ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid 作:ポンドアップル
四畳半の狭くまっさらなアパートの中。窓から見える空模様は決して明るくはなく、まだまだこれからといった時。
畳の上に広げられた布団で、枕元で蝋燭を灯しながら寝ている金髪の人間がいた。
刻々と時は進む。昨日、またはさらに前......眩い朝日が働く人々を照らしていた時からどれだけ経っただろうか。
再び、地平線の彼方から太陽がその姿を現す。
その時。蝋燭に刺さっていた釘が落ちて、彼に夜明けを知らせた。
カランッ......鉄が鉄を打つその音に目を覚ます。
目を開けてむくりと起きる。眠たがりもせずに、ただ蝋燭を消して言った。
「私は......この日を待っていた。待ちかねていた」
そして窓の外を見る。朝日を見つめる彼の目は、ただまっすぐに太陽へと向けられていた。
時はさらに進む。壁越しに聞こえる隣人の目覚ましの音が、鶏の鳴き声のように彼らを揺り起こす。
そんな中で、彼は一人目を閉じて正座している。一体何を考えているのか。何を想っているのか。
ただ――ずっと。
次の瞬間。彼はしびれを切らしたように飛び上がって言う。
「何もせずに待っていられるものかッ! 落ち着かん......落ち着きがないぞ、和生!」
足元に置かれていた茶を一気すると、彼はパジャマからスーツへと着替え始めた。
その手つきは慣れているが、どうにも乱暴だ。さっさと背広を着て玄関へと走った。
鏡の前で仁王立ちして、彼は自身の身なりを整える。そして荷物を持って部屋から飛び出す。
マンションの柵越しに見えたその町景色は......空を飛ぶ車やホログラムで映し出された広告で彩られていた。
―― 第1R:儚き永久の彼方へと ――
白黒で未来的な風景の町を行く人々は、みな忙しそうながらも明るい表情で自分の行き先へと向かっている。
中にはジェットパックで大空を飛び回り通勤している人もいた。まばらではない。
そんな光景の中で......彼はただ、むっとした表情で歩道を歩く。
ビルの特大モニターから放映されているニュースから、このような言葉が聞こえてきた。
『2035年10月13日、今日は絶好のお天気となりました。では、本日のニュースです。一昨日、菊花賞にて――』
そうアナウンサーが言いかけた次の瞬間だった。彼の横を、さっと何かが駆け抜ける。
「――!」
風に吹かれて彼の髪は揺れてたなびき、彼は目でその横顔を追う。
そしてさらに振り返る。横のレーンを走っていたのは......一人のウマ娘。
「......ッ」
彼は歯を食いしばると踵を返して逆方向へ。彼女を追うようにして走った。
全力で、全霊で。
(私は......私は......!)
路面を蹴り上げ、人混みをすり抜け。無理をしてでも彼は追い付こうとする。人の目など気にしてはいない......ただ己の意思で。
しかし――その背はあまりにも遠い。その差はあまりにも大きい。違った道を走る彼らが、決して競る事はないと知っている。
だが彼は諦めなかった。その背が見えなくなるまで、乱立するビルに呑まれ視界から消え去るまで。彼はただ追い続けた。
そして目標から遠く離れた彼は、一人ひどく乱れた息を必死に整える。
(.....くっ)
そして右腕を振り上げて静かに......燃えるように、彼は言った。
「はぁ......覚えていろ、私はいつか貴様らを越えて見せるぞッ! ......『ウマ娘』!」
――――――
『3番リニアトレイン、ドアが閉まります』
昔から変わらないその発車メロディーと共に、彼の背後では旅立つ彼を見送るように列車が動き出す。
彼が降りたその駅の名は......府中だった。
