ウマ娘プリティーダービー Instinct of humanoid   作:ポンドアップル

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敗れた時の憎しみは、火薬となりその心へ宿る。


第8R 再び心に火をつけろ

―― 第8R 再び心に火をつけろ ――

悲壮な空気が漂う控室。涙を流す和生に、淳仁は必死に言う。

「あなたが泣く必要なんてない、悪かったのは私です! ......和生さんは全力で走っていました。あんな作戦を考えた私が――」

「違う! ......違うのだ」

片目を押さえたまま、面を上げてその顔を見せる。

「悔しいだけだ......ほっといてくれ」

そうしてまた顔を下げる。淳仁は彼に一瞬手を伸ばそうとした後、言葉通りにその部屋から去った。

「ぐっ......なぜ知ってしまったのだ......私はそんなに小さな存在だったと......知りたくなかったァ!」

現実を受け入れられずにもがく。そんな彼を、佇む待機状態の豪脚のみが知っている。

「ああ......私はどれ程犠牲にせねばならない? 周りの人間から助力をもらいながら、その上で超えるのだろう! .....」

そうして彼は豪脚へと手を伸ばす。ウマ娘を超えるための、その脚へ。

「私は――私は......ッ」

その時。彼の頭に何かが流れ込む。......生まれる前の、その記憶。

――――――

『ママ! すごい、ウマ娘が走ってるよ!』

『そうね~。見て、あんなに速いよ! 和生......ほら!』

駆ける彼女らを画面越しに見る二人。

『私......いつか、いつか! ......』

そのウマ娘の隣にいる金髪の少女。彼女は目を輝かせてその姿を見つめた後、がくっと俯く。

『......私、私は......いつか......今......――超えるッ!!」

顔を上げて鋭い目を見せたその姿が、涙を拭った現実の彼と重なった。

「こうしてなどいられんッ! 勝利へとまだ進むぞ!」

再び決意を固めると、豪脚を抱えて控室から飛び出した。

「和生!」

「待たせてすまない。......次こそは」

待っていた彼女にそう言って、ここに来た時よりも強くレース場の外へと駆け出す。

その姿に、どこか安心したような不安なような複雑な表情を見せた。

――――――

その後。彼は寮に戻ると瞑想を始めた。しかし、いつもとは少し違う。

机の上に白紙を広げて、腕を組んで考えている。

(セイウンスカイのあの動き......ただ走るだけでは、できない事もある)

そして珍しくスマートフォンを取り出すと、今日のレースを振り返った。

映像を止めては何かを思いついたように書きなぐる。時にはその自分の走りに満足できず落ち込むような様子もあったが、彼はそれでも筆を持ち続けた。

その字は荒々しく、いつもの彼の字とは違ったものだった。

「はぁ......――むっ!」

書き続けて数時間後。窓の外を覗くと、既に月が天に登っているのが見える。

(今日はここまでか)

そうして夜になった事を悟ると、彼はその美しい夜空を眺めていた。

「ふっ......空か。いいものだな」

(......あれを眺めていると何かを思い出す、そんな気持ちになる)

窓枠に腕を乗せながら、左腕を空に向かって伸ばす。

「......ウマ娘」

ぽつりとそう呟くと、電気を消して布団に入った。

翌日。彼は起きて直ぐに朝食を済ませて、少しだけ瞑想した後に誰よりも早く寮を飛び出していく。

行き先には――淳仁がいた。

「ちょっと、昨日のメール見たよ! このトレーニングは一体!?」

スマートフォンを指さしてそう言った彼女に真顔で答える。

「私が提案した」

いたって真面目な様子だった。

「でも......これ正気なの? 少しは自分の時間を入れた方が――」

「必要ない。それが私の全てだ」

その目つきは昨日までの彼より鋭く、瞳には深みがあった。そんな彼を見て彼女も決意する。

「......覚悟したね」

「その為に私は生きる。そう決まっている」

無機質にそう返答し、彼は豪脚に身を包む。その時の彼は生半可な気持ちではなかった。

「先ずは坂路を走る。そうしたら作戦会議をして、休憩を挟みつつダートでの走行やジムでのトレーニング。昼食に30分かけたら、そのまま作戦会議をして模擬レースだ」

トラックの上で横にいる彼女に確認すると、淳仁はそれに頷く。

「私も一緒のメニューに付き合う気持ちで、和生に付き添うよ」

「頼んだぞ」

そうとだけ言って満タンのタンクを貰うと彼は走り出す。

(やっぱり何か違う......和生)

淳仁は彼の背中から何かを感じ取った。

――――――

トレーニングを終わらせ休息を挟むと直ぐに作戦会議へ移る。トレーナー室の中で待つ彼女に、神妙な表情で近寄る。

和生は書いたメモを纏めたファイルを彼女に渡すと、それについて説明をした。

「私なりに昨日のレースを振り返って書いたものだ。参考にしてくれ」

彼女はそれを一ページずつ丁寧に読んでいく。そして顔を上げ、その瞳に真っすぐに自分を見つめる彼の姿が映った。

(この文量を昨日だけで......字はめちゃくちゃだけど、きちんと反省や改善点まで。やっぱり違う、昨日と違う!)

