もしもこんな日本だったら   作:fire-cat

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日本電動車発展史:鉛から全固体電池、そしてTRONへ―移動手段を超えた社会インフラとしてのEV 60年の歩み―

第1期:鉛の時代と「動く蓄電池」の発見―戦後復興と実用EVの定着―(1945年~1960年)

 

 終戦直後のガソリン統制下、国産電力(水力)を活用できるEVがタクシーや官公庁で普及。

 当初EVは「代用品」として出発したが、災害対応を通じて「社会電源」としての価値を見出した。

 

1948年:たま電気自動車(E4S-48型)発売

 ガソリン統制下の唯一の足として普及。日本初の全鋼鈑製による信頼性が評価され、タクシーや官公庁で採用された。

 

1949年:EMS-49(たまセニア)発売

 航続距離200km、最高速度55km/hを達成。電池パックを側面から引き出せる「引き出し式バッテリー構造」により、タクシー営業所を中心とした「電池交換所(バッテリー・ステーション)」文化が誕生した。

 

1955年:石油配給公団廃止

 石油配給制から自由化(登録制)へ移行。「たま」等のEVは「遅い・重い・古臭い」と揶揄され始め、急速にガソリン車への転換が進む。メーカー各社もガソリン車開発へシフトし、EVは最初の「冬の時代」を迎える。

 

1957年:ミゼットe(DK型)発売

 「たま」が高嶺の花だった時代、商店主たちの「リヤカーに代わる足」として登場。バーハンドル操作の三輪EVは、軽自動車免許で乗れる手軽さと、深夜の住宅街でも苦情の出ない静粛性で、日本の小口物流を根本から変えた。

 

1959年:伊勢湾台風と「社会電源」の証明

 被災地でEVのバッテリーが病院・避難所への外部給電(V2H/V2L)に活用され、奇跡的な救命活動を実現。これが後の「災害対策基本法」における給電機能義務化の契機となり、EVは「防災インフラ」として命脈を保つ。

 

代表的車種

E4S-48型 / E4S-49型 (たま電気自動車)―EV普及の先駆者―

■ 概要

 1948年発売

 乗用車型。タクシー等として運用

■ 技術

 航続距離96km

 最高速度35km/h

 鉛蓄電池(交換式)、直流直巻モーター。

■ 特徴

 日本初の全鋼鈑製。

 ガソリン車より信頼性が高いという評価を確立。

 

EMS-49 (たまセニア)

■ 概要

 1949年発売

 5人乗り4ドアセダン

■ 技術

 航続距離130~200km

 最高速度55km/h

 車両重量1.7トン

■ 特徴

 鉛電池を床下に敷き詰める低重心設計・車体側面から電池パックを引き出せる引き出し式バッテリー構造

 タクシー業界で爆発的に普及。電池交換所(バッテリー・ステーション)がタクシー営業所を中心に整備された。

 

 

第2期:忍耐の時代と石油の罠(1960年~1974年)

 

 ガソリン供給が自由化されると、日本の風景は一変した。

 市場はスバル360やパブリカといった安価で高性能な「内燃機関車」に席巻され、EVは官公庁や一部の特需を除き、絶滅寸前まで追い込まれたが、1959年の伊勢湾台風で証明された「社会電源(V2L)」としての実績により、「防災用車両」としての最低限の需要が確保された。

 ガソリン車がパワー競争に明け暮れる中、ニッケルカドミウム電池が登場するも、EVの農地・河川への転落事故によるカドミウム汚染を受け、日本学士院・枢密院による「カドミウムによる土壌汚染・健康被害のリスク」が勧告され、政府が「移動体へのカドミウム電池搭載禁止」を決定。EV業界は1964年の「カドミウム電池搭載禁止」により、重くエネルギー密度の低い「鉛蓄電池」での性能向上を余儀なくされ「完全密閉型鉛蓄電池」の開発へ舵を切った。

 EV開発陣は高性能なニッケルカドミウム電池の禁止という逆風を、徹底した軽量化と空力(エアロダイナミクス)で乗り越え、これが「超軽量アルミフレーム」や「サイリスタチョッパ制御」などの日本独自の精密制御技術を育んだ。

 鉄道の標準軌化・高速化が進んだため、長距離移動は鉄道主体でラストワンマイルは乗用車という日本型住み分けが確立した。

 

 

