デクvsマジアベーゼ   作:nell_grace

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※ごめんなさい、今回うてなちゃんが登場しません。
※『個性』に関する語りがいくつかありますが、原作と一致する解釈ではなく、改変した内容となります。

【もくじ】
01. 1年A組の苦戦
02.デクとトガヒミコ

※1に葉隠さんのちょっと過激な描写があります。
※2にトガちゃんのちょっと過激な描写があります。



(13)デクとトガヒミコ

 

01. 1年A組の苦戦  

 

────────

 

時は少し(さかのぼ)り、(ひいらぎ)うてながミサイルの集中砲火を浴びて撃墜された直後。

 

怒号に近いような歓声が会場を包んでいる。

その声が空気を震わせ、競技場全体を熱しているようだった。

 

体育祭の特設会場、満席の観客席は再び歓声で沸き始めている。

一時は対空ミサイルの爆発により上空の一角が爆炎に満たされ、会場は凍りついたように静まり返ったが、その動揺は徐々に興奮に上塗りされていったようだ。

安全が保障されている限りは、未知の刺激を渇望するのが人間の本性なのだろう。

 

『さあ、あらためて、第一種目は障害物競走! ルールはコースアウトさえしなけりゃなんでもありの残虐チキンレースだ!』

 

そして会場の活気と同調するように、モニタ越しの映像もまた動きが生じていた。

実況アナウンスを担当するヒーロー教師、プレゼント・マイクはその変化を見逃さず伝えていく。

 

『ちょいとスタートでモタついてた新入生(ニュービー)もようやく走りはじめたぞ! 各所に設置されたカメラロボが興奮をお届けするぜぇ!』

 

会場に設置された巨大ディスプレイの映像が切り替わり、会場の外周を走る生徒達の集団を映し出した。

この映像は国営テレビとも同期し、全国に生放送されている。

 

『先を行く1年A組の集団は競い合いながら最初の関門へ! そしてそれを追う第二の集団はでっかいダンゴだ!』

 

上から見た映像で、三十人くらいの集団が、コースの幅いっぱいに広がって走っていた。

その中でも集団の様子を見ながら先頭を走っている、明るいジンジャーヘアをサイドテールにした女子生徒が目立っていた。

 

『1年B組に普通科、サポート科の生徒も一部混ざってるな』

 

プレゼント・マイクの隣でサポートを務める1年A組担任のヒーロー教師、イレイザーヘッドが補足する。

 

『ぴったりと足並みを揃えている! こいつは持久走としてもなかなかいいリズムを刻んでいるぞ! すぐに追いつきそうだ!』

『先頭の1-B、拳藤(けんどう)がペースメーカー役だな。【なんでもあり】というルールの本質を理解し、一時協力することを選んだようだ』

『共通の敵が現れれば人は争いを止める! 争いはなくならないがな!』

『何言ってんだお前』

 

映像が切り替わり、ところどころが炎上している荒野の中で、前方を全高15メートルを超える巨大なロボットに阻まれる1年A組の生徒、(とどろき)の後ろ姿が映った。

 

『さあ映像は再び先頭の轟だ。第一関門はロボ・インフェルノ! 戦火に包まれたバトル・フィールド! 巨大ロボットの群れが道を阻む!』

 

どうやら撮影役のロボットはギリギリまで接近してアオリの角度で撮影しているらしく、迫りくる巨大ロボットの重圧が見る者に臨場感を与え、興奮させる。

 

「ヤレ! 人間ナドブッ飛バセ!」などと、撮影しているロボットの声が入ってしまっているのはご愛嬌(あいきょう)であった。

 

『しかしこのロボットは何度見てもデケェしゴツいよな!』

『今年の一般入試のために作った、特別製の仮装(ヴィラン)だ。ぶっちゃけ使い回しです』

『タフ過ぎて取り壊すのもえらい金がかかるんだとよ!』

『今年度の予算に解体費用を計上するの忘れてたそうです』

『さあどうする一年生!?』

 

ぶっちゃけ過ぎの解説に割り込むようなタイミングで巨大ロボットの背後の空を、炎と煙の尾を引きながら飛び越えていく影が見えた。

 

『おおっと! ロボットのはるか上を飛び越えていった生徒がいるぞ! これは例のアイツだな!』

 

「ギャハハハハ!」

 

邪悪な形相で、どこかを見てバカ笑いしているツンツン頭の少年の顔がアップとなり、映像にテロップが現れてそれが1年A組の爆豪(ばくごう)勝己(かつき)だと伝えられた。

 

爆豪は手のひらから小爆発を起こし、その反動で飛ぶ方向を小刻みに変え、機銃の掃射と思われる火線を繰り返し回避していく。

その高機動に会場が大きくどよめいた。

 

『あの対空砲火をくぐり抜けたか……』

『空中での身のこなし! 小回りの良さに、個性を連発できるタフネス! こいつが今年の空の王者か!? さあ1位が入れ替わったぞ、暫定2位の轟はどうする!』

『いや、3位だな』

『ホワット!?』

 

「あーばよ、とっつあーん!」

 

立ち塞がるロボットの向こう側から声がして、その声にロボットの群れの一部が振り返った。

映像が切り替わり、なにも無いように見える空間に「1年A組・葉隠(はがくれ)(とおる)」とテロップが表示される。

その地面をよく見れば、スニーカーの左右が動き、若干もたついたリズムで土を蹴っていた。

 

