「お、夕弥に里沙やん! 光莉さんに薫さんも!」
「春斗」
里沙の一言によって撃沈した父さんと、双子だからか同じくらいダメージを受けた恭華さんを引きずり出して外に放り出してから、改めてもふもふを堪能した後。昼食をとりにフードコートへ入ると、ちょうど入り口付近に春斗がいて手を振りながら近づいてくる。
「どやった? クリアした?」
「もちろん。光莉さんのおかげでな」
「全員で頑張ったんだから、私だけ上げるのやめなさい」
「あっ……」
光莉さんに優しくチョップされ、触れてもらった喜びに思わず声を漏らすと里沙から「キモ」と言われ、すかさず慰めるように薫さんが撫でてくれた。いつも思うけど、薫さん俺に対して甘すぎないか? 純情すぎる男の子なら惚れるぞ。叔母だけど。
「千里さんと日葵さんが席とっといてくれてるから、先そっち行く?」
「ちょーっと待ったァ!」
俺たちを連れて席に行こうとした春斗の背後から現れ、俺たちの間に割って入ってきたのは、高校教師のクセに派手な金髪でピアスも空けているチャラついた男性、霞の父であり恭華さんの旦那である井原蓮さん。蓮さんは「お、かわいこちゃんにかわいこちゃんの体毛ついてるじゃん!」と里沙の肩から犬の毛を払って、人懐っこい笑みを浮かべた。
「せっかくだし、ゲームしようぜ!」
「義兄さん。声大きい」
「……」
「義兄さん。声聞こえない」
両極端で素直でまっすぐ。どういう育ち方をしたらこうなるんだっていうくらい蓮さんはまっすぐだ。この人を見てたら教師だってことを忘れるし、実際学校でも教師をやっている時間より生徒と遊んでいる時間の方が長い。あと恭華さんは薫さんの姉で、だから蓮さんのことを義兄さんって呼ぶのはそりゃそうなんだろうけど、こんな人が義兄さんって呼ばれてるのはいまだに違和感しかない。
「こんぐらいでいい?」
「よし」
やっと声のボリューム調整が終わったのか、薫さんがオーケーマークを作ると蓮さんは改めて俺たちに向き直った。
「このフードコートには和洋中なんでも揃ってて、デザートもある! こんなにいっぱいあんならそれぞれの大好物もあるっしょ? だったら、お互いのことを理解してるかのテストもできるってわけ!」
「相手が一番食べたいものを推測して、それをテーブルまで持っていくってことですか?」
「夕弥正解! それぞれの相手は、そうだなぁ。野郎と女の子で1対1ってのはどう?」
「当てた場合は?」
「相手に好きな言葉言ってもらうってのは?」
「よし、光莉さん。俺とやりましょう」
「まず日葵と千里がいいって言わないと」
それもそうかと性欲をぐっと抑え、「そんじゃご案内!」と元気よく歩く蓮さんの後ろについていく。しかしマジでナイスだな蓮さん。蓮さんも俺が光莉さんのこと好きだって知ってるから、さりげなくサポートしてくれているんだろう。蓮さんは父さん経由で俺と里沙が付き合ってるのは勘違いだって知ってるだろうし。
少し歩くと、母さんと千里さんの姿が見えてきた。2人もこっちに気づいたようで、母さんは年甲斐もなく手をぶんぶん振って、千里さんも母さんに合わせてぶんぶん手を振っている。
「お父さん! 恥ずかしいからやめて!」
「娘を大事に想う僕の心の何が恥ずかしいの? ショックだな、まさか僕の愛情が恥ずかしいって思われてるなんて、いやでも大丈夫だよ。里沙がそういう年頃だって理解してるし、里沙はいい子だから僕の愛情を恥ずかしいなんて思ってないって。ただそうはっきり恥ずかしいって言われると僕も傷つくからちょっとやめてほしいかな」
「娘をいじめるな」
べらべら喋り始めた千里さんに薫さんのビンタが飛び、千里さんの口撃は乾いた音にかき消された。そこまでしなくてもと思わないこともないけど、千里さんが喋り始めた瞬間に光莉さんが袖をまくって臨戦態勢だったから、多分薫さんは千里さんを守ったんだろう。もちろん光莉さんから殺されないように。
「夕弥、どう? ここ楽しい?」
「光莉さんと一緒にいて楽しくないなんてことありえないだろ」
「ふふ、そっか。光莉と一緒にいるんだもんね」
「日葵! 今私と結婚してくれるって言った!?」
「言ってないよー」
「ま、恭弥を殺せば目を覚ましてくれるからいいわ」
「俺と母さんの前でさらっと父さんの殺害予告しないでくれます?」
光莉さんは母さんの親友であり、そういう意味で好きなんじゃないかと疑ってしまうほどの母さん過激派だ。これでも学生の頃よりはマシらしく、父さん曰く学生の頃は毎日のように母さんに欲情してたらしい。そういうところも素敵だ。
ちなみに父さんも母さんに欲情していたらしく、それは素直にキモいと感じた。マジで信じらんねぇよな。いくら好きだとはいえ毎日欲情するなんて猿かよ。人類と名乗るのに必要最低限な知能が備わってねぇんじゃねぇの?
