「さて、それでは第一回『里沙さんに不快な思いをさせる不届きものどもへの制裁会議』を開催いたしますわ!」
昼休み。便利部中央のテーブルを囲み、俺たちの前に立つ麒麟寺さんがホワイトボードにマーカーを走らせ、『里沙さんに不快な思いをさせる不届きものどもへの制裁会議』と無駄な達筆な字で刻む。アホな人って字が下手なイメージあったけど、多分お嬢様は字が綺麗みたいなイメージがあるから字の練習をしたんだろう。
里沙は申し訳なさそうに、春斗は珍しく真剣な表情で、霞は殺気立っていた。俺と春斗がひどい目に遭ってもほとんど気にしないくせに、霞って里沙にめちゃくちゃ甘いよな。何? 里沙のこと好きなの? 死ぬぞ。冗談抜きで。
「みんな、ごめんね? こんなことになっちゃって」
「里沙が謝る必要ないよ。あんなクソみたいな書き込みするやつらが悪いんだから」
「俺も同意見だけど、そもそもの発端は里沙だってことをここに宣言します」
「それはそうかもせんけど、それを言うんやったら発端は夕弥と里沙のじゃれ合いをニュースにのっけたやつやろ」
「まぁそれはそう」
「つまりそいつをふん縛ってぶち殺せばいいってことか」
「みなさん! say shock me!」
「静粛にだろドMが」
「あと別にそんなうるさくなかったやろ」
一応麒麟寺さんが部長だから言うことは聞いて静かにしておく。正確に言えば言うこと聞くなら麒麟寺さんをぶっ飛ばすって言わなきゃいけないんだけど、麒麟寺さんは静粛にとsay shock meを間違えただけだろうし。いや間違えるか普通。静かにしてほしいっていう気持ちよりもいじめてほしい気持ちの方が勝ったってこと? そんな欲望濡れだから留年するんだよバカが。
もちろん俺は常識人なためそんなひどい罵倒は口に出さず、麒麟寺さんが話出すのを待つ。麒麟寺さんは俺たちの顔をゆっくりと見回した後、ホワイトボードに『対策』と書き出した。
「今ある問題は我々便利部の依頼ページに、里沙さんへのクソ気色ワリィ文言が書き込まれていること」
「麒麟寺さん。怒りすぎてお嬢様言葉崩れてますよ」
「その発端は夕弥さんと里沙さんがニュースになったこと。つまり対策として考えられるのはなんでしょうか?」
「あ、そっからこっちで考えてくれってことなんやな。了解」
そうえいばこの人対策何も思いつかないから俺たちを集めたんだった。あまりにも自然に進行始めたから何か対策を思いついたのかと思っちゃったぜ。
まぁこれはものすごい偏見だけど、お嬢様は下々のものに全部任せて、下々の出した成果を自分のものにして高笑いするものだろう。ア!? 誰が下々のものだ!!
「言うても二択やろなぁ。ニュースが発端でこんなことなってるんやったら、その勘違い事態打ち消すか、それとも勘違いされたままどうにかするか」
「どうにかするって何するんだよ」
「んー、私の言うことなら聞いてくれるかなぁ」
「俺にひどいことするなって言っても、里沙が洗脳されてるとか訳のわかんねぇこと言って殺しにくるだろうなぁ」
あんなニュースが出たくらいで俺の殺害を決意するくらいだ。里沙が何を言ったとしても、やつらにとって重要なのは『里沙に特定の相手を作らせないこと』。だから俺にひどいことをするなって里沙が言っても止まらない、書き込むのをやめてって言っても表面上は収まるだろうがそういうやつらが次にどういう行動をとるかわからない。
マジで終わってねぇかこの学校。なんでこんなとこに入っちまったんだ?
「ログインIDとかで書き込んでるやつはわかるだろ? そいつらを弾くようにサイト側が対応すればいいんじゃないか?」
「既に夕弥さんに対して過激な行動に出ている以上、見えなくしただけでは意味がありませんわ。根元から断ち切らなければ、ヒートアップしてもっとひどいことになりかねません」
霞の意見を麒麟寺さんがバッサリ切り捨て、部室内に沈黙が訪れる。相手はあんなニュースが出たくらいで里沙に気持ち悪い文言送ったり、俺を追いかけまわして亡き者にしようとしてくる化け物どもだ。そう考えれば一時的な対応をとって落ち着かせるんじゃなくて、根本から断つっていう麒麟寺さんの意見は間違っていない。
ただ、その方策が思いつかない。
「……私が、夕弥をこっぴどくフるって言うのは?」
「その後学校で里沙と話さなくなることだろ? それは俺が無理だし、第一それは里沙と付き合ってたってことを認めたことになるから、それを理由に俺が殺される」
「僕はそれでいいと思う。少なくとも里沙の安全は保障されるだろ」
「アホ。里沙が夕弥をフるってことは里沙がフリーになるってことやぞ? んなもんカスどもがおとなしくするわけないやろ」
「あの、俺が殺害されることについても注意してもらっていいですか?」
「こら、あかんぞ」
春斗が適当に霞を怒った姿を見てブチギレそうになったが、今は里沙の問題をどうするかが先決だ。こいつらに対する文句と制裁はあとでいいだろう。なんでこいつら俺の扱い雑なんだよ。そりゃ里沙は可愛いしいいやつだし非の打ちどころがないけど、俺だって……まぁ、俺も春斗と霞の立場ならそうなるわ。何にも悪くなかった。むしろ俺が悪かった。
再び部室内に沈黙が訪れる。里沙は死ぬほど申し訳なさそうにしてるし、早くなんとかしてやりたいけど、一つもいい案が出てこない。これは、もう先生がなんとかしてくれるのを待った方がいいか?
