ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid 作:ポンドアップル
――第15R その先へ――
和生がサイレンススズカを前に敗北した次の日......
彼は次のレースでサイレンススズカに勝つべく、ショッピングモールへ行きトレーニング用品を吟味していた。
「バクシンオーのメモによれば......ほう、このタオルは吸水性が高く消臭効果もあると。しかし、ふわふわなものも捨てがたいな......」
そう呟きながら棚にある物をじーっと見つめる。
「......彼女の言う通りにしてみるか」
メモに書いてあったタオルを何枚か取って、カゴの中に畳んで入れていく。
「さて、シューズを選ばせて貰おうか」
そう言って彼はそれが置かれている場所へと歩いていく。しかしその時、彼は彼女の声を聴いた。
(スズカ!? ここに居るというのか......ッ)
棚の隙間から気付かれないよう覗き見る。そこに居たのはスズカと彼女のトレーナーだった。
「スズカ! こっちのはどうだ?」
「いいですね、デザインも綺麗ですし♪」
微笑んでスズカは彼に返した。
「雑誌にも乗っていたニューモデルだ! きっと速く走れるぞ~!」
二人はシューズを手に取りながら親し気にそう話す。
その光景は、彼に何かを与えてくれた。
(楽しいな.....暖かい)
彼の心の中に、熱が灯る。ウマ娘の為に頑張るトレーナーの姿、それに応えようとするウマ娘の姿。
そして彼の......生まれる前に忘れた記憶。かつて抱いていた暖かな夢。
塗りつぶしたはずの記憶が、やがて蘇ってくる。
『だって私は――』
(でも!! そんな事、私には......私にはまだ)
自分の感情を振り払い、頭でそう否定する。
しかし......彼の心に、確実な『ずれ』が生じていた。しかしそれが何なのかさえ、彼は理解できていない。
その時。彼の肩を誰かがポンと叩いた。
「おっ、君は――」
「トレーナー!?」
お互いにその存在を確認する。彼は和生に向かって笑んだ後、こう言った。
「もし良かったら一緒に選んでくれないか? 強い者の意見こそ、積極的に聞き入れる物だと思ってね」
和生は複雑な表情を浮かべた後、こくりと頷いた。
――――――
何件もの店を巡った彼らの腕には、たくさんの買い物袋がさげられている。
(とても詳しかったな......あの男、一流と見た)
そんな事を考えながらスズカについていく。横では彼が彼女よりも大量の荷物を抱えながら、にっこりと笑って歩いていた。
「人がたくさんいる所では走るなよ~、ハハハ」
「......」
そう言った彼の姿に、彼はこう聞かずにはいられなかった。
「――なぜ、なぜ君はそうも彼女に尽くせる?」
「えっ」
彼はそう一瞬戸惑うが、その後すぐにこう答える。
「――『彼女の走りに魅せられた』から、かな」
「......そうか」
彼がそう言った時の表情を、和生は忘れられずにいた。
それはまるで――夢を追う子供のような、輝いたものだったからだ。
かつて彼が、そうであったように。
「今日の所はこれくらいで大丈夫だ。感謝する、サイレンススズカ、トレーナー殿」
和生はそう彼らに向かってお辞儀をした。
「次の戦いは『天皇賞(秋)』......本気で挑んできて下さい」
真剣なまなざしでそう言い放ったスズカに、和生もそっと微笑んだ後答える。
「『先頭の景色』......その先に私は立ってみせる」
「二人とも気合いバッチリだな! じゃあ、また会おう!」
彼らは和生に向かい手を振った後、夕日に向かって歩いていく。
(......私は)
心の中でそう呟き、また学園へと走って帰っていった。
――――――
そして帰ってからもトレーニングを積み、やがて日没が訪れ夜になる。
二人はトレーニングの疲れを癒すようにして、いつもの場所に寝転がっていた。
「夜風が気持ちいいね......」
「同感だな......」
彼は久しぶりにリラックスしながら明日の事を考える。
(また明日......さらに鍛錬を積み、次に彼女と出会った時には......)