1962年:電機メーカー各社、EV搭載用の高出力ニッケルカドミウム電池(Ni-Cd)の試作に成功。

 

1963年:世界初のニッケルカドミウム電池搭載車「コロモ・カローラ」発売。

 最高速度110km/h・航続距離260kmを誇り、発売当初から爆発的な人気だったが、その速度による運転ミスで事故が多発した。

 

1964年:移動体へのカドミウム電池搭載禁止

 事故によるカドミウム汚染が社会問題化し、「移動体への搭載禁止」が決定。EV業界は重い「鉛蓄電池」での戦いを余儀なくされた。

 

1965年:国民車構想発表。

 4人乗り

 価格30万円以下(平均年収: 約44万円)

 ガソリン車では車体重量550kg以下

 電気自動車では車体重量800kg以下

 最高速度時速70km以上。

 ガソリン車では燃費40km/L以上。

 電気自動車では1回の充電で航続距離200km以上。

 この「30万円以下、航続200km以上」という厳しい条件に対し、プリンスや昴(スバル)は徹底した軽量化と空力で回答。これが日本独自の精密制御技術の礎となる。

 

1970年:国立研究所と電池メーカーの共同プロジェクトにより、「ニッケル水素電池(Ni-MH)」の基礎開発開始。

 カドミウムを使わない、高エネルギー密度の二次電池として国家予算が重点配分される

 

1973年:第一次オイルショック

  原油高騰につき10月に物価統制令が時限施行され、その後、国民生活安定緊急措置法・石油需給適正化法が施行された結果、ガソリンは自由化からわずか18年で配給制へ再移行された。その為、ガソリンの供給が激減し価格が高騰。ガソリンスタンドの経営が急激に悪化し倒産が相次いだ。

 EVの優位性が再確認され国が「電動化」を正式に推進。「脱石油」が国是となり、電力会社が「充電所事業」に参入。ガソリンスタンドの跡地が充電所に転換され始めた。

 絶望的な給油列に並ぶガソリン車を尻目に、家庭で充電したEVがゆったりと走り抜ける姿が社会現象になっていた。

 

 

代表的車種

Koromo Corolla 1966(コロモ・カローラ 1966年型) ―石油に裏切られた悲劇の名車―

■ 概要

 1966年発売。

 販売価格:29万2000円

 乗員数:5人

 プラス100ccの余裕―EV並みの静粛性とガソリンの機動力の両立―

 石油自由化の恩恵を最も受け、日本のモータリゼーションを加速させた立役者。

 世界初のNi-Cd電池搭載を試みたが、カドミウム禁止後はガソリン車として大ヒット。

■ 技術

 エンジン: 1100cc 水冷直列4気筒 OHV(K型エンジン)

 最高速度: 140km/h

 航続距離:500km

 燃費: 15km/L

■ 特徴

1.「80点主義」がもたらした爆発的普及

 EVが「冬の時代」に入り、航続距離や重量に悩んでいた1960年代後半、カローラは「安くて、どこへでも行ける」というガソリン車の強みを最大限に活かし、庶民の憧れとなった。

2. EV技術の「名残」による高い完成度

 当初はNi-Cd電池搭載EVとして発売されており、フロアパネルには電池パックを収めるための巨大な空間が残されていた。次世代EVとして販売されていたが、1955年の石油自由化と1964年のカドミウム禁止令の影響により、急遽ガソリンエンジン車へと設計変更されたため遮音材の配置やボディ剛性が非常に高く、当時の同クラスのガソリン車と比べて圧倒的に「静かで滑らか」だった。これが「カローラは高級車並み」という神話を生み出した。

3. 1973年、悲劇の象徴へ

 オイルショックが発生すると、最も普及していたカローラが最も多く「給油列」に並ぶこととなった。数キロ続くスタンドの列で、アイドリングで燃料を消費しながら立ち往生する数万台のカローラの横を、旧型の「たま」や「プリンス・ライト」が平然と走り抜ける光景は、オーナーたちに「石油を選んだ自分たちの裏切り」を痛感させ「ガソリン車はリスクが高い」という世論を決定的にさせた。

 1973年以降、カローラ・オーナーの多くは「二度と石油に依存しない」と誓い、1975年の「フェニックス」への乗り換え、あるいは「カローラE(電動化換装モデル)」への改造へと走った。現在では「石油依存時代の狂乱」を象徴するクラシックカーとして、ごく少数が愛好家の手でEVコンバージョン(電動化)されて保存されている。

