1992年:満洲で使用された戦術核の影響で、日本国内でも放射性降下物(核の雨)を観測。国民に大きな衝撃を与える。
1994年:国連の仲介により中満・中疆戦争停戦。国境に広大な非武装地帯(DMZ)が設定される。
人類史上初の限定的核戦争の巻き添えを食った日本の姿……。
【お出かけの際は、空模様の他に、放射線予報にもご注意ください】
当たり障りのない声でそう告げるアナウンサーを、健司は消音ボタンで黙らせた。
窓の外は、どんよりとした曇り空。普通の雨なら、少しは風情もあるだろう。しかし、画面の隅で点滅する【特別放射性降雨警報:東北・関東地方】のテロップが、その感傷を無慈悲に打ち消した。
昭和が終わり、世紀が改まって20年近くを過ぎたというのに、大陸から吹く風は、時折こうして四半世紀近く前の戦争の残り香を運んでくる。
1992年の中満戦争で使われたという【戦術核】。それは歴史の教科書で習っただけの遠い出来事のはずだった。だが、その「死の灰」は、消えない亡霊のように偏西風に乗って、今も日本に降り注いでいる。
「健司、早くしないと電車が混むわよ!」
「わかってるよ」
玄関へ向かうと、母が黒いビニール製のレインコートと、N95規格の重々しいマスクを手渡してきた。
今日の警報はレベル3。これが推奨装備だ。もはや日常となった光景に、健司はため息をつきながら腕を通す。子供の頃は、この推奨装備がテレビ番組の戦隊シリーズに出てくる秘密基地の隊員みたいで好きだった。だが、今ではただの息苦しい現実の象徴でしかない。
駅のホームは、同じように黒やグレーのレインコートで覆われた人々で溢れていた。誰もが口を閉ざし、スマートフォンの画面に映る線量計アプリの数字を気にしている。車窓から見える風景も、どこかよそよそしい。どの家の窓も固く閉ざされ、ベランダには洗濯物一つない。高層ビルの屋上では、巨大な集塵フィルターが、まるで天を睨むように鈍色の光を放っていた。
会社に着くと、フロアの入り口に設置された除染シャワーを浴び、室内着に着替える。
午前の仕事を終えて食堂に向かう。大陸の戦争の影響で、コンビニや外食レストランなどという存在は日本から消え失せていた。
今日の昼食は、北海道の「特別管理栽培区」で作られたジャガイモを使ったコロッケとソイミートを使って作られたメンチコロッケの定食だ。大規模工場の汚染されていない土壌と水で生産された「クリーンフード」は、一般の食品より三割も高い。
もはや安全と健康は金で買う時代であり、水と安全はタダなどという神話は遠い時の彼方に消え去っていた。
「昭和のころはなぁ……」
食事を摂りながら年配の部長が窓の外を見てぼやく。
「またはじまったぞ。部長の昔話」
隣の同僚が苦笑の色を浮かべるが、部長は気にした様子もなくぼやき続けた。
「農地もしっかり管理されて米も野菜も果物もさほど高くはなかった。肉も牛は高かったが豚肉や猪肉なんかはさほど高くはなかった。それが今じゃ……。牛や豚なんて幻の品だ。どうしてこうなった」
ぼやきを聞いていた同僚が羨ましげにつぶやいた。
「鹿や猪は駆除の対象で、とても食えたもんじゃないですからね。部長の世代が羨ましいですよ。話聞いていると幻の料理の話を聞いているみたいですよね」
「食肉なんて養殖魚を除けば鯨肉だけだもんな。話聞いていると涎があふれてくるぜ」
「本当だな。果物も安全に食べられるのは屋内栽培できるものだけだからな」
「まったくだ。うちの実家の柿や栗だって今じゃ食えないからな。ばあさんの反対で切らないけど」
羨ましげな同僚たちの会話に交じって、奥のほうから別の同僚同士の物騒な会話が聞こえてきた。
「満洲の国境で、また満洲と中共の軍が動いてるらしいぞ」
「勘弁してくれよ。また野菜が高くなる。国連軍は何やってるんだよ」
同僚たちの会話は、いつもそんな話ばかりだ。
遠い大陸の緊張が、明日の食費に直結する。平和とは、なんと脆く、高くつくものか。
周囲の同僚たちと顔を見合わせ、ため息をつくと三々五々に食堂を後にした。
午後3時を回ったところで、国が定めた退社時刻となった。
早々に仕事を終えた健司は、再び完全防備で帰路につく。
日本社会は昭和の時代から不要な残業を認めていない。ましてやこんなご時世では国家が労働者が安全に過ごせるように、と退社時間を法律で定めて企業もそれを順守して不要不急の仕事で残業を行わせることはない。それが有難くもあり、残業代を稼げないという不満な点でもあった。
