンカンか蜜柑のジュースを選ぶ。その味は、子どもたちにとって家庭の記憶のひとつだった。

 オレンジも、台湾が日本に復帰してから百貨店に並ぶようにはなったが、まだまだ高嶺の花だ。

 

「そういえば今年の柑橘まつり、どうしようか? 今年も行く?」

 母親の問いかけに、「もちろん!」と満面の笑みを浮かべる子供たち。

 温暖な地域では、収穫の時期になると「温州みかん祭り」や「八朔・伊予柑フェア」「文旦まつり」といったイベントが開催され、多くの観光客で賑わっていた。

 ただ、バレンシアオレンジやネーブルオレンジといった輸入品、そして国内でも生産量が限られるタンカンや福原オレンジ、シークワサーなどはまだまだ高価なため、手に入れられるのは産地限定のまつりか高級デパートのフェアとなり、庶民にとっては憧れの存在だった。

 

「バレンシアオレンジやネーブルオレンジが手軽に食べられるようになるのは、いつになるのかしらね」

 母親がオレンジの値段を見ながら、ぽつりと呟くように小さなため息をついた。

 もっともそんな風に呟いたものの、台湾の南部に引っ越した妹からの近況報告を聞く限り、それほど年数はかからないだろうという予感もあった。

 

 外食をすれば、定食屋や居酒屋に漂う匂いと音、そのひとつひとつが、それぞれの暮らしに根を下ろしている。果物も一般的なリンゴやミカン、イチジク、梨や柿などに加え、沖縄や小笠原といった南国から来るレモンやパイナップルなどの熱帯フルーツ、或いは千島や北海道で栽培されるベリー類も食卓を彩っている。

 それらを買って家に帰れば食卓に日本の風土と手間が育てた【(うま)しもの】が並ぶ。

 

 安価と速さ、静謐と贅沢、賑わいと団欒。日本の食の風景は、まさに人々の生き方そのものだった。

 

 

<FIN>

 

 




千代木:松の別名。という事は、千代木屋は……(^^;;
芳野家・sukiya:こっちは隠せていませんね(^^;


 肉だけではなく鯨や魚介類も日常的に食べられています。お魚大好き日本人ですから。そして、避けて通れない捕鯨問題。
 この日本には一方的な感情論は通用しません。
 反捕鯨派が、「鯨は賢いから食べるのをやめよう」などと感情に訴えたり、「知性ある鯨を苦しめて殺すのは可哀想だ」等と宣えば、「なるほど、知能が高い生物を食すのが野蛮であると。で、牛や馬、豚はどうなのですか? 彼らもまた感情豊かな生物です。特にその幼体は愛らしい。あなたの国の食卓から、それらの肉が消えるのであれば、我々もその主張に耳を傾けましょう」とか、「鯨が可哀想であるならば、あなたの国で狩られているキツネやミンク、ノウサギなどはどうなのですか? 愛らしい姿なのに無惨に殺されるなんて可哀想だと思いませんか? 我々は、獲った鯨を食料や資源として骨の髄まで使い切り、感謝の念を込めて供養塚を築いたり神社を建立し神として祀り供養する。あなたがたはそこまでしていますか? 食料でもない贅沢品のために命を奪う文化と、その命に感謝の念を込め骨の一かけらまで無駄にしない我々の文化と、どちらが生命に対して真摯であるとお考えでしょうか」と、この程度は言い返されます。NOと言える日本人です。


 柑橘類、自由化がないので在来品種の天国です。デコポン、はるみなど今の主力柑橘類の開発と普及は大幅に遅れています。その為、2000年代初頭に半島に柑橘類がパクられるという事もありません。なにせ、品種そのものがないので。
 もっとも、新品種を入手できるかと考えたら、大韓民国崩壊して朝鮮民主主義人民共和国が半島統一したときに朝鮮人帰還を求められて、国を挙げて帰還運動を行った結果、渡航してきたほぼすべての朝鮮人民の帰還を無事実現させたので、国内にいないんですよね、協力者。


 因みに私、地方の伝統的食文化、体験したことないので詳しい事は知りません。で、逃げました。
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