 

Midget-e (ミゼットe) ―昭和の路地裏を支えた静かな働き者―

 

■ 概要

 1957年発売。大阪電動機が放った超小型三輪EV。

■ 技術

 DK型:バーハンドル。1人乗り。鉛電池を座席下に配置。

 MP型:丸ハンドル。2人乗り。

 特筆:初期の「たま」が大型で高価だったのに対し、徹底した簡素化で「ガソリンバイク+リヤカー」以下の維持費を実現。

■ 特徴

 深夜の豆腐屋の守護神:騒音ゼロのミゼットeは、早朝・深夜の配送業務において圧倒的な支持を得た。

 ミゼット・ステーション:商店街の米屋や酒屋が「電気のお裾分け」として店頭コンセントを開放。これが後の公共充電インフラの心理的ハードルを下げた。

 1959年、丸ハンドル・ドア付きへと進化したMP型が登場。ガソリン車が自由化の波に乗る中、ミゼットeは「狭い路地」と「家庭用コンセント」という独自の生態圏を死守。全国の商店街の店先に充電ケーブルが垂れ下がる風景は、この時代の日本の日常となった。

 1973年、オイルショック時の無双: ガソリンが入らず立ち往生する大型トラックを尻目に、細い路地をスイスイと荷物を運ぶミゼットeの姿は「やはり最後は電気だ」という国民的確信を再燃させた。

 

Prince Light (プリンス・ライト)― 冬の時代に生まれた希望 ―

■ 概要

 ガソリン全盛期に「国民車構想」のEV枠として1965年発売。

 航空機メーカーとしての技術を持つプリンスが、国民車構想に真正面から応えた軽EV。

 ガソリン車が馬力競争に走る中、ひたすら「電費」を追求した結果、オイルショック時に最も「頼れる足」として再評価され、爆発的な復権を遂げた。

■ 技術

 航空機技術を応用した超軽量アルミスペースフレーム

 鉛電池ながら高効率化した軽量バッテリーパック

 車重:780kg

 最高速度:75km/h

 航続距離:200km

 乗車定員:4名

 バッテリー:鉛蓄電池

 用途:都市内・近郊向け

■ 特徴

 当時としては破格の29万8千円

 小さくても4人乗り

 マイカー元年を象徴する存在として大ヒット

 新興住宅地で最もよく見られたEV

 

Subaru 360e (スバル360e)― てんとう虫、電気で飛ぶ ―

■ 概要

 昴社が送り出した涙滴型のフォルムの車

■ 技術

 抵抗制御から脱却し、サイリスタチョッパ制御を採用した無段階変速のような滑らかな加速

 超軽量モノコック構造

 空力を極限まで追求したCd値(空気抵抗係数)0.32の先進ボディ

 航続距離:200km

 最高速度:75km/h

■ 特徴

 狭い日本の道路に最適化されたサイズ

 てんとう虫として親しまれ、若い夫婦に大人気

 1960年代後半のEV普及を牽引した国民的モデル

 

Prince Gloria e (プリンス・グロリアe)― 静寂の高級、電気の威厳 ―

■ 概要

 高級セダン。

 皇室車両や官公庁の公用車として採用され、「静かに走る公用車」として話題に。

■ 技術

 日本初の実用回生ブレーキを搭載し、減速エネルギーを電力に戻して航続距離を実質15%向上

 大容量バッテリーにより航続250kmを実現

 高効率直流モーターで静粛性は当時の車を圧倒

■ 特徴

 流線型の美しいボディ

 走行音は「風の音だけ」と評された高級EV市場を切り開いた先駆者

 

 

第3期:Ni-MHとTRONによる革命(1975年~1990年)

 

 国家プロジェクトとしての「ニッケル水素電池(Ni-MH)」と、リアルタイムOS「TRON」の登場がEVを極限まで進化させた。

 1984年以降、ITRONによる高度な電力・モーター制御が標準化。「J-Plug(直流急速充電)」規格の策定により、利便性が飛躍的に向上した。1987年にはEV普及率が90%を突破。ガソリン車は趣味の領域へ。

 

 

1975年:フェニックス発売

 世界初の完全密閉型鉛蓄電池搭載。エアコン搭載が可能になり、快適性が飛躍的に向上。

 

