「光莉さん。どうすれば光莉さんは俺と結婚してくれると思います?」
「本人に聞くことじゃないわね、それ」
一番信頼している光莉さんにだから聞いたのに何を言ってるんだろうと首を傾げると、光莉さんがぺちんと優しくおでこを叩いてくれた。やべぇなこのおでこ一生洗えない。でも洗わないと汚いから、このおでこを摘出して新しいおでこを取り付けようと思う。
ホテルアルストロメリアの地下にはバーがある。バーと言ってもお酒のみを提供するところではなく、雰囲気をバーに寄せたカフェのようなところだ。ダメ元で「光莉さん! 俺と大人な雰囲気を楽しむのはどうですか!」と頼んでみたら「いいわよ」と言ってついてきてくれたから、俺は夢だと思っている。あ、でもさっき光莉さんが叩いてくれた時痛かったから夢じゃないか。この人力加減バグってんだよな。優しく叩いてくれたって言ったけど、内出血くらい起きていてもおかしくない。
「考えてみてくれません? 俺勉強もできるし運動もできるし顔もスタイルもいいし、悪いところなんてないと思うんですけど」
「恭弥の息子」
「最悪のウィークポイントじゃん……」
父さんは死ぬほどクズだから、その血が流れている俺もクズである可能性は十分にある。俺は自分を客観視できる人間だ。いくら頭と見た目がいいからって、それを台無しにしてしまうほどのクズ加減があるということを俺は知っている。なんで母さんは父さんと結婚したんだって毎日どころか毎分、いや毎秒思ってるし。
でも、俺はそんなはっきりとしたクズじゃないはずだ。だって千里さんも「君って恭弥よりは面白くないよね」って言ってきたし。つかなんだよその言い方。あの人ノンデリじゃね? 普通に。
しかし、どうするか。光莉さんは会いたいと言えば会ってくれる。でもこの旅行先でバーという大人な空間。そして光莉さんはお酒を飲んでいるというあまりにも都合のいい状況。これを逃すなんて男じゃない。
「こうしましょう! 今から光莉さんはお酒を、俺はソフトドリンクを飲んで、光莉さんが先に酔ったら結婚してください!」
「あんたもお酒飲むならまだしも……っていうか私にメリットないでしょ」
「は? 俺まだ未成年なんで酒飲んじゃダメでしょ」
「法律を守る常識があって、なんで公平性が欠如してんのよ」
「公平性に欠けてませんよ。だって俺は、光莉さんに酔ってるところだから、さ」
お酒の中に入っていた氷を口に詰め込まれてぶん殴られた。この人親友の息子に対して容赦ねぇよ。普通そんなヤクザみたいな殴り方する? さっき自分で20も離れてるって言ってたよね?
でも、ポジティブに考えれば、こうやって暴力を振るっていいと思ってくれてるってことだ。それは信頼度の高さの表れに違いない。だって父さんと千里さんは俺以上にボコボコにされてるし、しかも俺は光莉さんからすれば親友の息子。そんなやつの口に氷を詰めてぶん殴るなんて、愛情表現以外の何がある?
「ふっ、感じましたよ、光莉さんからの愛」
「単純にムカついたらぶん殴るクセがあるだけよ」
「よく直した方がいいって言われません?」
「殴ってもいい相手にしかやんないからいいのよ」
ほら、愛情表現だった。見方によっては暴力を正当化してるようにも見えるけど、俺は愛情表現だって信じてる。そうじゃなきゃ流石に父さんと千里さんは光莉さんを訴えていてもおかしくない。
「そういえばあんた」
「はい?」
「私のどこが好きなの? いっつも求愛行動しかしてこないから、聞いたことないわよね」
「人を動物みたいに言うのやめてくれません?」
なんだ? いきなりそんなこと聞いてくるってことは、脈ありか? それともまだ俺の求愛が冗談だと思ってるのか? だから好きなところを答えられないだろうみたいな? だとしたら心外だ。これは真正面から好きなところをぶつけてわからせるしかない。そして、女性に好意を伝えるときはいつだって一言目が大切だ。俺は父さんが一言目でいつも間違えてひどい目に遭っている姿をよく見ている。反面教師としては一級品だぜ。
「まずは張りのあるおっきなおっぱい」
「夕弥。なんでぐちゃぐちゃになってるの……?」
「おかしいな……」
父さんは「女性を褒めるときは、その人の一番の魅力を伝えるんだぞ」って言ってたから、それはその通りだと思って実践しただけなのに。やっぱりあの人の言うこと信じるべきじゃねぇな。
里沙の声で目を覚ました俺は、差し伸べてくれた手をとってゆっくり体を起こす。いや、引き起こす。頭が土まみれになっているのは、恐らく俺がロビーを彩る植木の一部にされていたからだろう。俺が麗しすぎるからって、観葉植物の一種にするのはやめてほしい。
「その様子だと、光莉さんとはうまくいかなかったみたいだね」