『ワッチャニンジャムーヴ! ロボットの集団をすり抜けた生徒がもう一人いるぜ! 不可視の透明人間だ! 何も見えないけど靴だけが見え……ってことは? 着ているものはどうしたんだ?』

 

「ふはははっ! なんでもありということは! 事故で服が燃えてしまってもいいということだー!」

 

『あいつめ、早速やりやがったな……』

 

放送席のイレイザーヘッドが額に手を当てた。

見えないとわかっていても、そこで何が起きているかを知っているから、なるべく直視はしたくないという良心が働いてしまうのであった。

 

『自分で服に火をつけてロボットの赤外線センサーをごまかしたらしい』

『これ、見えてないけど実はヤベェ映像なのか?』

『見えないものは仕方ない。だから問題ない』

『本当にそれでいいのか映像倫理!?』

『それより火傷してないか心配だ』

『いやそれも心配だけれども!』

 

館客席からの声にも動揺の色が混ざるが、その一部は席を立って拳を振り上げて葉隠を応援していた。

 

『どうなってんだよA組! 問題児ばっかじゃねーか!』

『こいつらはまだ序の口……いや、失言だった。忘れてくれ』

『よくねぇよ!? 俺とオーディエンスを不安にさせるな!』

 

イレイザーヘッドの苦労が(にじ)み出るようなぼやきに一部の観客は哀れみを覚えた。

 

「轟くんに追いついたで!」

 

再び映像が切り替わり、轟を追う生徒たちの姿を映し出す。

そのカメラは素早く動き、その中の一人、麗日(うららか)に向かって、2メートル級の中型ロボットがアームを振りかぶり襲いかかる姿が画面の中央に納められた。

 

『ブッ殺セ!』

「うわあロボットきたぁ!?」

「入試の仮想(ヴィラン)だな! せえぃ!!」

 

飯田(いいだ)が走り込んだ勢いそのままロボットに飛び蹴りを入れ、蹴り飛ばされたロボットが数体まとめて薙ぎ倒されていく。

それを皮切りにしてロボットと生徒達の格闘戦が始まった。

 

『1年A組の集団が雪崩れ込んだ! ロボット軍団との全面抗争だ!』

『迷うことなくいったな』

 

轟は軽く振り返り、彼に追いつき、追い越そうとする生徒達の姿を確認した。

その目に、表情に動揺は無かった。

 

「まあ、来るのは当然、お前らだよな……」

「あっ……轟のやつまたやるぞ!」

 

その冷たい視線に、そしてその口からわずかに漏れる白い息に、何より辺りの空気の冷たさに、察しの良い者たちはこれから起きる現象を予測した。

 

「こっちも()()()だ」

 

轟はロボットを前に身構えているふりをして、周囲一帯に冷気を放ち続けていた。

(しも)()りはじめた右腕にさらに『力』を込めると、突風が地を払うような速度で氷が広がっていく。

ロボット達は脚部を縫い付けられ、関節に氷が詰まり、次々と動きを止めていった。

 

『1年A組轟焦凍! 周りを丸ごと凍らせてロボットを一掃! クラスメイトも何人か巻き込んだな!?』

『いや、まだだ』

 

『ギギギ……』

 

(うめ)き声のような機械音を流しながら、巨大な質量を誇る大型ロボット達はその自重と油圧ポンプの力で無理やり氷を砕いて行動を再開する。

急激な冷却でわずかに変形した関節機構を(きし)ませ、轟を最大の脅威と認めて攻撃を仕掛けようとしていた。

その巨体による視覚的な威圧感は十分であったが、よく見ればその動きは鈍重だった。

 

「……せっかくなら、もっとすげぇの用意してもらいてぇもんだな」

 

低い声でつぶやきながら、轟は姿勢を低くし、右手を地面に触れさせた。

 

 

──轟焦凍の個性、『半冷半燃(はんれいはんねん)』。

 

左手から父親の個性『ヘルフレイム』と同等の炎を、右手から母親の『氷を操る』個性の力を放つ能力。

彼の父親、エンデヴァーこと轟炎司(えんじ)は、息子のことを母親の遺伝を強く受け継いだことにより、「熱が籠る」という己の『ヘルフレイム』の弱点を克服しうる最高傑作だと認識していた。

 

だが、実際には『半冷半燃』の能力の基盤はほぼ『ヘルフレイム』そのものである。

 

周囲一帯を焼き尽くせる程の熱量を発生し、それを炎として噴射するための、燃料とガスはどこから発生させているのか?

ビルをひと棟、まるごと氷漬けにできる体積の氷を生み出すための水分はどこから持ってきているのか?