もうすぐ家に着くというところで雨がぽつりぽつりとコートを叩き始めた。それはただの水滴のはずなのに、目に見えない毒が染み込んでくるような、嫌な感触があった。
「明日からは当分の間在宅勤務か。いくら培地キットがあるとはいえ、葉物とイモにトマトだけじゃ飽きるよなぁ。キノコの栽培キットが届くのはまだ先だし。また食費がかかるな」
ぼやきながら家のドアを開けると、
「おかえり」
祖母が縁側に座って庭を眺めていた。祖母は、こういう日でもあまり装備をつけたがらない。
「また物々しい格好をして」
「仕方がないだろう。装備なしじゃ外も歩けない。それより婆ちゃんもちゃんと装備を付けてくれよ。核の雨は危ないんだ」
ため息をつく祖母。昔を懐かしむような表情を浮かべ、愚痴をこぼした。
「昔はね、こんな雨の日は、縁側で雨音を聞きながらお茶をすするのが何よりの楽しみだったんだよ」
祖母は、まだ空が青く、雨がただの雨だった時代を知っている。
大陸で核が使われる前の世界。
その頃の話を聞くのが、健司は好きだった。
「傘もささずに、夕立の中を駆け回ったこともあった。雨上がりの土の匂い、虹の美しさ。あんたたちにも、見せてあげたかったねぇ」
祖母の言葉が、健司の胸に静かに染みていく。
自分たちの世代は、生まれながらにして空を奪われていた。雨を恐れ、風を警戒し、大地の実りにさえ疑いの目を向ける。それが当たり前の日常だった。
健司は祖母の隣に座り、灰色の雨が降り続く外を眺めた。庭の紫陽花が、毒を含んだ雨に打たれて、それでも健気に咲いている。
「ねえ、ばあちゃん」
「なんだい」
「虹って、本当に七色に見えるの?」
子供のころに戻ったような健司の問いかけに、祖母は何も答えず、ただ悲しそうに微笑んで、健司の頭をそっと撫でた。
「あんたたちの子供があんたぐらいになる頃は、日本はどうなっているんだろうね」
「俺、まだ20歳だぜ? 美咲とはそろそろ、なんて話もあるけどさ。こんなご時世じゃ結婚も、ましてや子どもなんてまだ先だろうし」
「そうだね……。この放射性降雨とやらのせいでこどもも生まれにくくなっているって話だしねぇ。早くひ孫を抱かせておくれよ?」
そう寂しげに笑みを浮かべる祖母から目をそらした健司。
降りしきる雨音の中に、遠い大陸で響いたであろう、いくつもの爆発音が聞こえたような気がした。
「兄ちゃん、早く! イチゴ、なくなっちゃうよ!」
妹の華が、玄関でぴょんぴょんと跳ねながら健司を急かした。
その手には、今日の目的地である関東第三バイオドームのパンフレットが握られている。『太陽と緑のテーマパーク』という、気の利いたキャッチコピーが躍っていた。
西暦2010年代後半。この国では「お出かけ」といえば、大抵こういう場所を指した。偏西風が大陸から「死の灰」を運んでくるようになって四半世紀。本物の太陽の下で土に触れることは、贅沢を通り越して危険な行為となっていた。
密閉式の電車に乗り込むと、車窓から灰色の都市が流れていく。どのビルも窓は固く閉ざされ、外気を取り込む換気口は見当たらない。健司の携帯端末が、今日の放射線予報が「レベル2:注意」であることを示していた。
一時間ほどで、窓の先に巨大な半球状のガラス建築が見えてきた。今日の目的地である関東第三バイオドームだった。ドームの入り口で厳重なエアシャワーを浴びると、むわりと湿った土と植物の匂いが一行を迎えた。
「うわぁ……!」
華が歓声を上げる。ドームの天井には巨大な人工太陽灯が輝き、その下にはどこまでも広大な畑や田んぼが広がっていた。親子連れが、防護服なしで野菜の収穫体験をしている。ここは、汚染された外の世界から完全に隔離された、安全な「自然」だった。
「さあ、イチゴ狩りはあっちですよ」
母に促され、健司もビニールハウスの中へ入る。管理された土壌に植えられたイチゴが、赤い実をつけていた。華は夢中になって、真っ赤な実を摘み取っては小さな口に放り込んでいる。
「甘いね、兄ちゃん!」
「ああ、そうだな」
健司は頷きながら、ふと、少し離れた場所で自分たちを見ている祖母の姿に気づいた。祖母は微笑んでいる。しかし、その目には、懐かしむような、それでいて何かを諦めたような、深い哀しみの色が浮かんでいた。
