ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid 作:ポンドアップル
――第16R 涅槃――
翌日......和生は退院し、久しぶりに『休み』を取った。
全ての悩みから解放された、初めての朝。彼は9時まで二度寝した後に伸びをしてベッドから起きる。
「ふっ。もう流石に起きた方がいいか」
ごくゆっくりと支度を済ませ、部屋の扉を開けて外へと踏み出す。
静かに、しかしどこか楽し気なステップで階段を降りていく。そして洗濯物を畳んでいるヒシアマゾンに、大きな声であいさつをした。
「おはよう!」
「ああ、おは......えぇ!?」
彼女はそのにこやかな表情を見て驚いた。彼はそのまま寮の外まで歩き、大きく息を吸って言う。
「――ふぅ。......生きていればいい事もあるものだな」
すると、彼の元へ淳仁が駆け寄ってきた。
彼女は手を振りながら走ってくる。彼の手前で止まって、笑いながら声をかけた。
「おはよ! 昨日はよく眠れた?」
「勿論だとも」
彼は明るい声でそう答えた。淳仁は彼の手を引いて、そして言う。
「......少し散歩でもする?」
彼はただ頷いて、その背中についていったのだった。
――――――
トレセン学園の正面広場。いつもより人気のないその場所を、二人はゆっくりと歩いていく。
すると......その木陰でセイウンスカイがすやすやと眠っているのが見えた。
「あっ、あれ......」
「――起こさないでおこう。しかし......このままでは冷えてしまうな」
淳仁はそっとバッグからブランケットを取り出すと、彼女にそっとかける。
「......」
お互いにそっと頷き、その場から去っていった。
「どこか行きたい所ってある?」
彼は少し考えた後にこう答える。
「......そばが食べたいな」
「そば......いいね、行こう」
二人はゆっくりと街を歩いていく。横断歩道を渡って、周りの景色に目をとられながら。
タブレットでマップを見ながら探し、やがて一軒のそば屋にたどり着いた。半端な時間に来たため店内もがらんとしている。
のれんの下をくぐって入ると店主らしき男が彼らを出迎える。
「おお、いらっしゃ――」
しかしどう言いかけた所で、彼は気付いた。
「もしかして......和生さんかい?」
和生は特に気にする様子もなく答える。
「そうであると言わせてもらう」
すると彼は目を丸くして驚き、二人に握手をせがんだ。
「まさかこんな所に来てくれるとは。テレビで活躍は見ていたよ」
「応援に感謝する。ありがとう」
彼は二人をカウンターへと案内した。メニュー表を手渡すと、向こう側から語りかける。
「あんなに走って疲れただろう、いっぱい食べていきな」
「はい! 和生、どれにしよっか」
彼はじっくりメニューに目を通すと、顔を上げて言った。
「......少し贅沢をしようか。天ぷら合わせ盛りそばの大盛を一ついただこう」
「じゃあ私も。たぬきそばの並一つとエビフライ二つで」
店主は微かに微笑んだ後、はっきりと彼らの注文に応えた。
麺をゆでながら店主はふと呟く。
「......和生さん、なんか随分柔らかくなったな」
和生はその言葉に少し驚きながらも、笑ってこう返す。
「私も変われたんだ、そう。変わったのだ」
「そうだな......まさかお前がスズカを助けるなんて、知った時には驚いたさ」
彼はそう言いながら、手際よくエビに衣をつけた。
「正直、俺も最初は変な奴だと思ってたけどよ......まだまだ知らない事だらけだな」
淳仁はお冷を一口飲んだ後、壁にかけられている額縁を見る。
そこには......これまで栄光を勝ち取って来た、名バたちの写真が納めてあった。
「競バ、好きなんですか?」
「37年はやってるな......今まで色んな奴を見てきた。勝った奴も、負けた奴も」
丼にスープを注ぎ、湯切りをしてから麺を盛り付ける。床に落ちた水滴が、排水溝を伝って落ちた。
「ここに来る奴もみんな、ベテランだぜ」
「そうなんですか......すごい所ですね」
彼女はカウンターに置かれた大きなどんぶりを手に取る。続いて店主がその脇にエビフライの乗った皿を置いた。
「始め、人間がレースに出ると聞いた時には、ここの常連とその事ばかり話していたもんだ」
淳仁はその話を聞きながら、和生が初めてレースに勝った日の事を思い出す。
(あの頃の和生はすごい堅物だったね......でも、今は――)