最早彼は気持ちだけの人間では無くなっていた。その頭脳の隅から隅までもが、勝利の事でいっぱいになっている。

「次の相手も決めている」

「相手......? 誰」

彼は机の上にスマートフォンを置き、そこに映っているウマ娘を指さした。

「はっ......ミホノ......ブルボン!」

その顔を見て驚く。彼女もその姿をよく知っていたからだ。

(そのウマ娘は......取り逃したとはいえ三冠馬同然の相手、彼には――っ!?)

「怯えているのか。このウマ娘が怖いのか、淳仁! 私は怖くなどない、私は彼女に勝つぞ!!」

心を見透かしたようにそう怒鳴る。その目に、迷いはなかった。

「......分かった。絶対に勝つ、そう信じる」

それに彼女もしっかりと応えた。胸に手を当てて、目を見開き言う。

「二言はないよ、和生」

「淳仁......ふっ、舐められたものだ」

和生は口角を上げてそうこぼす。彼にとって心躍る瞬間であった。

「戦術のサポートは任せて。今度こそ、私だって戦ってみせる!」

「頼んだ、私はお前に頼んだぞ! 淳仁ッ!!」

強く拳を握りしめた。二人の心に、今火が付く。

悔しさ、憎しみが彼らを奮い立たせた。もう一度あの場所へとの強い心が、定められた想いを再び眠りから目覚めさせる。

(彼は本気だ......私だって、彼みたいに!)

曇り空越しに見える微かな太陽を、彼女はそう思いながら見つめた。

――――――

トレセン学園の中央広場。淳仁はそこに集まっていたトレーナーに、B2サイズの大きなノートを持って聞き込みをしていた。

「それであのレースの時には敢えて先行で出て、そのまま真っすぐ行くよう指示した」

「結果的に一着になったんですね......それで、序盤の方では?」

ペンシルを握って熱心に質問する。その様子に、彼らも不思議に思っていた。

「そんなに必死になってどうしたんです? お宅のゴウキャクは既にGIIで二着を――」

「それだけじゃあ! ......それだけじゃあ、足りないんです」

真横を向いて大きな声でそう言った。彼もその熱意を感じ取って、ペンをノックしてこう呟く。

「はぁ......まるで彼みたいな事を言って。仕方ないですね~」

小さくお辞儀をすると、彼女の質問に余すことなく答えた。

――――――

夜のトレーナー室。3Dプリンターで作られた東京レース場の模型に、何やら小さなラジコンカーを走らせる。

「ここの坂は負荷がかかる......燃料消費率は13ミリリットル毎秒、標準値との差は4.7ミリ......バ群に埋もれないようにしつつ燃費を抑えるには......ギリギリまで速度を――!」

タブレットを抱えてそう呟きながら、ひたすらに試行錯誤を繰り返す。

(ミホノブルボンの特徴はそのスタミナと安定性......しかし、裏を返せば動きの予想も比較的しやすいという事)

そう考えながらラジコンを走らせ、最終コーナーを超えた所で止める。

「......よし、最終直線までの予想消費燃料は750ミリリットル......前回より5%も燃料をセーブできた......でもまだ、それでも!」

得られた数値だけ打ち込んでまた同じ事を繰り返す。しかし......そうする度に、結果は少しづつ変わっていった。

決して繰り返しではない。その中で、微かに変わっていく。

(私が作戦を立てれば立てる程、和生がそれだけ走り切れるんだ......勝負はもう始まってる!)

彼らは起きている時間の全てを『戦い』につぎ込んだ。先を走っている彼女らがそうしていたように、二人も止まっていた時間を動かす。

「博士! BCN液をもっと転送してください!!」

『一体どれだけ使う気なんだねぇ......もうコンテナ一台分くらい送った気がするよ。――けど、だからどうという訳でもない』

そうして持てる全てを投入し始める。これは最後の戦いではない。これから始める為の戦いになる。

「ミホノブルボンとの決戦は7月前半に彼女が出走する『オークス』......ここに私たちも出走し、勝利を掴み取ります」

大勢の記者団の前で淳仁は胸を張って答える。

「前回GIIグレードのレースでで二着に終わっていますが、今回より格の高いGIであるオークスでの勝算はあるのでしょうか?」

隙間を付くような的確な質問に、彼女は姿勢を崩す事なく答える。

「過去の結果だけが全てではありません。次に勝利を収める事ができる可能性、それを信じる確かな心が私たちにもあります。持てる全てを、今を生き、 勝利を掴む。その為に使っていく所存であります」