「どこをどう見たらそう見えるんだよ」
「ありのままを見てそう見えたんだよ」
何を言っているんだ? 俺はただ光莉さんとバーに行って、ぐちゃぐちゃにされて植木にされただけなのに。まぁ一般人からすれば大失敗に見えるだろうが、俺からすれば大成功だ。光莉さんが植木にしてくれるなんて、よっぽど近しい人間じゃないとやってくれないからな。
「もう一回お風呂入ってきたら?」
「だな。大浴場を血で汚すの申し訳ないし、部屋で入るか」
ホテルの部屋は、「夫婦で部屋を取ると子どもができちゃうから」という父さんのイカれた思考により、男と女で分けている。だから毎年夜になると「枕投げしようぜ!」と父さんか蓮さんが言い出して、全員が盛り上がって大騒ぎすることが恒例だ。ちなみに去年は盛り上がりすぎて枕野球をした。
「あ、夕弥」
「ん?」
「えっと、言いにくいんだけど……今男部屋の方ね? お風呂でおじさんとオカマさんが裸の付き合いしてるらしくて」
「なんで俺の父さんは気軽に地獄を作り上げるんだ?」
何してんだあの人。子どもができるからって理由で男と女で部屋分けしたのに、なんで自分はオカマに襲撃されてんの? 多分、学生時代世話になった人がオカマだったって言ってたからその人なんだろうけど……。
「つかんなことになってんなら風呂入れねぇじゃん」
「うん。だからこっちきなよ」
「おー。そうすっか」
別に知った仲だし、大体血はつながってるし気まずさなんて一つもないしな。光莉さんがいたら興奮しすぎて死ぬけど、まだバーにいるだろうからその間に風呂入ればいいだろ。
あまりにもダメージを負いすぎたため、里沙に手を引かれながら部屋へ向かう。おかしい。こういうギャグっぽいダメージって漫画とかならすぐに治るのに……。現実は非情だ。
「えっと、カードキー……」
「ここじゃね?」
「勝手にポケットまさぐるな」
「アアアアアアアアア!!!!!」
「ごめん!」
部屋の前についてカードキーを探しだしたから、勘で里沙のポケットをまさぐったら「こら」みたいな感じでぺちんと一撃。しかしそれが傷に触れてめちゃくちゃ痛くて叫び散らしてしまった。あれ、光莉さんマジで俺にムカついて暴力振るってきたのか? 親愛を感じるようなダメージ量じゃねぇだろこれ。
叫ぶ俺に焦った里沙が、急いでカードキーをかざしてドアを開け、俺を中にぶち込む。仮にも俺のことが好きだと言っているやつの扱いじゃねぇだろ。物みたいにぶち込みやがったぞこいつ。
「あれ、夕弥。どうしたの?」
「その傷つき方は光莉やな」
「薫さん、春乃さん」
光莉さんの傷つけ方把握されてるんだ……。どんだけ父さんと千里さん光莉さんにやられてたんだよ。あの二人のノンデリ加減みたら相当な数だろうけど。
「母さんと恭華さんはいないんですか?」
「日葵は恭弥がひどい目に遭ってるって聞いて飛んで行って、恭華はこれ以上の地獄ができんようにってついて行った」
「俺、もうこっちに泊まろうかな……」
「いいよ。私と一緒に寝る?」
小首を傾げて上目遣いの薫さんに、思わず目を逸らす。この人めちゃくちゃからかってくるんだよな。俺が思春期で恥ずかしがるってわかっててやってくるからタチが悪い。春乃さんがやってくるなら「まぁ春乃さんだしな」ってなるけど、いっつも優しくて穏やかで真面目に尊敬できる人だからこそ照れてしまう。
「母さん! 夕弥ももう子ども扱いしていい歳じゃないんだから!」
「じゃあ大人扱いしよか。私と一緒に寝る?」
「春乃さん!」
「まぁまぁ里沙。そんな独り身のジョークに目くじら立てるなって」
「今私のこと独り身言うた?」
「死ぬほど失言しました」
修羅の気配を感じて瞬時に土下座する。自分が悪いと思ったらすぐに謝る。修羅を感じたら土下座する。父さんからの数少ない有益な教えだ。ちなみに母さんからは「謝らなきゃいけないようなことしちゃだめだよ」と教えられた。
「別に気にしてへんよ。薫ちゃん、光莉呼んどいて。夕弥風呂入れとくから」
「めちゃくちゃ気にしてるじゃないですか!! やめて!! せめて薫さんにして!!」
「やって」
「はーい。じゃあ一緒に入ろっか?」
「違いますって! 言葉の綾っていうか、そもそも一人で入れますから!!」
「でも傷だらけだし、一人で入ったら危ないよ?」
「そうそう。ここはお姉さんの言うこと聞いといた方がええよ」
マズい、このままだと俺のハイパービッグマグナムが見られてしまう。家族みたいなもんだからいいかと言えばそういわけじゃなくて、むしろ家族みたいなもんだからこそクソ恥ずかしい。この人たち思春期の男子高校生をなんだと思ってんだ? こういうのが一生の心の傷になって女性不信になるかもしれないんだぞ?