 

その根源は共通のものであった。

轟焦凍の『個性』には父親から受け継いだその力が確かに備わっている。

 

 

──人類に劇的な変化と混乱をもたらした超常黎明期(ちょうじょうれいめいき)

 

『それ』を持つ者達は、当時から無作為に、当たり前のように現れては、本来あるはずの限界を超えて見せていた。

そして、第五世代と呼ばれる今の少年少女達。彼らの中で『それ』を持つ者の割合は明らかに増加している。

 

1年A組の生徒達の中では、少なくとも──。

芦戸(あしど)三奈(みな)皮膚(ひふ)に備わり。

八百万(やおよろず)(もも)の脂肪に備わり。

障子(しょうじ)目蔵(めぞう)の腕に備わり。

常闇(とこやみ)踏陰(ふみかげ)の脳に備わり。

爆豪(ばくごう)勝己(かつき)の骨髄に備わっている。

 

『それ』を備えた代表的な個性は『巨大化』あるいは『怪物化』。

『それ』の存在を観測する方法は簡単だった。

『それ』を持つ者の能力は、質量保存の法則を大幅に超越する。

 

それはかつて『試験体6号(ナンバーシックス)』と呼ばれた名もなき男の脳に備わり。

現在米国で活動しているとある日本人ヒーローの手足にも備わっていた。

 

とある『収集家(コレクター)』はふたりの『それ』を観測して以降、その力に傾倒しはじめ、やがて『空気を押し出す』個性を完成させることになる。

 

それは特異点(シンギュラリティ)を超えた先、この世ならざるどこかから超常のエネルギーを引き出す力。

 

轟焦凍の両腕と心臓にも、父親から受け継がれたそれが確かに備わっていた。

 

 

──それを見た会場は再び戦慄(せんりつ)した。

 

『……っ! 一撃っ! 一撃だぁ!』

 

晴天の空色を反射して、青く透き通った7つの氷柱がそびえ立つ。

轟の放った氷撃により、15メートルを超えるロボットが頭の天辺(てっぺん)まで氷漬けになっていた。

ロボット達は頭部パーツのLEDを激しく明滅させているが、そのボディをぴくりとも動かせていない。

 

『なんつー大規模攻撃だよ! 一撃で巨大ロボットを完全に封じ込めたぁー!』

『足を止めてたのは、こいつをぶっ放す冷気を溜めてたんだな』

 

会場の館客席が大沸きに沸いていた。

 

No.2(ナンバーツー)ヒーロー、エンデヴァーの息子」

 

これこそが、今年の観客席に座るスカウト達が見たいもののひとつだった。

そして、轟を攻撃しようとしたまま固まった二体のロボットがぐらりと傾いていく。

 

『おおーっと! まだやらかすみてぇだぞ! もはやズリィな!』

「「うげぇ!?」」

 

プレゼント・マイクはモニタ越しに見た光景からその先の展開を予測し、次のスペクタクルに向けて先取りで実況を乗せた。

後続の生徒たちも頭上の光景から、同じくそれを予測し、散り散りに逃げ始める。

 

「「うわぁぁーっ!?」」

 

氷漬けのロボット二体が交差するように横倒しとなり、真っ白な氷の破片をぶちまけた。

轟はそれを見届けることもせず、氷の中を走り抜けていく。

 

『1-A、轟! 攻略と妨害を一度に達成! こいつあシヴィー!!』

 

 

──飽和した水蒸気をはらんで白い風が吹いていた。

辺りは砕けた強化ガラスをぶちまけたかのように真っ白な破片が散乱している。

その中央で、氷漬けになったまま転倒したロボットの胴体が振動しはじめた。

振動はどんどん強くなり、金属と金属のぶつかり合う音も音量を増していく。

 

「「だぁーっ!!」」

 

やがてそこから二箇所がこんもりと盛り上がり、タイル状に貼られた装甲の隙間を突き破って、中から人間が飛び出した。

 

「チクショウ逃げ遅れた! 俺じゃなかったら死んでたぞ轟ィ!」

「チクショウ突っ込みすぎた! 俺じゃなかったら死んでるぞA組ィ!」

「「ンン!?」」

 

1年A組の切島(きりしま)ともう一人、全身を金属のように光らせた少年が、互いに顔を見合わせた。

 

「個性ダダ被りかよ……じゃなくて追いつかれた!」

「ハハ! おうよ! 追いついたぜェ!」

 

金属のように肌をテカらせた1年B組の生徒、鉄哲(てつてつ)は、顔面から金属の擦れるような音を鳴らしながら笑みを浮かべた。

そして、その背後から後続の生徒達が続々と現れる。

 

「ファーハッハッハ! ゼェゼェ! A組諸君! (つゆ)払い、大変ご苦労! ゼエヒィ!」

 

1年B組生徒のひとり、物間(ものま)がA組を(あお)り散らかしながら駆け抜けていった。

息を荒らし、顔面に玉のような汗を流しながらの壮絶なドヤ顔であった。

 

「物間お前、その強がりはなんなんだ!」

「物間サンお顔がルックペールデース!」

「ね」

「アイツは持久走がクラスで一番ダメな奴ノコ」

 

彼に続く生徒たちは物間に比べれば余裕のありそうな顔つきで、次々と追い抜かしていく。

 

「よぉし、やったっ……まだまだいける!」

「B組、マジ感謝!」

「おかげでベイビーを温存できますねぇ! 待ってて全国のサポート会社!」

 

その中には、1年B組の生徒だけでなく、彼らに追従した他科の生徒達も混ざっていた。

 

『さあ後続集団が追いついたぞぉ! 追いつかれたA組はまだブルってるのかぁ!』

 

ディスプレイの端に表示されていた生徒達の順位が目まぐるしく入れ替わりはじめた。

プレゼント・マイクの実況に、気分を盛り上げられた観客がスタジアムを歓声で満たす。

 

「なんのぉ!」

「ウチも負けないぞ!」

 

芦戸と耳郎が同時に立ち上がり、体にうっすらと降りた霜を払いながら後を追う。

同じく轟の攻撃に巻き込まれ、氷の破片まみれになった1年A組の生徒たちも、氷の中からもぞもぞと立ち上がり、走りはじめた。

 

