──春。
温かな風が緩やかに吹き、陽気な日常を桜色で彩る季節。全国の学生が新たな生活を始めるこの日、みんなは何を思うだろうか。
新たな生活に浮足立たせ、始まる学生生活に夢馳せる者。引っ込み思案で、友だちができるか不安になる者。人それぞれ様々な思いがあり、様々な願いがある。
学生たちが様々な思い、願いを抱える中。高校生活が始まり二週間目を迎えた俺、
俺はただ、光莉さんと結婚したい。
これは、俺が小さい頃から性癖を破壊しにきたお姉さんと結婚するために奮闘する物語である!
俺の好きな人の話をしよう。
俺の好きな人の名前は
両親と同じ高校に通っており、それからずっと交流があった光莉さんは、両親が結婚し俺が生まれたとなるとそれはもう俺を可愛がった。うっかり幼気な俺の性癖を完全に破壊するほどに。これは責任をとってもらうしかないとずっとアプローチをしているのだが、「年齢が」「その、ほら、私おばさんだし……」とわけのわからないことばかり。
「というわけで、どうすれば光莉さんが俺を男として意識してくれるか考えてくれ」
「難しいと思うけどなぁ。光莉さん、自分に自信があるようでないし」
「おい、俺の前で光莉さんのことわかったような口きいてんじゃねぇぞ。死にてぇのか?」
「それが人に相談乗ってもらってる人の態度……?」
放課後。帰路につきながら相談を持ち掛けた相手は、
「昔は俺のこと好きって言ってくれたんだけどなぁ。あの頃顔全体で感じてた温もりが懐かしいぜ」
「うわ、性欲丸出しじゃん。光莉さんそれを怖がってるんじゃないの? あまりにも夕弥が性欲強すぎて、受け止めきれる気がしないから」
「は? ドエロいなそれ。非常に興奮してきたわ」
「思っても言うなよ。私身内だけど一応女の子だよ?」
「言いにくいけど、お前に女を感じたことは人生で一度たりともない」
「言いにくい割にははっきりしすぎじゃない?」
青筋を立てた里沙に頬をつねられる。思い出すなぁ。小学生の頃里沙と一緒にいると「うわ、夫婦だ夫婦!」ってからかわれたから、「は? 婚姻届けも出してねぇしまだ社会にも出てねぇのに夫婦とか頭ワリィのか? ちゃんと勉強しろよお前。頭ワリィゴミを育てるために学校はあるんじゃねぇんだぞ」と反論したらなぜか里沙に怒られたことを。
ちなみに父さんは「間違いなく俺の息子だな」って満足気だった。その瞬間「あ、俺は致命的に間違えたことを言ったんだな」と自覚できた。父さんは教師をやってるのが信じられないくらい頭がおかしくて人でなしだから、反面教師にできて非常に助かっている。
「ほんとーに女を感じたことないの?」
「何? お前従兄に何期待してんの? むしろキモいだろ。従兄に女として見られるの」
「確かに夕弥はキモいけど、なんかムカつく」
「俺を無条件でキモくしてんじゃねぇよ。ぶっ飛ばすぞ」
俺は『従妹を女として見るのが』キモいって言ったんだぞ? なんで『氷室夕弥はキモい』に変換されんだよ。え、普段から俺のことキモいって思ってるってこと? いつも光莉さんに対しての想いを叫んだり相談したり歌ったりしてるだけなのに、俺のどこがキモいんだ。意味わかんねぇなこいつ。
「じゃああれやってみる? 『こいつ、こんな体だったっけ……』ってやつ」
「エロ漫画かよ。それに俺は光莉さんのドエロダイナマイトボインに夢中だからお前如きの体なんて興味ねぇよ」
「巨乳に対する呼称があまりにも昭和過ぎない? っていうか私も普通にある方だし! ほら」
言いながら、道の真ん中で胸を持ち上げる里沙。しかし従妹にそれをやられたところで何の感情も浮かばない。せいぜい「こいつ、こんな体だったっけ……」って思う程度だ。あれ? 里沙の思惑成功してねぇか?