その表情を見て、健司は悟った。祖母が見ているのは、孫たちが楽しむ姿だけではない。かつて自分が知っていた、本物の太陽と、気まぐれな雨と、どこまでも続く広い畑。その失われた世界のかけらを、このガラス張りの巨大な「標本」の中に探しているのだ。ハウスの中に充満する土の匂いは、本物のはずなのに、どこかガラス瓶に閉じ込められたような、空々しい匂いに感じられた。
昼食は、ドーム内のレストランで「採れたて野菜のビュッフェ」を食べた。祖母が、昔の畑仕事の話をしてくれた。夏には夕立が降って、雨宿りをしなくちゃならなかったこと。秋には台風が来て、家族総出で稲を守ったこと。人間にはどうにもならない、本当の自然の話だった。健司は、空調の効いたドームの中で、完璧に管理された野菜を食べながら、その話を聞いていた。
帰り道、密閉された電車の中で、華は大切そうにイチゴの入ったプラスチックの容器を抱えていた。窓の外では、いつの間にか「核の雨」が降り始めていた。ワイパーが、灰色の雨粒を無機質に拭い去っていく。
健司は、妹の嬉しそうな横顔と、窓の外の毒の雨を交互に見た。
本物の空を、健司はもう知らない。
だが、このガラス瓶の中の小さな自然を、次の世代に手渡していくこと。それが、空を奪われた健司の世代の、ささやかな戦いなのかもしれない。
健司はそっと、窓についた灰色の雨粒に指で触れた。ガラス一枚を隔てた向こう側は、もう決して手の届かない、遠い世界のように感じられた。
柔らかな間接照明が、磨き上げられた黒いフロアを照らす。メインキャスターの三田村が、重厚なマホガニーのデスクの向こうで、カメラに向かって穏やかに語り始めた。彼の背後にある巨大なマルチスクリーンには、番組のロゴである「STUDIO 1930」の文字が静かに浮かび上がっている。
「皆さんこんばんは。スタジオ1930です。今週の特別番組では、あの1992年の満中戦争と疆中戦争で起こり得たかもしれない、最悪のシナリオに基づいた連続ドラマを放送しました。いや、すごい世界でしたね」
三田村の言葉を受け、隣に座る国際政治アナリストの早乙女が、深く頷きながら口を開く。彼女の手元には、分厚い資料の束が置かれていた。
「そうですね。当時の世界情勢や経済状況を考えると、あのシナリオでは日本のみならず、欧米やアフリカなども国家が崩壊することになっていたでしょうね」
「あのころの日本経済は世界第二位、世界の半導体の六割から七割を国内で生産し、世界の半導体工場と言われていましたからね。それが短期間で崩壊したとなると……」
三田村は、まるで当時の日本の活気を思い出すかのように、遠い目をした。スクリーンには、90年代初頭の東京の、ネオンに輝く街並みのアーカイブ映像が映し出される。その活気と、再現ドラマで描かれた崩壊後の世界のギャップが、スタジオに重い沈黙を落とした。若いサブキャスターの伊藤が、視聴者の疑問を代弁するかのように、緊張した面持ちで早乙女に問いかける。
「あのシナリオが実際に起こることはあったのでしょうか?」
「十分あり得たと思いますよ。満洲と東トルキスタンに配備されていた核兵器が公称通りの数であったのなら」
早乙女は即答した。その断定的な口調に、伊藤は息をのむ。
「実際は公称通りの数ではなかったと?」
「ええ。中共は独自の核開発を加速させようとしていましたけど、結局はあの通り文革で経済が疲弊し、核開発どころではありませんでしたし、それを知っているソビエト連邦が満洲や東トルキスタンに実際に配備した核兵器は公称の十分の一程度の数だったといわれています」
「ということは、大多数がダミーだったと? 我々も騙されましたが、よく中共を欺けましたね」
三田村が驚きの声を上げると、早乙女は少しだけ口元を緩めた。
「終戦直前に大規模なスパイ網を暴かれ耳目を潰されましたからね。あれがなければ戦後の歩みは今とだいぶ異なっていたはずです。そのため再建された諜報機関はかなり優秀だったと聞いています」
「ではあれだけの数の核兵器、実際はどこに配備されていたんでしょうか?」
伊藤の素朴な疑問に、早乙女は背後のスクリーンを指差した。そこには、ヨーロッパの地図が映し出され、ヴィスワ川からトリエステまで続く赤い線――「鉄のカーテン」が引かれていた。
「欧州ですよ。ヴィスワ川からアドリア海のトリエステまでのいわゆる鉄のカーテンから先の東欧諸国です」
