学校の前で大騒ぎした俺たちは、朝っぱらから生徒指導室にぶちこまれた。隣には里沙がいて、正面には父さんが座っている。父さんはスマホ……恐らく俺たちのニュースを見ながら、流石に結構な問題だからか頭を抱えていた。
「どうしよう……
違った。母さんの写真見てただけだった。
「息子と姪がひでぇ目に遭ってるってのに何してんだクソ親父」
「別にそう問題でもないだろ。俺は学生の頃千里と付き合ってるって新聞張り出されたし」
「お父さんとそんなことになってたんですか……?」
千里、里沙のお父さん。今ではクールでカッコいい人だけど、学生の頃は女の子と間違われてもおかしくないほどのメスだったらしい。それに父さんとは親友でそういう仲を疑われてもおかしくないほどだったらしく、それなら付き合ってるって言われても……おかしくないけど本人たちはたまったもんじゃないだろうな。
「でもさ、俺たちは異性だから妙にリアルだろ。いとこだから話題性も抜群だし……これが光莉さんの耳に入ったら最悪だな」
「見ろ。日葵も『え!? 二人ともそんなことになってたの!?』ってびっくりしてる」
「光莉さんに伝わる助走かけてんじゃねぇよ!」
流石の母さんでも光莉さんには言わないだろうけど、あの人かなりのポンコツだからふとした拍子に言っちまう可能性もなくはない。母さんと光莉さんほぼ毎日会ってるらしいし……。
「あ、今光莉と一緒だって」
「おいシャレになんねぇって!! 光莉さんには絶対言うなって伝えてくれ!!」
「言っといたけど、多分死ぬほど動揺してるからバレると思うぞ」
「ふざけんなよクソ親父……!!」
どうすんだよ、これで光莉さんにバレてしかも『おめでとう』なんて言われたら!! 多分あの人違うんですって言っても聞いてくんねぇぞ。『やっぱり私みたいなおばさんじゃなくて、若い子がいいに決まってるわよね』ってなるって絶対! しかもいい人だから『いとこ同士なんて気にしちゃだめよ。ほんとに好きなら胸張ってなさい』って応援してくれるって!! マジでいい女だな、結婚しよう。
「……いや、待てよ? ここは先に手を打って『俺と里沙がニュースになっちゃったんですよねー』って話題にすればいいんじゃねぇか?」
「ふふふ、実はもう送ってるんだよね、私」
「ずっとスマホ触ってるって思ったら、でかした里沙!! ちなみになんで俺から目を逸らしてるんだ?」
「いや、あの、えっと」
俺から目を逸らしながら、里沙がスマホの画面を見せてくる。なになに? 『夕弥と付き合うことになりました』『そう』だって?
「何してくれてんの?」
「ち、違う! 『夕弥と付き合ってるって勘違いされてめちゃくちゃ困ってるんですけど、夕弥は相変わらず光莉さんが大好きだって言ってるから安心していいですよ』って送ろうとしたの!!」
「それがどうしてこんなことになってんだよ!!」
「仕方ないでしょ!? 焦ってたんだから!!」
「仕方ないで許せることと許せねぇことがあるんだよ!!」
あまりの怒りに立ち上がって里沙に詰め寄り、応戦する形で里沙も立ち上がって言葉をぶつけ合う。こいつもわざとやったんじゃないだろうけど今回ばかりは許せねぇ。なんだ? どう間違えたらフォローがご報告になるんだ? 気が動転してたらポンコツになる遺伝子こいつも受け継いでんのかよ。終わってんなこの遺伝子。
しかしまずい。ついさっきまで考えていた最悪の事態がもう目の前まできてるどころか俺の思考が追い付かないレベルの速度で追い越していった。早急に対処しないと取り返しのつかないことになる。
「安心しろ、夕弥」
「父さん?」
そこで立ち上がったのが、父さんだった。得意気な表情で俺を見る父さんにムカつきながらも、やっぱり頼りになるんじゃないかと期待してしまう。
そこで俺はそういえばと思い出した。『付き合うことになりました』への返答が『そう』っていう淡泊なものだったことを。もしかしたら、父さんが先手を打っていて冗談だってわかっていたから淡泊な返事だったんじゃないか?