俺が心の中で父さんを罵倒している間に、蓮さんが母さんと千里さんに説明し、2人の承諾を得たところでそれぞれの相手を決めるフェーズに入る。もちろん俺の相手は光莉さんに決まっている。光莉さんも俺の方を見ずに母さんの方ばっか見てるし。あの、男と女で一組ですからね? 少しは俺のこと見てくれてもいいんじゃないですか?
まぁ、この場は蓮さんが仕切ってくれるんだ。当然のように俺と光莉さんをペアにしてくれるだろう。期待を込めて蓮さんに視線を送ると、蓮さんからウィンクが返ってきた。
「じゃあここは女性陣に選んでもらおうぜ! 青春のドキドキって感じがしてたまんねぇっしょ! 里沙ちゃん、日葵ちゃん、薫ちゃん、光莉ちゃんの順で頼んます!」
なるほど、ここで光莉さんから俺に対する愛を再確認させてくれるということですか。やっぱり蓮さんは素晴らしい。それに光莉さんを最後にすることで俺を余らせるようにするサポートのおまけつき。全員俺が光莉さんのこと好きって知ってるから、きっと俺を選ばない。
「……えっと、じゃあ夕弥で」
「ちょっとこっちこい」
里沙の手を引いてその場から離れ、顔を寄せると気まずそうに里沙が目を逸らす。
「何してんだ、テメェ」
「ごめん……! でもだって光莉さんの前だから」
「なんかこう、あんだろ。俺を選ぼうとするけど恥ずかしくて無理! みたいな演技」
「だ、だって流石にそれはキモくてできなかったんだもん」
「もんとか言って可愛く言ってっけど、すげぇ暴言吐いてるぞお前。俺を傷つけて楽しいのか?」
「そんなに言わなくてもいいじゃん。夕弥を選びたかったのはほんとなんだから」
「えっ」
こいつ、まさか俺のこと本気で……?
「光莉さんとペアになったら死ぬほど最低なセクハラしそうだったし」
違った。俺に対する信頼がえげつないほど低いだけだった。そこまで言われたら俺も納得するしかない。ここで食い下がったらとんでもなく情けない男になることは目に見えていた。
なんかごめんな? と謝って2人でテーブルに戻り、ペア決めが再開する。母さんが選んだのは春斗で、理由は「恭弥が嫉妬しなさそうだから」らしい。本当に俺にゲボを吐かせるのがうまいな、この両親は。
「じゃあ私は、せっかくだしお父さんじゃなくて義兄さんにしようかな」
「僕は娘の前だと『お父さん』って呼んでくれる妻にこれ以上ない悦びを感じるんだ」
「なんでいきなりクソキショイ発言しだしたんやこの人」
「お父さんはこの年になってまでお母さんが照れてる姿を見たい恥ずかしい人なんです」
「お目当ての照れてる姿は見られてないみたいよ」
薫さんはゴミを見るような目で千里さんを見ていた。相手が相手ならありがとうございますと言ってしまいそうなほど冷たい視線に、千里さんが「ありがとう」と伝えている姿は素直にキショかった。父親のひどい言葉を聞かせないよう咄嗟に里沙の耳を塞いでしまい、びっくりしたのか里沙が「きゃっ!」と小さく声を漏らした瞬間、千里さんがぐりんと顔をこっちに向けてきたのは素直に怖かった。バケモンだよこの人。
「なら私は千里ね。別に今更千里に言わせたい言葉なんてないんだけど」
「僕にはあるよ」
「なんやろ、今までの言動聞いてたらめちゃくちゃキショいセリフに聞こえてくるんやけど」
「流石に薫さんの前だから『あなたの赤ちゃん産ませてほしいの』とかは言わないだろうけどなぁ」
「日葵さん。夕弥早めに院入れた方がええんちゃいます? 頭に少年がつく方の」
「え? 夕弥今おかしなこと言った?」
「ダメだよ春斗。日葵さんはおじさんのせいで狂ってるんだから」
「お前ら俺たち家族を丸ごとバカにしてんじゃねぇよ」
「発端はあんたでしょ」
家族を庇ったつもりが光莉さんに注意されてしまった。おかしい。今『決まった!』って思ったのにな……。もしかして俺たち家族はおかしいのか? 父さんがおかしいのは間違いないとして、俺は父さんの背中を見て反面教師にしたからまともなはずなのに。さっきだって俺が光莉さんに言ってもらおうとしていたセリフを言っただけなのに。おかしいよこいつら。俺をいじめて楽しんでるんだ。光莉さんに言ってやる!
あ、光莉さんに注意されたんだった。じゃあおかしいの俺だわ。
「ここにあるものはそこのQRコード読み込めば出てくるから、それぞれ一番食べたいものを決めたら女の子は女の子同士で、野郎は野郎同士で共有すること! これで不正はでないっしょ!」
「やるからには勝たないとな。母さん、里沙の一番食べたいもの教えてくれたら、今度俺が家を出て一か月父さんと母さんを二人きりにすることを約束する」
「家族みんなで一緒にいたいからだめ」
「里沙。俺を殺してくれ」
「そうやって人は成長していくんだよ」
あまりのみじめさに里沙も不憫に思ったのか、優しさで包み込んでくれた。ありがとう、ありがとう……。