1977年:産業技術総合研究所、世界初のマシンビジョンを活用した自動運転システム開発

 

1979年::第二次オイルショック。

 エネルギー自給の観点から、マイクロ水力発電とのセット導入が地方でブームとなる。

 

1980年:日本 ニッケル水素電池量産化。

 

1981年:Sakuyuki City-E 発売

 世界初のニッケル水素電池(Ni-MH)搭載市販車。「ボーイズレーサー」として若者の支持を得て、EVは「我慢して乗るもの」から「憧れの対象」へ。

 

1984年:TRONプロジェクト運用開始

 自動車制御用OS(ITRON)の開発と、充電インフラ制御用OSの規格統一が進む。

 

1985年:直流急速充電規格「J-Plug」策定。

 TRONチップによる高度な電流制御により、Ni-MH電池への急速充電(30分で80%)を実現。全国の道の駅、役所に充電器が設置され始める。

 

1987年:EV普及率90%突破

 ガソリン車は特殊用途を除き「趣味のクラシックカー」へ限定。

 

 

代表的車種

JEMDO Phenix 1975(日本電動移動体開発機構 フェニックス1975年型)―石油のトラウマを「静寂」で塗り替えた不屈の翼―

■ 概要

 1975年、大手メーカー連合「日本電動移動体開発機構(JEMDO)」によって発売。

 キャッチフレーズは【明日の朝、あなたの家はスタンドになる】

■ 技術

 航続距離: 220km(市街地走行時)

 最高速度: 95km/h(高速道路走行にも対応)

 バッテリー: 完全密閉型鉛蓄電池(MF-Lead Acid)搭載*1

 制御方式: 高耐圧サイリスタによる無段階チョッパ制御*2

■ 特徴

 家庭用100V/200Vコンセント充電完全対応*3

 EV初の完全冷暖房実現*4

 フェニックスカラーの流行*5

 V2H(Vehicle to Home)のプロトタイプ搭載*6

 

Sakuyuki City-E (サクユキ・シティE)― 若者の街に電気の風を ―

■ 概要

 1981年発売

 都市部の若者をターゲットにしたトールボーイ。

 軽快な走りと実用性を両立し、シティコミューターの定番に。

■ 技術

 世界初のニッケル水素電池(Ni-MH)量産搭載

 AC誘導モーターによる高回転・高効率

 航続距離:250km

 最高速度:120km/h級

■ 特徴

 高回転・高出力を実現し、キビキビ走る「ボーイズレーサー」の元祖。

 俊敏なレスポンスと軽快なハンドリング

 若者の【初めてのマイカー】として大ヒット

 

Skyline GT-E (スカイラインGT-E)― スポーツEVの金字塔 ―

■ 概要

 スポーツEVの金字塔。

 走りのプリンスの名を再び世界へ示したモデル。

■ 技術

 世界初の直流急速充電(DC Fast Charge)規格対応し、30分で80%充電可能

 高出力デュアルインバータ

 航続距離:200km(スポーツ走行)

■ 特徴

 加速時のインバータ音が「未来の走りの音」として若者の心を掴む

 長距離ツーリングが現実に

 モータースポーツ界にもEVカテゴリーを確立

 

Koromo Citizen-E(コロモ・シチズン-E)― 国民の相棒、電気の市民車 ―

■ 概要

 4人乗りハッチバックとして家庭用EVの決定版。

■ 技術

 Ni-MH搭載

 航続距離:250km

 家庭用100Vコンセント充電対応

 街中の急速充電器にも対応

 インパネにB-TRON端末を標準装備し、ナビ、車両管理、簡易通信が可能

■ 特徴

 とにかく頑丈で壊れない

 メンテナンス性が高く、地方でも普及

 一家に一台を実現した立役者

 

Hino Carry(ヒノ・キャリー)― 物流を変えた静かな働き者 ―

■ 形態

 標準コンテナ積載対応の小型EVトラック。

■ 運用

 鉄道貨物駅でコンテナを受け取り店舗・家庭へラストワンマイル配送

 排ガスゼロのため地下物流路・屋内施設へ直接乗り入れ可能

■ 特徴

 低床で荷役がしやすい

 都市物流のEV化を一気に推進

 静かなトラックとして深夜配送にも最適

 