「日葵によると『私みたいなおばさんじゃなくて、若い子がいいに決まってるわよね』ってため息吐いてるらしい」
「何が安心しろだよカス。殺してやろうか?」
「むしろここまで手遅れなら落ち着いて考えられるだろ。ポジティブにいけポジティブに」
「信じられねぇくらいネガティブな状況なんだけど???」
「いっそ付き合ったことにして、別れたってことにしてみる?」
「んなことしたら里沙がいとこと付き合って別れたやつってなっちまうだろ? そりゃダメだろ」
「……そう」
俺がやらなきゃいけないのは、光莉さんの誤解を解くこと。学校内で勘違いされるのは別にいい。言いたいやつには言わせとけばいいし、どうせ時間が経てば俺たちが付き合ってないっていうのはわかることだ。
でも、光莉さんに関しては時間が解決するなんて悠長なことは言ってられない。『俺が光莉さん以外を選んだこと』に納得させちゃダメなんだ。俺は光莉さんしか見えてないってことを信じさせなきゃいけない。
「押し倒すしかないな」
「流石俺の息子。当然の帰結だな」
「今私がしっかりしなきゃいけないってことがわかった。落ち着いて二人とも」
俺と父さんが完璧な解を出したっていうのに、里沙が待ったをかけてくる。一度俺を地獄に落としたこいつに対する信用なんて皆無に等しいが、一応聞いてやることにした俺は落ち着いて席についた。
「まず、私と付き合ってるって勘違いしたまま光莉さんを襲ったら、光莉さんはめちゃくちゃ怒ると思う」
「光莉さんに俺の童貞を捧げられないからってことだよな? 大丈夫、そこは先にちゃんと説明する」
「待て、女の子はちゃんと体を綺麗にしてからじゃないと恥ずかしいもんだ。いきなり襲われるのは嫌だからってことだよな?」
「まったく違う。『里沙と付き合ってるのに私に手を出すってどういうつもり?』ってなるってことね。理解できる? バカども」
俺と父さんが言ったことも間違ってはいないが、里沙の言うことも一理ある。確かに里沙と付き合ってるって勘違いしたままだと『不誠実だ』って怒られるのも無理はない。ってなると結局光莉さんの誤解を解かないといけないってことになる。
じゃあどうやって? 光莉さんは結構柔軟だし誤解だって言ったらわかってくれそうだけど、伝え方を間違えればどんどん沼にはまっていく。だから一手目は絶対に間違えちゃいけない。
「どうやって誤解を解くか……」
「正面から伝えるのは?」
「バカかお前は。もし正面から伝えて信じてもらったとして、『やっぱり私のことが好きなのね、嬉しい』って言われたら発情する自信しかない。お前は光莉さんの前に獣を放つ気か?」
「なんで夕弥みたいなのにバカって言われなきゃいけないの?」
「待て里沙。今回ばかりは夕弥が正しい」
「おじさんはそろそろ自分がほぼすべてにおいて正しくないってことを自覚してください」
なぜかはわからないが、父さんが里沙からとんでもない罵倒を受けた。おかしい、父さんは俺の背中を押してくれる立派な父親なのに。里沙が父さんを否定する理由はなんだ?