「クソ、助けてくれ里沙!」
「えっ、あっ、えっと、わ、私が一緒に入る!」
「そうじゃねぇだろ!!」
誰が「(傷だらけで風呂に入るの難しいから)助けてくれ」って言ったんだよ!! 正直お前と入るのが一番気まずいんだよ!!
「流石にいとこ同士とはいえ、それは許可できないかなぁ」
「み、水着きるし、大丈夫! 万が一のこと考えて夕弥は目隠しするから!」
「俺を使って何プレイしようとしてんの?」
「それならええかもな」
「よくないですけど?」
「そういえばプールあるからって持ってきてたね、水着。それならいいかな」
「よくないですけど!?」
「それじゃあ先入ってるね」
「なんでだよ!!!!」
倫理観バグってんのかこの人たち!! どう考えても年頃の男女を一緒の風呂に入れちゃダメだろ!! いとことは言え男女だぞ? 水着着てても変わんねぇよ! 風呂っていうシチュエーションがもうダメなんだよ!!
「もういいよー」
「もういいよじゃねぇんだよな」
「ほら、女の子待たせるもんやないで」
「里沙をよろしくね」
「その言い回しやめてくれません?」
まぁ、中に入って俺は大丈夫だからって説得するしかねぇか。多分里沙も今頃頭抱えて「なんであんなこと言っちゃったんだろう」ってなってるところだろうし。どうせ水着も着てねぇだろ。
脱衣所の扉を開けて、中に入る。
めちゃくちゃビキニだった。
「何してんのお前」
「なんか引っ込みつかなくなっちゃって……どうしよう」
「バカじゃねぇの? 俺里沙と入んのが一番気まずいんだけど。あと水着似合ってるぞ、かわいい」
「私も自分のこと死ぬほどバカだと思ってる……あとありがと」
『俺のことが好きムーブ』にしてもやりすぎな気がする。というかそうか、それが広まってるから一緒に風呂入んの許可したのか? あり得るな。恋する女の子の応援のためなら、ある程度の倫理観は切り捨てるだろうし。
「一人で大丈夫そうだったって言って戻っとけ」
「……でも、ここにくるまで手を引かなきゃこれなかったし」
「大丈夫だって。普通に歩けっ」
歩けるし、と足を踏み出した瞬間バランスを崩して里沙の方に倒れてしまう。マズい、と思った時にはもう遅かった。痛む体を無理やり動かして、里沙にぶつからないよう体を捻ろうにも無理がある。
「うわ」
「ぶっ!!!!」
しかし里沙が虫を叩くように俺をビンタしたことで、里沙を巻き込んで倒れる事態は回避された。さっき俺のこと心配してたよな? なんでそんな無感情で俺のこと殴れんの?
「ほら、やっぱり危ないじゃん」
「今ちょうどダメージも増えたしな……」
「もういいんじゃない? 夕弥が何かしてくるとは思えないし、昔は一緒にお風呂入ったことあるし」
「昔ってまだ里沙に女性らしい起伏がなかった頃の話だろ?」
「キモい言い方しないで。ほら、早く脱いで」
「いやん! 里沙ちゃんったら大胆ね!」
場を盛り上げようとふざけてみたら、無感情に裸にひん剥かれて風呂へぶち込まれた。いや、もっとほら、ないの? 裸見て「きゃっ!」とか。あぁダメだ。完全に『無』になってらぁ。