こうして障害物競走はようやくそれらしい大集団での争いとなった。

 

 

──戦場を模したと思われるそのフィールドは競技場の外周を囲むように緩やかなカーブを描いたコースが五百メートルほど続いていた。

互いに小競り合いをしながら生徒達が進めたのはその半分、二百メートルほど。

 

「なんだあれ!?」

 

舞い散る火の粉と地表をわずかに乱す陽炎の向こうに、生き物らしき複雑性を形どった影が見えた。

 

それは赤黒い触手を生やした謎の生き物だった。

その表面を濡らす粘液がてろてろと、コンロでゆらめくとろ火のように太陽の光を反射して怪しく輝いている。

その大きさは5階建てのビルほどもあり、高さに横幅、どちらも先ほどの大型ロボットに引けをとらないサイズであった。

そしてその表面では腕くらいの太さをした無数の触手がうねうねと(うごめ)いていた。

 

『さあ、第一関門はまだ終わってねーぞ! 機械の次は触手だろぉ!?』

『何だそれ』

『灼熱の荒野に立ち塞がるコズミックモンスター! テンタクルズ・インフェルノだ!』

 

「「「うげぇー!?」」」

 

そんな謎の触手生物が数十体、生徒達の前方、フィールドの出口らしきゲートの手前をうろついていた。

 

「遠目でもうすでにキモいわ!」

「オイラUSJのトラウマがフラッシュバックしそうだよ!」

『アレハ(たこ)ダ!』「違う」

「前半は入試の、後半はUSJの再現ということかしらね?」

「だろうな、先生方もお人が悪い!」

 

近づくほどにうねうねと、妖しい動きが怖気を誘う。

それを目の当たりにした生徒達が思わずうめき声をあげる。

 

「さっきのロボットは前座なのかよぉ!」

「先行った爆豪(ばくごう)葉隠(はがくれ)はどこだ?」

 

『うびゃあーっ!!』

 

葉隠の泣き声とも悲鳴ともとれる声が響いて、気づいた何人かあたりを見回す。

その声の出元に目敏く気づいた峰田が目をギラつかせながら指を差した。

 

「やベーぞ! 葉隠が!」

「うわーん! 助けてぇー!」

 

赤く黒く太い無数の触手が柔軟に動き回り、透明な何かに巻きついていた。

その身体の様子は透明なのでわからないが、彼女が履いているスニーカーの裏側だけが見え、つま先を下にした足が大きく間隔を開けてじたばたと暴れているのだけはわかった。

 

(とおる)ちゃん、なんで脱いどるの!?」

 

それどころではないとわかっていても、麗日(うららか)はツッコミせざるをえなかった。

 

見ている間にも触手はさらに本数を増やし、巻きつく軟体の内側にできた筒状空間から人型の凹凸らしきものが生じていく。

そして、表面を粘液で滑らせた触手が不気味な水音をたてながらひときわ大きく蠕動(ぜんどう)した。

 

「ひゃあぁっ! ギチギチしてきたぁ!? やだーっ、体のライン見えちゃうっ! 何よりこのポーズはかんにんしてぇー!」

「ヒョォォォ!! 見えねーけどあれはま『筋肉バスター!!』だ!」

 

鼻息荒く叫ぶ峰田に割り込んで上鳴が健全なプロレス技の名前を叫び、ことなきを得た。

 

「今行くぞ!」

 

葉隠の居場所に気づいた中では、飯田が真っ先に全力疾走を始めていた。

そのでこぼこしたふくらはぎから大量の排気煙を吹き出している。

それに少し遅れて蛙吹(あすい)が両手をつき、カエルのように両足でジャンプしながら追従していた。

 

蛙吹(あすい)くん、合わせてくれ!」

「まかせて」

「レシプロ・バースト!!」

 

急激に加速した飯田は一瞬で距離を詰め、触手が反応するより早く脚を振り回して葉隠に取り付いている触手を蹴り払った。

それにタイミングを合わせて蛙吹が舌を伸ばし、舌は瞬く間に十メートル先まで伸びて葉隠の胴体に巻きつき、葉隠を触手から引き抜いた。

 

蛙吹はその小柄な身体を屈め、どっしりと腰を低くして身構えると、粘液まみれになった葉隠の体を力強く抱き止めた。

 

「葉隠くん、USJの借りは返したぞ!」

「同じくね」

「いいだぐん……つゆぢゃあん……ありがとぉ……ぐすん、わだじ、もうノリでふぐぬがないようにしゅる……」

「ヨシヨシ、難儀な『個性』よね」

「びえーん!」

 

 

──それから数分後、1年A組の生徒達はまだ触手ゾーンを突破できないでいた。

 

「ヤベェな! ぜんぜん突破できる気がしねぇぜ!」

 

クラスメイト達が音を上げた後も、粘り強く触手に突撃を繰り返していた切島が息を切らせながら戻ってきて、再び勢揃いとなった。

切島は体操服の下のシャツまで粘液まみれになったようで、上に着ていたものを全て脱ぎ捨てて上半身裸になってしまう。

 

「B組は軽々と突破してったのに、なんでぇ!?」

「むぅ、これは……」

 

芦戸が髪を()き乱しながら嘆く。

飯田は粘液で汚れた眼鏡をシャツの裾で注意深く拭きながら、何かを考え込んでいた。

 