「......」
少し口角を上げたかと思うと、再び人込みの横をのし歩く。
「――あと少しだ」
歩む度にその目を輝かせた。外から差し込む光の向こうに何があるのだろうか。
駅を出ても、自分の歩く道以外の物には目もくれなかった。
そして歩み続け一時間程――周りに建っていた建造物も見えなくなり、彼は森の中にある道路を歩いている。
緑豊かな森林の遠くに見える真っ白なビルは、まさにあの時私たちが思い描いていた未来そのものだったと言えるかもしれない。
ただ――やはり彼はそんな物に目もくれず、ただ荷物を背負ってとつとつと歩いている。
(この先にある......勝利へと)
そう思って、彼はまだまだ進んでゆく。
草原、抜ければ森林、また草原かと思えば再び視界の両端を樹木が覆いつくす。
代り映えのしない道を、彼は何かの為に歩く。
地図も見ていない、先も分からない。何時着くかも分からない。
しかし......彼は進むことに迷いもなく、その上道に迷うこともなかった。
――――――
太陽が天の中心で輝き、程よい涼しさが辺りを包む。
彼もだんだん疲れてきたのか立ち止まって休む回数も増えてきた。額には汗が流れ、足を抑えるような様子も。
だが、唐突に旅の終わりは訪れる。
「! ッ......、あれは!」
地平線の向こう、何かが見える。白い巨大な建物......半球状のドーム。
その瞬間――彼は再び走り出した。
「待っていたぞ! この為に私は生きてきたッ!!」
額を伝う汗を腕で拭い、大口を開けて晴れやかに叫ぶ。
ただその先だけを見つめて、彼は力強く駆ける。ウマ娘にも劣らないその気迫に森の木々もざわめくようだった。
長い長い戦いの日々......その先にある未来、その先にある勝利へ。
まさに『待ちかねていた』のだろう。この時を。
そして瞬く間に森を抜け、その先にあったのは......あまりにも巨大なドームと、その周りに並ぶ建造物。
高くそびえるアンテナに、空を飛ぶ宇宙船団。それは正しく......遠い未来のような光景だった。
彼は門の前に立ち、そこに立っていた金属製の看板を見る。
『ウマ娘国立研究センター ――Beyond all tragedy――』
その文字が刻印されていた横には、隣り合う六角形と五角形の科学的なロゴが立体的に造形されていた。
「見事な造形だ......」
ふと呟き、その隣にあったタッチパネルに手を触れる。
すると門が開いて、彼の手元に名札が転送されてきた。
『ご予約No.01S 葉紅 和生(ハグレ カズユキ)様』
彼はそれを首にかけ、いそいそと敷地の中へ足を踏み入れ駆け出していった。
――――――
ドームへと続く長い道の脇には、様々なものが展示されている。
ロケット......または核融合炉、人工衛星や軌道エレベータ。完全に培養された移植用の生体パーツ、二足歩行のワークローダー。
まさにこの世の技術の粋といった物の数々がそこにホログラムで投影されている。それも、フィクションではない。全てが実際にここで稼働していて、研究や実験が行われているようだ。
まるで夢。ただ、現実にある。
そのような物と共に――ウマ娘に関する展示もたくさんあった。
『脚質・活躍時期を高精度で予測する診断プログラムとAI』『予後不良の完全な克服』『ウマ娘の気性を劇的に改善させるトレーニング法』『外界からの音を完全に遮断するスマートメンコ』
十数年前にはアニメの世界かスパム広告にあったような夢想の産物が、完全な状態でここに存在する。
ただ......それを見て、彼は少しむっとした。
(ウマ娘......それだけか)
そう思って、別の展示ブースにへばりつく。
寄り道しながらゆっくりと進んでゆき、やがてドーム状の建物へと辿り着いた。
