「『麒麟寺朱音をお嬢様に育て上げる部』……マジで5人集めてきたのか」
職員室。俺たちは部の承認を得るために顧問(予定)の父さんのところにやってきていた。春斗の策略によって入部届を出してしまった俺と里沙は断ることもできたが、それだと光莉さんに嘘をつくことになってしまうため入部だけはしてやることにした。
クソみたいな部活だったらやめりゃいいしな。
「ん-!! ん-!!」
「ところで霞は拘束プレイの趣味でもあるのか?」
「いえ、霞さんは入部をお願いしたら抵抗されましたので、ふん縛って連れてきましたわ!」
「あ、あの、流石にやめてあげない? 嫌がってるし……」
麒麟寺さん、俺、里沙さん、春斗。そして最後の一人は霞。襲撃すると案の定抵抗されたため、俺と春斗が取り押さえ、麒麟寺さんが「拘束はお嬢様の嗜みでしてよ!」と興奮しながら縛り上げた。里沙は最後まで止めようとしていたが、「早めに最後の一人を確保しておいた方が時間を使わなくて済むぞ」と言ってやると黙って見届けた。
こういう時って見てるだけで自分はいい人ですっていう顔してるやつが一番悪いって決まってるんだよな。お前のことだぞ、里沙。
「ん-まぁ喋れるようにはしたってもええか」
「んっ、げほっ……おい、僕は入らねぇからな! 言ったろ、お前らと一緒にいたらろくな目に遭わないから嫌だって!」
「おい里沙、やれ」
猿轡を外した瞬間生意気なことを言い始めた霞に里沙を差し向ける。里沙は頷いて俺とハイタッチをかますと、霞の前にしゃがみこんだ。
「……私たちと一緒にいるのいや?」
「うっ、いや、その、一緒にいるが嫌なのは夕弥と春斗だけで」
「私たち家族なんだから、私はみんな一緒にいたいな」
悲しそうに目を伏せる里沙に、霞が言葉に詰まる。
対霞には里沙がよく効く。なぜなら霞が嫌っている、というより周りの目が気になるから一緒にいたくないのが俺と春斗だけであり、里沙はかなりの優等生で、しかも見た目がよくて女の子として完璧と言ってもいいやつだから、初心すぎる霞には里沙がよく効くというわけだ。血がつながっているとはいえ、いとこくらいになれば少し異性を意識しても無理はない。
「で、でも別にそんなみょうちきりんな部活で一緒にいなくたっていいだろ?」
「うん」
「おい里沙、こっちこい」
あまりにも同意するしかなかったからか頷きやがった里沙の腕を引いて、肩を組み身を寄せる。「顔が近くてキモい」と失礼なことをぬかしやがった里沙へ嫌がらせにウィンクをかましてやった。
「言っただろ? ここであいつを引き込んでおかないと明日も明後日も麒麟寺さんに付き合わされることになるぞ」
「いや、あれは同意するしかなくない? 私だってそう思ってるし」
「俺もそう思ってるけど、頼む。あの初心なザコを納得させられるのはお前しかいないんだ」
「今夕弥さんが里沙さんに『俺にはお前しかいない』と言っていたと投稿しましたわ!」
「なんでそんなことするの?」
なぜかとんでもない嫌がらせをしやがった麒麟寺さんを睨むと、胸を張って得意気に鼻を鳴らし、そのままとんでもない投稿をしたであろうスマホの画面を霞に見せつけた。
「あなたが部活に入らなければ、里沙さんが不利になるであろう投稿をしまくりますわ」
「おいあのお嬢様脅し始めたぞ」
「ほしいものはなんとしてでも手に入れるってお嬢様っぽいんちゃう?」
