ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid 作:ポンドアップル
――第17R 光の中で――
和生が有馬記念を勝ったその日。廊下の中ウイニングライブを追えて汗にまみれた彼へ、淳仁がタオルを差し出す。
「今日もがんばったね!」
優しく微笑みかけた彼女に、淳仁も満足気な顔をした。
「楽しんだまでさ......ふっ」
「どうかしたの?」
淳仁が柔らかな表情で聞き、和生は窓の外に広がる星空を見ながら語った。
「......本当に『終わらせられた』のだと。あの日から始まった全てを、今日」
彼女もまた、彼と同じ場所を見ている。
「うん。これまでの苦しみも、悩みも......もう全部終わった」
「自由、か......いいものだ」
暖かな缶コーヒーの熱が、彼の手のひらに伝わってすべてを包み込む。
するとその熱気は手の形になり、彼の大きな手を優しく握りしめる。
『和生......がんばったね』
「シュペンダー......?」
その影は彼の頭を一回だけ撫でると、虚空へと消えてなくなった。
「――いたの?」
彼はそっと手を伸ばし、胸に拳を当てて言う。
「......ああ。そうだろうな」
どこか彼女を赦すようにして、穏やかな表情で呟いたのだった。
するとその時。彼女らの目の前に、紫電をまとった光の球が出現する。
「! ......何これ」
彼女がそれに触れようとすると、突如光の渦が現れて幅2メートルほどの穴がそこに空いた。
中から出てきたのは......銀色のサングラスを付けた博士だった。
「有馬記念の勝利。君たちは本当によくやってくれたよ」
「え゛ぇ! もしかして博士!?」
思わず腰を抜かした彼女に、博士は腕時計を見ながら言う。
「......うむ、今は2021年の12月20日か。予定通りのジャンプだ」
和生は慌てながらも、震えた指で彼女をさして聞いた。
「待て......待て、3年はかかると言っていただろう!」
「予備電源と蓄電池を使わないとは言っていなかったねぇ。やはり、何事にも誤算はつきものか」
「誤算――ってことはもしかして!」
博士は唇に指をあてながら彼らに言い放つ。
「すまないとは思っているよ。だが――科学者には時として、隠し事をしなければならない事もある......嘘をつくというのはあまり気持ちのいいものではないがね」
そう、彼らがこの世界に来たのは『事故』ではなく『計画』であったと。
二人は安心したような呆れたような表情で彼女を見つめる。するとその直後、彼らはにこりと笑った。
「――まぁ、私たちはここに来た事で変われたのだ。これもまた運命というのなら.......受け入れよう」
「ははっ! そうだね」
彼女はゲートにひものようなものを差し込んだあと、彼らに向けて説明する。
「開きっぱなしにしておくから、帰りたくなったらいつでもここに来てくれたまえ」
「わかった。......」
和生はふとゲートから目を逸らす。その仕草を見て、博士は呟いた。
「......大丈夫だよ、いつでもこの時間に戻ってこられるさ」
彼は胸を撫でおろし安堵した。
「そうか......明日支度をして、一回元の時間へ帰ろう」
「和生......うん!」
彼女は彼に向かって深く頷き、博士に一礼をしてから二人は去っていく。
そして翌日......
「う~む。この時代でもコンビニのおにぎりはおいしいねぇ......天然ものにしかない良さというのも、やはり迷信ではないようだ」
もぐもぐとおにぎりを食べる博士の元へ、大きな荷物を抱えた二人がやってくる。
「――おや。準備はできているようだね」
二人はそっと頷いて言う。すると彼女はゲートの脇に移動し、彼らを導くようにして手を差し伸べて言う。
「では、まずは有機体から」
淳仁は彼に向かって手を差し出すと、和生はその手を握って言った。
「帰ろう。私たちが生きる時間へ」
「うん!」
手を繋いだまま、二人は光の中へ消えていった。
二つの時を繋ぐ管の中。波は彼らを包むように流れ、そして光へと......