すると、白いエナメルな光沢を放つ白い服を着た研究員らしき男が彼に聞く。
「おや、お客さん。どうしたんだい?」
「機械研究区画のS-32へと行きたいのだが、道のりが分からんのだ」
名札を見せながらそう話すと、彼は手で行き先を示した。
「この先だよ。案内しようか」
和生は彼の後を付いていく。受付の前を通って、開放的な待合室を抜け進んでいった。
部屋の隅にあったドアの前で研究員は止まり、和生に聞いた。
「ここから先は研究員用の施設になるよ。許可はとっているみたいだけど、一体ここに何の用があるんだい?」
すると、真剣な顔で和生は答えた。
「私を新たな世界へと駆け出させる物......それを受け取りに来たのだ」
よくわからない言葉に一瞬固まるも、彼は笑顔でその扉を開ける。
その先には狭い通路。台車で荷物を運ぶ作業員の姿や、それ以上の大荷物を抱えて実験をしに走る研究員の姿が見えた。
そんな光景を後目に二人はさらに進んでゆく。そして最後にあった扉を開けると、その先には。
「これは......!」
無茶苦茶に広い空間の中に、沢山の機械が展示されている。どれも中々......まぁ独創的だ。
「ここの研究生が作った作品だよ。どれも自由で、面白いだろう」
明らかに一つのまとまったテーマが存在しない。だが、そんな所に未来はあるものだ。
ブースの中を進んでゆくと、ふと見た窓の外に大きなレース場が見える。
和生がそれについて質問すると、彼は言った。
「所長......いや、『博士』がここに設置したレース用施設だよ。競技用としても十分に使えるもので、これを使ってウマ娘の研究を行っているんだ」
すると、外を眺める和生がふと聞く。
「ここはなぜ、それ程までにウマ娘に拘るのか?」
研究員はうっすら笑みを浮かべた。
「そういう施設だから......っていうのもあるけど、ここを造った博士がウマ娘だからかな。彼女はもともと中央を走ってたんだけど、引退してからはウマ娘に関する研究に没頭してね......」
そう言いかけたところで和生は止める。
「ウマ娘の話はいい。私は急いでいるのだ」
研究員はその理不尽な言葉に何か言いたげにするも、案内を続ける。
そしてマップとにらめっこしながら探し続け、少しして彼は見つけた。
「ここがS-32だよ。後は大丈夫そうかい?」
「ああ、恩に着る」
変わらないその表情で彼は礼を言って、一人その扉へと入っていった。
その部屋の中は乱雑にUSBメモリやHDDが書類の山のように積まれており、なんだかよく分からない機械がそこら中に散らばっている。
それらをよけながら奥に進んでいくと......どこかから声が聞こえた。
「誰かいるの? はっ! まさか......」
その直後にドタバタと急ぐような音がして、少しすると床のハッチから一人の眼鏡をかけた女性が出てきた。
「あの、わしょうさん......ですか?」
「カズユキだ」
見下ろして和生が言うと、彼女は穴から出てあたふたしながら言う。
「あー、また間違えちゃった......ええと、その、付き添いをさせて頂きます、技術顧問のた......貴音 淳仁(たかね じゅんじん)です」
自身なさげな彼女と散らかった部屋を見て、和生は渋い顔をする。
それを見て彼女も少し引くが、振り絞るように続けた。
「あ、その......すいません、こちらです」
彼女が案内した部屋には、何やら大きなランニングマシンが置いてある。
和生がそれを不思議そうに見ると、淳仁はリモコンを持った。
「離れてください......これが私の開発した、競走用強化外骨格Hex-N1『豪脚』です」
ボタンを押すと、天井からケーブルに繋がれた何かが降りてくる。