『おぉ......』

まるで演説のように、確固とした態度でそう話す。

「彼は絶対に勝ちます。私はそう信じています」

その一歩後ろから和生は見ている。彼女のその覚悟に、彼は心から頷いた。

――――――

VR空間の中。二人はオークスの一週間前から東京レース場の芝2400メートルで最終打ち合わせを行っていた。

仮想世界に広がるコースの上で、和生は淳仁に指導を受けながら作戦を覚えていく。

「聞こえてる? 和生。作戦が差しや追い込み等の場合。坂道では出来るだけ速度を落として走った方がいいって分かったの」

隣で宙に浮きながら、走る彼にそう言う。

「具体的にどれくらいの速度で走ればいいのか、指示を」

彼がそう言った次の瞬間、ホログラムで投影されたウマ娘が周りに現れた。

「近年のレースデータから11体のゴーストを配置しました。一時停止を挟みながら、加減速に関して細かく指示を出していきます。全部で432個所。余すことなく覚えて下さい」

「くっ......上等だッ!」

彼らは最後まで練習と模擬レースを繰り返した。毎日坂路を走る彼女の背中を追うように、彼らもそうやって繰り返し走っていく。

最後のその時まで......決着を付ける、その日まで。

そして今日、再び彼らは本物の東京レース場へと再び足を踏み入れる。彼らのファンが応援する中、それに手を振って全力で応えた。

「あの......!」

自動ドアに入る直前で、一人の少女が彼らを呼び止める。

「応援してます! 人間として、ウマ娘に勝ってきて下さい! よろしくお願いします!!」

拙い言葉で彼らの背中を押す。彼女の思いに、和生も彼なりの言葉で応えた。

「手助け、干渉、一切無用だッ! ......言われなくても、そうする覚悟がある」

言っている事は複雑でも、彼のその眼差しにはたった一つの想いが込められていた。

「......よし」

人知れずガッツポーズをした彼女を後目に、ゆっくりと建物の中へ入る。

――――――

緊迫した空気の控室。和生が準備をし終わるその瞬間まで、彼女は豪脚の調整を続けた。

「BCN液1500ミリリットル、搭載完了。サーボモーター制御は12%まで抑えて、人工筋肉のパワーをダイレクトに伝える。少し制御は難しくなるけど、これでいい?」

「勿論だ。今更楽をしている場合ではない」

彼は初めて勝負服を付けた。普通なら変になる所だが、不思議と彼はそれを違和感なく着こなしていた。

「......すごい、似合ってるよ」

真顔で彼は礼を言うと、セットアップを終わらせた豪脚を装備していく。

「――勝ってくるぞ。見ていてくれ」

そして彼は見送られながら控室から出る。その道中で、彼女に出会った。

「......あなたは」

「ミホノブルボン......私は貴様を打ち倒し、この手に勝利を掴み取って見せる」

研ぎ澄まされた視線で彼女の目を見て、拳を握りしめ覚悟をして言う。

「ゴウキャク......目標を視認、対象からの接触を宣戦布告と認定。ミホノブルボン、マスターからの命令に従い......目標を駆逐します」

無表情にそうとだけ言い残して、彼女はその道の先へと向かっていく。

和生は一瞬何かを振り払うような動きをした後、続くようにして彼も歩き出した。

――――――

『やや悪天候の東京レース場。天気はなんとか持ちこたえて晴れの発表です』

どんよりとした大気の中でも、彼女らは皆熱い想いをそのターフに向けている。

(ここに居るウマ娘は皆エース級......誰も彼も、野放しにできる強さではない)

そんな彼女らに肩を並べて、和生もゲートの中へと入っていく。

(ミホノブルボンに勝ち......いつかウマ娘を超えた存在となる為に......!)

自らとの約束を果たす為に、彼は静かに闘志を燃やしていく。

『出走準備整いました』

『――スタートです。先頭ミホノブルボン、快調に飛ばしリードしてゆきます』

最初の下り坂では後方で待機しつつ、燃料をセーブして冷静に様子を伺う。

(次のポイントで微弱に加速......もし前方が動いた場合にはさらに後方へと移動する)

淳仁のプラン通りにレースを進めていき、最初のコーナーを曲がり切り直線へと出る。

『第2コーナーを曲がり切って直線です。先頭変わらずミホノブルボン、続いて5番アルテミーが先頭を狙っています』

(焦ってなどいない......このまま坂の直前までは低速で......っ)

揺れるコントローラを必死に押さえながら、前方の様子を練習から想像しつつ走っていく。

そして坂へと差し掛かった。ここで彼は加速を始め、前方にいるウマ娘を追い越して好位置を取る。

(右、左ッ! そのまま抜け出して......燃料は最終直線まで60%を超えていればどうという事はない!)

