脳筋、きさらぎ駅に行く。
午後10時13分 湘南新宿ライン小金井行きに乗り込み、帰路に着いた矢先、大きな揺れに襲われたかと思いきや、唐突に列車の外の景色が深い深い森に変わっていた。
おかしいと思い、スマホのマップアプリを開いてみても位置情報が取得できず、直前まで居た新宿駅ホームに、自身の位置を指し示すアイコンがぽつりと記され、完全に使い物にならなかった。
周りの乗客もいつの間にか消えているし、なにかのドッキリか、はたまた夢かと思い窓を開けてみたが、確かにそこは夜闇に生い茂る木々ばかりで言い知れぬ現実味があった。
列車が動いているなら運転手や車掌がいるだろうと、自身の乗っている5番車両から先頭車両に向けてひたすらに歩いてみた、しかしようやくたどり着いたと見やれば、そこにあるのは暗幕のかけられた運転席で、こちらから中を伺うことは出来ない。
夜間は、車内の明かりを防ぐためにこういった幕が下ろされることは知っているが、これでは人がいるかも怪しい。試しに運転席に繋がる部屋の扉をノックしてみたが、応答はなく、ひたすらに列車は進み続けていた。
なので、
「ォ…ラァッ!!」
自身のカバンの中に入っていた水筒を使って無理やり窓を割り、中を確認してみた。
「すいませーーん!誰かいますかーーー!」
いきなり窓を割られては運転手もびっくりするだろうと、予め大きく掛け声をして運転席に顔を突っ込んでみたが、そこには誰もおらず、ただひとりでに動くスロットルのみがあった。これは恐らく自動操縦と言うやつだろう、ただこのままどこに進み続けるのか全く分からないので、とりあえず列車を止めて外を確認しようと、ブレーキを引いた。
ちょっと急ブレーキ気味になって、窓を突破り外に放り出されたけれど、落ち葉で地面が埋もれてたので助かった。ふかふかで気持ちいい。
外はやはり暗く、持っていたスマホのライトで辺りを照らしてみても、申し訳程度しか視認することが出来なかった。もうちょっと列車で進んでみようかと、再び運転席に戻ってみたが、さっきの急ブレーキで後部車両が横転したせいか動かすこともままならなかった。
案外列車って脆いんだな。
なら歩けばいいと、荷物と、何かあった時用に列車の座席に着いていたパイプを引っこ抜いて、ひたすらに歩みを進めることにした。列車が向かう先は相変わらず見当もつかないけれど、しばらく進んでいると小さな明かりがぼんやりと浮かんで、それが駅であることに気がついた。
段々と近づくにつれて、駅名が明瞭に見えてくる。
「きさらぎ駅?どこだよ!!」
そんな駅、帰る途中の区間内に存在していない。
こんな時こそネットに頼ろうと、スマホを取りだし『きさらぎ駅』と入力し、調べてみる。位置情報は分からないが、電波を指し示すアンテナはしっかり4本立っていたため、阿○寛のホームページぐらいあっさりと検索できた。
ページの一番上には、ウィキの説明欄が表示され、そこにはインターネット上で都市伝説として語られる架空の駅であることが書かれていた。目の前にあるから架空じゃないと思うんだけどなぁ。
まぁ、こうしてただ線路の上に突っ立っているより、屋根のある駅舎にいた方が幾分マシだろうと、ネット上に書かれていた色々不穏な情報を無視してオレは駅に向かった。
きさらぎ駅は、ネット上にあった想像図とほぼ同じ小さな駅で、屋根とホーム、そして全て売り切れの自販機がぽつりと置いてあるような、多分快速なら停ることのない過疎駅だった。線路からホームへと這い上がり、ホーム上にあるプラスチック製のベンチに腰をかける。
ちょっと肌寒いけど、対して気にするほどでもない。
「どうしようかなぁっ」
ここから家に帰る方法はあるのか、そもそも自分のいる位置が分からない限り帰りようもないのだが、とにかくまずは人に会う必要がある。駅に来て早々、オレは人を探すことにした。
「おーいッ!!出てこい!!出てこいよ!!」
大声を出しながら周辺を練り歩くものの、やまびこ以外の音は全くなかった。不気味な程に風も吹かず木々の揺れや鳥のさえずりすらない。人どころか自分以外の生物がいるのかも怪しい。
歩き続けること数分、駅とは反対方面の線路をずっと辿っていると何やらトンネルのようなものが見えた。トンネルの中央上部分には名前であろう『伊佐貫』というプレートが貼っつけられており、微かにトンネルをぬけた先の明かりが見えていた。
空にかかっていた雲が晴れ、月明かりが線路を照らす。
考えるよりもまずは行動だと、トンネルの向こうへ行こうとした矢先、反響した女性の叫び声がこちらに段々と近づいてくるのを感じ取った。
「い、いやぁ…た、助けて…助けてください!」
ヒールの靴を脱ぎ全力疾走で何かから逃げ、こちらに走ってくる女性。オフィスカジュアルの服装からして、恐らくオレと同じくここに迷い込んできたのだろうか。
「ば、化け物がぁ…」
ようやくトンネルを抜けた女性は、オレの真横を通り過ぎそのまま走り疲れたようにゆったりと逃げ続けていた。瞬間、暗闇から突如身の丈300はあろうかという巨漢の男が、この世のものとは思えない形相で走ってくるのが見えた。
「まちやがあれ…」
低く掠れた声が反響する。不気味な程に眼光は赤く染まり、口からは犬歯のような鋭い牙を覗かせていた。オレは思った。
よし、殴ろう。
右手に持っていたパイプを両手で構えると、走りよってくる巨漢に向けてゆっくりと近づいた。そのまま、両足を地面につきバットを降るような構えでソイツを待ち受ける。
そしてオレは、段々と近づいてくるソイツの
転げる巨漢の
「いい汗かいたぜ」
すっかり動かなくなった巨漢。倒れてる姿がちょっと面白かったので、スマホで写真を数枚とってホーム画面の壁紙にしておいた。元の世界に帰ったら友達に見せてやろう。
ここにはまともな人間が居ないのだろうか。
急に不安になってきたが、ふと先程すれ違った女性がまだ遠くには行ってないはずだと思い出した俺は、ひしゃげた鉄パイプを片手に女性を探すことにした。
「おーいッ!出てこーいッ!!」
辺りで大声を出しながら捜索していると、すぐ近くの藪の中から「ヒィッ」という情けない声がしてきたので、そこをかき分けてやるとそこには先程の女性が怯えながら縮こまっていた。
「っ…」
こちらを見て絶句したように顔を青ざめた女性は、息をすることも無くただただ呆然と俺の顔を凝視しているだけだった。
「失礼だな、オレを怪物みたいな目で見て」
「ご、ごめんなさい…命だけは、命だけはお願いします」
「失礼だぞ!俺はさっきの化け物とは違う!」
どうやら女性は盛大な勘違いをしているようだ。あの巨漢とオレを同類だと思ってるらしい。
「名前はッ!?」
「あ、は、はははは…はすみです」
「ヨシっ!はははははすみ!帰るぞっ!」
「え、あ…はい」
俺は、はははははすみをつれてトンネルを抜けることにした。
トンネルをぬけた先は、雪国でも何でもなかったけれど、しばらく歩いているとなんやかんやあって目的の大宮駅にたどり着いた。