「作戦、やり遂げました」
「マジでやったのかよ……」
俺と里沙がただならない関係(勘違い)だということが学校中に知られた翌日。中庭で弁当を食べながら昨日の結果報告を聞いていた。
作戦とは、『里沙が俺のことが好きだと光莉さんに言って、なんとかもやもやさせよう大作戦』のことであり、発案者は里沙。俺のことを好きだなんて嘘でも言いたくないだろうに提案してくれたのは、俺をからかおうと言っただけのセリフが原因でとんでもない事態になってしまった負い目があるからだろう。別にもう気にしてねぇのに。
「光莉さんを騙すのは気が引けるけどなぁ」
「嘘じゃないって言ったら?」
「昨日千里さんから『うちの娘が返ってきた途端ゲボ吐いたんだけど、心当たりある?』って聞かれたぞ。死ぬほど嫌だったんじゃねぇか」
「ごめん。あまりも気持ちが悪くて」
「謝る相手に気持ち悪いとか言うな」
まぁそれに関しては思うところは何もない。俺だって里沙のことが好きだなんて言おうものなら、言葉よりも先に鳥肌が立って耐えられなくなって色々あって内閣総理大臣になる。だから職に困った時は誰かに里沙のことが好きだって言うつもりでいる。俺のこの人生設計で唯一不安なのは、父さんにこのことを話した時「完璧だな」って言われたことくらいだろうか。
「ところで平気? 昨日からずっと追われてるけど」
「命を狙われて平気なやつっている?」
そして不安といえば、今の俺の状況も不安である。
里沙は正直言ってかなり可愛い。スタイルもいいし頭もいいし、運動もできるし人当たりもいいから男女問わず大人気だ。そして特に男からの人気がすごい。里沙のことが好きなやつなんて珍しくないし、気が付けばアプローチされていたなんてことはざらにある。
そんな里沙が、俺と付き合ってるっていう噂が広まった。もちろん俺は命を狙われることになった。
「金属バットで思いきりぶん殴られそうになったし」
「最初は避けたけど、流石に避けきれなくて死んだんだよね」
「何勝手に殺してんの? 幻と喋ってるつもりだったのかお前」
「まぁね」
「まぁねじゃねぇんだよ」
得意気に答える里沙がムカついて弁当から卵焼きを奪って食ってやると、怒った様子もなく「おいしい?」と聞いてやがったので「おいちい!」と可愛らしく答える。
距離を空けられた。なんでだろう。ただ光莉さんに甘える予行演習のつもりで言っただけなのに。卵焼きを咀嚼しながら首を傾げ、味付け的にこれを作ったのは里沙だなと勝手に予想しながら飲み込んだ。ごちそうさま。
「お粗末様。ね、ゴールデンウィークどうする?」
「光莉さんとハネムーン」
「そんな戯言より、お父さんが旅行に行きたいって言ってたんだけど」
「俺の純愛に対して戯言って言ったことはこの際許してやるよ。もちろん光莉さんも一緒だよな?」
頷く里沙を見て、即座に光莉さんへ連絡する。電話は迷惑だろうから『ゴールデンウィークの新婚旅行どこに行きたいですか?』と送っておいた。邪魔なのが何人かついてくるけど、どうせ光莉さんしか目に映らないし誰がいても一緒だろ。
うちの家族は結構付き合いが多い。っていうのも、父さんの妹が二人いてそのどちらも結婚していることもあるし、高校時代父さんと仲が良かった人たちも全員結婚してる、もしくは子どもがいるからっていうのもある。ちなみに光莉さんは将来的に俺と結婚する。
「まぁ旅行になるかどうかはこれから予定立てて決めると思うけど、どっちにしろ空けておいてね」
「……今気づいたんだけどさ。光莉さんって今里沙が俺のこと好きって思ってるんだろ?」
「……うん」
「じゃあさ。光莉さんの前なら、里沙は俺のこと好きアピールしないといけないんじゃね?」
里沙がピタリと固まって、手から箸が落ちる。持ち前の反射神経で地面に落ちる前にキャッチし、「しっかりしろ。このままだと箸べろべろ舐めちゃうぞ?」と言ってみても固まったまま。これはめちゃくちゃショック受けてるな。自分で蒔いた種なのに。
いや、よく考えたらそうだよな。俺も仲が進展しそうだから里沙の作戦を受け入れたけど、そういうことになるよな。しかも元々光莉さんをもやもやさせることが目的だし、むしろそうすることが正しいまである。
もっとも、俺と里沙の心が保てるかどうかは別の話だ。
「え、待って。それって他のみんなにもそういう姿を晒すってことだよね」
「そうなるな」
「それって夕弥が光莉さんと話してたら、積極的に妨害しにいかないと不自然ってことだよね」
「まぁ、俺のことが好きってことになってるならそういうことになる」
「早まったことした。私自殺する」
「なお早まろうとしてんじゃねぇか。落ち着け」
俺から自分の箸を取返し、喉元に突き立てようとした里沙の腕を掴んで阻止する。そりゃめちゃくちゃ嫌だろうけど、ここで里沙の命が尽きたら自動的に俺の命も尽きることになる。父さんなら『目の前で女の子を死なせただと? 死ね』くらいは普通で言ってくる。俺も流石に命は惜しい。
つか、マジで軽率すぎたな。俺たちの身内って基本的にノリがいい人しかいないし、里沙が俺のこと好きなフリをしたら積極的に盛り上げてくる未来が見える。マジで集まったら学生に戻るんだよなあの人たち。
「どうしよう……何人かは倫理観死ぬほど壊れてるから、一緒の部屋で寝させられることもありえそう……」
「そうなったら子どもできないと不自然だよな……」
「夕弥にとっての自然が不自然なんだけど、自覚ある?」
どうやら俺にとっての自然は不自然らしい。また俺は賢くなってしまった。
しかしこれは早急に対応策を考えないといけない。まず全員に『光莉さんに里沙が俺のこと好きだって嘘をついている』っていう状況を伝える……ダメだ。そんなことをしたらリアルさがなくなるし、光莉さんにバレてしまう可能性がある。
それなら、バレても問題なく演技ができそうな人にだけ伝えておいて、俺たちの心労を軽くするのが一番か?
