あのニュースが出てから、大丈夫? と心配されることが多くなった。朝登校するときいつも夕弥と一緒なんだけど、夕弥は男の子にいつも追いかけられて途中ではぐれて、教室に行けば「大丈夫? 氷室に何かされてない?」と声をかけられ、大丈夫と笑って答えるのが日課になってた。
多分、大丈夫だろうなって思ってたから。夕弥なら逃げきれるだろうし、逃げきれなくても口がうまいからなんとかして無事で帰ってくるんじゃないかって。多分夕弥も私に被害が出てなかったらこの状況をどうにかしようなんて言い出さなかったはずで、それは春斗も霞も同じで、春斗は追いかけられてる夕弥を見て笑ってたし、霞は夕弥の逃走ルートを見て、どうすれば効率的に捕まえられるかなんて遊びもしていた。
だから、私に被害が出なかったら面白いだけで済んだのになぁ。
「里沙、大丈夫?」
放課後。おじさん……先生が出て行った途端、クラスの男の子が戦闘体勢に入って夕弥のところへ殺到して、夕弥が逃げ出した後。友だちが私のところにきて心配そうに声をかけてくれた。みんな私が依頼ページですごいことを言われてるって知ってるから、いつもこうして声をかけてくれる。それ自体はありがたいことなんだけど。
「みんな心配してるよ。氷室に洗脳されてるんじゃないかとか、弱み握られてるんじゃないかとか」
これ。入学して全然経ってないのに悪評を広めまくってるのが面白いけど、現状を考えれば笑えない夕弥に対する評価。これのせいで男の子たちが止まらないし、放置しても大丈夫だってなってしまっている。これをなんとかするには、夕弥がいい人で私が好意を抱いているってことに……しないと……いけない……。
「ど、どうしたの? 何か苦しそうな顔してるけど」
「やっぱりひどいことされてたの?」
「ちっ、違う! そんなことない!」
夕弥に好意を抱いていることにするっていうのがあまりにも嫌すぎて顔に出てしまっていたのか、みんなに心配されてしまった。慌てて否定したから余計夕弥に脅されてるみたいになってるし。ダメだ、私がここで失敗しちゃったらまた夕弥たちに迷惑がかかっちゃう。
「……あのね。みんな、夕弥がゴミだとかカスだとか色々言ってるけど、それは確かにそうなの」
まず、それは認めないといけない。最初から夕弥を全肯定すると盲目に見えるし、洗脳感が強くなるから。
「でもね。そんなことが気にならないくらい、一緒にいて楽しいの。何もない道を歩いてても絶対に笑わせてくれるし。それに、自分本位に見えるけど、私が危なくなったり苦しんでたりしたら、いつも私を優先してくれる」
小学生の時。私が怖いおじさんに声をかけられたときは真っ先に飛んできて「最近のネットの拡散力ってすごいんですよ」って脅してたし、クラスの男の子にちょっかいかけられると無言で庇ってくれて、「お前らが思いつくよりもひどい嫌がらせを、お前らにできる自信と準備が俺にはある」って言って追い払ってくれたし。
……まぁ、一般的な王子様みたいなカッコよさとはかけ離れてるけど、それでも私を守ってくれてたことに変わりはない。「里沙がひどい目に遭ったって父さんに知られたら息子とか関係なく殺されるから」なんて言ってくるけど、そんなことなくても助けてくれるって信じてる。
「確かに夕弥はおかしいかもしれないけど、私にとっては素敵な人なの。面白くて優しくて、時々カッコよくて。私を大事にしてくれる夕弥が好き」
言ってから、あれ? と思った。夕弥のことはもちろん家族として好きだけど、今の言葉のニュアンス的には恋愛的な好きで、私は夕弥とそういうことになるなんて考えるだけでも吐き気がしてたのに。なぜか、今はするっと『好き』っていう言葉が出てきた。
