ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid   作:ポンドアップル

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信じて。信じる事で。


第3R 真剣なる勝負

―― 第3R 真剣なる勝負 ――

二人は宿を借りて夜を凌ぎ、過ぎていった時間が再び太陽を大空へ登らせる。

「おはようという言葉を謹んで送らせてもらおう!」

起きて間もなくして、和生は宿を飛び出していった。

そして歩道を走りトレセンへと向かう......

ふとその時。彼は隣にあったウマ娘専用レーンを見る。

「フッ......使わせてもらうぞ!」

ジャンプで柵を飛び越え移ると、タンクを豪脚に接続して踏み込む。

「はあ゛ああああああッ!!」

しかし、あの速度が出ない。

和生が豪脚を見ながら困惑していると、急いで走ってきたパジャマ姿の淳仁が彼に声をかけた。

「和生さん......私の持ってるコントローラーからしかインジェクションの制御はできないよ」

「イン......? とにかく急いで点けてくれ、早く!」

急かす彼に、溜息をつきながら彼女はリモコンのボタンを押した。

「はああ゛ああ!!」

叫びながら彼女らと同じ道を爆走する姿に、淳仁は感慨深いような不安なような不思議な感情を抱いた。

――――――

正門前。いつものように、たづなは一人一人に欠かさず挨拶をしていた。

「おはようございます」

「グッモーニーン」

「おはよ――」

和生が門を通りかかった所で、彼女は少し固まる。

「おはようございます、和生さん」

「......おはようと言わせてもらおう」

おかしな言い回しで元気にそう言う彼に、やはり固まった。

しかし――すぐに気を取り直して笑顔でこう言う。

「ふふっ......トレーニングですか?」

彼は緩んだ表情を直した。

「そうだ。何もせずにはいられないさ......!」

その言い方に心のゆらぎは感じられなかった。

和生が通り過ぎた直後......門の外から乱れた息で走ってくる淳仁の姿が見えた。

「和生さんの付添人ですか?」

息を整えながら、彼女ははいと答えた。

するとたづなはまた微笑む。

「大変ですね......頑張ってください」

「はは.......ありがとうございます」

そう言って軽く会釈すると、淳仁は慌てて彼の背中を追った。

(不思議な人たちね)

彼女はそう思いながら、また挨拶を続ける。

――――――

淳仁はグラウンドで和生に追いつくと、彼にこう言われた。

「確か君の話だと、豪脚の筋肉は負荷を加える事により出力を上げられる......『鍛える』事ができると言っていたな」

彼女は眼鏡を直すと、頷いて彼の言葉に続ける。

「豪脚に使用されている筋肉自体はヒトのものとほぼ同じだから、その認識で問題はないよ」

「ならば鍛錬だ。トレーニング内容を指示してくれ」

彼の言葉に、淳仁は驚かされた。

「ええ? 私はトレーナーじゃないですよ!?」

しかし彼は強く彼女の指示を欲した。それを見て、彼女も困りながらやってみると答える。

「えっと......会長さんが言っていたレースはこれだよね......短距離だから、まずはスピードを鍛えたらいいんじゃない?」

「理解した」

そう言い、彼はウマ娘が走るトラックへと足を運んだ。

和生は一心不乱にターフの地を駆ける。

(くっ......まだ慣れないか)

アシスト機能のおかげで転倒こそしないものの、上半身の動きにはまだぎこちなさが残る。

どうしたらより速く走れるか、思考を巡らせていると......

「......!」

彼の後方から一人のウマ娘が走ってくる。和生は負けじと加速し、突き放そうとする。

しかし――彼女が地を強く踏み込んだ次の瞬間、あっさりと彼は追い越されてしまった。

(......くっ)

遂には燃料が切れて、豪脚は途中で止まってしまう。ただ和生はそこに立ってウマ娘の背中を見つめていた。

「か、和生さん......?」

淳仁が心配して声をかけると、ただ彼は無言で彼女が持っていたバッグからタンクを取り出す。

「......」

和生は何も言わずに、それを豪脚に取り付けた。

――――――

淳仁はベンチに座り膝の上にタブレットを置いて、彼が走っている様子をモニタリングしていた。

夕暮れ時。走り終えて彼女の元に歩いてきた彼の額には、汗の玉がいくつも滴っている。

「......無理しすぎじゃ」

「分かっている」

渡されたタオルを受け取った彼の表情は、何か少し考え込んでいるようだった。

何か得る物があったのだろう。それとも......また何か別のものを感じていたのか。

「お水、飲んだ方がいいと思う」

「ああ」

お互い信用しきれない様子で、トレーニングは終わった。

そして宿に帰ると、淳仁はその日のデータを整理しながら考え事にふけっている。

(メイクデビュー東京......芝1400......いくら豪脚とは言え、本当に走り切れるかな......? それに和生は......)

そんな考えが浮かんできた所で、彼女は水を一杯飲んで思考をリセットした。

「ダメだ......マイナスばかり考えても前には進めない......でも......」

また不安が頭をよぎったと思うと、それをかき消すようにして淳仁はタブレットの画面に向き直った。

――――――

あの日から、彼は鍛錬に何時間も費やすようになった。

元々彼は趣味を持たない人間であったために、毎日瞑想に使っていた膨大な時間も全てトレーニングに使う事ができる。

しかし......そこまで走っても、彼がウマ娘を追い越す事は無かった。

決して、決して、決して。例えハンディがあっても、無限に空いた隙間が埋まる事は無いのか......

永久にも思える繰り返しの中で、淳仁はそんな事を思うようになった。

「なんか最近たまに見かけるのよねー。ウマ娘みたいな速度で走る人間さん」

「ははっ、そんなのある訳ないよ! にんじんの食べ過ぎじゃない?」

廊下を歩く彼女の耳にそんな会話が聞こえてくる。彼の噂は広まってはいたようだったが、そんな事誰も信じていないようだった。

(......『人がウマ娘を超える』......結局そんな事はただの夢物語だったのかな......?)

