ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid 作:ポンドアップル
――第13R 逃亡の先に――
毎日王冠に勝利した次の日。和生はまた、トレーニングをする為に淳仁とグラウンドに来ていた。
黙々と準備運動をする彼に言う。
「お待たせ。遅くなっちゃってごめんね」
「......ああ、大丈夫だ」
少しの沈黙の後、彼は体操をやめて淳仁の方を向いた。
「次のレースも決まってるんだよね? メニューは組んでおいたから、早速はじめよっか」
彼女は柔らかい口調で語りかける。和生も彼女に礼を言って返すが......
「感謝する。......」
何かを考えるようにして黙り込む。昨日の事が、彼の心を少しづつ変えているようだった。
淳仁はそれを感じ取って、何も言わずただ彼を見守る。
「――なんでもない。行こう」
「うん」
そして二人はいつものコースへと向かっていった。
俯きながら歩く彼に、淳仁は歩幅を合わせながら見守る。
「......不安な事とかあったら言ってもいいよ?」
「ああ......今は大丈夫だ」
「そっか」
見慣れた風景。見慣れた道。そんななんでもない時間の中で、彼らは変革を遂げていく。
その時――
「ああっ和生さん! 探しましたよ!」
そう叫んで駆け寄ってくる彼女。バクシンオーだ。
「最近併せも全然してくれないじゃないですか! 今日という今日は、付き合ってもらいます!!」
そう言って彼女は和生に詰め寄った。
「......」
彼はまたいつものように彼女から離れて拒もうとする。しかし......
「......分かった」
立ち止まって少し考えたあとそう答え、彼女の目を見た。
「おおっ、やはりあなたはそうでなくては困りますっ! さぁさぁ行きましょう」
そう言いながら彼女は和生の手を引いて走り出す。
(和生......)
どこか安心したような様子で、淳仁はその光景を見ていた。
そしてトレーニング。珍しく本気で走る彼を横目に、淳仁はタブレットで調べものをする。
見ていたのは彼が出走予定のレース......春華賞の情報だ。
「京都芝2000......なかなか特徴的なコース。今の彼ならどんな走り方もできそうだけど......」
空を見上げて深考する。そうして思い浮かんだことを一通りメモすると、また走る彼らを見つめた。
「ややっ和生さん! スピード落ちてますよ、もっとバクシンして下さい!」
「私がいない間に......腕を上げたようだな!」
楽し気な様子で地を駆ける彼らを見て、彼女はついにやけてしまう。
「......まだ頑張らないと」
タブレットの画面にそっと指を置いた。
――――――
メニュー内容を無事終わらせ、淳仁の元へ駆け寄る和生。
「お疲れ。今日もがんばったね」
彼女はそう言って彼を労う。走り終わった彼の表情は、前よりも少し軽いものになっていた。
「うむ......ありがとう」
スポーツドリンクを一口飲んでキャップをしめる。そして空を見上げようとしたその時、彼の額に一枚の落ち葉がはらりと乗った。
「むっ」
思わず目を細める。それを指でつまみ、じっと見つめた。
綺麗な紅葉のはっぱだった。葉脈から外縁まで真紅に染まり、輝いて見えるようなその美しさ。
「もうこんな季節か~......綺麗だね」
「ああ......そうだな」
刹那。彼らの目の前を何かが駆け抜けた。
その凄まじい速度に、地面に落ちた葉たちは天へと舞い上がる。
「わっ!」
それはトラックのコーナーに入ったと思えば、テレポートしたかのようにその向こうへと走ってゆく。
和生は彼女のその姿に引き込まれるように、思わず向こうへと手を伸ばしていた。
「......ッ」
手を握りしめ、彼は再び空を仰いだ。
「――明日も頼む」
「うん、どこまでも和生についてくよ」
涼し気な表情で返す彼女に、和生も少し笑うことができた。
――――――
数日後。春華賞のその舞台に二人は立っている。
京都レース場の正面には、既に大きな人だかりができていた。
一人一人入っていくウマ娘達を祝福し、そしてその勇猛さに大きな歓声が巻き起こる。
「......」
二人も彼女らに続いて入る。だが、彼らはそれを祝う事はなかった。
ただ痛々しい目で彼を見ている。しかし――それは当然のことだろう。
悲しいが......