――――――
「......あぁ」
ぼんやりする頭を抱えて、彼はゆっくりと起き上がる。
そして後ろを振り向いてみると......そこにはあのリングがあった。
「帰ってこれたね、和生」
「長居するつもりはないさ......一応彼女にも連絡はしたがな」
するとその装置の脇にあった扉から、博士が彼らに手を振る。
「二人とも無事みたいで良かったよ! さぁ、こっちに来てくれたまえ!」
彼女に言われるがまま階段を上って、扉を開けてみると......そこは彼女の部屋だった。
書類の山が乱雑に積まれ、棚には色とりどりの試験管が並ぶ。
「おぉ~、ここが博士の......」
「あまり綺麗ではないけどねぇ......さぁさ、ここに腰かけてくれ」
博士は一つのテーブルと、その周りにある椅子を指さす。
その上には淹れたての紅茶が3カップ並べられていた。
「失礼します......んっ」
淳仁はそれを一杯飲むと、驚いた顔をして言う。
「おいしい――!」
「とてもいい茶葉を使っているのもそうだが――味と香りを引き立てる薬を入れているからねぇ。......なぁに、副作用はないから安心して飲んでくれたまえ」
彼らはそのまま数分間のティータイムを楽しんだ。すると、淳仁は博士に一つの質問を投げかける。
「......どうして、私たちをあの世界に送ったんですか?」
彼女は顎を撫でながら語りだした。
「名目上は『競技用外骨格の実地試験』......しかし、今の君たちに対してなら、私も真実を話すべきだろう」
「真実......?」
そっと彼女は袖をまくる。そして彼らの目を見て言った。
「――私は可能性を見たのだよ。数式で描かれた未来の中に、『ウマ娘』の謎を解き明かす未知なる世界線の存在を」
「ウマ娘の......謎」
「その未来を選ぶ事ができれば、我々人類は平和を手にし新たな段階へと進める――そう示されていた」
すると彼女は、部屋の奥に置かれていた大きなモニターのついた機械を指さす。
「しかしこいつはポンコツでねぇ、数字でしか物事を示せないのだよ。数式なんて解釈次第でどうとでもなる。だから......もしかしたら、間違っているかもしれなかったんだ」
「でも......私はそれを信じる事にしたんだ」
博士はにっこりと微笑んで、彼らに言う。
「私のした仕事が間違っていたかは、君たちの存在が証明してくれているだろう」
二人はお互いに見つめ合った後、博士の方を向いて微笑む。
彼女も笑顔でそれに返し、そして淳仁に向けてこう言った。
「あの『奇跡』の謎を――我々はまだ解き明かしていない。だから、君にもその仕事を頼みたいのだが......いいかい?」
「はい――! 博士についていきます!」
すると博士はにこりと笑って立ち上がる。
「おっと。和生くんにも渡すものがあったのを忘れていたねぇ......」
差し出されたその手には、『温泉旅行券』が握られていた。彼は目を丸くしてそれを見つめる。
「これは......いいのか?」
「私から君への謝罪と――感謝を込めて。楽しんできてくれ」
和生は旅行券を握りしめ、そして二人を見て言う。
「その仕事......賢者に託したぞ」
「がんばった分、ゆっくり休んできてね。――何かあったら連絡するんだよ?」
「ああ。......ありがとう」
くすっと小さく笑った淳仁を、博士は何かを考えるような目で見つめる。
「――さぁ、行こうか。古来より善は急いだ方がいいとも提唱されているしねぇ」
「はい!」
そして二人は束の間の別れを惜しみつつ、各々のやるべきことへと取り掛かったのだった。
――――――
かぽーん......桶の音が響きこだまする中、和生は一人湯船に浸かる。
(これが温泉か......いつか入ったきりで忘れていたな)
全身でその温かさを感じる。その温もりが、彼の疲労を癒していく。
曇った窓に湯をかけてやれば、その向こうに夜景が映し出される。
「この世にこんな場所があったなんてな。ふっ――私もまだ、見たこともないものだらけだ」
その時彼は思った。自分もまだ、生きなくてはならないと。
「人生、正直辛い事だらけだ......だが、生きていればいつか辿り着ける。苦しんできた意味に、その先にあるものに」
「おにーさん、ヘンな事言うね」
隣にいた男子を見て、和生はそっと笑んで語った。
「少年......まだ私も、君と同じだな」
彼は少し困惑しながらも、その直後――彼から何かを感じ取ったようにして目をつむる。
そしてそのまま......温かな時間を過ごした。
――――――
湯冷めしない内に彼は浴衣に着替え、もちろん牛乳を飲んでから自分の部屋へと戻っていく。
「和室♪ 和室♪ 私の和室、私が和室! 私の和室ッ!」
そう口ずさみながら歩いていく。その時......