「あ、今いやらしい目で見た」
「おいおい、バカ言うなよ。生まれた時から一緒の従妹だぞ? 今更いやらしい目で見るなんてあり得ねぇだろ。っていうか何が目的なの? 俺にいやらしい目で見られて何の得があんだよ」
「……ほんとーにわかんない?」
え、て呆ける俺を見る里沙の目には悲しそうな色があった。何かを諦めているような、それでも縋りたい何かを見ているかのような。
「ね、いとこ同士でも結婚ってできるんだよ。知ってた?」
「……」
あまりの衝撃に固まる俺を見て、里沙は可愛らしく「ふふ」と笑う。顔を真っ赤にしてそのまま俺に背を向けて、逃げるように走り去っていった。
……え? うそ、ほんとに? いや、そんなはずない。事実確認だ。このまま連絡を取り合わず明日を迎えたら変に意識しちゃって俺が恥ずかしくなる。
スマホを取り出し、『おい、今の冗談だよな』と里沙に送ると、『そだよー』と返ってきた。
そだよーじゃねぇよ。
「男の純情を弄びやがって……許さねぇ……!!」
この瞬間、復讐のために里沙に将来性も何もないとんでもないバカ野郎を紹介しようと心に誓い、それを察した両親に説教された。イカれてんのかこいつら。
「あはは、ごめんって。ほら、あんなにはっきり女を感じたことないって言われたからムカついちゃったっていうか」
「一瞬でも真剣に考えた俺に申し訳ねぇと思わねぇのか?」
「あれ、真剣に考えたんだー??? 私のこと? ありがとねー???」
「抱きしめてキスするぞ」
「本当にごめんなさい」
翌日。いつものように家の前で合流し、登校しながら昨日のことについて文句をぶつける。にやにやしながら煽ってくる里沙が本当にうざいから言いたくないことまで言っちまったし。俺の『抱きしめてキス』は光莉さんのものなのに……。
「なんかキモい」
「感覚で罵倒するのやめてくれる?」
今自分の方が立場弱いって自覚あんのか? それとも何があっても薫姉さん以外自分の味方してくれるからって調子乗ってんのか? だとしたら許せねぇ。里沙も父さんも母さんも。なんで父さんと母さんまで里沙の味方すんだよ。なんだよ「いつだって喧嘩が起きた時点で男の方が悪いって決まってんだよ」って。なんだよ「薫ちゃんの子どもだから悪いことするわけない」って。俺がグレてねぇの奇跡だろ。
「はぁ、うちの両親子育てランキングがあったら最下位だろうなぁ。光莉さんがお母さんだったら毎日ばぶばぶちゅっちゅってできたのに」
「確かに最下位だね」
今その要素はなかったのに俺をみながら里沙が同意する。なんでだ? ただ俺は光莉さんへの想いを口にしただけだっていうのに……。
そうしていつも通りの会話をしながら足を進めると、学校に近づくにつれてうちの生徒がちらほら増えてくる。それもいつも通りだけど、何か今日はちょっと違う気がした。なんとなく視線を感じるような、そう、『夫婦』だってからかわれた時と同じような視線を感じる。気分がよくないのは、女の子から感じる視線は好奇というか、どちらかというといい感情っぽいからいいんだけど、男から向けられているのはいやらしい感情。それが里沙に向けられている。
「後ろ隠れてろ。じゃないとお前にいやらしい目を向けたやつらが根こそぎ里沙過激派に始末される」
「あ、私の心配じゃないんだ……」
でもありがと、としおらしく言って俺の背中に里沙が隠れると、周りの女の子が小さく黄色い悲鳴を上げる。ほんとになんだ? 何が起きてんだ? もしかしてため込んでただけで、『あいつらってやっぱり夫婦に見えるよね』っていう世論が今日になって爆発したのか?
「おい」
その答えを教えてくれたのは、いつの間にか俺たちの近くまでやってきていた担任の先生……つまり、父さんだった。『公平さを保てなくなるから』という理由で自身の子が通う学校に親は勤務しないというのが普通だが、うちの高校に問題児が多すぎて離れられなくなっている問題教師。
その問題教師は、懐かしむような、しかしあきれた様子で俺たちにスマホの画面を見せてきた。
そこに映しだされていたのは俺たちが通う光生高校のホームページ。といっても光生高校に通う生徒、教師、その家族だけが見れるものであり、その特性もあってか『光生高校ニュース』なんていう身内ネタに振り切ったページもある。
そのトップページにあったのが、『織部里沙、道の真ん中で愛を伝える!!』という見出しとともに、夕日に照らされた俺たちが向かい合っている写真。記事の内容にはしっかり「ね、いとこ同士でも結婚ってできるんだよ。知ってた?」という里沙のセリフが載せられていた。
「ちっ、違うんですおじさん! こ、これはその、ただ夕弥に女の子として見てほしかったっていうか」
「おい待て里沙!! ややこしいこと言ってんじゃねぇよ!! 違うんだ父さん、ただ俺は里沙に性的な魅力を感じちまっただけなんだ!!」
「あれ? なんで俺朝っぱらから息子と姪のラブラブを証明されてんの?」
間違えた!! クソ、なんで俺は『気が動転したらポンコツになる』ところが似ちまったんだ!! そりゃそうか、だって両親ともにそうだし。遺伝率100%じゃん。なんだこのクソ遺伝子。そのせいで俺の学園生活が終わろうとしてんだけど???
「そんなセリフを吐くやつがよくややこしいこと言うななんて言えたね!!?」
「うるせぇ!! 元はと言えば里沙が『私、ちゃんと女の子として育ってるんだよ……?』って上目遣いで見ながら俺の制服をちょこんってつまんできたのがワリィんだろうが!!」
「自分に責任がないことにしたいからって話作るな!! 夕弥に対してそんなことするわけないでしょ!!」
「俺も昨日までそう思ってたわ!! みなさん聞いてください!! 俺可愛い妹だと思ってたこいつに昨日誘惑されました!! 俺は被害者です!!」
「あー!! そんなこと言うんだ!! 昨日私のこといやらしい目で見てたくせに!!」
マズい、止まらない!! ここまでヒートアップしたら止め時がわからない!! どうしよう、周りに人が集まってきてるし、あのニュースを否定しようにも否定しきれないところまで来てる。
ただ、俺は知ってる。普段クズでどうしようもない父さんでも、こういう時には頼りになるってことを。
「いやぁ、確実に俺の息子だな」
頼りにしていた父さんは懐かしむように頷いているだけだった。ほんとダメだなこいつ。
これは、最悪な高校生活をスタートさせた俺が、従妹ではなく大好きなお姉さんと結婚するために奮闘する物語である。