……そういえばお母さんが、『お父さんはすごく演技がうまくて、自分の容姿活かして兄貴をたぶらかしてたから、里沙はそうなっちゃだめだよ』って言ってたっけ。なるほど、その演技力が私に受け継がれていて、恋愛的な『好き』も演技なら自分にすら違和感なく言えちゃうってことか。お父さんの遺伝子は恐ろしい。
なんてお父さんの遺伝子に震える私の耳に、黄色い声が突き刺さる。いっそ耳鳴りにすら聞こえてしまいそうなそれにびっくりしている私に、休む暇もなく質問が飛んできた。
「ごめん! そうだよね、里沙が好きっていうならいい人に決まってるもんね!」
「ねぇねぇ、もっと教えてよ氷室のこと! それだけ言うならいっぱいエピソードあるんじゃない!?」
「え、えっと……言わなきゃだめ?」
「だめ!!」
多分、作戦には成功したけどそれと同時になにかを失った気がする。とりあえずごめん、夕弥。
「おはよう氷室! 里沙!」
「ん? おはよう」
「お、おはよう……」
これで7回目。里沙と一緒に登校して、里沙の友だちに挨拶された回数。今までは里沙にだけ挨拶して俺は無視してたのに、それほど昨日の作戦がうまくいったってことだろうか。一応昨日成功したっぽいことは教えてくれたし、実際今日は俺を襲撃しようとしたやつらに対して、「うわ、ダッサ」「モテない理由自分から振りかざしてんじゃん」と女子生徒が言葉の刃を多投してくれる姿を見かけた。
ただ気になるのは、挨拶してくれる度に里沙が気まずそうにしてること。
「なぁ里沙。そういえば昨日具体的にどうなったかってのは聞いてないよな」
「……えっと、耳貸して」
「いいけど、ちゃんといい医者紹介してくれよ」
「取らなくていいから」
あぁそういうことかと少しかがんでそっと里沙へと近寄る。顔を寄せてきた里沙の髪が頬をくすぐって、ふわっと甘い香りがして、ちゃんと女の子してるなーと感心している俺の耳に里沙がそっと囁いた。
「あのね」
「おう」
「私が夕弥のこと好きってことになってて」
それは作戦通りだから、別に里沙が気まずくなる必要は……まぁ里沙からしたらごめんだろうから気まずくはあるだろうけど、別に割り切ってりゃいいのに。
「それでね」
「あ、まだあるのか」
「夕弥との思い出とか根掘り葉掘り聞かれて」
「おう」
「気づいたら私も止まらなくなっちゃって」
「うん」
「めちゃくちゃガチだと思われちゃった」
だからごめん、と謝る里沙に、なんだそんなことかと拍子抜けした。それって俺が被害被るわけでもないし、むしろ里沙の男避けにもなるから悪いことなんて……光莉さんと付き合う道が遠のくくらいだ。大問題だけどそれは昨日割り切ったから仕方ない。
だからそれを聞いても里沙が気まずくなる理由がわからなかった。なんだろう、女子からそういう目で見られるかもしれないからごめんとか? 里沙なら俺がそういうの気にしないってわかってそうだけどなぁ。
「あ、もしかして言ってる間に俺のこと好きだって思っちゃったとか?」
「そ、それはない!!!!」
「バカお前耳元だってこと忘れんな!!」
見事俺の左耳を破壊した里沙は、顔を赤くして走り去っていった。なんか最近よく里沙が走り去る姿見るなぁとのんきに考えて、指を鳴らしてまだ左耳が聞こえることを確認してから歩き出した俺の肩に、手が二つそっと添えられた。
「おはよう。夕弥」
「朝からうるさいな」
「春斗、霞。おはよう」
相変わらずイケメンスマイルを振りまく春斗と、不機嫌そうな霞。二人の視線は遠くなった里沙に注がれていて、しばらくしてから俺に視線を向ける。
「なんやおもろそうなことなってるやん」
「聞いてたのか?」
「幼馴染だし、家族みたいなものだからな。話してる内容は大体わかる」