「――ッ! なんだ、頭が......!」
突然彼は激しい頭痛に襲われる。タオルと共に床に崩れ落ち、頭を抱えながらも顔を上げようとする。
そして視界の端に映し出されたのは......廊下の向こう側に立つ、豪脚の姿だった。
「豪脚!? 誰もいないのに、なぜ......!」
『和生......』
彼の頭に声が響く。今にも消えそうな声で、彼に呼びかける。
『和生、和生......和生』
そして豪脚は動き出した。ガクガクと震えながら、彼の元へと歩く。
「はっ――! 何だと......!?」
何度も彼の名を呼びながら、手を伸ばす。
彼の額に触れようとしたその時......燃料切れか、それはその場に崩れ落ちた。
「あぁ......ああ!!」
和生は震えながら電話を握りしめ、必死にキーを打った。
――――――
数日後、博士の部屋にて。和生は豪脚を見つめる博士の姿をじっと見ていた。
「豪脚は大丈夫なのか.......? 除霊とかそういう類の事をした方がいいのではないか!?」
不安に怯える彼を、博士はそっとなだめる。
「......すぐに直るからねぇ。数日はかかるかもだが、これくらいなら大丈夫さ」
「そうか......頼んだ」
そうして彼女は部屋の奥にある扉に消えていく。しかし、和生は気になったままだった。
(あの声......一体どうして)
するとまた彼の頭に声が響く。
『和生......こっち』
「――!」
『こっちに来て......和生』
どこか助けを求めるような声で、そう語りかける。
彼がその声を感じた先は......分厚い鉄の扉、その奥。
『和生......!』
彼は固唾を飲み、意を決してそれに触れる。
すると手のひらから緑色のオーラが放たれ、ゆっくりと扉を開けていった。
その奥へと入っていくと、そこには......
「――はっ、和生! 入っちゃだめだ!」
豪脚にメスを入れようとしている、博士の姿があった。
「......博士? それは一体」
博士はメスをトレイに置くと、和生に向かって怒鳴る。
「今すぐ出ていってくれ! これは君が知ってはいけない事だ!」
「......」
しかし彼はそっと彼女に語りかける。
「私に教えてくれ......頼む、私のわがままを聞いてくれ」
彼女は少し悩んだ後に、彼へとすべてを語る。
「......和生くん。豪脚は生きているんだ」
「そうなのか?」
彼女はアイコンタクトを取ると、彼に手術台に置かれた豪脚の姿を見せる。
背中に位置するパーツの中に......拳ほどの大きさのピンクの肉片が見えた。
「これは......」
「中央制御装置。その正体だ」
彼は後ずさり、自分の頬に手を当てて驚く。
「......和生、君にまだ教えなくてはいけない事がある」
彼は手のひらを見つめた後、立ち上がって博士の目を見る。
「覚悟はできている......言ってくれ」
すると彼女は、彼の背後にあった円筒形の物体を指さした。
その脇にあった制御盤に触れる......すると――
「――!?」
開いたカバーの先にあったのは、彼の養母......シュペンダーの姿だった。
「彼女は......ここにいたんだ」
その体の半分には包帯が何重にも巻かれており、左足と左腕は幾分か小さいものになっている。
漠然とする彼に、博士は語った。
「彼女はこれから行われるさまざまな研究の被検体として、まだ開設して間もないウマ娘研究センターに志願してくれたんだ。......彼女はとても優秀なウマ娘で、全ての実験において明晰なデータを残した。どんな無茶ぶりにも、笑顔で答えてくれたのだ」
「だが......数年前、センターのグラウンドで監視塔が倒壊し、その下敷きに......左半身が消し飛んで、今はこうして再生治療を受けている。しかし、彼女は最後に......完成したテストベッドであるHeX-N0に自らの小脳と筋肉を提供した。そしてそれが......HeX-N1にも受け継がれている」
タンクの中で目を閉じる彼女に、博士はそっと手を添えた。
「彼女......シュペンダーは、誰に対してもどこまでも優しい人だった。そしてここに来てからも、ずっと君の事を心配していたんだ」
彼の目に涙が浮かんだ。しかし、その直後。
......彼はにこやかに笑い、栄養液漬けになった彼女へ手を差し伸べた。
「そうか......母上は最後まで、お人好しでいてくれたんだな......」
その優しい目が、全てを物語っていた。
「君は変わってなんかいない......私の事も、ずっと......」
するとタンクの中で彼女は微笑む。動かなくなった半身を置き去りにして彼に右手を差し伸べると、頭の中に直接語りかけた。
『和生......やっと出会えたんだね』
「遅いよ......ママ」
ガラス越しに二人は手を合わせる。その間には暖かなオーラが広がり、二人を包み込んでいた。
『ずっと言えなくてごめんね......』
「いいんだ......君も私も、生きている」
『和生......優しくなったね』
涙を流す二人を、博士は傍から見つめている。
「あぁ......」
その時のすべてを、暖かな光が包んでいた。
本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。
分かり合えたその先に、光が待つ――
すみません、実際に書いてみた所予想以上に長くなってしまったので、次回が本当の最終回となります。約束を守れず本当に申し訳ありません。
感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。
私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。