それは......人の下半身を模したロボットだった。それはコンベヤに足をつけるとサーボモーターの音を響かせながらジュイージュイーとゆっくり歩く。
「まだまだこれから、です」
彼女が何かのつまみを回すと、さらに動作は速度を増す。歩きから、やがて走りへと。
だがそれを見ても、和生は動じなかった。
「たったの7キロ......それが限界か! 私はこの先に、奥儀があると見た!」
その言葉を聞いて、彼女はニヤっとする。
「いいんですね......?」
そう言ってリモコンを投げ捨てると、奥のほうから巨大な制御盤を肩にかけて持ってくる。
スイッチをパチパチと一つずつ点けていき、最後にボタンを押した。
「インジェクション!」
すると突然速度が跳ね上がり、地を蹴る音がまるでマシンガンの銃声のように早く、強くなっていく。
制御盤にモニタリングされている時速表示は20、30、40とみるみる上がっていき、最後には60を超えた。
それを見て和生は、深い笑みを浮かべる。
「これは......! 見事だ!」
手を叩きながら大きく笑って彼女に言う。
そして彼女は装置を止めると、満足気な表情を浮かべた。
「気に入っていただけましたでしょうか......?」
「勿論だとも、これが私の求めていた『極』に一番近い物! いや、そうだと言わせてもらおう!」
興奮している彼に、淳仁は説明した。
「豪脚はヒトがウマ娘に追いつく為の強化外骨格です。これを着用すればウマ娘と同等までものスピードを、ヒトが出すことができます」
「いや......それ以上だ。私はそれ以上を求める! その為に、是非これを使わせて頂こうッ!」
彼女はそんな様子の和生を見て、自身満々な様子だった。
――――――
そして場所は屋外のトラック。そこで和生は淳仁に豪脚の使い方を教えてもらっていた。
「待機時には、このように関節がロックされます......これに座ってみてください」
和生が少し屈んでいる態勢の豪脚に座ると、淳仁がベルトで足を固定する。
そしてタブレットを眺めながら、淳仁は言った。
「そこから立ち上がってみてください」
「立ち上がる? こうか」
すると関節固定用のアームがふくらはぎに収納され、そのまま和生ごと立ち上がった。
彼が歩く動作をすると、それに追従して豪脚もアシストをする。
「ほう......理解したぞ」
少し分かったような様子で彼が言うと、淳仁はトランクを地面に置く。
「では......お待ちかねです」
そしてその中から、一つのワインのような透き通った赤色の液体が入った、透明なタンクを取り出した。
和生は不思議そうに、彼女に聞く。
「それが『奥儀』に必要な物か?」
「はい。燃料のようなものです」
それを豪脚の後ろにあるソケットに取り付けると、彼女はスタスタと荷物を持ってコースから離れる。
すると......目の前の地面が動き下からゲートが出てきた。
和生はその中に入り、そして構える。
「思いっきり走ってください。制御はこちらでします!」
「任せたぞ! ――さぁ、始めよう」
淳仁が赤い旗を揚げると、ゲートが音を立てて開いた。それと同時に和生も駆け出す。
(ぐっ、これは......ッ!)
あまりの加速に一瞬転びそうになるが、態勢を立て直し踏み込んで加速する。
そうすればぐんぐんと伸びていき、瞬く間に最初のコーナーを曲がりきった。
普通のヒトなら全速力で走ってもここまで来るのに10分はかかるだろう。それを30秒強で走るというのは、やはりウマ娘の脚力は驚異的だ。
(これがウマ娘の!)
あまりの速さに彼はもはや目の前のものしか見えなくなっている。地面を蹴る力も凄まじく、彼が通った後の芝には窪みができていた。
(ぐっ......この程度の加速に......)
