脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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短め。


『冷汗』

1914年8月6日

東京府。

娯楽文化発展の中心地、浅草の一角にある真新しいハイカラなレンガ建築の中で、宗教組織『鼃ノ目(かはづのめ)』は設立された。

当初は日本国内における農作物の豊穣を推進する、極めて良心的な思想を掲げた組織であったが、次第にアステカ神話に伝わる穀物の神『シペ・トペック』に類似した存在を崇拝していくうちに、皮剥を行う生贄に対する教義を大きく掲げることになった。

 

既に存在していた日本の秘密結社『八咫烏』は、この組織の危険性を鑑み、即時の解体をはかったが、事実上の解体というだけで実態は微弱ながらも存続していくこととなった。その理由は、当時『鼃ノ目』が掲げていた名前無き神(以下"無名"と記す)は人々からの崇拝、そして畏怖、並びに生贄という3つの要因が相互的に作用したことにより、実態を得始めており、当時有力であった霊媒師、長南(おさなみ) 年恵(としえ)を加えた数名の霊媒師による除霊も水泡に帰した。つまるところ、無駄に終わったのである。

 

古来より生贄という行為ならび存在は、非常に強い邪念や呪詛を形成しやすいとされており、代表的な例で言うと『八咫烏』が戦時下、最注力していた『コトリバコ』などが挙げられる。幾人もの魂を消費する行為は人々からの憎悪を蓄積しやすい行為であるからして、無名が強力な存在に成り果てたのも必然的と言えた。

 

年間のべ十数人もの人間を喰らい、その皮を身に纏う無名は、人々を非常に強く洗脳し、生殺与奪の権利を得る邪神へと堕ちた。

 

現代に至るまで述べ数万人の人間が犠牲になったこの『鼃の目』は、今回、敵にしてはならない存在を呼び寄せてしまった。唐突なそれに無名自身が気がつくのは平凡な初冬の夕暮れ時だった。

 

 

村の方がやけに騒がしいということに気がついた無名は、動く度に軋む、細身の身体を起こし、丸まった背で垂れ下がる皮を支えながらついに、祭壇のある教会もとい巨きな天幕から外に出た。

 

微かな風がたなびく夕方ごろ、村人が全員目を押さえ悶え苦しんでいることに気がついた。一体何事かと、首を傾げていると無名に向かって走ってきた身の丈の高い巨漢が、いきなり金属製の棒で顔面をぶん殴った。

 

「はいーっ!」

 

軽く10m以上吹っ飛ぶ無名。男は豪快な笑い声を上げながら、意味不明な文言を叫んだ。

 

「アーッはははははっはっ!野球やろうぜ!お前ボールなっ!」

 

90度に曲がった首を元に戻しながら、気だるげそうに起き上がる無名は眼前の男が殺すべき存在であることを察知し、手のひらから濃密な呪詛を撒き散らした。ヘドロのようなそれが男に迫る。

 

しめた、避けられまい。

 

一滴でもかかれば、人間を容易に呪い殺すそれは男の頭上へと降りかかった。

しかし

 

「きったねー、ゲボかけてくんなよー、ゲボ神がよー」

 

すらりと避けられた。思わず人間らしく冷汗を浮かべる無名。

 

「くっせー、ふざけんな…よッ!」

 

額に青筋を浮かべながら、反撃とばかりに手に持っていたバットをぶん投げた武部。先程の呪詛とは比べ物にならないほどの速さで、迫るそれに直撃し再び転げる無名を、更に追撃せんとする武部は馬乗りになって、ひたすらに平手打ちをした。

 

「私はっ、そんなっ、子にっ、育てたっ、覚えは、ないっ!この、バカチンが!」

 

言葉の句読点ごとに凄まじいビンタを繰り出す武部。並のプロレスラーも戦慄する凶悪な攻撃に、無名の被っていた皮も剥がれ始めた。

お前は母親じゃねぇだろ…という、遠目から見ていた霊媒師のツッコミを背に受けながら、武部はトドメとばかりに股間を蹴り飛ばした。

 

転げる無名。

 

追撃として、さらにスプレー状の何かを顔面に吹きかける武部。

 

「はい、消臭消臭!」

 

トイレ用の消臭剤を顔面にふきかけたことにより、足をじたばたとさせながら、悶絶する無名。

もしや、信者全員が地面に倒れ悶えていたのは、これのせいだったか。と気がつくのは、顔面に消臭スプレーを吹きかけられてから数秒後の事だった。

 

しかし人間を数万人殺してきた邪神もタダではやられない。

こうなれば武部の心臓を握りつぶしてやろうと、手を伸ばした。胸部にズブズブと入る細い右腕。

 

"心霊手術"と呼ばれるそれは、肉体そのものをまるで豆腐のように割入れる、神気をまとった腕は、人の魂を容易に刈り取れる凶器そのものだった。しかし、この男に常識は通用しない。

 

「きゃあーー!おっ○い、触ったでしょこの人痴漢ですー!」

 

そう言いながら、犯人の手を握り掲げるように刺さっていた腕を引き剥がし、とても手首からしてはいけない、ネギをへし折ったような鈍い音を響かせながら、無名を引っ張りあげる武部。

 

194センチの武部に引っ張り挙げられた無名は、さながら車のバックミラーから吊り下がる人形のように無気力となった。

 

「お、バットげっと」

 

「まだ野球やってたんかい!」

 

「応援ありがとー」

 

「応援じゃねぇよ!」

 

相も変わらずその場に居た者からツッコミを受けながら、武部は握っていた邪神の腕をそのまま持ち変え、雑に引きずり、平原に立つ天幕の支柱へと近づいた。

 

「ピッチャー、振りかぶって投げた!打った!逆転サヨナラホームラーーーーン!!!やりました武部選手、芯を捉えたホームランです!!」

 

もはやふざけながら、持っていた無名を支柱にフルスイングで叩きつける武部。支柱はへし折れ、象徴であった巨大な天幕が崩れ落ち、中のロウソクの火が上がる。

 

既に無名に意識はなく、その身体は塵のように消え失せようとしていた。

 

こうして、武部は凶悪な邪神を成敗した。

ちなみに、この除霊、わずか8分間の出来事である。

 

 

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