ゴールデンウィークにゆっくりできる場所なんて、学生には基本的に存在しない。お金を払えばホテルを取ったり、レンタルスペースを借りて時間を気にせずゆっくりできるけど、学生の身分でそんなお金を用意できる……いや、用意はできてもそんな気前よくお金を使えるほどお金を持っているわけでもない。霞の家はケーキ屋だからそこを使わせてもらおうと思っても、流石に身内だからと飲食スペースを占領するのは非常識だし、となると『お金が必要なくて長時間ゆっくりできる場所』は誰かの家しかなくなる。
「っていうわけなんだよ姉ちゃん」
「じゃああんたらのうちの誰かの家に行ってくんない?」
インターホンを鳴らし、出迎えてくれた姉ちゃんは、めちゃくちゃ嫌そうな顔で突っぱねてきた。
姉ちゃん、
「申し訳ございません、夕弥さんの叔母さま。わたくし、お友だちの家にお邪魔するのが夢でして」
「ならお友だちの家に行ってくんない?」
「せめてのお詫びとして」
「……や、別にお土産ねだってるわけじゃないけどさ」
「わたくしがきましたわ」
「あぁもうめんどくせぇわ。入っていいよ」
麒麟寺さんの非常識な言動に姉ちゃんが折れて、俺たちを迎え入れてくれる。「おじゃましまーす!」と元気に突入する俺と春斗と麒麟寺さんの後ろで、里沙と霞が姉ちゃんにケーキを渡しているのは気にしないようにしておこう。ほら、姉ちゃんは身内だし。家族だし。気ぃ遣う必要ねぇだろ。
姉ちゃんの家にはちょくちょく泊まりに来ていて、その時に使わせてもらっている部屋になだれ込む。叔母とはいえ年齢が近いからちょっとよくないんじゃない? と思う人もいるだろうが、俺には光莉さんがいるから問題ない。姉ちゃんはただの姉ちゃんだ。
「えっと、ほんとにごめんね? 急にきちゃって」
「僕では止められませんでした」
「いーよいーよ。ほんとにいい子だねぇ里沙と霞は。うちのウンコにも見習ってほしいよ」
「甥を糞便と同じ扱いすんなよ」
里沙と霞を撫でながら言う姉ちゃんに中指を立て、立てた瞬間に変な方向に曲げられそうになって土下座する。そんな俺に「大騒ぎすんなよ」と言って姉ちゃんは部屋から出て行ったのを見て、広めのテーブルを囲んで全員座ったところで麒麟寺さんが口を開く。
「さて、みなさま。わたくし一人寂しく過ごしていたゴールデンウィークで思ったことがありますの」
「これあんまり遊ばれへんかったこと根に持ってへん?」
「思っても言うなよ春斗」
「もっとお互いのことを知るべきだと思いますの!」
やはり気にしていたのか、口を滑らせた春斗を睨みつけながら麒麟寺さんが胸を張る。霞が麒麟寺さんから目を逸らしたことは後で泣くまでいじり倒すとして、そういえば出会ってから全然経ってないし、俺たち四人はともかく、麒麟寺さんは俺たちのことほとんど知らないよな、と一人納得した。
「わたくしが知っていることと言えば、里沙さんが夕弥さんを愛していることくらいですし」
「待って麒麟寺さん。それ誤解なの」
「違うんですの? わたくしの目にはとても好意的に見えますわよ」
「確かに夕弥のことは好きだけど!」
「何? いきなり修羅場?」
ガチャ、とドアが開く音とともに聞こえてきた声に里沙が固まり、ゆっくり後ろを向く。そこにはケーキとジュースを乗せたトレイを片手に、にやにやといやらしい笑みを浮かべる姉ちゃんがいた。
「葵さん違うの! 今のは」
「はいこれ、買ってきてくれたケーキとうちにあったジュース」
「葵さん聞いて!」
「なーに恥ずかしがってんの。ちっちゃいころは『ゆうやとけっこんする!』って言ってたし、別に驚きもないけど」
「ウワー!!!」
「じゃあごゆっくり」
言いたいことを言って部屋を出る姉ちゃん。ゲラゲラ笑う春斗。里沙を気遣う霞。頭を抱えて動かなくなった里沙。うちの身内全員に広まったんじゃねぇかなぁと心配する俺。「めちゃくちゃうめぇですわ」とケーキを頬張る麒麟寺さん。
この人、わかっててやってるよな多分。根が善人ながら邪悪な気がするんだけど。
「里沙さんは非常にいじりがいがあって可愛らしいですわね」
「十割理解したようなもんですよ」
「里沙を表現するんやったら、大体可愛いが結論になりますから」
「あとは優しいとか」
「ありがとう!!」
やけくそなありがとうを披露して、これまたやけくそにケーキを食べ、ジュースを飲み干し、なぜか俺のケーキからイチゴを奪って俺を睨みつけてくる里沙に、「やっぱりお可愛らしいですわ」と麒麟寺さんが微笑む。思えば里沙はいつも振り回されてるような気がするなぁ。大体振り回してるのは俺だから、口に出すと「夕弥が言うな!」って言われるから言わねぇけど。
「夕弥さんと里沙さんと霞さんって、血の繋がりがあるんでしたわよね?」
「俺の父さんと里沙の母さんと霞の母さんが兄妹なんすよ」
「春斗さんはどういうつながりで?」
「俺の母さんが三人の両親と高校からの友だち」
「へぇー。だとするとほぼ身内みたいなものなんですのね」
「ちょっと寂しそうな顔してるやん」
「夕弥。撫でていい?」
「霞に聞けよ」
「なんでいつも僕に振るんだよ!」
俺たち四人は全員の親につながりがあって、麒麟寺さんにはない。それを気にして麒麟寺さんが口の先を尖らせた。ドMで留年してるくせに。これは関係ない。
改めて考えてみると、結構異常だなと思う。仲良すぎじゃねぇか俺らの両親。普通は住む地域離れるもんじゃねぇの? 俺ら幼小中高全部一緒なんだけど。そりゃ麒麟寺さんが疎外感持ってもおかしくない。俺も同じ立場なら疎外感……ねぇな。気持ちワリィって思うわ。
「麒麟寺さんのことも教えてくださいよ。そういえば名前とお嬢様になりたいってことくらいしか知らないですし」
「わたくしのこと? そうですわね……」
「?」
ちらちらと麒麟寺さんが俺に視線を向けてくる。何その視線? 「これ言っちゃおうかな……」みたいな。俺と麒麟寺さんに共通の秘密があって、それを言おうかどうか悩んでるみたいな。そんなのあったか?