惜しまず加速し、一挙手一投足にも気を使い極力負荷をかけずに走る。

(ここまでは私の作戦......最終直線からは彼にかかってくる)

淳仁は願うように合わせていた両手を解き、握りこぶしを作って必死に応援した。

そしてコーナーは下り坂。横から位置取りをしようとするウマ娘を追い返しながら、出力をセーブして駆けてゆく。

「どきなさいっ!」

「誰がァッ!」

焦らず追い越させずのギリギリで、周りを走る全てのウマ娘を退きながら自分の場所を守り切った。

視界は開け、逃げる彼女の背中が見える。これ以上ない環境だ。その時を待つ彼にハロン棒が伝える。

「いざ......覚悟ッ!!」

これまで温存してきた全出力を開放し、945ミリリットルもの燃料をここで使い切る勢いでダイヤルを回す。

『第四コーナーを超え一斉にスパートをかけます、ここでゴウキャクが後方から抜け出して前を走るミホノブルボンへと一直線!』

しかしそんな彼の前に坂が立ちはだかる。燃料バーはぐんぐんと擦り切れていき、このままではスタミナが持たない。

「ぐっ......でも......まだ私は!!」

彼女の大きな背中へ手を伸ばす。そうして開いたその手を握って、体の後ろへと一気に戻す。

(私はあの背中をもう一度超える......お前の持てる全ての力を、この勝負に賭けろ!!)

「豪脚ゥウウ゛ッ!!」

その時。彼の叫びに呼応するようにして豪脚に変化が起きる。

タンク内の燃料が一瞬にして消費し尽され、脚部関節のアシスト機構を覆っていた泥除けが展開し、肥大化した人工筋肉が姿を現す。

「はぁ......フッ......私はぁ゛......この為にィ――生きてきたあ゛ああああ!!」

歯を見せて彼は笑い、直線を凄まじい速度で駆けてゆく。

(何!? あの速度は......!)

数十メートルもあったその差は一秒にして縮まった。彼が手を伸ばせば、その背中に手が届く。

目の前まで迫ったその姿に、彼は全力を出して追いついた。

「会いたかった......会いたかったぞ、『ウマ娘』!!」

開眼しそう叫んで彼女を追い越し、ゴールの手前まで真っ直ぐに走り切る。

『ゴウキャク、逃げるミホノブルボンを追い越し堂々の一着です! 期待に応えた見事な走りでした!』

猛烈な速度で駆けた豪脚は、燃料を使い切ると崩れ落ちるように倒れた後動かなくなった。

「私は再び――勝ったッ......! あの日の雪辱を......果たす事が出来た......! ……はぁ......はぁ......豪脚......?」

息を切らしながら彼はその脚を見る。

(そうか......彼もまた、私の心に応えてくれたというのか)

そう思いながらベルトを外していくと、ミホノブルボンが誰かと話しているのが見えた。

「マスター......ごめんなさい」

耳をたれて落ち込む彼女をその男は慰めた。

「大丈夫だ。疲れただろうから、今日はもう休め」

その言葉を聞いて彼女は少しだけ嬉しそうな顔をした後、すぐにいつも通りの無表情に戻る。

「次のミッションは失敗しません。よろしくお願いします」

真顔で過ぎ行く彼女を見ながら、彼は頭を掻いてうなだれていた。

(ああ......しくじっちまった)

そう心の中で言った直後、彼は和生の存在に気付くと手招きをした。

彼が豪脚を抱えながら近づくと、男は和生にこう言う。

「お前、ゴウキャクと言ったか......」

両腕を組みながら彼の目を見る。和生が心の中で身構えていると、彼はその肩に手を置いて言った。

「本気で走ってくれてありがとう。次はブルボンをお前に勝たせてやるからな」

彼は微笑むとどこかへ走っていく。

「あの男......」

不意にそう呟くと、和生は彼女を抱えながら走って連絡路を突き抜けた。

 




本作品はpixivにも投稿されています。ご了承ください。

かなりの長編となりましたが、楽しんで頂けたでしょうか。私もこの作品の作者として走る彼らを全力で応援します。目標として、先ずはこの作品を完結させる事を第一にしていく所存です。

感想や良点悪点などございましたら、ぜひコメントお願いします。
参考にさせて頂き、本作品の改善に努めて参ります。

私の小説が、あなたの日常に少しでも彩を加えられたのなら幸いです。
ここまで読んでくれたあなたに幸のあらんことを。
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