「わたくしの家があまりお金がなくて、しかもわたくしが小さい頃にお母様が出て行って離婚して、お父様とわたくしと弟の三人暮らしという話はしましたっけ」
「あんた何留年してんすか」
そういえばもうすぐ中間試験ですわー!!! と騒ぎ始めた麒麟寺さんの勉強を見るために大集合した中で落とされた爆弾に、つい心無い言葉を浴びせてしまった休日の午後。大体のことは笑って済ませる春斗も、「えぇ……」と流石にドン引きしていることから、とんでもなさがうかがえる。
これが「お父様がお仕事で忙しく、わたくしが幼い弟の面倒を見なければいけなくて……」ということなら百歩譲ってまぁわかる。ただ、一緒に勉強していると麒麟寺さんが本当にアホだということがわかったから、マジでバカすぎて留年した可能性がかなり高い。
「こら。弟さんの面倒を見ていたからかもしんないじゃん」
「弟は中学二年生でかなり優秀ですわ。わたくしのことを白い目で見すぎてもう黒目がなくなっていますもの」
「比喩表現やなくてほんまに白目なるやつおらんやろ」
「なんか僕らにもプレッシャーのしかかってきたな」
確かに。麒麟寺さんの勉強を俺たちが見ていて、それでもだめだったら俺たちまで落ち込んじゃうだろ。ていうか学校はなんで麒麟寺さんをサポートしないんだ? 学校の利益のことしか考えていない腐った学校ならまだしも、うちの高校には父さんも蓮さんも春乃さんもいるのに、麒麟寺さんを放置するとは思えない。
「そないな状況やったら母さん放っとかんと思うんやけど」
「あ、わたくし一年生の頃はやさぐれておりましたので。更生に一年かかった次第ですわ」
「お嬢様を目指すようになったのが更生……?」
「やさぐれて留年するよりはマシなんじゃない?」
「それに、わたくし用の問題を先生方が作ってくださっていますので、毎日家で猛勉強中ですわ! お嬢様たるもの、知識と教養は必須ですのよ!」
あぁ、それで父さんが毎日母さんといちゃつく暇も惜しんでパソコンにかじりついてるのか。流石の父さんも麒麟寺さんの家庭事情を見たら母さんよりも麒麟寺さんをなんとかしようっていう方向に傾くらしい。
……ちょっともう少し麒麟寺さんこのままでいてくれねぇかな。そうすれば家の空気がピンクになることも少なくなるし。
「それにしても、皆様お勉強できるんですのね」
「俺は『教師の息子がバカだと恥ずかしいから』っていうクソみたいな理由で勉強させられてたんで」
「私は『娘が賢いといざという時にマウント取れるから』っていうクソみたいな理由で勉強させられてましたから」
「俺は『勉強してる二人よりも賢くなったら、上から煽れておもろいから』っていうおもろい理由で勉強してるんで」
「僕は単純に勉強してます」
「里沙さんがまともに育っている理由がよくわかりませんわ」
「母さんの背中を見て育ちました」
あと話を聞く限り霞がいい子すぎる。こいつの欠点なんなんだ? 俺を敬遠するところくらいだろ。初心なのも可愛くて欠点になり得ないし、こいつ家のケーキ屋の手伝い率先してやるし。おかげでお姉さまから人気がすごいらしい。まぁわかる。初心で顔がよくて礼儀正しい男の子ってもう人気が出ないわけないしな。その度にムカつくから「こいつ俺の親友です」って言って評価下げるようとしたら「そんな子とも付き合ってあげてるんだ!」ってむしろ評価上がるし。マジでムカつくな。俺が何したってんだ?
「麒麟寺さん、今回は大丈夫そうなんですか?」
「流石に去年のような無様は晒しません。きちんとお勉強もしていますし、赤点は逃れられますわ。ですがしかし!」
「うっせぇな」
「夕弥。クソが漏れ出てんで」
「え!?」
「ウンコやなくて」
「二人とも、下品」
春斗が妙なことを言うからお尻を確認したら、里沙に怒られてしまった。でも麒麟寺さんがぷるぷる震えてるからお気に召したんだろう。下ネタが好きってマジでバカっぽいな。哀れだぜ。
「夏が近づいていますわ! ということはつまり、プールの授業があるということ」
「……もしかして」
「わたくし、一切泳げませんの。どういたしましょう」
「土下座して単位もらうっていうのはどうです?」
「他の体育頑張ったら単位帳尻合うやろ」
「……」
「夕弥、春斗。『じゃあ一緒に練習しましょうか』って言おうとしたけど恥ずかしくて言えない霞を見習って」
泳げないとう麒麟寺さんに対して、諦めから入った俺と春斗がまた怒られた。いやだってさ、できないことをできるようになるのって難しいし、ただでさえ勉強頑張ってんだぜ? 一つくらい無理せずできないままにしててもバチ当たんねぇだろ。むしろ、「泳げるようになりましたが勉強で蓄えた知識がすべて流されていきましたわー!!」ってなるより全然いい。
「でも一緒に練習する言うても、麒麟寺さんお金ないんやろ? 学校のプールでも借りる?」
「んなことしたら里沙のスク水姿を見にクソどもが押し寄せてくるだろうが。ダメに決まってんだろ」
「学校のプールを利用するとなると、もうプールが始まってしまっていますわ。そうなる前に練習して、泳げるようになっておきたいんですの」
「やってもらう側なのに我がまま言ってんじゃねぇよ。わきまえろ」
「夕弥、クソが出とる」
「え!?」
「ウンコやなくて」
「いい加減にして」
里沙が本気でブチギレそうな気配を醸し出し始めたので、素直に頭を下げる。流石にウンコの天丼はきつかったか。ウンコの天丼って言い方したらなおきついしな。これを口に出すと本気で気分が悪くなりそうな人がいるだろうから、気を遣って俺の心のうちにとどめておこうと思う。俺は常識人だからな。
俺のお尻が連続で確認されてびっくりしているのを気にしながら、麒麟寺さん泳げない問題について思考を巡らせる。フリをして光莉さんのことを考える。夏と言えばプール、夏と言えば海、プールと海と言えば水着。これは光莉さんをすぐに誘うしかない。そして俺の肉体美を見せつけて「夕弥、すき……」って言ってもらおう。これしかない!