またレースの事を考えていた和生に、淳仁は彼の隣からそっと聞く。
「スズカさんと戦ってる時の和生、すごい楽しそうだったな~」
「ん......そうだな」
和生はそっと彼女から目を逸らす。
「どうしてなのかな?」
彼女はそう問いかけた。彼は目を閉じ、心の中で深く考える......しかし、何も見えてこない。
彼は申し訳なさそうに分からないと答えた。すると、彼女は笑みを浮かべながら話す。
「――『ライバル』なんじゃないかな? お互いに競い合って、高め合う。そんな存在」
「私にとって......彼女、いや『ウマ娘』が? そんな筈は......」
「......でも! 私、無視できないの。君が彼女らと戦う時、見せてくれたあの力を」
そう言われて彼は再び考える......するとその脳裏に、バクシンオーやスズカ達の姿が現れた。
時に争い、時に助けあい、そして友情を育んでいく。
今までもそうやって彼は成長してきた。そして今回、彼女と本気で競えた。
「だから......もしかしたら、分かり合えるんじゃない?」
「――違う! 私はただ彼らを......彼らを」
掠れた声で彼はそう呟く。涙ぐむその姿を見て、彼女はそっと言ったのだった。
「和生。もう無理に戦わなくていいんだよ。もう悩まなくていい」
そして彼の背中をさする。
「――ッ!!」
彼はその手を振り払おうとした。しかし、手が動かない。
『和生......がんばったね』
星空の向こう側に彼女の幻影が見えた。そして彼は安堵と否定の入り混じった複雑な感情の中で、遂には泣き崩れる。
「っ......ああ、ああぁぁぁぁ......」
「......」
号泣する彼を、淳仁はずっと傍で見守り続けた。
やがて時は流れ......遂に決戦の刻が訪れる。東京レース場に車を停めた時から、彼はこう思っていた。
(絶対に勝利を掴む......彼女に勝つ!)
しかし今日までのそれとは違い、彼の目には光が宿っていた。夢を追い続ける、熱。
「和生......行こう」
そして彼女に連れられて、レース場の正面玄関へと向かう。
道の両脇には彼らのファンが大量に詰めかけている。その中には、あの少女の姿もあった。
――控室の中。淳仁はタブレットを操作し、豪脚の最終調整を行う。
「豪脚のサーボモーター制御機能、及び姿勢制御以外の全てのアシスト機能を解除」
「......これでフルパワーが出せる。かなり使いにくいけど――今の和生なら、使いこなせるはず」
彼の目を見て彼女は言った。
「感謝する......君の造ったこの脚で、スズカに勝って見せるぞ。淳仁」
そして彼を送り出し、観客席へと急いだ。
――――――
息を荒げながら淳仁は階段を駆け上がる。抱えていたタブレットの画面には、期待を胸に紅茶をすする博士の姿が映っていた。
『このレース......ウマ娘の一人として、見逃す訳にはいかないねぇ』
「強い相手ですけど――彼なら絶対に、勝ってくれます」
階段を駆け上がったその時に、実況は告げた。
『晴れ渡った東京レース場。想いをつなぐ者が、今ここに集いました』
絶対的な自信を抱きながら、椅子に座って彼を探す。
すると和生を見つけるより先に――準備運動をするスズカの姿が見えた。
「余裕の表情ですね......涼し気なオーラが彼女から出てる」
『流石は彼女といった所か......』
博士がそう言いかけた次の瞬間。彼女は何か、異変に気付いた。
『――少し待ってくれ。あの動き......何かを庇っている?』
淳仁が何かと彼女に聞くと、彼女はすぐさまスズカをスキャンするように言った。
「分かりました! えぇーっと......解析します」
遠距離から彼女の体を読み取り、身体データを表示する。すると――博士は青ざめた。
『左足のこの部分......負荷がかかりすぎている、このままだと事故になってしまうぞ!!』
「嘘、そんな......」
『直ぐに止めさせろ! 早く!!」
博士は大汗をかきながらそう指示する。淳仁は近くの係員に必死に言うが――信じて貰えなかった。
「本当なんです! 信じてください!」
「医師でもない者が何を言う! 既にレースは始まってしまっているのだ!」
そう突き放され絶望する。しかし......彼女はゆっくりと立ち上がった。
(それでも......救う手立てはある!)