「轟はどこ行ったんだ?」

「轟くんなら、すぐ攻撃やめてどっかいっちゃったよ。だいぶ疲れてたみたいだし、あのニョロニョロ、粘液が凍りにくいみたい。大回りするつもりじゃないかなあ?」

 

八百万に作ってもらった服を受け取りながら、葉隠が峰田の質問に答えた。

彼女はゴネていたものの、流石に下着なしはダメだと女子一同から説得され、泣く泣く八百万にトップシークレットだった胴回りのサイズを耳打ちし、衣服一式を作ってもらっていた。

 

「そっか、爆豪の奴もそうやってやりすごしちまったのかもな。オイラたちもそうしてみる?」

「「うーん……」」

 

八百万の体に隠れていそいそと服を着始めた葉隠からそっと目を逸らし、クラスメイトたちは、それぞれの見解を語り合う。

 

「あの粘液がやべーんだよな。テープ全然くっつかねぇもん」

「ええ、透ちゃんを助けたとき、粘液がピリっとしたのよね。いざとなったらまたやるけど、あんまり舌で触れたくないわ」

「私が触ってもぜんぜん浮かへんかったわ。アレ多分、1本1本がバラバラなんやと思う」

「それな! オイラも『もぎもぎ』で貼り付けようとしたら触手ごとパージされた!」

「通電はするけどたぶんアースされてる。そこそこ強めの電流を通したけどちょっと止まっただけだった」

「ウチの音波も反応はあったけどイマイチ響いてない感じ。そもそもあいつらって耳とかあるのかな?」

「私の酸でもあんまり溶けなくて、むしろなんか元気になったっぽいんですけど!」

 

それぞれの意見を聞いた八百万が挙手をした。

 

「あの、皆様、(わたくし)、思ったのですが……」

「八百万くん、たぶん俺も同意見だ……」

 

全員が顔を見合わせてうなずいた。

 

「「「なんか1年A組(ウチら)だけ、対策されすぎだよね?」」」

 

 

──そこから彼らが共通の心当たりにたどり着くまでに1分もかからなかった。

 

数分後、A組の面々は轟が連れてきた犯人を尋問し制裁まで済ませ、再び触手の攻略へ挑むことになる。

 

 

02.デクとトガヒミコ  

 

────────

 

「どんなに悪い子でも、そのうちお腹が空いてしまうのです」

 

デクは判断を誤ったことに気がついた。

 

目の前にある移動式シンクの上で、年季の入った蛍光灯が瞬いている。

倉庫件休憩室といったレイアウトをした仮設テントの中は8畳くらいの広さだが、光源はこの蛍光灯しかなく、室内を隅々まで照らすには不十分だった。

 

雄英(ゆうえい)体育祭は日が沈む前に片付けまで終わらせる、1日限りのイベントだ。

通常であれば日中、テントの入口を開け放てば中は十分な明かりを採れるのであろう。

だが、今はその入口がファスナーで閉ざされ、テントの中には妖しい仄暗(ほのぐら)さが漂っている。

 

そんな薄闇の向こうから衣擦れの音が聞こえていた。

その音の主──トガヒミコはデクの背後で何かごそごそと動きながら、そのついでに話しかけてくるのであった。

 

「悪い子はいつでも、いつまでも悪いことをしていたい。でも、お腹が空いたら時間切れです」

 

デクの心臓はまだ先ほどの不意遭遇で受けた動揺に高鳴り、その響きはこめかみに痛みを覚える程であった。

 

(バカだ僕は……インカムなんて捨ててもよかったんだ。とにかく逃げて、巡回しているヒーローと合流すればよかったんだよ……)

 

デクは体育祭のパトロール中に手配中の推定(ヴィラン)を発見し、追跡に入ったところでさらなる凶悪(ヴィラン)、『ヒーロー殺し』と遭遇した。

なんとかやりすごそうとしたが失敗し、一触即発となったところで一般人らしき女性に『変身』したトガヒミコに助けられ、そのままこのテントに連れ込まれた。

 

そして、その際に無線通信用のインカムを奪われてしまった。

 

 

──トガヒミコの個性『変身』は、自身の外見を摂取した血の持ち主と同じ姿に変形できる能力である。

 

この能力は対象が当時着用していた衣服まで再現する。

このためトガヒミコは『変身』する前に自らの着衣をなるべく脱がないといけないし、そうして行った変身を解除すれば全裸になってしまうというデメリットがあった。

 

そんな『変身』には、少なくともふたつの成立要件がある。

 

ひとつは対象の血液。

これは『変身』を発動し、維持するための燃料の役割をし、摂取した血液の量に比例して変身の持続時間が延長される。

 

もうひとつは対象の記憶。

衣服まで再現する『変身』の形状は、血液から得られる情報が主ではなく、彼女が覚えている記憶から引き出されている。

なので対象の服装を複数パターン観察していれば、そのすべてを自在に再現できる。

 

そして、彼女の『変身』はそれを見る衆人を(だま)し通せる程度には完璧であった。

これは裏を返せば、トガヒミコには──本人にその自覚はないが──見た映像をそのまま記憶できるタイプの『完全記憶能力』があることを意味する。

 

彼女の脳は、これまで出会った人々の姿を克明に思い出すことができるのだ。

いつまでも色()せることなく、その思い出と共に。

 

 