……もしかして。
「おい里沙、勘違いなら勘違いって言ってくれ。もしかして本当に俺のことが好きなのか?」
「勘違い」
勘違いだったみたいだ。よかった。
勘違いついでに、里沙の案である『正面から伝える』について考えてみる。よく考えれば、すぐに否定しなければ『私のこと本気じゃなかったのね』って思われるだろう。それなら正面から伝えるっていうのは悪くないかもしれない。今の時代、SNSを通して告白することも珍しくなくなっている。だからこそ、正面から伝えるっていうのは本気度が伝わりやすい。
「父さん。俺、行ってくるよ」
「学費もったいないから行くな」
覚悟を決めた息子を冷たい理由で叩き伏せるゴミが俺の父親です。助けてください。
氷室夕弥、っていう男の子がいる。
昔好きだった人と、今でも大好きな親友の子どもで、信じられないくらい可愛くて小さい頃からいっぱい遊んだ記憶がある。それこそ、小さい頃から『光莉さんすき!』って言ってもらえるくらいには。
その『好き』に熱を帯び始めたのはいつ頃からだっただろうか。
最初は違和感を覚えつつも、懐いてくれてるとかそういう意味での『好き』だと思ってた。でも、どうやら異性に向ける『好き』らしいって気づいたのは、夕弥が中学生になった頃。真正面から「本気で女性として見てます」って言われた時だった。
そんな夕弥が、里沙とねぇ。
いや、100%勘違いでしょ。
あの二人の息子なら、好きっていう言葉に偽りはない。だから、私に対する好きっていう気持ちは本気で、自惚れじゃないっていう確信もある。もちろん里沙は可愛いしいい子だけど、だからって夕弥が私を放置して付き合うなんてありえない。
……なんて言うのはめちゃくちゃ恥ずかしいし自信過剰だし死にたくなるから、日葵から『夕弥と里沙が付き合ってる』って言われた時は話に乗ったけど。
「それは勘違いって話なのよね?」
「はい……お騒がせしてすみません」
里沙に呼び出され、適当なカフェに入って向かい合う。話題はもちろんあの勘違いの話で、私がすんなり受け入れると里沙は目を丸くしてからしっかり頭を下げた。
「にしても、ほんとに親子なのね。昔まったく同じことあったし」
「こんな形で遺伝を感じたくなかったです」
ぷく、と小さく頬を膨らませる里沙。ほんとに顔がいいわねこの子。顔がいい両親の子どもだからそりゃ顔がいいに決まってるけど、同性で年齢差がある私でもドキッてするくらいには整った顔をしている。こんな子とずっと一緒にいるのに私しか見えてない夕弥はかなりおかしい。従妹だからっていうだけで無視できるような女の子じゃないでしょ。
「でもなんで里沙が? 夕弥なら自分で伝えにきそうなものだけど」
「えっと、それは、ですね。少し相談というか、なんというか……」
もじもじし始めた里沙に首を傾げる。こんな時に夕弥を抑えて、私のところにきて相談?
里沙はしばらくもじもじした後、アイスコーヒーで喉を潤わせた里沙は意を決したように私と目を合わせ、形のいい唇をゆっくりと震わせた。
「……わ、私、夕弥が好き、かも、しれなくて」
「……そう」
申し訳なさそうに言う里沙にへの返事は、思ったより優しい声が出た。安心、があったのかもしれない。やっと夕弥が私以外の女の子を意識するかもしれないって。っていうか申し訳なさそうなのはなんで? もしかして私も夕弥のことが好きだと思ってる? いやいや、流石に、ねぇ? もし本当に私が夕弥のこと好きだったら、年齢差とか関係なく無遠慮にぶんどってくからそれはない。
じゃあなんでと考えて、もしかしてと思ったことを言葉にした。
「あんた、夕弥に申し訳ないって思ってる?」
「……」
小さく頷く里沙に、思わずそっと頭を撫でた。
里沙は、私へ夕弥への好意を伝えることによって、夕弥からのアプローチを断る理由を増やしてしまうって思って、夕弥に申し訳ないって感じてる。なーにめちゃくちゃいい子じゃないこの子。もしかして私が産んだ? こんなにいい子で可愛い子なら私の娘に決まってるわね。
「別に気にしなくていいわよ。どっちにしろあの子の好意に応える気はない……って里沙の前で言うことじゃないわね」
「い、いえいえ! いいんです。まだ本当に好きかわからないし、むしろ勘違いだって思いたいですし」
「先に言っておくけど、いとこだからとか考えなくていいわよ。好きになっちゃったんなら仕方ないし、好きってそういうものだし」
「……それなら、年の差とか考えなくてもいいと思うんですけど」
「いい度胸だな、テメェ」
思わずブチギレると、里沙は額をテーブルにこすりつけて「申し訳ございませんでした」と全力で謝罪した。もう、冗談なのに。
「で? 相談っていうからにはその先があるんでしょ?」
「……はい。その」
ちょっと、付き合ってるっていうのを本当にしたいなって思ってまして。続けられたその言葉に、「それもう好きってことでしょ」と返すと、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
とりあえずこの子を私の娘にしようと思う。