そう思って隣を見る。そこには、目を輝かせながら待ち遠しそうにカウンターを見つめる和生の姿があった。
「......ん、どうかしたか?」
「ううん。なんでもないよ」
店主はその光景を見て、そっとカウンターにそばを置く。
彼らは暖かなそばを前に、割りばしを割った。
そして一心不乱に麺をすする。フライの衣に歯がささるたび、店内にその音が鳴り響いた。
「その麺、自家製だぜ」
「香り高くてとても美味しいです! エビもすごい大ぶりですね」
「それはサービスってもんだ、なぁ?」
二人に向かってそう笑むと、彼らも同じように笑う。
そして割れた黄身がスープに溶け込まない内に、彼らはそばを完食したのだった。
「いい食べっぷりだった。やはり、何事にも全力だな」
淳仁は彼の言葉に頷き、置かれていた箱ティッシュからペーパーを引き出す。
「ごちそうさまでした。和生も満足?」
「少し食べ過ぎたか。だが......ふっ、その価値はあったと言わせてもらおう」
店主はにこりと笑い、彼らを見送ったのだった。
――――――
その後も二人はさまざまな店を巡って、日が暮れるまで休暇を楽しんだ。
夕焼けが辺りを照らす。川沿いの道を歩いていると、誰かが後ろから呼び止めた。
振り向いてみるとそこには――スズカがいた。彼女はにこやかに笑いながら二人に呼びかける。
「お陰さまでケガを免れる事ができました、ありがとうございます」
「私もスズカさんが無事で何よりです!」
彼女はそっと頭を下げる。すると和生はこう言った。
「私も君に心から感謝させて頂く。......ありがとう」
彼が頭をさげた事にスズカは疑問を感じたが、その直後に彼女は笑んで答えた。
「うふふ、二人も元気そうで良かったわ」
そして少しの沈黙の後......和生は言う。
「スズカ......私はもう一度、君との果たし合いを所望しようと思う。呪縛でもなく、誓いでもなく、己の意志で......最後の戦いを」
彼女は優しく微笑むと、彼の申し出に快く答えた。
「『有馬記念』――そこで最後の決着を付けましょう。あなた達やトレーナーさんにもらった、この命で」
「ふっ、面白い! 面白いぞ、スズカ!」
二人はグータッチを交わし、再び各々の明日へと歩みだす。
「絶対に勝とう! 和生。最後は楽しく終わらないとね」
「これ以上嬉しい事はないさ......もう一度、私たちの全力を見せつけよう」
並んで歩きながら夕日を見つめる。そして同時に踏み込んだあと、全力で駆け出して行った。
――――――
その日の夜......二人はトレーナー室に集まり、博士と通話をしていた。
しかし。今日の博士はどこか興奮気味な様子。
「そんなに嬉しそうにして、どうかしたんですか?」
淳仁がそう聞くと、彼女はこほんと咳をしてから答えた。
『和生くんの身体スキャンによる健康診断の結果、彼の体内にウマムスコンドリアが寄生し始めている事が分かったのだよ!』
「何っ!? それは本当か!」
和生は驚いてブランケットを投げ捨てた。
『仮説なんだが......『光』の現象を発現させる際に、空気中に散布されたウマムスコンドリアが彼の体内に侵入・寄生したものと思われているよ』
「それってつまり、『潜在的ウマ娘』ですか?」
博士が彼女を指さして『その通り!』と叫ぶと、淳仁は続けて語る。
「空気、もしくは飛沫感染によって後天的にウマムスコンドリアを宿した人間......教科書で見ました」
『まったく、君もなかなか幸運な人だねぇ』
和生はそう言われて微笑すると、彼女に向かってこう言う。
「つまり......私は『ウマ娘』になっているというのか?」
『潜在的ウマ娘はウマ娘のように身体組織そのものが変化する訳ではないが......身体能力は飛躍的に向上する傾向にある』
彼は俯いてすこし笑った後、顔を上げて言った。
「ならば――次の有馬記念、豪脚なしで走ってみせよう」
淳仁は驚いたような表情を見せた後に彼を見る。
「和生......わかった」
そして彼女は彼を信じ、再び博士に向き直った。
『有馬記念を走るんだね。だったら......悔いのないよう、全力で走ってきてくれたまえ』
二人は深く頷いて、彼女の言葉に応えた。
――――――
それから彼らは12月までの2か月間、徹底的なトレーニングを積んだ。
菊花賞前に組んだメニューよりも激しく、実践的なメニューを導入し、これまで培ってきた様々なノウハウをつぎ込んでいく。