Prince Gloria Ⅱ (プリンス・グロリアⅡ)― 電気の威厳、静寂の象徴 ―

■ 概要

 プリンス・グロリアeの後継として登場した高級EVセダン。

 皇室・官公庁の公用車として正式採用。

■ 技術

 大容量Ni-MH

 デュアルモーター4WD

 TRON制御のアクティブサスペンション

■ 特徴

 圧倒的な静粛性

 走行中の振動がほぼゼロで「雲の上のような乗り心地」と評される

 

 

第4期:TRONとインテリジェント化―全固体電池とT-Netによる「ノンストップ社会」―(1990年~)

 

 インフラと車が対話する「T-Net」により、渋滞と事故が消滅し始めた知能化社会。

 交通事故は1970年代比で半減し、渋滞の減少により都市の騒音はさらに低下した。

 信号機と車がμITRONを通じて双方向通信を行い、赤信号で止まらない「ノンストップ走行」が実現されることで渋滞が減少。止まらない街という新しい交通文化が誕生した。

 また、全固体電池が実用化され、Ni-MHの1.5倍のエネルギー密度と絶対的安全性、15分急速充電を確立した。

 

■ T-Net(Traffic Network)

 信号機・交差点・道路センサーがネットワーク化された交通インフラ。μITRON搭載車と双方向通信が可能

 

■ ノンストップ走行

 信号機の変化タイミングをリアルタイム受信し、車側が自動で速度調整を行うことで赤信号で止まることはほぼなくなった。

 青のタイミングに合わせて通過することで都市部の平均速度が向上し、渋滞が大幅に減少。ブレーキ回数が激減し車の航続距離が伸びる結果となった。

 

 

1990年:高密度車群走行システム開発。車車間通信で5台の自動運転車を隊列走行する協調走行システムの実験及び走行デモ

 

1993年:部分自動運転機能搭載EV車発売

 

2000年:条件付自動運転機能搭載商用EV車発売

 

2003年:条件付自動運転機能搭載市販EV車発売

 

2005年:Cyber-Formula (サイバーフォーミュラ) 規格車構想発表

 B-TRON車載システムにより、ドライバーの生体情報を読み取り、ハンドリング特性をリアルタイムで書き換えるシステムの搭載。

 

 

代表的車種

Koromo PRIUS (コロモ・プリウス)― 未来を先取りした“知能化EV”の誕生 ―

■ 概要

 1994年発売。

 1980年代に国民車として普及した Citizen-Eの上位モデルとして開発された、知能化EVの第一世代。

 単なる電気自動車ではなく、都市インフラと対話するクルマとして世界を驚かせた。

■ 技術

 全固体電池(初期型)+ μITRON制御による四輪独立制御

 航続距離:320km

※全固体電池(初期型)

 エネルギー密度はNi-MHの約1.5倍

 安全性が高く、熱暴走の心配がほぼゼロ

※μITRONによる四輪独立制御

 各輪のモーターをリアルタイム制御

 旋回時のトルク配分を最適化

 低速ではスッと曲がり、高速では吸い付くように安定

■ 機能

 T-Netによるノンストップ走行

■ 特徴

 未来のクルマが“普通のクルマ”になった瞬間

 走行中の静粛性はグロリアⅡを超えるレベル

 インパネには B-TRON+T-Net端末 を標準装備

 家庭用コンセント充電に加え、T-Net対応急速充電スポットで15分充電が可能

 都市部の標準車として普及し、「プリウスに乗っていれば間違いない」と言われるほどの信頼性

 

 

ガソリン車と充電所の変遷

 

1960~70年代:ガソリンスタンドと共存しつつ、充電所が静かに増える

 たま系EVやプリンス・ライトが普及

 まだ家庭充電が主流で鉛蓄電池のため急速充電は存在しない

 鉄道駅・役所・電力会社の敷地に「公的充電所」が設置される

→ ガソリンスタンドはまだ普通に存在するが、EVの補助インフラが整い始める時期。

→ 1973年のオイルショックでガソリンスタンドの閉店が相次ぎ、ガソリンスタンドの跡地が充電所に転換され始める。

 

1980年代:Ni-MH普及で“充電所”が日常の風景に

 Citizen-E や City-E が普及

 航続200km以上が当たり前に

 充電所は「駐車場の一機能」になる

 スーパー・駅前に普通充電器が並ぶ

→ ガソリンスタンドは地方の一部に残るだけ。

 