淳仁は博士にこう頼む。
「量子通信ならきっと――和生に繋いで!」
『了解した!』
そして二人は物陰に隠れる。そして豪脚を通じて和生の頭に直接通話を繋いだ。
『和生! 和生、聞いて!』
「その声......淳仁!?」
『今から言う事を聞いて! 今スズカの身体データをスキャンしたの、そしたら左足に過負荷のかかっている場所を発見した!』
その言葉を聞いて、彼は驚いた。
「何と......!?」
『もう出走は止められない、だけど......お願い! 力を貸して!』
彼は一瞬立ち止まる。彼女はウマ娘だ、自分の宿敵だ。その心が、彼を引き留める。
(くっ......だが......私は、私は!)
その瞬間、彼は自分の呪縛を断ち切った。
思考を巡らす。彼女はかなり内側におり、外側にいる和生が声をかけるのは困難。
観客席からも声は届かない。彼女はメンコを付けているため、叫んでも難しいだろう。
その時――彼は思い出した。毎日王冠のあのレースで、BCNタンクが爆発した時に人々の想いを繋いだことを。
「――スズカのトレーナーを呼んで来い! 彼にも協力を仰ぐ!」
「えっ――う、うん! 分かった!」
そして彼女は双眼鏡を持って辺りを見回す。するとスズカを見つめる彼の姿があった。
淳仁は彼に断ると、一緒に連れてきて事の全てを話す。
「そんな事が......くっ、和生さん!」
『方法はある! 成功には君の助力が必要だ!』
彼は和生に深く頷く。すると彼は語りだした。
『最終コーナーの直前。BCN液タンクを沸騰させ『あの光』を再び再現し、君とスズカの意識を繋ぐ。その空間の中で彼女に呼びかけ、走るのを辞めさせるのだ』
しかし淳仁は反対する。
「ダメ! それは危険――」
だが彼女は感じた。そう語る彼の目の奥に、確信と絶対を。
彼なら、絶対に帰ってくると。
「......信じるよ。和生。何があっても」
『これがラストミッションというのなら......受けて立つ』
和生はヘルメットの顎ひもを繋ぎ、そして決心する。
「明日を生きる――その為ならッ!!」
ファンファーレが鳴り響く中、天高く昇る太陽を見つめた。
『出走準備、整いました』
「葉紅 和生......ゴウキャク、出るぞ!」
未来へのゲート。それが開いた先に、彼は駆け出して行った。
『スタートしました、先頭は1番サイレンススズカ! かなり遅れて3番リボンスオリジンと4番セブンスターが並んでいる』
最初にして熾烈な位置取り争いが行われる。彼の前を塞ぐようにして、幾多もの壁が立ちはだかった。
和生とスズカが出走すると分かっても逃げずに立ち向かった者。その実力は、半端なものではない。
「くっ......道を開けろッ!!」
「アンタなんかに負けたりしない! 私は今日、ここで勝つの!」
彼がそのウマ娘に塞がれている間に、スズカはどんどんバ群の先へと走り去っていく。
『9番ゴウキャク、8番ガテラーザに前を塞がれた! 位置取り争いでは無類の強さを誇る彼ですが、さすがの彼女には敵わない!』
彼はその背中、先に見える彼女に強い想いを抱く。
(超えたい......私は彼女らを超えたいッ!!)