「まだ遅いですよ、和生さんなら生身でもバクシンできるはずです!!」
「くっ、無茶を言う......貴様いくらなんでも速くなりすぎだろう!」
「なんてったってマイルCSを勝ってきましたから! さぁ、GI委員長のバクシンについてきてくださいッ!」
そう言いながら楽し気に走る彼らの傍らで、淳仁はブルボンのトレーナーとメニューの見直しを行っていた。
「これでどうでしょうか?」
淳仁は彼にタブレットを見せて言う。すると彼は渋い顔をしてそれを彼女に返した。
「......もう少し休みを入れてやったらどうだ、これでは辛いだろう」
「確かに」
彼はスキットルの中に入った水を飲むと、続けて彼女に言う。
「中山の坂を上るならスタミナを増やす為に坂路を入れるのが良い。俺もトレーニングに参加して、坂路の走り方を教えてやろう」
「心強いです! そうしたら重量挙げを移動して、これで......」
周りの人からたくさんの助けを貰った事によって、彼らはどんどんその腕前を上げていった。
そして――雪が降り始めた千葉県。そこにある中山レース場で、彼らは最後の戦いに臨む。
しかし......控室で待つ彼らの表情は、期待と喜びに満ちていたものだった。
「これが私の勝負服か......豪脚の影が相見える見事なデザインだ」
彼は新しい服に身を包み、満足そうな表情を浮かべる。
「ヘルメットはそのまま残してみたよ。徹夜で設計したから、少し粗も目立つかもだけど......」
「自分の才能に自信を持て。私は現に満足しているのだ」
彼は彼女の肩を優しく叩くと、こう言って微笑む。
「ここまで私を導いた全てに感謝する。そして、ここでその全てを証明するのだ」
淳仁はただ彼の目を見て、そして一言「がんばって!」と叫ぶ。
その言葉に、『トレーナー』としての全てをこめて。
「――絶対に勝つ、勝ってみせる!」
そして彼もまた、その言葉に『ウマ娘』として応えたのだった。
彼はトラックまでの長い通路を歩く。その隣を、スズカが駆け抜けた。
「早く行きましょう! ほら!」
「ふっ......言われなくとも!」
彼も勢いよく地面を踏みしめて走り出す。逆光に照らされる、その背中を追いかけて。
『晴れ渡る青空の下、中山レース場。ここに今年も歴戦の勇者たちが集います』
『こうして何度も繰り返されてきたこのレース。しかし......いくら形こそ違えど、彼らのその情熱に変わりはありません』
『誰もが勝利を望み、そこにいる誰もが『ウマ娘』として走る。ならば......私たちもまた『観客』として、彼らの決戦を見届けましょう』
実況の言葉に観客たちは湧き上がる。各々が自らの信じるウマ娘を応援し、そして彼女らに『賭けている』。
「スズカー! 全力でぶっちぎってやれぇええええ!!」
「和生! 今日こそ勝ってみせろ! ゴウキャクではなく、お前自身として!」
彼らからの熱い応援を胸にして、彼らの心に火がともる。
そして和生はスズカに向かって言い放った。
「私は今日、ウマ娘を超える! そして......その先にある未来を私は手にするのだ!」
彼女も不敵に笑い、そして応える。
「あの日を超えてみんなに貰った命――その向こう側にあるものを、私は見たい! だから......あなたに勝つ!」
闘争心を燃やす二人を見て、他のウマ娘達も心を燃やす。
その中には......アスカーロの姿もあった。
「和生......へっ、私の頑張りも無駄じゃなかったかな」
和生はその姿を見て呟く。
「何という僥倖......私も恵まれたものだ。こうして君たちと競えて、私は今生きている。その奇跡を......私は無下にはしないぞ!」
そしてゆっくりとゲートに入っていった。荒ぶる心を抑え、ただ静かにその刻を待つ。
(そうだ......そうだ、私は)
『出走準備、整いました!』
「私はこの為に......生きてきたぁああああーッ!!」
ゲートが開いた瞬間。全てを開放するようにして猛烈なスタートを切り、そして駆けてゆく。
彼の足にはもう何も付いていない。しかし、今。彼は彼女らと同じ舞台で、同じスピードで。こうして走っている。
『先頭に出たのは1番サイレンススズカと3番スメラギ! バ群先頭では11番アスカーロが4番エクスシアと争っている!』
和生は周りをウマ娘達に囲まれないように、淳仁の作戦を思い出しながら足を運んでいく。
「ふっ、ここで!」