「なんか霞からそういうの聞くと嬉しいわ俺」
「せやんな! なんか俺もきゅんってきたわ」
「うるさいな!」
強くない力で肩を叩かれて、反射的に「いたっ」と言うと、霞が「あ、悪い」と謝ってきた。マジでいいやつだなこいつ。時々言動とか行動とかズレるしめちゃくちゃ初心だけど。多分初心は関係ない。
「ま、多分友だちとそういう雰囲気の中で話したから恥ずかしがってるだけだろ。あいつそういうの想像しただけで吐いたんだぞ? よく考えたら怒っていいよな俺」
「里沙は純粋だしな」
「んー、どうやろなぁ。案外もしかしたらもしかするかもせえへんで?」
「もしそうなったらマジで相談に乗ってくれ」
俺やだよ。それってなんか、光莉さんから応援されることになるじゃん。光莉さんが俺を諦めさせる武器を手に入れるってことじゃん。
それに、うまく断れる自信ねぇし。こういうこと考えてること自体里沙に申し訳ないし。
ほないこか、とへらへらしている春斗と、それとなく気にしとくよ、とやはりいいやつの霞に挟まれて、俺は校門を通り抜けた。
「みなさん! ゴールデンウィークのご予定はいかが!?」
「俺たちは家族ぐるみでどっか行こうって話になってる」
「ウワァアアアアアアン!!!!」
「こんな秒でガチ泣き出来る人おるんや」
放課後。里沙に対する書き込みが激減し、とりあえず昨日の作戦が機能していることを全員で大喜びした後、麒麟寺さんから提供された話題にそれとなく返したらガチ泣きされてしまった。この人、みんなで遊びたかったんだろうなぁ。
朝様子のおかしかった里沙は正気を取り戻したようで、「ごめんね。ちょっと変だった」と俺に謝ってくれた。俺の耳を破壊しようとしたこと以外は気にすることでもないから、「好きだぞ」と答えてやると、めちゃくちゃ青ざめて震え始めたから俺が謝るハメになった。元に戻ったか試すにしては酷なことをしてしまったと反省している。
「ぐすっ、いいもん。ちょっとみんなで遊びたいなって思ってただけで、ご家族同士の付き合いなら仕方ないし」
「お嬢様言葉崩れてめっちゃかわええことなってもうてますよ」
「ね、夕弥。あの人連れて帰ってもいい?」
「霞に聞けよ」
「僕にも聞くなよ」
かわいそうに。霞にも見放されてしまった麒麟寺さんは春斗から紅茶を受け取り、ちび、と可愛らしく一口飲むとすぐに復活して、いつものように胸を張った。
「さて! わたくしがゴールデンウィークを一人寂しく過ごすことが決定してしまいそうなこの現状、どうにかして打破しなくてはいけないと思いますの!!」
「他に友だちいねぇんすか?」
「他にということは、わたくしたちお友だちってことでいいんですのね。えへへ」
「夕弥夕弥。本気でかわいい。だめ?」
「だから霞に聞けって」
「だから僕にも聞くなって!」
「法律に聞いてみたらええんちゃう?」
少し調べてみると、どうやら誘拐というものに当たるらしく、それを里沙に伝えると残念そうにしていた。まぁわかる。最近心を許し始めてくれたのか、麒麟寺さん愛らしいもんな。つか心許すの早くねぇか?
「みなさん。わたくしはもちろん他にもお友だちはいますが、部としての絆を深めるためにも、せめて一日一緒にいるべきだと思いますの」
「『せめて』って言うところに懇願めいた何かを感じるな」
「こら。思っても言わないのそんなこと」
「どっか行く言うてもゴールデンウィーク全部使うわけやないやろし、いいですよ。どっか遊びに行きましょ!」
「本当!? 嬉しい! ですわ!」
跳ねて喜ぶ麒麟寺さんを俺たち4人は優しい目で見つめて、勢い余ってテーブルに手をぶつけて「痛い!」と叫び、里沙に治療されているところを見て「あぁ、この人留年したんだった」と思い出した。