その瞬間。彼の背後から声が聞こえた。
『和生! 私の力を使って!』
「シュペンダー、貴様......。くっ――了解した!」
するとその瞬間、豪脚は軽やかなステップを踏み彼女の横を過ぎ去っていく。
「くっ......このぉ!!」
負けじと彼女は追いかける。しかし、彼女の耳にシュペンダーが囁いた。
『させない!』
「何!? 足が......重くっ!」
その間に和生はバ群を一気に抜け出し、全力でスパートをかける。
『9番ゴウキャク、後続を引き離しコーナーに差し掛かります!』
彼は足元を一瞬見た後、地平線に向けて叫んだ。
「未来を切り拓け――フルインジェクションッ!!」
刹那、豪脚は凄まじい速度でコーナーを曲がっていく。
そのあまりの加速に、彼の体へと強烈なGがかかった。
「くっ、この程度のGに揺さぶられるようでは――う゛おおぉおおおあ゛!」
気合いで耐えきり、長い直線へと出る。スズカと彼の距離差はまさに......圧倒的なものだった。
観客席ではスズカのトレーナーと博士が必死に応援する。
その中で、淳仁はただひたすらに願っていた。
(和生......お願い!)
やがて第2コーナーに差し掛かる。筋肉へインジェクションされたBCN液も、既に半分を切っていた。
「だが――まだ! まだ今日は終わっていない! 今日を生きて明日を切り開けと、そう君は私に教えてくれた!!」
彼は息を整えると、もう一度向き直って彼女の背を見た。
「止めて見せる――豪脚ッ!!」
その瞬間。彼の全身を覆っていたBCN液が緑色に発光し、再び彼は息を吹き返す。
『9番ゴウキャク、スズカに迫る!! 逃げるスズカ、捉える事はできるか!』
彼の全身が熱に覆われる。関節からは蒸気が噴き出し、両腕のスケルトンはもう使い物にならなくなっていた。
その時――彼の目にその尻尾が映る。揺れるその尻尾の先に、見える景色を。
『これが先頭の景色――私が見たかったもの!』
彼女の声を、彼は感じ取った。
そして彼はさらに加速し、最終コーナー手前で遂に彼女を超える。
頭から強い思念を発し、筋肉内に貯蔵されたBCN液にエネルギーを加え一気に蒸発させた。
「これは死ではないッ!......ウマ娘が生きる為の――」
その瞬間。豪脚の人工筋肉が破裂し、周囲は緑色に輝く蒸気の雲に包まれた。
――真っ白な空間に一人包まれた彼に、彼女に呼びかけるトレーナーの声が聞こえる。
(二人の......意識......聞こえるぞ――その想いが......)
やがて意識は薄れゆく。その瞬間に、彼は言った。
「私は......彼らの生きる未来を――」
最後に彼が見た空には、一筋の飛行機雲が映っていた......
――――――
「和生? 入るよ~?」
二回のノックを経て彼の前に現れたのは、綺麗な花を持った淳仁だった。
彼はリクライニングされたベッドに横たわって、ただ外を見つめている。
淳仁はそっと花を花瓶に挿し、ベッドにちょこんと座った。
見つめる窓の外には数百ヘクタールもの森が広がっている。その葉の一つ一つが――真紅に輝いていた。
「――紅葉、きれいになったね」
「ああ。本当に綺麗だ」
彼は少し嬉しそうな声で返す。そして彼女の方を向くと、微笑んでこう聞いたのだった。
「スズカはどうだ?」
淳仁も彼に、語りかけるような優しい声で言う。
「博士が手術設備をこっちに転送して、何とか無事に再生できたって」
「ああ......良かった。私たちの行いが、彼女の未来を繋いだのだ」
そっと目を閉じて、彼は彼女にそう語った。
「和生も明日には退院できるって」
彼は微笑んだ。
「そうか......ふっ」
微笑した彼に、彼女は首をかしげる。
「どうかしたの?」
そう聞くと彼はスマホを取り出して言った。
「気になっているゲームがあるんだ。スズカも出ていてな。......少し時間をくれないか?」
「ふふっ、もう......いいよ」
淳仁はそっと笑い、彼に応えたのだった。
本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。
遂に決意という名の呪縛を断ち切り、変革を遂げた和生。ベッドに横たわりながらスマホを握る彼の表情は、とても優し気なものであった。
感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。
私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。