「なるほど。NATOとWTOは一触即発と言われた時期もありましたね。中欧のオーストリア、チェコスロバキアが永世中立国であったことが戦場を限定させることになったので互いの侵攻路もある程度限定されていたと。核地雷で侵攻路を塞ぎ、立ち往生したところで小型核弾頭を打ち込む。互いにそんな想定がなされてたと先年公開された資料にありましたね」
三田村が、自身の知識を補足するように頷く。スクリーンには、ポーランド平原を進む戦車のCG映像と、それを阻止するための戦術核のシミュレーション映像が重ねて表示された。
「ええ。それを実践したのが1992年の満中戦争と疆中戦争です。数に勝り、初動も先んじた人民解放軍に対し兵力も劣り、初動も遅れた満洲と東トルキスタンが放った手があの核攻撃でした」
映像が切り替わり、砂漠と平原に立ち上る、小規模ながらも禍々しいきのこ雲の記録映像が流れる。スタジオの空気が再び重くなった。
「人民解放軍の先頭にいた軍集団が文字通り消滅した一撃と、それに続く北京と蘭州への核攻撃で両都市とそこに生活する住民に大被害を与えた両国が国際的な非難を浴びて、結果として当事国がすべて戦線を停滞させ、国連の仲介で停戦となりましたが、隣国だった日本と朝鮮民主主義人民共和国にも黒い雨をもたらしたあの戦争は大きな爪痕を残しました」
三田村の言葉に合わせ、画面は日本の地図に切り替わる。本州西部から関東、東北の一部にかけての広範囲が、薄い赤色で示されていた。
「本州西部から関東、東北の一部にかけての広範囲に放射性粒子を含む黄砂が飛来したため、地域によっては野生動物や水系に放射性物質が蓄積し、立ち入り禁止の区域が生じました。多くの地域ではかいぼりや土壌入替、ファイトレメディエーションの実施を行い、立入禁止から立入制限区域、制限解除区域へと日常を取り戻していきましたが、すべての放射性物質を取り除けたわけではなく、いまだに飛来する放射性粒子を含む黄砂の影響で風向きと天候によっては大量の放射性物質が降り注ぎ、制限解除区域の中でも突発的にホットスポットが発生する地点もあります。黄砂の飛来がある程度収まった後の調査は自治体の、ひいては国家予算の大きな負担となっています」
スクリーンには、防護服に身を包んだ作業員たちが、田畑の土を削り取っている映像が流れる。その横には、自治体の職員が線量計を手に、住宅街を歩き回る姿も映っていた。
「せめてもの救いは、初の核攻撃が梅雨が明けて太平洋高気圧が日本をすっぽりと覆った時期だったことでしょうか。降雨もなく、偏西風が千島の北を通過したことで放射性降下物の被害が限りなく抑えられ、非常事態宣言の発令による対策を行える時間が取れましたから」
「そうですね。その後の台風や降雨による汚染被害は大きかったですが、開戦時期が冬であったら偏西風や降雪による被害の後、春先の黄砂でさらに被害が拡大していたでしょうね」
「あの年は農作物も収穫できず、水も汚染され我が国の経済は甚大な被害をこうむりました」
「あの年我が国の経済成長率はマイナスに突入し、そこから世界恐慌一歩手前といった事態を引き起こしましたから。せめてもの救いは医療機器、放射線測定器、除染装置といった製品の開発製造で核関連分野の事業が成長したことでしょうか」
「……不謹慎ながら、そうでもおもわないとやってられませんね」
「黄砂といえば、砂粒に付着した放射性粒子の影響で、健康被害も深刻ですね。健康被害については国立放射線医学総合研究所の佐伯教授にもお話を伺いたいと思います」
コメンテーターとして招かれていた国立放射線医学総合研究所の佐伯教授が、静かに口を開いた。
「そうですね。放射性粒子を含む黄砂を吸入した為、呼吸器に疾患のある患者さんが病状を悪化させ、あの前後に幼少期を過ごした世代も長期的な内部被ばくの影響から、いまも甲腺がん・白血病・免疫障害に悩まされ、定期的な健康診断や医療補助の対象となっている方が非常に多く、国家財政にも影響を与え続けています」
佐伯教授は、手元のタブレットを操作し、健康被害に関するグラフをスクリーンに映し出した。その数字の大きさに、誰もが言葉を失う。
「経済もそうですが、農業への影響も大きかったですね。台湾や北海道などへの農業の地域分散化の促進や屋内型水耕栽培の普及促進が産学官一体となって今も進められています」
三田村が話題を転換すると、画面には巨大な植物工場の内部が映し出された。LEDライトの下で、青々とした野菜や果実が整然と並んでいる。
