たばこ価格の貨幣価値換算分析(100円の価値)
1949年(戦後復興期)の100円の価値
1949年は戦後の混乱期を抜け出しつつある時期ですが、物価は極めて不安定で、労働者の給与水準も低い時代です。
当時、紙巻たばこ(10本入り)は20円程度でした。100円はタバコ5箱分に相当し、庶民にとってはかなりの高額です。
1949年において「100円」は現在(OTL)の感覚で言えば2,000円~3,000円の購買力がありました。紙巻たばこの「最高価格2,000円」は、 GHQ本部包囲事件からの米国の援助があり、景気が上向きかけた日本でも「庶民が絶対手を出せないレベルの超高額な奢侈品」です。
1980年(法改正時)の100円の価値
この法改正が行われた時期は、比較的安定した(OTLでは)高度経済成長期で100円の価値は現在の3~4倍で、「100円」は現在の感覚で言えば300円~500円程度の購買力でした。
当時、紙巻たばこ(20本入り)は180円前後でした。つまり、100円は当時のタバコ約半箱分です。
1980年において紙巻たばこの価格が「180円前後」から一気に「800円~1,000円」に引き上げられたインパクトは、OTL(2025年~2026年)で言えば突然2,500円~3,000円になるのと同義であり、この法律が喫煙人口を大幅に減らすという目的において極めて効果的であったことが理解できます。
一方、葉巻やパイプ(800円~1,500円)は、現在の感覚で1本約900円~1,200円相当で、紙巻たばこに比べて「極端に高価すぎる」というほどではなく、「安くはないが、給与所得者が趣味としてたまに嗜むことは可能で、紙巻き以外は、若者には無理だが、ちょっと節約すればサラリーマンが手が届く程度なレベルに設定されています。このことが、成人式であった飲酒喫煙解禁の儀の記念品の一つに葉巻がある理由です。
無煙たばこ(噛みたばこ、嗅ぎたばこ)は、煙が出ないため「他人に迷惑をかけない」という点で優れていますが、「場所と景観」を損なう側面があるため、安価に設定しすぎると公衆衛生上の問題が生じると判断されました。
このため、葉巻やパイプよりは安価にしつつも、若者が気軽に手を出せない大人の嗜好品として、15gあたり600円~700円に設定されています。これも節約すれば手が届く程度の価格です。
この価格設定は、「安易に吸える中毒的な紙巻たばこ」と「作法と時間が必要な文化的な嗜好品」を明確に経済的に分離する、という政策的意図が成功していることを示しています。
ちなみに、1980年代半ばごろから無煙たばこは唾液を吐き出さないスヌースが主流です。
喫煙文化レポート―「シガレット」の没落と「サロン」の隆盛―
昭和55年の法改正以降、街中から「歩きタバコ」や「吸い殻のポイ捨て」は完全に消滅しました。
理由は単純です。
紙巻たばこが高すぎて、シケモク(わかるかな……?)にするため、吸い殻すら捨てられずに持ち帰るほどになったからです。
また、「教育理念心得」による公共マナーの徹底もあり、路上喫煙は「貧しく、かつ恥ずべき行為」として社会的蔑視の対象となりました。
その代わり、都市部の駅前や繁華街には、日本専売公社が認可した公認喫煙サロン(Smoking Salon)が多数設置されました。
その内装は英国のパブや書斎を模した重厚な造りで強力な換気システムを完備。夕方になると、仕事を終えたサラリーマンたちが集まり、マイ・パイプや葉巻を燻らせながら、静かに政治や文学を語り合います。
そこでは煙を他人に吹きかけないことや香りを味わうことが作法とされ、短時間でニコチンを摂取するためだけに慌ただしく吸う行為は「無粋」とされました。
一方、20代後半以降の若者の間では、比較的安価で長時間楽しめる水たばこが人気です、たぶん。
専売公社が抹茶、柚子、薄荷などの和風フレーバーを開発し、専門店は「現代の茶室」のような落ち着いた空間となっています。
刻みたばこも粋な大人の嗜みとして復権しました。着物を着てキセルを吸うことが、歌舞伎役者や作家だけでなく、一般人の間でも粋でいなせな姿として定着しています。
タバコは健康に悪いものとされていますが、高価で手間の掛かる嗜好品に限定することで、国民全体の健康被害を最小限に抑えつつ、文化的な豊かさを維持することに成功しました。
「簡単に快楽を得ようとするな。快楽には対価(金と作法)が必要だ」という、この日本の厳しい道義性がここにも表れています。