「それを職員室でやってるのがおかしいと思うんだけど……」
父さんも止めないし。生徒が生徒を脅してんのに「ウケる」とか言って写真撮ってるぞこのクソ教師。俺もウケるから写真撮ってるけど。
流石の霞も里沙を人質に取られたら弱すぎるのか、少し悩んだ後「わかったよ……」と言ってため息を吐いた。それに満足そうに頷いた麒麟寺さんは父さんを見てふんぞり返る。
「さ、部の承認のために動いてくださいな! 活動内容はお勉強及びvolunteerですわ!」
「わかった。でも部の名前長すぎて覚えにくいから『便利部』とかにしとくか」
「使いつぶす気満々だぞこのおっさん」
「里沙は潰さねぇよ」
「誰も潰すなよ」
本当に不思議そうな顔をした父さんをぶん殴り、俺たちは親子喧嘩を始めた。
翌日、朝。
殺気に溢れる視線を一身に受けながら教室で里沙と話している時、それは訪れた。
校内の放送を報せるジングルと。声の調子を整えるように咳払いして、マイクに声を乗せた。聞こえてきたのは、昨日散々聞いたお嬢様の声。
『みなさまごきげんよう! 1年C組、麒麟寺朱音ですわ! わたくしはつい昨日、麒麟寺朱音をお嬢様に育て上げる部、通称便利部を立ち上げました! 学校のみなさまのお手伝いをするために、校内サイトに依頼ページを作成いたしました! 恋のお悩み、勉学のお悩み等なんでも依頼してくだされば、便利部がお手伝いいたします! それではみなさま、よろしくお願いいたしますわ!』
思わず校内サイトを開き、『今日のゴミと里沙たま』というクソ気色悪い記事を無視して、見たことのない『便利部依頼ページ』というリンクを見つける。これを一体誰が? まさかあのお嬢様か? いや、それはない。あのお嬢様はアホだから無理なはず。
……いや、今はいいか。とりあえず見てみようとリンクから飛ぶと、そこには『氷室夕弥を殺してください』『氷室夕弥の四肢をもいでください』『里沙たん、ちゅき』『里沙、見てるか?』『結婚してくれ、里沙』と依頼ではなく終わっている文字の羅列で埋め尽くされていた。多分うちのクラスだ。
「おい、里沙。見ない方がいいぞ」
「もう見た。気持ち悪い……」
クラスの男子数人が気持ちよさそうに身をよじった。犯人はあいつらか。とりあえず顔は覚えたから、父さんに報告しておこう。あの人里沙にはクソ甘いからなんとか地獄に追い込んでくれるだろ。
「……ん?」
よく見てみると、部活メンバー一覧というリンクもある。それをタップしてみれば堂々と学年クラス、そして本名まで記載されていた。あぁ、だから『里沙、見てるか?』ってやつがあって、俺に対する恨み言が多かったのか。多分部活メンバーがわかってなくてもそういうのであふれてたと思うけど。
「まぁ、でもこんなのにちゃんとした依頼送ってくるやついねぇだろ。むしろ里沙に対する気持ちワリィ発言とか見えやすくなってるから、それはなんとかしないとな」
「夕弥って時々、ちゃんと頼りになること言ってくれるよね」
「なんやかんやで里沙のこと大事に想ってるやろしなぁ」
「当然のように割り込んでくるのやめてくれ」
気配は感じていたものの、流石にいきなり肩組んですぐ近くに顔出されたらびっくりす、うわっ、顔良っ。そりゃクラスの女の子も「え、岸くんだ!」「なんであのゴミの近くに!?」って言うわな。あとなんでこの短い期間で俺が『ゴミ』ってのが共通認識になってるんだよ。俺なんか悪いことしたか?