1990年代:T-Net時代のスマート充電所

 プリウスが登場し、交通インフラと車が通信する時代に突入し、充電所の特徴が一気に変わる

 T-Net対応急速充電器の普及により15~20分で80%充電が可能

 充電器が空いているかを車が自動で把握

 予約制の充電スポットが普及

 料金は自動決済

 充電中はB-TRON端末で仕事や通信が可能

→ ガソリンスタンドは“レトロ文化”として残るだけ。

→ 充電所は止まる場所ではなく、流れの中で補給する場所になる。T-Netのノンストップ走行と組み合わさり、赤信号で止まらないだけでなく、充電のために無駄に止まらない社会が成立している。

 

まとめ

年代ガソリン車(内燃機関)の地位充電インフラの状態
1960sEVと拮抗。まだ主流の一角家庭充電が主。公的充電所が微増
1970sオイルショックで急落。衰退期へオイルショックでガソリンスタンドの閉店が相次ぎ跡地が次々と充電所へ転換
1980s趣味・スポーツのニッチ市場へ駐車場の一機能として全国に普及
1990s文化遺産。走行は許可制の特定日のみT-Net連動スマート補給。予約・自動決済

 

二輪車EVの進化

 

 四輪以上に軽量・簡便さが求められる二輪車は、都市部から急速にEV化が進行。

 

1960~70年代:二輪EVは“実用の足”として普及開始

 四輪よりも軽く、必要な電力量も少ないため、鉛蓄電池でも十分実用的。

 航続距離:~80km

 最高速度:40~50km/h

 充電:家庭のコンセントでOK

 メンテナンス:ガソリン車より圧倒的に楽なことから郵便局・新聞配達・役所の公用車として普及。都市部では「静かな原付」が当たり前になる

 

1980年代:Ni-MHの登場で“二輪EVの黄金期”へ

 航続距離:100~150km

 最高速度:60~80km/h

 充電:コンビニ・駅前の充電ポートで簡単

 騒音ゼロで住宅街でも歓迎され、ガソリン原付は一気に衰退。二輪EVは都市の標準移動手段の一つになる。

 

1990年代:全固体電池+T-Netで二輪車が知能化

 四輪と同じく、二輪車もT-Net対応へ。

 信号機と通信して「ノンストップ走行」

 交差点での右直事故が激減

 充電スポットの空き状況をリアルタイム把握

 μITRONによるトラクション制御で転倒リスク低減

 航続距離:全固体電池(初期型)で 200~250km

 ガソリン二輪車はクラシックバイク扱いになる。

 

2000年代:ガソリン二輪は趣味の領域に後退

 ガソリン二輪車は趣味の乗り物として、旧車ファンやサーキット専用車として細々と残る。ただし、都市部では排ガス規制と騒音規制でほぼ走れない。

 

 

代表的二輪

Sakuyuki Cub-E(サクユキ・カブE)

■ 概要

 1968年登場

■ 技術

 航続距離:80km

■ 特徴

 郵便局・新聞配達の標準車両として世界で最も売れたEV二輪車に

 

Nichigaku Spark-80(ニチガク・スパーク80)

■ 概要

 1982年登場

■ 技術

 Ni-MH搭載

 航続距離:120km

■ 特徴

 若者向けスポーツスクーター

 

Suzuki Volt?GS(スズキ・ボルトGS)

■ 概要

 1995年登場

■ 技術

 全固体電池+T-Net

 航続距離:250km

■ 特徴

 μITRON制御のトラクションコントロール搭載。転ばないバイクとして話題に

 

*1
(液補充などのメンテナンスを一切不要にし、EVの「手がかかる」というイメージを払拭)

*2
(1940年代の「たま」から進化した滑らかな加速を実現)

*3
(車体後部のエンブレムを押し込むと充電プラグが飛び出す「オートリール方式」を採用)

*4
(鉛蓄電池車は電力消費を抑えるために冷暖房が貧弱だったが、フェニックスは高効率なヒートポンプ式エアコンを搭載。冬の被災地でも「暖かいシェルター」として機能することで高評価された)

*5
(萌黄色(#aacf53)と深緋(#c9171e)のグラディエーションはフェニックスカラーとして新しい車の象徴となり、当時の流行語に)

*6
(1959年の伊勢湾台風の教訓を活かし、緊急時に家庭へ電力を送る「逆潮流機能」を限定的に搭載。電力会社による夜間電力を安価に提供する「深夜電力EVプラン」開始)

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