コーナーに差し掛かった所で中団へと移動。前を塞がれないギリギリを攻めながら、確実に休みを入れる。
先頭ではスズカが後方を突き放して独走。差が開いていく中、着々と坂へ近づいていった。
「あれが中山の坂か......しかし、パワーで圧倒すればどうという事はない!」
コーナーを抜けた瞬間に彼は踏み出し、そして一気に加速して前方へ。
『12番ゴウキャク、ここで加速! 恐れを知らない豪快な作戦です!』
しかし彼は繊細でもあった。一挙手一投足の全てに気を使い、スタミナを極力温存しながら速度を上げる。
急な坂をものともせず、速度を維持したまま登り切ったのだった。
「この先には坂がある......その時は!」
彼は淳仁に言われた事を思い出す。加速してバ群の前に出て、内側に寄ってからコーナーを曲がる。
柵越しに一人先頭を走る彼女の背中を見つめながら、冷静に状況を見極めていった。
「――今ッ!!」
坂に入ると同時にスパートをかける。下り坂の影響もあり、彼はどんどん速度を上げていく。
「このまままくり切って見せる――!」
『第3コーナーへと差し掛かる、ゴウキャクが前に出たそのさらに先で、スズカは後方との差を広げていきます』
しかし彼は諦めない。その程度では、本気になった彼を止める事はできない。
『和生! 後ろ!』
彼女の声を聴いて振り返ってみると、彼の背後にアスカーロが迫ってきていた。
「少し早いけど......今の私なら!」
「ふっ......私を超えて見せろぉ!!」
そして二人は激しく競り合う。お互いに一歩も譲らないまま、双方共に全力で駆ける。
「あなたもウマ娘なんでしょ......! なら――私と戦えぇええええええ!!」
「上等だぁああああああぁ!!」
彼女に呼応するようにして競り合ったまま一気にスズカとの差を詰める。
超えたいというその気持ち。ウマ娘もヒトも、ターフの上では誰もが同じだった。
『和生! このまま行こう!』
「決まっている......お前の力を、私に貸してくれ!」
そして彼女は和生の背中に消えていく。彼の脚がオーラをまとい、アスカーロを超えて前へと抜け出す。
「何も出ないまま終わるなんて思ってなかったさ......私だって、同じ心を持てる!!」
彼女も目に炎を宿し、猛烈な速度で追いかける。
そんな二人を更に引き離すように、彼女はさらにその速度を増していった。
「はああああぁ!!」
その中で彼はただ――その背中を見つめていた。
「スズカ......ウマ娘......私は今日、その先へ行くッ! ――え゛ああああぁああああああ!!」
坂を超えて、直線は残り僅か。しかし......間に合った。
その飾り気のないシルエットが彼女を超えた。そして刹那、スズカは呟いたのだった。
「みんな......ありがとう」
『ゴウキャク、サイレンススズカを超えて1着でゴール! スズカに続いて入着したのは11番アスカーロ!』
『この場を借りて宣言します! 今、ウマ娘を超える人間がここに生まれました!』
大歓声と紙吹雪がそのレースの全てを祝福する。勝った者も、負けた者も。
「和生さん......私、また本気で走れて......みんなに応援してもらって......」
彼女は涙ぐんでそう呟く。和生は彼女に向けて、こう言ったのだった。
「私も......この日まで生きてきた事、その意味を。こうして知る事ができた」
「ただ私には――生きる意味があったのだと! 私にそれを教えてくれた、全ての人達に感謝しよう!!」
彼は大空を見上げてそう言った。紙吹雪が舞い散る空に、一筋の飛行機雲を残して飛んでいくものがあった。
それに向けて手を伸ばし、そして観客達の方を向いて叫ぶ。
「ありがとう――ッ!!」
完璧な笑顔で、彼は『ウマ娘』を終えたのだった。
本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。
遂にここまで彼らは走って来た......それを書くまでの道のりも、見てみればとても長いものだった。
次回の投稿は金曜日、もしくは月曜日となりそうです。
土曜日は出掛けるため、執筆はできなくなりますが......どうかゆっくり、お待ちください。
感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。
私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。