拭えない不信に、彼女はいつも苛まれている。

レース前日。人間が出走するという異例の事態に、二人の元へと多くの記者が詰めかけていた。

半ば記者会見のような状況に、淳仁はあたふたする。

「中央に人間が出走するというのは歴史上初めての事ですが、何か意気込みはありますか?」

マイクを向けてそう質問する記者に、和生ははっきりと大声で答えた。

「何が何でも私は勝つ! 私はウマ娘に勝ち、ウマ娘を超えるッ!!」

興奮気味に言った彼に、記者は次の疑問をぶつけた。

「お言葉ですが......ヒトがウマ娘よりも速く走るなど、できるのでしょうか?」

すると彼は鋭い目つきで記者を見る。

「無論だ」

その自信に満ちた返事に、淳仁は溜息をついた。

「では、その根拠を教えてください」

「そんな道理......あるものか! 」

きっぱりと真剣にそう言い放った和生に、記者たちはどよめく。

そして彼はすべての記者がその場からいなくなるまで、浴びせられる質問に答え続けた。

「これからどうなるか想像がつかん」

「今回の事態に、予想家達は頭を抱えるでしょうね」

「早く帰って報告しなきゃ~」

とりあえずネタが取れたからか、記者たちは不安ながらも満足そうに帰っていった。

「和生さん......もう戻れないよ」

淳仁の言葉に、和生は何も返さなかった。

――――――

そして......不安と揺らぎが残ったまま、遂にその刻は来る。

控室で、二人は最後の打ち合わせをしていた。

「本番ではレース中に私が指示を出す事はできないから、取りつけたコントローラーと足の踏み込みで出力を調整する事になるの。......基本的には指示通りに動いて、状況に応じて調整を......」

「熟知している」

そうとだけ言うと、彼は体操服にゼッケンを着けて豪脚を装着した。

「......」

本当に大丈夫なのかと、淳仁は心配そうな顔をする。

「必ず、超えてみせるさ」

彼のその言葉も、彼女は信じる事ができなかった。

――――――

『本日メイクデビュー東京芝1400、ある意味では歴史的なレースになるかもしれません。晴れた空に、新たな時代の始まりが告げられます』

観客席から見守る淳仁をよそに、彼はすんなりとゲートに入る。

その場所は狭く、とても居心地がいいとは言えないが......彼はそこに、彼女らと同じ地に立てている事に、喜びを抱いていた。

『全ウ......全出走者、ゲートに入りました』

数秒の静寂が訪れる。そして......扉は開かれた。

(差しか......ならば序盤は待機する)

冷静に判断しつつ、後方について状況を伺う。この速度にもある程度は慣れたのか、走る彼の表情に焦りは見られなかった。

『――12番グロウリー。それに続き7番ゴウキャクが後方で力をためています』

『ウマ娘の速度も問題なく追いつけていますが......どうでしょうか、緊張が走ります』

最初の坂を無事に超えて、コーナーに差し掛かる。

(ぐっ!!)

ここでうまく曲がり切れずバ群の外側に出てしまう。なんとか持ち直したが、最後方を走る事になってしまった。

「この程度......しかし!」

そして最終コーナーに差し掛かる。彼の前にいたウマ娘たちも一斉にスパートをかけ始めるが......

「なぜ......なぜ上がらんッ!!」

速度が限界を迎えたのか、これ以上上がらない。白熱する前線から一人置き去りにされてしまった。

『7番ゴウキャク、後ろで一人ぽつんと走っています』

『流石にもう無理か、これから追い上げる事は叶うのでしょうか?』

レースを映す画面の端に、彼の姿はあった。

(......無理、なのかな)

淳仁は諦めかけた。しかし......

「......」

彼の目はただ、前を走るウマ娘を見ている。その背中に――その揺れる尻尾に。

彼はそれが憎い。憎くて仕方がない。いつもそうだ、自分はいつも後ろからその姿を見ていたと。

その場所に立つ事は無かった、昔からそうだった.....だが。

「今......私だって、あのようになれるのだッ!!」

その激情に呼応するかのように、豪脚は息を吹き返して加速を始めた。

憎悪、希望、願望、本能。その全てが入り混じった心が、彼の心を燃え上がらせる。

『ここで7番ゴウキャク、凄まじい速度で追い上げてきています!!』

「何!? 後ろから来てる!」

凄まじい形相で迫る彼に、前にいたウマ娘も必死に加速する。

「え゛あ゛あああ゛ぁああああああぁッ!!」

ただ彼は超える。超えるんだ、その背中を。

「そうだッ! この為に私はぁ......生きてきたぁ゛あああーーあッ!!」

彼の魂の叫びが観客席まで聞こえてくる。そしてその場にいた彼らは、信じられないものを見た。

飾り気のないそのシルエットが、なびく尻尾の毛を超えた。

『な......ゴウキャク、7番アインスロードを超えてゴールインしました! 人類史上初めて、人間がウマ娘に先着しました!!』

実況も思わずそう言ってしまう。そして俯いて目を伏せていた淳仁も、その言葉に驚いて顔を上げる。

「え......超えた?」

あり得ない、それはあり得ない事だっただろう。そう、『信じられない』

彼はただ、自分を信じていた。その背中を超える自分を、超えられる力を。

「はぁ......はぁ......ッハッハ!」

息を整えると、彼は大空に向けて高らかに笑った。

彼を追い越したはずのウマ娘さえもその光景に釘付けにされている。

どこまでも広がる空に届くよう、彼はとびっきりの笑顔でそうしたのだった。

 




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