「そういえば昨年の初めでしたか、農業研究開発機構が放射線耐性作物の開発に成功したとニュースで報じられていましたがその後どうなったのでしょう?」
伊藤が尋ねると、佐伯教授は少し残念そうに首を振った。
「ああ、話を聞いた限りではあれはどうも恒久的に耐性を獲得したわけではなかったようです。放射線耐性作物の開発はまだまだ先のようですね」
「それは残念です。さて、この当時は私たちの日常生活も大きく制限されていました」
伊藤が、自身の子供時代を思い出すように言った。スクリーンには、黄砂警報が鳴り響く中、マスクとフード付きのコートを着て足早に家路につく人々の映像が流れていた。
「そうですね。まず憲法に定められた非常事態宣言の発令がありました」
「そして、黄砂に放射性粒子が含まれていることが判明してからは黄砂モニタリングの強化と「核黄砂」警報制度の導入がはじまり、黄砂飛来時期の屋外活動制限とNBC緊急避難用マスクの着用が推奨されるなど今に続く生活への影響が生じました」
「新たに建物を建てるときは例外なく超高気密、いわゆる魔法瓶建築とすることが義務付けられ、既存建物も速やかに改築することが義務付けられたのも1995年のことでしたね」
画面には、 接合部を隙間ができないように気密テープやパッキン、シーリング材で埋めて気密性を高めた外壁と羽目殺しになった複層ガラスの窓。玄関の前に除染設備を備えた風除室、屋内に放射性物質除去機能付空気清浄機が設けられた標準的な超高気密高断熱建築の街並みが映る。
「翌年には建物の9割が超高気密化されましたが、改築費用が捻出できない世帯には国が超長期ローンで貸し付けたので速やかに成しえたんでしょう。あの貸し付けがなければ相当な世帯が今も苦しんでいたはずです、あれは制定当時いろいろ言われましたが、今から考えると大英断でした」
「企業の枠を超えて協力した結果、放射性物質を含む微小粒子状物質を除去する機能が付いた空気清浄機の開発と普及が進んだことも影響があったんでしょうね」
「そうですね、あの挙国一致体制ともいえる企業協力体制の構築はその後の日本にも大きな影響を与え続けています」
三田村と早乙女が頷き合う。そして、三田村は少しだけ明るい声色で、未来に目を向けた。
「企業協力体制の成果の一つが、今年の7月に新たに街を覆う天蓋を有した都市、いわゆるドーム都市として生まれ変わった新宿区ですね」
「地上25メートル以上の建築を禁止していた旧建築基準法のおかげで,地上25メートル以上の高層ビルが無く、ドームの建築費用が抑えられたのが幸いしましたね」
スクリーンいっぱいに、巨大なポリカーボネートと金属のドームに覆われた都市が映し出される。その中で、人々が防護服なしで公園を散歩している。
「支障がなければ黄砂の被害が深刻な都市から次第にドーム化していく計画だそうです。自治体単位でドーム化するまでは個々にドーム化する必要がありますが、一定の面積分の補助は行われるそうです。自治体がドーム化した時点で補助金で設置された天蓋は回収され、他の自治体に流用されるそうです」
「ずいぶん時間と資金がかかりそうですね。しかし今後は地上に居ながら黄砂を心配することのない生活がおくれる可能性も十分にあります。都市を結ぶ公共交通機関や道路はどうなるのでしょうか?」
「道路や鉄道、水路は自治体の天蓋設置を待つことなく黄砂の被害が多いところから順次覆っていくそうです」
「今までのように黄砂が飛来する時期は地下都市で生活し、収束したら地上に戻るという生活が緩和されるかもしれませんね」
伊藤が期待に満ちた声で言う。その言葉を受け、三田村が締めくくりの言葉に入った。
「さて、今後大きく変貌するかもしれない私たちの生活。この生活を引き起こしたあの戦争の後、日本の対応は、核抑止力への密約による依存を深めつつも、憲法の理念を盾にした非戦闘分野での国際貢献と、日朝条約をはじめとした周辺の核保有国との対話という、二律背立的な多角的外交戦略にかじを切らざるを得なくなりました。1992年の限定的核戦争の後、世界はどう動いたか。続きは明日放送のスタジオ1930をご覧ください。それではスタジオ1930、本日はこの辺で失礼します」
満中戦争の影響で日本に降り注いだ放射性降下物(核の雨)の総量。
ドラマよりはましでも、黄砂の発生源と飛来ルートを考えると本州西部から関東、東北の一部まで影響を受けたか?