「ねぇ、そろそろいい?」
「姉ちゃん。どうしたんだ?」
部屋の入口、ドア枠に手をついて、カッコよく立っている姉ちゃんに首を傾げる。なぜそんなに気に入らない表情をしているのかわからない。ただ俺たちは、タダで使える姉ちゃんの家を利用してるだけなのに。
「あんたら私の家たまり場にしてるけど、せめて事前に連絡くらいくんない?」
「姉ちゃんの家は俺たちの秘密基地みたいなもんだろ」
「私のことよしなが先生だと思ってんの?」
「葵様。失礼ながら、葵様をよしなが先生だとは思っていませんわ」
「知ってるけど?」
じゃあなんで言ったんだろう。最近よくないことがあってイライラしてんのかな。俺と姉ちゃんの仲だから相談してくれてもいいのに……。
でも流石に親しき仲にも礼儀あり。いくら姉ちゃんだからと言って、連絡もなしに休日に押し掛けるのはよくなかったか。ただ突然決まるから事前に連絡もクソもないし、俺たちは悪くないと思う。ただ、里沙と霞が謝ってるってことは悪かったんだと思う。里沙と霞は常識人である俺以上の常識人だから、二人のとる行動はかなり正しい。そして二人は俺と一心同体みたいなもんだから俺はもう謝らない。
「ま、大暴れするわけじゃないから別にいいけど」
「彼氏も作らず一人でだらだらするだけだしな」
「甥だろうとなんだろうと普通に殴るよ」
「おいおい(笑)」
何が起きたかわからないが、痛いことだけはわかる。明らかに俺が悪かったのに、里沙が「大丈夫……?」って心配してくれるくらい今の俺の状態はひどいらしい。
「ごめんなさい葵さん。いつも迷惑ばかりかけて」
「いーよ霞。なんだかんだわきまえてくれてるから」
「そうですわ! 葵様にプールへ連れて行ってもらいましょう!」
「わきまえてへん人おるけど」
「ん? そんくらい別にいいよ。どうせやることないし、それなら暇な時間をかわいいあんたらのために使った方が有意義でしょ」
「え、いいよ葵さん! 流石にそれは悪いし」
「子どものうちに与えてくれるもんは受け取っときな」
遠慮した里沙と、「ありがとうございますわ!!」と目をキラキラさせている麒麟寺さんをぽんぽんと撫でて姉ちゃんが微笑んだ。なんだこの人。ほんとに俺と同じ血流れてるのか? 俺が同じこと言ったら「もっともらしいこと言って、何企んでるの?」って言われるぞ俺。明確なことはわからないけど、姉ちゃんにいい血が流れていて俺に悪い血が流れていることだけはわかる。
俺に母さんの血が濃く流れてたらな……。母さんから「お父さんにすごく似てる!」ってよく言われるし、その度「おい、息子に対して嫉妬させるなよ」「ふふ。そういう意味で好きなのは、恭弥だけだよ」「日葵……」ってクソみたいな展開が生まれるから、父さんに似てるって言われるのがトラウマにもなってるし。
「でもいいのかよ姉ちゃん。五人分って結構かかるだろ?」
「甘えんの本当に上手だね夕弥。朱音ちゃんと里沙と霞の分は出すけど、全員分払うとは言ってないよ」
「なんで俺ら選考漏れしたん?」
「まぁ、俺たちが大人だからだろうな」
「そんなので恥ずかしくないの?」
「里沙。心にくる言い方はやめろ」
『そんなの』はあんまりだろ。それに俺が言ったことは間違いじゃない。俺は光莉さんに大人な恋をしてるし、春斗はなんかよく笑ってるから大人だろ。春斗が大人である理由が薄いような気もするけどそれも気のせいだ。それを気にするやつが子どもってことだな。
「ついでに水着も買ったげよっか」
「それは恥を体現したようなわたくしでも流石に遠慮いたしますわ」
「朱音ちゃん可愛いんだから、恥なんて言ったらバチ当たるよ。それに遠慮もしなくていい。可愛い子の水着買えるなんて、立派な社会貢献でしょ」
「え、あ……その……ありがとう、ございます」
「元々やさぐれててお嬢様を目指すようになって、素はしおらしくてすごい女の子しててめちゃくちゃ可愛いって、連れて帰るなって言う方が嘘だよね」
「連れて帰っていいかどうかは流石に霞に聞かないとなぁ」
「まだ僕に聞くのかよ……」
ノリってやつだろ。