──長い前置きになったが、つまりデクはそこで『変身』を解除して何も身につけていない、生まれたままの姿になったトガヒミコと再会したのであった。

 

多少はスポーツにも励んだが、内向的な半生を送ってきたデクに浮いた思い出は一切無く、当然、生で女性の裸を見たこともほとんどない。

その一方で、トガヒミコのそれを見たのはもう二度目であり、これはもはや母親の次に良く見たそれであった。

 

見てはいけないものをまた見てしまったという罪悪感を覚えたデクは目の前の相手が(ヴィラン)であることも忘れ、自分で自分の目を塞いでしまった。

 

そして「とりあえず服を着ろ」と訴える。

するとトガヒミコはデクのいる入口の方に着替えがあると言い、それならばと自分がそろそろと目を背けながらテントの奥の流し台の方へ回り……その後で脱出を封じられたことに気がついた。

 

現在は彼女が服を着るまで彼女に背中を向け、出口の反対方向を向いているしかない状態である。

 

「……だから、悪い子もお腹が空いたら良い子と同じ。ご飯を食べるためにお仕事をしないといけません」

「それで……アルバイトを?」

「そうです! 今日はたこ焼き屋さんのお手伝い!」

 

そう言って、楽しそうに笑うトガヒミコ。

一方デクはしてやられたと両手で顔を覆った。

 

『ヒーロー殺し』から自分を助けてくれた、その本意はまだわからない。

 

だが、この一連の流れがこの女(ヴィラン)の常套手段なのだろう。

前回、ショッピングモールで遭遇したときもそうだった。

この女はまず心理的なところから攻めてくる。

相手にうしろめたいものを押し付けて、それに気を取られた隙にすべてを奪おうと畳み掛けてくるのだ。

 

今、デクがこの場から脱出するためには出口に向かって振り向かねばならず、振り向けばトガヒミコの生着替えをのぞいてしまうことになる。

テントの(ほろ)を突き破って逃げるという手段もあるのだろうが、デクはそれを実現するための道具も『個性』も持ち合わせていなかった。

 

なにより、前回の戦いでデクはトガヒミコになすすべもなく肌を切り刻まれている。

これは互いにその実力差を理解しているからこその膠着(こうちゃく)状態であった。

 

それでも、冷静になれば打開策も思いつく。

 

(やるぞ……! 今は非常事態、非常事態なんだ!)

 

やることは単純だ。

振り向いて全力ダッシュで出入り口を破り、そのまま逃げればいい。

そうして会場内を巡回するヒーローと合流し、そちらの無線を借りて(ヴィラン)の出現を周知すればいいのだ。

 

現在の簡易拘束状態は、支給された借り物のインカムを取り戻したいという責任感と、女性の裸を見てはいけないというなけなしの良心を(くさび)にした不安定なもの。

デクの方から全部反故(ほご)にしてしまえば解決する……そのはずなのだ。

 

(僕だってもう高校生だ……こっそりパソコンの未成年ロックを外してそういう画像を見たこともあるんだぞ! いまさら女子の裸を見るくらいなんだ! スケベ呼ばわりされようと、ガン見しつつ突破してやるさ!)

 

そう決心するまでに5回深呼吸した後、一度やろうとして思いとどまり、もう一度自分の心に言い聞かせてから、デクは振り向いて駆け出そうとした。

 

「「あっ!?」」

 

そんなデクの目に入ったのは、セーラー服を着た上半身と、左足をあげてなにやらものすごく面積の小さい黒い布につま先を通そうとしている完全に無防備な下半身であった。

 

「やぁー! まだ着替え終わってません!」

「順番がおかしいよ! それは一番最初に()いとけよ!」

「デクくんのえっち!」

 

見てしまうにしてもそこまで見るつもりじゃなかったデクはその衝撃と良心に逆らった反動で元の姿勢に戻ってしまった。

 

「ちくしょう……(ヴィラン)め、なんて狡猾(こうかつ)なんだ……」

「……ガッツリ見られちゃったの私なんですけど?」

「ごめんなさい!」

 

さらに追い詰められてしまったデクはトガヒミコに背中を向けたまま土下座した。

 

「でもインカムは返してください!」

「……ちゃんとお話してからです」

 

不機嫌そうな声を出したトガヒミコは着替えを再開したようだ。

デクは一度見てしまったがために、聞こえてくる衣擦れの音が具体性を帯びてしまい、彼女の着替えが終わるまで土下座の姿勢から体を動かせなくなった。

 

 

──やがて、テントの外から聞き覚えのある声がした。

 

『たこ焼きひとつくださいな。青ノリ抜きでね』

『あいよ……おお!? Mt.(マウント)レディじゃねぇか! ひとつね! 五百円だぜ!』

『あのぉー、私、いま持ち合わせがなくてぇ……むぎゅ』

『エッロ!! 無料(タダ)で!!』

『ありがとー!!』

 

デクはこれ幸いと大声で上司を呼ぼうとしたのだが、もっちゃもっちゃと咀嚼(そしゃく)する音が聞こえてきたので気分も萎えて地面に突っ伏した。

 

「せめて買えよ! 仕事中になにやってんだあの人はっ……!」

「ごめんね。うちの店長さんはスケベおじさんなの。私も面接でちょっと『しなっ』ってやってみたら即採用でした」

「そっちじゃないんだよなぁ……いやそっちもアレだけど」

 