「夕弥さん。申し上げてもいいと思います?」
「え? 何の話っすか?」
「まぁ! 忘れたとは言わせませんわよ! わたくしを掃除用具入れに引きずり込み、暴れるわたくしを抑え込んで無理やり口を抑えたことを!」
「ちょっとこっちきな、夕弥」
めちゃくちゃマズいことを麒麟寺さんが言った瞬間ガチャ、と音が鳴ってドアが開き、顔を覗かせた姉ちゃんが能面のような表情で俺を呼ぶ。マズい。これに従って姉ちゃんの方に行ったらこの場での弁明の機会も逃すし、姉ちゃんに殺される!
「違う! 姉ちゃん聞いてくれ! 俺はただ、命を狙われていただけなんだ!」
「んなわけないでしょ。言い訳すんならもっとまともなのにしてくれる?」
「これは事実やで」
「葵さん。本当のことなんです」
「夕弥を庇うのは癪だけど、本当です」
三人からの援護射撃に姉ちゃんが絶句する。そうだよな。普通の学生が命を狙われるなんて信じられないよな。でもあるんだよ、あの学校では。俺も言いながら信じてもらえないだろうなって思ってたからこれは姉ちゃんは悪くない。里沙たちがいて助かった。
いや助かってねぇわ。麒麟寺さんが言ったことを弁明する相手増えてるから被害でけぇよふざけんな。
「まぁ、それは本当だとして。だからといって性犯罪はよくないじゃん」
「葵様、それは違いますわ! 性犯罪などではなく、無理やりでしたがわたくしは嬉しかったんです!」
「クズ男に引っかかった女の子の言い方してるやん」
「有罪だな夕弥。光莉さんには僕から言っておいてやる」
「クソ初心野郎が光莉さんとまともに話せねぇだろカス。調子乗ってんじゃねぇぞ」
「そんなに言わなくてもいいだろ!!」
俺を責められるからと嬉しそうにしている霞がムカついたから攻撃すると、本当に気にしていたことだからか掴みかかってきた。「悪い、言い過ぎた」と謝れば「僕も言い過ぎたよ……」と引き下がる霞はいいやつで本当に扱いやすい。正直バカだと思ってる。
ただこのままじゃ『麒麟寺さんを無理やり襲った挙句、その中でどうにか麒麟寺さんを堕として自分の女にしたクソ野郎』になってしまう。なんで光莉さん一筋の俺が、お嬢様になりたい留年ドM女を手籠めにしたって思われてんだよ。元を返せば里沙のせいじゃね? 里沙があんな態度とって、それが学校中に知れ渡って俺の命が狙われて、その結果麒麟寺さんを掃除用具入れに引きずり込む事件を生んだんじゃね?
……いや、ここで里沙のせいにしても俺のクズさが浮き彫りになるだけだ。そんなことしたら余計に俺の立場が悪くなる。じゃあどうすればこの場を切り抜けられる? 一番いいのは、麒麟寺さんにさっきの発言を撤回してもらうこと。「お嬢様なので冗談の相場がわかりませんでしたわー!」って言ってもらうことだ。
なんとか伝わってくれとアイコンタクトを送る。麒麟寺さんはそれを受け取って、首を傾げたあと目を見開き、「任せてくださいまし」と力強く頷いた。
「みなさま、よろしいですか」
凛とした声が空間を支配する。麒麟寺さんの纏う空気が変わった。
「わたくしが本当に性被害を受けたとして、このような場ではっきりと口にすると思っていますの?」
「性被害やないやろうけど、そんでもやったことは事実っぽいし、せやったら夕弥はどっちにしろ悪いことしてるやろ」
「負けましたわー!!」
「きな、夕弥」
「役立たずー!!」
春斗に一瞬でKOされた麒麟寺さんの敬礼に見送られ、俺は姉ちゃんに引きずられ部屋を後にした。