「だが! 限界を超えるというのはこういうものだッ!!」
機械的な音を出しながらなめらかに走るその姿は、奇怪ながらも新たな始まりを象徴するものとなる。
蹴り宙を舞った土が再び地に着くまでの刹那に......彼はゴールした。
同時にタンク内の液が無くなり、燃料切れになった豪脚は関節にブレーキをかけその場に止まる。
唖然とする和生に、淳仁が駆け寄った。
「ど......大丈夫ですか?」
彼は息切れしながら下を向いて言う。
「私は......超えられる。ウマ娘を......超えられるッ!」
ニヤリとして渡された水を飲み、そして空を見上げ天に向けて手を伸ばす。
「あの場所へと......私は行けるのだ!」
その時。その場所にどこかから一人分の拍手が届く。
和生は誰かと思い淳仁を見た......が、彼女ではない。
音の先に居たのは......白衣を着たウマ娘だった。彼女はこちらに歩いてくると、袖をたなびかせて二人に話しかける。
「これはこれは、とても素晴らしい発明だよ。淳仁技術顧問」
「博士!?」
目を丸くして驚く淳仁を後目に、博士は和生へ言う。
「君が......彼女のモルモットかい?」
そう言われて和生は怒り、彼女に激しく言い返す。
「私を豚鼠などと同列に呼ぶとは......否定させて頂く、断固否定する!」
「あの、そういう意味じゃ......」
淳仁が焦りながらツッコむ。博士はのその様子を見て、しらっと謝った。
「おっと、これはすまないね。......ふぅン」
顎を撫でじっと自分を眺める彼女に、和生は言う。
「私と競うか、ウマ娘」
その言葉を、彼女はまたそっと受け流した。
「私は見もう走れる年じゃないねぇ......それにしてもまったく噂通りの性格だ。過剰なまでにウマ娘を憎み、超えようとする。一体何が君をそうさせるのか、私にはとても興味があるよ」
再び和生は断固とした態度で答える。
「お断りだッ。敵に塩を送る気は無い!」
不敵に笑う博士を和生は睨んだ。そんな二人をなだめるようにして、淳仁は間に割り込む。
「ええー!、あ、あの......喧嘩はよくないと思います......」
二人もまぁとその言葉に納得して、少し警戒を和らげた。
すると博士は二人にこう言う。
「後で少し実験して貰いたいものがあってねぇ......E-75まで来てくれたまえ」
それに彼らが同意すると、博士は見事な俊足でドームへと走り去っていった。
「あれで30代くらいって噂だから凄いですよね。顔もぜんぜん若く見えますし」
そう淳仁が呟くと、和生も「否定はしない」とまたムッとした表情で言った。
――――――
その後、二人は研究所内のカフェで話し込んでいる。
カウンターの上で豪脚について聞く和生に、マスターがコーヒーを差し出した。
「珈琲か。久しく飲んでいなかったな」
「ここのお店、おいしいって評判なんです。是非一杯」
淳仁に誘われて飲むと、その美味しさに思わず頷く。
思いつく限りの賛辞を彼がコーヒーに浴びせかけていると、マスターが彼らに聞いてきた。
「気に入って貰えてよかった......自信作なんです、そのブレンド」
静かに語る彼女に、和生は
「貴殿のご厚意に感謝する。感激しているぞッ!」
と、いつもの口調で礼を言う。
するとマスターは彼が着けている豪脚を見て、首を傾げた。
「それは一体......?」
淳仁がそれに対して情熱的に長ったらしく説明すると、彼女はふふっと少し笑って彼らに言う。
「ここに来る人は......みんなそうやって私に自分の研究を自慢げに話すんです。それが何か月も、何年も続いて、遂にはヒトがウマ娘に追いつくのですね」
二人がそれに深く頷くと、和生は彼女の言葉に続けた。
「それだけでは足りんよ......追い越してみせるさ」
そう言ってコーヒーをすする。やはり、うまいようだ。
すると淳仁が窓の外を見てハッとする。空は赤く染まり、日は地の向こうと沈みかかっている。
「もう夕方じゃないですか! そろそろ博士の所に行った方がいいですよ」
和生も思い出してそれを一気に飲むと、マスターが心配そうに聞く。
「博士......彼女に何か言われたのですか」
「ああ。私たちに実験の付き合いをして欲しいとの要望だ」
その言葉を聞いて彼女は肩を落とす。
「行かない方が身のためだと思いますが――」
しかしそう忠告する前に、二人は走り去ってしまった。
溜息をついてカウンターに戻り、豆を砕きながら彼女はつぶやく。
「......純粋な人ほど危ないものですね。それは昔からずっと変わらない......きっと遠い未来も」