「和生さん!」
そう思っていた時、彼らに声をかけた者がいた。
和生が急いで振り返ってみると、そこにいたのは一人の少女だった。
「ちょっと! やめなさい!」
「うるさい!! 私の行動は私で決めるの!」
そう言って母の制止を振り切ると、彼らの元に駆け寄ってくる。
そして和生の目を真っすぐ見て言った。
「......誰がどう言おうと私は応援してるからね! 絶対だよ!」
彼は目線を合わせるようにしてしゃがむと、不敵に笑みを浮かべた。
「意志が強いのだな」
「あなた程じゃないですよ、はは!」
グータッチを交わし、彼は手を振りながら別れを告げる。
そして彼女は最後にこう言った。
「自分のやりたい事をしてください! その時のあなたは一番強く見えますから!」
その言葉に思わず振り返った後、笑みを浮かべて静かに控室へと向かっていった。
――――――
『晴れ渡る空の下、京都レース場。今日を生きる戦士達はこの日の一瞬を賭けて激しく競る事でしょう』
彼がターフへと踏み出すと、実況は彼らにこう告げる。
『一番人気はシクヴァトルネード、二番人気はサイレンススズカ、三番人気はトリロライトとなっています』
何も言わぬまま脇に抱えたヘルメットを被り、バイザーを下げて呟いた。
「今日もまた勝つ......む」
その時、内側でゲートに入る一人のウマ娘が彼の目に留まる。
最後に見えたのはオレンジ色のしなやかな髪。今や姿は見えないが、彼はその姿に何かを感じていたのだった。
『出走準備、整いました――』
彼はゲートの中で一人構え、心の中でこう呟く。
(勝利を掴み取る......それが生きる意味であると)
そして扉が開いたその瞬間。駆け出した彼らの中から一人猛烈な速度で飛び出したウマ娘がいた。
彼女は和生の隣を勢いよく駆け抜け、彼を驚かせる。
「なッ......!? あのスピード!」
『サイレンススズカ、スタートからどんどん飛ばしていきます! そのバ群を置き去りにする最速の逃げ、まさに彼女の代名詞と言えるでしょう!』
和生は驚愕しながらも冷静に速度を落とし、中団で待機。
(所詮は逃げ......スパートをかけて追い越せば!)
その一心でコーナーを曲がり切った彼。その先に待ち受けるのは大きな坂であった。
先頭を走るスズカはこれを減速する事なく、逆に加速を続けながら登り切る。まさに圧倒的だ。
「淳仁の指示通りポイントHR10で減速......燃費を抑えて登り切る!」
しかし彼も負けじと中団のまま坂を登る。作戦と和生のテクニックが効き、燃料の消費量を12%まで抑えた。
(これだけあれば掛けられる、いくぞ!)
彼はそう確信し、下り坂の中で位置取りを進めつつ駆けていく。
その時。彼の隣を駆け抜けたウマ娘がまた一人いた。彼女は早々にスパートをかけ、スズカに追いつこうとする。
『トリロライトここで急加速、先頭のサイレンススズカに迫る迫る!』
「フフ......ここで差し切って見せますよ」
そう不敵に笑いスズカの背後までじわじわと進んでいき、遂に彼女まであと一歩という所までたどり着いた。
(行ける......!)
ニヤリと笑ったその時。実況が最終直線に入った事を告げたその時に、彼女は地面を強く蹴り上げる。
「え」
そして彼女を置き去りにし、殺人的な加速でゴールへと向かっていった。
「フルインジェクションッ!!」
和生も周りのウマ娘と共にスパートをかけ、彼女を追い越しながら先頭へと走って行く。
「いやあぁぁぁーーーー!」
バ群へと埋もれる彼女を後目に、和生の前では二人のウマ娘が競り合いをする。
彼は外側へと回ってそれを避け、遂にスズカの後ろへとおどり出た。
『ここでゴウキャク前をとった。しかしサイレンススズカとの距離は一向に縮まらない!』
彼と彼女の間にはとてつもない距離のブランクがある。しかし彼は諦めず、全力で加速を続けた。
「うぉおおおおおお!! くっ――まだだ!」
歯を食いしばり、目を閉じて叫んだ。
例え突き放されようと大地を踏み込み続ける。何度も、何度も。
「この手に勝利を――ッ! 今日掴む運命をッ!!」
そして彼女に向けて手を伸ばした次の瞬間。彼は薄く開いたまぶたの隙間から、その背を見る。
どこまでも遠い――でも大きなその背中。栗毛がたなびくその姿に彼は何かを重ね合わせた。
「シュペン......ダー?」
『サイレンススズカ、ゴウキャクから逃げ切り一着でゴールッ!! ガス欠知らずの強烈な逃げでした!』
彼は必死に息を整えながら、また前を見て再び確かめる。
しかし――その姿は『シュペンダー』とは違ったものだった。
「はぁ......くっ、私は何故奴を彼女に重ねたのだ――愚か者めが!」
そうして自分を叱咤するも、やはり何かを感じずにはいられなかった。
――――――
レースは終わり、夕方の河川敷。淳仁は敗北した彼を元気付けようと、作って来た弁当を振る舞う。
「何が好きか分からなかったから、とりあえず美味しそうな物をいっぱい入れておいたよ」
「うむ......うまい。ありがとう」
もしゃもしゃとレタスを食べながらそう返す。しかしやはり、先ほどの事が気になって仕方がないようだった。
「サイレンススズカって娘、速かったね......」
「ああ......そうだな」
そう言ってからあげを一口食べる。とてもおいしいようだ。
租借し終わったあと、彼はふとこう呟く。
「私に超えられぬものなどあってはならぬ――絶対にだ」
自分に信じ込ませるような言葉を吐いた彼に、淳仁はどこか複雑な気持ちを抱く。
「私もサポートする。だから......次は勝とうね」
ぐんぐんと時は流れていく。そして何も変わらないかと思われた、その時。
「あ......あの」