デクは土下座の姿勢から上半身を起こし、地べたに正座していた。

正面には着替えが終わり、セーラー服姿になったトガヒミコ。

セーラー服の上は半袖で、季節はまだ晩春だが今日の陽気は彼女にとって夏服の気分だったらしい。

涼しそうな格好でパイプ椅子に腰掛け、紙パックのジュースのストローを(くわ)えている。

 

デクも勧められたが、さすがにそれどころじゃないと断った。

 

「……つまり、()()()もただのアルバイトだと?」

「そうです。ステ様の『ヒーロー殺し』活動は結構なお金がかかるのです」

 

トガヒミコはそこで言葉を切り、ちう、と音を立ててジュースを飲み干した。

 

「ステ様はああやってコツコツ活動資金を貯めているの。派遣先が雄英高校になったのは偶然で、ご本人は体育祭に興味がなく、騒ぎを起こすつもりもありません。オールマイトのことは見たそうでしたけど」

「どうしてそこまで知ってるの?」

「ふふん」

 

デクの質問にトガヒミコは答えず、得意そうな笑顔だけを返した。

 

「とにかく、ステ様はこのまま放っておいてもきっと大丈夫ですよ? 今日のお仕事が終わったら研ぎに出していた刀を受け取って、格安系の夜行バスで東京まで移動する予定なのです。私もステ様と同じバスを特定して席を予約しました」

(ヴィラン)(ヴィラン)をストーキングしてる……」

「失礼な! ただの推し活です! 追っかけです! ステ様見守り隊なのです!」

 

(ほお)をふくらませてまくし立てるトガヒミコを見ながら、デクは深く息を()いた。

 

「言いたいことはわかったけど……ヒーローが(ヴィラン)を見逃せるわけないじゃないか。その取引には応じられないよ」

 

そう言われたトガヒミコはぴたりと動きを止め、首を傾げた。

 

「取引? そのお話はこれからですよ?」

「ええっ!?」

「今までのは話のマクラというやつです」

 

そう言いながら、トガヒミコは座ったままの姿勢でパイプ椅子を後ろに傾ける。

 

「ステ様のことは好きにすればって感じですね。あの人はその辺でダラダラ警備してる木っ葉ヒーローごときでは()()()()()()()()()から。みんな返り討ちにされちゃいますよ」

「くっ……じゃあ取引ってなんなんだよ」

「そうですねぇ……ふふ、お話し、楽しいなぁ」

 

不安定な椅子の上、上機嫌な声色で、足をぶらぶらと振りはじめた。

正座していたので真正面からそれを見せられることになったデクは、椅子で見えないけど想像では太ももの向こうチラつくからやめてほしいと思った。

 

「デクくんは『悪い子』だから、私の話を聞いてくれると思ってました」

「……」

 

デクは(ヴィラン)からそう言われて、不快な気分だったが言い返すこともできなかった。

自分の事情を知る(ヴィラン)からすれば、偽物のヒーローを演じて(ヴィラン)に対応する自分は、(ヴィラン)よりも邪悪な何かなのかもしれない。

 

「じゃあ、取引のお話をしましょう。私はこの体育祭が無事に進んで欲しい派なのです」

「派……?」

「はい。私はそっち派ですけど、当然、(ヴィラン)の中にはそんなの関係ない派もいるわけです」

 

トガヒミコは後ろに傾けていた椅子を戻し、その勢いで正座しているデクの眼前まで顔を近づけた。

デクはおもわず背中を反らして顎を引く。

 

「……なので、トガは体育祭を台無しにしようとしてる(ヴィラン)の情報を売っちゃおうと思います」

 

その顔に浮かんでいたのは、自分を切り刻んでいたときに見せた邪悪そうな笑顔ではなく、いたずらを思いついた子どものような無邪気な笑顔だった。

 

「ふふ、デク君はいくらで買ってくれますか?」

 

──デクが、それを『作り笑い』だと知るのは季節が変わった後になる──

 

「いや、僕、今、お金ないから……ほら、七百円しか入ってないよ」

「ええー!? 私は八百四十五円です! 私の勝ちですね!」

「どんぐりの背比べだよ!」

 

デクはまだ先月働いた分の給料を貰えていなかった。

 

「じゃあ、五百円にまけてあげますね?」

 

にっこり笑顔でそう言って、トガヒミコは手を差し出した。

その、男の目線では小さく見える手のひらの上には、奪われたデクのインカムが乗せられている。

 

「うう……(ヴィラン)にカツアゲされた……」

「ふふ、情けないヒーローさんですねぇ」

 

デクはしぶしぶとその手に五百円硬貨を乗せて、インカムを受け取った。

 

 

──トガヒミコの話を聞いたデクは立ち上がった。

 

「情報提供はありがとうだけど、それはそれとして君のことは通報するし捕まってもらうよ」

「えぇーっ! ひどぉーい!」

 

トガヒミコは驚いて抗議した。

 

「いいんですか? 今、デク君は(ヴィラン)の私と取り引きしたんですよ? 私が捕まったら……」

「バレたところで僕がアルバイトやめさせられるだけなんだよね」

「その無責任ポジションズルいです! バレてもせっせとお掃除続けてるステ様を見習って!」

 

デクが身構えると、トガヒミコも立ち上がって後退り、パイプ椅子を倒した。

 

「……でも、デク君ひとりでは私を捕まえられませんよ?」

「そうは……」

『問屋が卸さねぇぜ!』

「!?」

 