放射性降下物の観測を受け、日本国政府は憲法第27章第3条の規定「国土の居住適性及び生活環境の保護と改善に努め、国民の健康を増進するための措置を講じなければならない」という責務に基づいた措置を緊急で実施したと予測。
できるとしたらこの2点かな?
・緊急環境対策: 放射能汚染地域の特定、市民への屋内退避や農産物摂取制限などの緊急勧告。
・公衆衛生プログラム: 憲法第24章(非常事態宣言)の規定に基づき 、広範な健康調査と長期的な医療体制の構築。
これ、被害が軽微(?)でも、核黄砂が長期的に飛来するとなると、少なくとも第一次・第二次産業の強靭化計画の実施は免れないな。となると、立ち入り禁止区域の除染のほかに高気密高断熱の大規模人工農場建設はあっただろうし、状況次第で地下都市建設の推進があったんじゃないかと。
はっ! もしや未来世界によくあった車が走るチューブは、外が汚染されているから非汚染区域から非汚染区域に行くために汚染区域を突破する必要があってできたのか!?
大深度の地下に巨大空間を建設する技術は青函トンネル(作っているだろうな)や東京湾アクアライン(鉄道社会でも湾を横断できる路線は必要だろうから作ってはいると思うが……)の建設で存在しているはず。
それにしても、戦後日本国政府最大のやらかしってベトナム特需を通じて経済的に関与した時の参加した陣営のよる核の先制使用について、時代的に仕方ないとはいえ、一般的な非難声明(声明程度は出したであろう、多分)程度で、その後の核使用を躊躇させる流れを生み出せなかったことじゃないかと……。せめて核配備が明らかになった時点で、生み出せなかったか……無理だな。
まぁ第五福竜丸の被ばくと、このベトナム被ばくじゃ大きく倫理的な使用躊躇に行きつくのは無理だよな。
これが最終的に隣国での核戦争と日本の国土汚染という形で跳ね返ってきたという……。
憲法前文で「平和的な意味」での科学技術振興を希求し、教育で「人類を破壊に導く為の科学」を否定してきた日本の国是に対する、最大の試練。
放射性物質除去機能付空気清浄機:商品名はコスモク〇ーナー〇とは言わない。放射性物質を含む微小粒子状物質を除去する機能が付いた空気清浄機です。定期的なフィルター交換は必要だろうなぁ。
核戦争後の1994年に、朝鮮民主主義人民共和国で行われた京城五輪。
「イデオロギーの断絶がいかに深くとも、水面下での激しい情報戦が繰り広げられようとも、核戦争後の世界において対話のチャンネルを閉ざすべきではない」
という現実主義の上に成り立った極度の緊張をはらんだ平和の祭典の奇跡的な成功として歴史に刻まれた……んじゃないかと。
大会期間中は世界が固唾を飲んで、この五輪が無事に終わることだけを祈っていたと思う。
※この朝鮮民主主義人民共和国は半島も統一していますし、戦禍も受けてないのでかなり穏健です。国際大会には参加しています。
日本には協力者がほぼいないので、国内での拉致等の犯罪行為はしていません。
しかし、この世界線だと、「ノーモア ヒロシマ、ノーモア ナガサキ」が「ノーモア ペキン、ノーモア ランチョウ」になるのか? なんというか……(-_-;)