そうやって諦めかけていた時、麒麟寺さんが「こういうのはいかが?」と里沙を見つめて話し始める。
「え?」
「夕弥さんをこらしめようと暴れているド変態を誰も止めない理由はなんだと思います?」
「夕弥がカスだから」
「夕弥がゴミだから」
「春斗さん、霞さん正解ですわ」
「里沙。今は何も言わず俺をよしよししてくれ」
「キモ」
俺の心は打ち砕かれた。幼馴染二人にカスだとかゴミだとか言われて、慰めてもらおうと思ったらキモって言われて。もういいんだ。俺に生きてる価値なんてないんだ。生きてるだけで里沙に迷惑かけるなら死んだ方がマシだ。
「あくまで客観的に見てですわよ。わたくしはそう思っていませんもの」
「流石この世を引っ張っていく器を持っているだけのことはありますね」
俺はわかっていた。心の中ではバカだとかアホだとか罵倒しつつも、この人が上に立つ者の才覚をお持ちであるということを。わかってんのか? 俺のことをカスとかゴミとかキモとか言ってきたクソ幼馴染ども。人の悪いところしか見つけられないお前らは人として終わってんだよ。テメェらみたいなもんは麒麟寺さんの部屋の床を舐めて掃除でもしてろ。
「夕弥さんがどうしようもないお方だから、里沙さんに相応しくないというのが我が校の総意になっている。つまりそこを覆せれば、むしろ覆さなくとも多くの方を仲間にできるかもしれませんわ」
「それはどうやって?」
「里沙さん。いつも夕弥さんを罵倒する姿ばかり見ていますが、本当に悪いところしかないのですか?」
いつものアホな雰囲気はどこへ行ったのか、本当にお嬢様かと思ってしまうほど凛とした表情で里沙を見る麒麟寺さん。今舞台に上がっているのは麒麟寺さんと里沙の二人で、俺たち男どもは客席へ降ろされてしまった。それだけ場を支配されたと言えばいいのだろうか、少なくともこの部室内での主導権は麒麟寺さんが握っていて、それに引き込まれているのは事実だ。
「……え、っと、言わなきゃだめですか?」
「その反応をするということは、きちんと夕弥さんのいいところを理解しているということですわね。そう、入学して間もない夕弥さんのいいところをあなたは知っている。でも、周りの方々は何も知らない」
「つまり、みんなに夕弥のことを知ってもらう?」
「その上で里沙さんが本気で夕弥さんのことが好きだと信じてもらえれば、仲間は増えるはずですわ。仲間にするなら女子生徒がいいですわね。高校生男子は、女子にダサいと思われることをなにより嫌いますから」
「えーっと、つまりなんだ。里沙が女子に俺のいいところを伝えて……付き合ってるどうこうはどうするんです?」
「そこは里沙さんにお任せいたします。ただ、この案を採用するのであれば、夕弥さんに好意がないとは言えませんわね」
麒麟寺さんの案は、里沙の恋を応援させることで味方につけるっていうこと。確かに里沙くらい可愛くていいやつなら味方に付いてくれる人は多そうだ。でもそれって、なんか、どんどんあのニュースで生まれた勘違いが本当になっていきそうな……。光莉さんには里沙が『本当にしたい』って嘘ついてるけど、マジで本当になったら困るんだけど俺。もし高校の間に光莉さんと付き合えるってことになったら、光莉さんにまで矛先向かねぇか? 里沙から俺を寝取ったって。
「……夕弥、いい?」
多分、里沙もそのことがわかってるんだろう。俺に聞いてきてくれたのはそういうことだと思ってる。
できれば、ダメだって言いたいけど。でもここでダメだって言ったら里沙を見捨てることになる。
うん、そっちの方がダメだな。
「できるだけいい風に言ってくれよ。俺の人生もかかってんだからな」
「……ふふ、うん。私、夕弥のこと誰よりも知ってる自信あるもん」
「ちなみに俺の方が知ってるで。マジな話」
「あとで僕にも教えてくれ。顔くらいしか思いつかない」
「決まりですわね! 里沙さんに負担をかけるのは申し訳ありませんが、頼みましたわよ!」
じゃれ合い始めた俺たちを見て、麒麟寺さんが得意気に笑って胸を張る。掃除用具入れで割とあることを知った俺はなぜだか気まずくなって目を逸らすと、里沙と目が合った。
じとっとした目で見られた。俺のことを誰よりも知っているっていうのはどうやら本当らしい。誤魔化すためにしたウィンクも大した効力はなく、むしろ麒麟寺さんに告げ口された。あっ、やめろ! その人興奮しちゃうだろ!