トガヒミコの背後から威勢のいい声がしたかと思うと、彼女が振り返る間もなく爆発音じみた激しい空気の音がして、その後に光が満ちた。

密室となっていたテントの内部はすべて白日の下に晒され、デクとトガヒミコは(まぶ)しさに目を細める。

テントの幌は巻き上がり、固定していた支柱にロープ、ペグを巻き込んで宙を舞い、隣のテントを巻き込むようにして落ちていった。

 

ひと蹴りでテントを丸ごとひっくり返したのは、白く長い髪を振り乱し、不敵な笑顔で、右足を高々とと天頂まで振り上げたミルコだった。

 

「ようデク。また女連れだなぁ? お前そっちの才能でもあんのか?」

「それよりも!」

「よっと!」

 

デクに話しかけたのを隙と見たのか、トガヒミコが姿勢を低くして飛び出そうとしたが、それよりも早くミルコが動き、右足を振り下ろしてその背中を踏みつけた。

 

「うぐぇっ!!」

「いいバネしてるけど、その程度じゃ私の耳と足からは逃げられねぇぞ」

「やだぁーっ!」

 

トガヒミコは駄々っ子のような声をあげながらじたばたと手足を動かしたが、ミルコの足は微動だにせず少女の胴体を地面に張り付けている。

さらに二人組のプロヒーローが駆けつけ、『捕縛布』と呼ばれる拘束用のサポートアイテムを使ってトガヒミコを拘束した。

 

「よし、(ヴィラン)確保完了だ!」

「ヤです! 離して!」

「暴れるな! このまま護送車まで連行します!」

「頼んだ! デク、連絡急げ!」

「はい!」

 

デクはトガヒミコから取り戻したインカムを首元に装着しなおした。

この無線機は警察無線とリンクした特別製で、電源を入れれば即座に周囲の中継機と連携して距離と座標を取得し、三点測位により自己座標を特定して送信する。

 

この機能により、デクは取り戻した直後に現在位置を警察本部に知らせていた。

そして連絡を受けたミルコをはじめとする近隣のプロヒーローが駆けつけたのだった。

 

「本部、こちらデク! ミルコが(ヴィラン)『トガヒミコ』を確保! 身柄は『ワザリング・ハイツ』のチームが連行します!」

『本部了解! 無事で良かった! 信号が消失(ロスト)したときはヒヤっとしたぞ!』

「すいません追加報告です! 手配中の火傷痕がある人、裏社会では『荼毘(だび)』と呼ばれているそうです! 炎の『個性』で、行く先々で絡んできた人を焼き殺しているらしく……」

『何っ!? 待て、別の報告が……くそっ、やられた! まさにそいつだ! 本部より全局へ、手配中の推定(ヴィラン)が二年生競技場の()()()()()侵入した! 近くのヒーローおよび機動隊は全員そちらに向かえ!』

「ええっ!?」

 

それを聞いたミルコは飛びはねるようにして駆け出した。

 

「おいデク! ボヤっとすんな!」

「……は、はいっ!」

 

ほんの一瞬で十数メートル引き離されたデクは困惑しながらもミルコの後を追おうとする。

だが、何かに足を引かれたような気分がして振り返った。

 

(な、何だ……?)

 

本部からの無線連絡はまだ続いている。

 

『追跡していたヒーロー4名が行動不能、重傷だ! 使うのは炎! 炎の個性だ! 以降、この(ヴィラン)は【荼毘(だび)】と呼称する! テロ行為の阻止を最優先! 体育祭を護ってくれ!』

 

(何か引っかかる……? 僕、このままいっていいのか?)

 

デクはわずかな違和感を覚えていたが、度重なる緊張の連続で呼吸が浅くなっており、走りながらものを考える余裕を失っていた。

 

 

──競技場周辺の警備を担当する警察からの緊急通達は、一年生競技場の放送席に座る、イレイザーヘッドとプレゼント・マイクにも伝わっていた。

 

イレイザーヘッドが小さくため息をつきながら席を立つ。

 

「残念だが……体育祭は中止だな。俺は避難誘導と警備に回る」

「気が早すぎるぜイレイザー」

 

スマートフォンをいじりながらプレゼント・マイクが呼び止めた。

 

「校長から全教員へメッセージだ。『ギリギリまで続行』だとよ」

 

イレイザーヘッドは押し留めていた感情を露わにした。

 

「ふざけんな……生徒や観客が被害に遭ったら終わりだろうが!」

「俺たち教師は例年通りのつもりだったが……やっぱり今年は特別なんだろうなァ」

「知ったことか。俺は行く」

「待てって!」

 

プレゼント・マイクは、会場に背を向け出ていこうとしたイレイザーの服を引っ張って止めた。

 

「何だよ」

「ちゃんと校長からのメッセージを読め! 今年は居るだろォ? ひとりだけ、まだ任せられることが少なくて暇そうにブラついてる新人教師がさァ!」

「まさか……」

「三年生会場から教師の『増援』を出したってよ! オールマイト先生をな!」

 

 

 






【あとがき】  トップにもどる

※お待たせしてすみません。いまいち話がまとまり切らず、二週間くらい試行錯誤をしておりました。
※第一競技終了まであと2回です!(本当はあと1回でした) このあと第二競技はほぼダイジェストで終わり、レクリエーションからトーナメントまでが終盤となります。
※そして次回こそ心操くんの回!
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