「よし、春斗に相談しに行くか」
「呼んだ?」
「きゃっ!!」
後ろから突然かけられた声に悲鳴があがる。俺の。
振り返ってみると、髪を綺麗な金に染めた高身長のイケメンがイケメンなスマイルでイケメンに手を振っていた。
「なんかクソおもろいことなってるやん。どこまでいったん? G?」
「Gが何を指すかは知らねぇけど、なんともなってねぇよ」
「G行為」
「クソ下らねぇ上にド下ネタかよ」
けらけら笑いながら俺の隣に座り、長い脚を組む春斗。こいつ所かまわずイケメンオーラ振りまくから一緒にいると気まずいんだよな。俺も負けず劣らずイケメンだけど、「性格がゴミ」ってわけのわからないこと言われてイケメンに見えないらしいし。
「あの、春斗。私たちそういうんじゃないから。ほんとに」
「聞いてた聞いてた。夕弥が追われとってひとしきり笑ったから、事情聴いたろーって思って」
「小さい頃から知ってる大親友を危うく見殺しにするところだったんだぞ? 笑ってんじゃねぇよ」
「そん時はそん時やろ」
「人の命を簡単に割り切るのやめてくれない?」
うちの父さんの友だちにしては珍しく、春乃さんはかなりいい人だ。非の打ちどころがないと言ってもいい。なのに春斗は倫理観よりも面白いことを優先するクセがある。流石に絶対に倫理観を優先した方がいいときはそうするらしいが、俺はいまだにその場面に出会ったことがない。
「しっかし、無理ちゃう? あれやろ、光莉さんの前やったら夕弥が女の子と話したりしてると里沙は嫉妬せなあかんやろ?」
「うっ、ゲェエエエ……」
「想像しただけで吐きそうは聞いたことあるけど、想像しただけで吐くなよ」
咄嗟に春斗がビニール袋を取り出して受け止めたから大惨事にはならなかったけど、見ろ。俺たちの様子を見ていた何人かの男が喜んでんじゃねぇか。とんでもねぇ変態しかいねぇなうちの高校は。ぜひ退学したい。
「できるだけサポートはするけど、笑ってもうたらごめんな」
「おい、里沙は確かに面白いけど、俺に笑いどころなんてないだろ」
「もう笑えるやん。おもろ」
「あの、私が面白いっていうの否定してくれる?」
「想像しただけで吐くやつがおもろないわけないやろ」
二人そろって春斗に言い負かされた俺たちは、「こいつわかってねぇな」と肩を竦めることで自分の優位性を保つことにした。いつだって最強なのは人の話を聞かずに何を言われようともダメージを受けないやつだって決まっている。それはつまりバカなんじゃないかって声も聞こえてくるが、俺は賢いからそんなことはありえない。里沙はバカ。
「ほんじゃ光莉さんにバレへんよういちゃつくフリするとして、二人に別の話あんねん」
「私に告白するなら時期考えて」
「冗談は夕弥の性格だけにしといてくれ」
「なんで俺を攻撃した?」
「おもろそうな部活見つけたんやけど、一緒に見に行かへん?」
俺と里沙は顔を見合わせ、そういえば部活とかあったなと思い出す。部活に入れば光莉さんと話すことも増えるし、行ってみてもいいかもしれない。
ただ、俺はこのとき春斗が『おもろそう』と言ったことをもっと警戒するべきだった。名前のない部室に入った瞬間現れた、『お嬢様に憧れるもお嬢様適正がなさすぎてぐしゃぐしゃになっている滑稽な生き物』を見た瞬間、俺はそう思った。