でもなんでここにいるのかは俺も気になる。春斗は大体自分のクラスで霞をいじってるか、自分のクラスで霞をいじってるか、自分のクラスで霞をいじってるかだから俺たちのところにくることはそんなにない。霞いじってばっかだなこいつ。
その答えは、春斗が指を指した先にあった。その先は教室の入り口、そこに麒麟寺さんと霞、そしてもう一人見覚えのない女子生徒がいた。
「早速依頼やって」
「は? マジ?」
「ほんとに依頼する人いるんだ……」
驚きつつ、手招きする麒麟寺さんに従って教室を出る。「ごきげんよう」とどこか慣れてなさそうに言った麒麟寺さんに「地獄に落ちろ」と挨拶を返し、里沙に殴られながら部室へ向かった。
部室に入ると、豪華絢爛な装飾に革のソファ、いくらするかわからないティーセットにどこかの社長が使っていそうなデスクがドンと鎮座している。あれ、昨日こんなだったっけ。
「さ、お座りください。春斗さん!」
「お客様、コーヒーか紅茶、どっちがお好みですか?」
「えっと、じゃあ紅茶で」
「かしこまりました」
……まぁいいか。俺たちが使う部室が豪華で困ることなんて何もないし。嫉妬される要因が増えるだけだ。
割り切った俺とは違いめちゃくちゃ困惑している里沙と霞を置いて、ノリで社長デスクの椅子を引くと、麒麟寺さんが機嫌よさそうにそこへ座る。なんか楽しくなってきたな。
「……さて、お話聞かせてくださる? 三上さん」
「えっと、自己紹介、したほうがいいよね。2年A組の
「三上さん。元クラスメイトって言われると留年が浮き彫りになるのでやめてくださいまし」
「えっ、あの人留年してたの?」
「あ、言ってなかったっけ。そうだよ」
霞が驚き、里沙の言葉を聞いてから麒麟寺さんを見て「まぁそうか」と呟いた。あいつ普通の皮被ってるけどちゃんと失礼だよな。麒麟寺さんはそんなこと気にする人じゃないから青筋立たせるだけで済んでるけど、ちゃんと言う相手は選んだ方がいいと思う。ちなみに麒麟寺さんはどちらかと言うと言わない方がいい相手。
「あの、その……こんなこと相談するの恥ずかしいんだけど、ちょうど半年前くらいに彼氏ができてね?」
「あら、おめでとうございます」
「朱音ちゃんには言ったことあるから知ってると思うんだけど……」
「そのような記憶力があれば留年していませんわ」
「後輩の前で留年ジョーク連発するのやめろ。反応に困るだろ」
「お前に反応に困る心があるなら、そこで笑ってる春斗をどうにかしろ」
霞が言うから仕方なく、俺のイケメンスマイルで見惚れさせて静かにさせてやるかとイケメンスマイルを春斗に披露したところ、余計笑いが深くなった。
息の根を止めれば静かになるか……?
「でも、ね。あんまり進展なくて。まだ手をつないだだけなんだ」
「おー。なんや可愛らしくてええと思いますけど」
「私としては、その先までいきたいというか」
「ごめん里沙。僕耳塞いで後ろ向いてるから」
初心すぎる霞はここでリタイアした。里沙も優しい顔で「仕方ないなぁ」と霞の背中をぽんぽん叩いている。あんな顔俺にしたことあったか? いや、ないな。俺に向けてくる顔は大体失望と侮蔑と嘲笑だ。俺一体普段里沙に対して何やってんだ?
今までのことを振り返り、里沙に対しての所業を思い返してみる。光莉さんとのことを相談したり、光莉さんの可愛さを語ったり、光莉さんへの愛を語りつくしたり……ダメだ、なんの問題も見当たらない。
「それで、この前ニュースになってたでしょ? 氷室くんと織部ちゃん」
「え」
「お」
里沙との思い出から現実に引き戻したのは、なにやら不穏な言葉だった。流れを整理すると、『半年前に付き合った彼氏がいる→あんまり進展がない→だから、最近ニュースになった俺たちのところにきた』。
「結構、おあついみたいだし、アドバイスとかもらえないかなーって」
「そういうことならちょうどいいですわね! 夕弥さん、里沙さん! 今回はあなた方二人で解決しなさい!」
俺と、里沙が、恋の相談に乗る。
「じゃあまずは押し倒してキスすればいいと思います」
冗談だと思ったのか、三上さんは笑って「もう、何言ってるの?」と言った。俺は真剣だったのに、失礼な人だなぁ。