「ひゃあ!?」
突然現れたそのウマ娘に淳仁は驚愕する。そして和生も少し驚いた様子を見せた後、彼女に鋭い視線を向けて言う。
「サイレンス......スズカ」
立ち上がって彼女に顔を向ける。一触即発かと思われたその時、スズカは彼に手を差し伸べた。
「その、タイムを計ってもらえませんか? 今日はスペちゃんがいないので......」
そうして開かれたその手には、確かにストップウォッチが握られていた。
「え」
仁王立ちする和生の気迫をものともせず言った彼女に、淳仁はまた驚かされる。
「......わかった。思いっきり走れ」
「はい」
少し混乱しながらも彼はストップウォッチを握る。
そして駆け出した彼女を見つめながら、どこか遠い所を見るような目をした。
――――――
やがて彼女は和生たちの元へ戻ってくる。和生がタイムを告げると、彼女は汗を拭きながら礼を言う。
「ありがとうございます」
そして小さくお辞儀をした。そして去ろうとした彼女に、和生は聞く。
「......どうしてそんなに速く走れる」
柄にもなくそう言った彼に、彼女は即答する。
「――スピードの向こう側。先頭の景色を見たいんです」
「......それは何だ」
「上手く言い表せないのですが......『その先』、それを見たくて私はずっと走ってきたんです」
彼はその言葉に震える。......知っていたからだ。
「貴様も......貴様も同じか」
拳を握りしめ涙をこらえる。その顔を見せないように横を向くと、彼は呟く。
「――覚えておくがいい! 次のレース、貴様は負けると思え!」
「えぇ!?」
彼女は目を丸くして驚く。しかしその直後に、彼が『ゴウキャク』である事に気が付いた。
「......受けて立ちます。では」
そうとだけ言い残し彼女は去っていく。その背を見つめる彼に、淳仁は聞いた。
「どうして泣いているの?」
「――思い出したからだ」
歯を食いしばってそう答える。すると彼女はオークスでの出来事を思い出す。
「......もし良かったらでいいんだけど――その、『シュペンダー』ってどんな人なの?」
最大限に気を配りながらそう聞く。彼は長い沈黙を挟んだ後、意を決したようにこう答えた。
「――私の養母だ」
「よう......ぼ?」
彼は淳仁の方に向き直り、目を見て語った。
「重体になった母に代わり、6の時まで私を育てたウマ娘だ。......」
淳仁は彼を傷つけないように言葉を選び、そしてまた聞く。
「......どんな人だったの?」
「優しい人だった......あの時までは、私を見捨てるまでは!」
彼の声色が怒りを帯びてきた。淳仁はそれを見て彼をなだめる。
「大丈夫、落ち着いて」
背中をさすられて、彼は落ち着きを取り戻す。
「......すまない」
「ううん、どうってことないよ」
彼女は再び思い出す。シュペンダーが出ていった後、彼は変わった事を。
そして何かが分かってきた。今まで封じられて理解できなかった事が、全て透き通って見通せる。
(和生の原点......それまでの彼は――あの少女?)
そう考えている時。彼は淳仁にこう言った。
「......見ろ」
そう言って何やら髪をかき分けた。淳仁も彼に言われてその中をのぞき込むと......
「――え、これ......」
あったのは――耳。とても小さなウマ耳だった。何もかもが中途半端な場所で、髪の下で小さくうずくまっている。
「淳仁......私は人間ではない」
「え、それって――」
淳仁はその言葉の意味を考えた。彼はウマ娘なのか、人間なのか。
確かに彼は人間ではないと言った。しかし、彼の力はヒト並み。足が速い訳でもなく、力も普通だ。
「――ケンタウロス......その語源を調べた事はあるか」
唐突にそんな事を聞いてくる和生。それに淳仁はこう返す。
「昔の壁画に書かれてた謎の生物......神話にも出てくる、あれ?」
「その元になった存在――『異形』がいると」
その瞬間、彼女はハッとして彼を見た。
「『ケンタウロス種』......ウマ娘のなり損ない、それが私だと」
淳仁は思い出す。教科書の隅にあった小話、そこに綴られた一文。
『ウマムスコンドリアはメスのヒトの胎児に寄生し、ウマ娘へ宿主を変化させる。コンドリア内に格納される遺伝子――umDNAの力によって宿主は識別されるが、もし遺伝子異常によってオスにも感染するウマムスコンドリアが生まれてしまい、もしそれがオスのヒト胎児に寄生したら――』
『めちゃくちゃな事が、起こってしまう』
「それがケンタウロス種......それが和生」
ただ空を見上げて涙をこらえる彼を、淳仁は優しくなだめたのだった。
本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。
感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。
私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
最後に登場する『ウマムスコンドリア寄生説』はかの有名な"ストロー=クーゲルスタイン教授"が提唱した説です。
ウマ娘の設定は未だ公式で語られていないものが多く、深い謎に包まれていますが、本説及び私がそれに付け加えた設定は全て二次創作であり、一次創作または他の二次創作に設定を強要するものではないと誓います。
それと同時に、私の提唱した概念はフリーなものであり、あらゆる創作に使用できる事をここに証明します。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。