むせ返る程の未来に釣られ、思わずそんな言葉を口にしたようだった。
――――――
人気のない入り組んだ廊下の中を、二人はマップと共に練り歩いている。
「広いのはいいんだけど......もう少し単純な構造にできなかったものかなぁ」
口々にそう文句を垂れていると、唐突に現れた広場にある大きな扉の前で案内は止まった。
確かに......ここらしい。
「長屋のように巨大な門だ。この先に何があるのか」
二人して困惑しながらの脇にある普通サイズの扉から入る。すると......深海のような薄暗い空間が彼らを包み込む。
僅かな明かりを頼りにして周囲を探索していると......突然、奥にあった巨大な機械が轟音を立てて動き始めた。
「な、何事か!」
巨大なリング状の内側が薄紫色にぼんやりと光りだして、中で光の波が渦巻き始める。
すると部屋の奥から博士が走り出てきて二人に言った。
「すまないねぇ、装置の誤作動で勝手にスイッチが入ってしまったみたいだ!」
二人が彼女に聞き返そうとした瞬間に、室内に暴風が吹き荒れる。
渦の目はだんだんと拡大し始め......輪の中へと周りに置いてあった機械が吸い込まれてゆく。
「博士! これは何の機械なんですか!! ってか助けて下さい!」
「済まないがもう止まらないみたいだねぇ......幸運を祈るよ」
彼女がそう言った直後、二人の足は地から離れた。
「「うわぁぁぁぁぁぁああああ!!」」
渦巻く闇の中に輝く、微かな光の彼方へ。誘われるように彼らは吸い込まれてゆく。
その力は強く――抗えないものだった。まるで、時の流れのように。
――――――
「ぐっ......ここは......?」
彼が目を開けて、初めに見たのは草の中を這う虫だった。
頭を抱えながらゆっくりと起き上がる......彼が立っていたのは、広大な草原のど真ん中。
「私は涅槃に辿り着いてしまったのか......」
そうぼやいた直後に、まるでツッコみを入れるかのように彼の頭に何かがぶち当たる。
頭をさすりながら周りをもう一度見渡すと、彼の足元にはボールが転がっていた。
すると、そこに数人の子供が駆け寄ってくる。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
「問題はないぞ、少年。次は気を付けてくれたまえ」
そう言ってボールを優しく投げ渡すと、礼をして彼らは走り去っていった。
「ずっと夢でも見ていたのか......そんなはずは――」
すると彼の頭上に穴が開いて、そこから頭めがけて淳仁と沢山の機械が降り注ぐ。
「痛たた......はっ! ごめんなさい!」
彼女の下に敷かれる和生は、地べたを這う虫を見ながら彼女に返した。
「この程度、どうという事は無い......私はようやく理解したぞ......ぐはっ!」
淳仁がそこをどくと、彼は再びむくりと起き上がった。
和生は落ち着いた表情で地面に落ちている機械を見る。
「あれも現実だと言うのか......ならば我々は今、どこにいるのだ......?」
すると、淳仁がその中から一つの紙飛行機を見つけた。
困惑しながらも展開すると、その折り紙に何か書いてある。そしてそれを、二人は黙読した。
『まず最初に今回の事故についてお詫びをさせて頂くと共に、状況の説明をしよう。2035年10月13日、君たちは私の作った『次元転移装置』の誤作動で飛ばされてしまったようだねぇ。それで......今、君たちは2021年の世界にいるのだよ』
そこまで読んだ所で、二人は驚いた顔をして目を合わせる。......少しして再び、手紙を読み始めた。
『もう一度ポータルを開く事も不可能ではないが......再展開には12.1ギガワットもの電力が必要でねぇ。センター内の核融合炉をフル稼働させても充電には3年程かかってしまうのだよ。だから、それまでその世界で頑張ってくれたまえ! -P.S. あそこの喫茶店は何時になったら紅茶を出すようになるんだねぇ!?』
唖然とする二人に、ひゅうと風が吹いた。
「ウソ、うそですよね......?」
和生は目を丸くしながら首を横に振る。
乱雑に投げ出された機械の中で、彼らはただ立ち尽くすのみであった。
本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。
感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。
私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。