脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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閑話

「大丈夫なんでしょうか」

 

「何が?」

 

「私聞いたんです。あの人…噂ではこの前のカルト教団を解体した張本人って、だけど…どうも荒っぽいとか…」

 

「大丈夫だろ、それに俺たち一介の官僚が心配するなんて100年早い、ここに呼ばれる霊能者は皆、世界でも類を見ない超優秀な人間だけだ」

 

首相公邸の前。幾人も集まった、関係者たち。数年に1度行われるこのお祓いは、一般には知られていないものの、もはや霞ヶ関の恒例行事となっていた。クーデターや暗殺が活発に行われた昭和初期ごろから始まった、このお祓いは日本を裏で操る組織『八咫烏』が主体となって行われ、国内においても優秀な霊媒師が招聘される。

 

この一件で200万ほどの報酬が支払われるが、当然ながら他の依頼の方が圧倒的に利益は高い。

 

しかしながら、この案件を断る霊媒師は皆無に等しい、その理由として政府の高官と強力なコネを築くことができることはもちろんのこと、海外の組織にも名を売れるという利点があるからだ。この仕事の場には、各国の大使館関係者も集まっており、彼らはその仕事ぶりを上に報告することになっている。

当然、そうなれば影響を及ぼす規模は多岐にわたる。

 

バチカンはもちろんのこと、イギリス正教会、黄金の夜明け団、ゾルタクスゼイアンなど古いものから新興の組織まで、さらにCIAやインターポールなどの公的な捜査機関にも広く認知される。

 

"コネクション"のための仕事と言えば的確な表現になり得るだろう。

 

なぜ、岩井はそんな仕事を武部に斡旋したのか。その理由は単純明快。

武部という逸材を周知させ、業界で囲い込みたいという願望があるからである。彼女にとって武部という男は規格外の逸材であり、後にも先にもこれ程単純で優秀な霊媒師は存在しないと確信した。

 

自由奔放な彼とて、多くの権力者から(すが)られれば仕事も容易に受けてくれるだろう…そう思っていたのだ。

 

実際のところ、そうでは無い訳だが…。

 

さて、そんな期待を向けられていることも、仕事を経た上で得られる評価も知らぬ武部は、思いのままに首相公邸を闊歩していた。

 

「外は暖かいけど、この中は寒ぃな」

 

ジャケット脱いでくるんじゃなかったと後悔する武部。

 

「しっかし出てこないねぇ」

 

かれこれ10分以上は練り歩いているが未だに悪霊らしき存在は目撃していない。確かに気配はするが、一向に姿を見せない悪霊に痺れを切らした武部は、その場で大きく手を叩いた。

 

霊媒師としての仕事を片手間とはいえ始めた武部は、少しでも勉強した方がよかろうとネットの情報を見漁った。そして見つけた。

『手を叩いた時に、音が響いたらそこに幽霊がいる』

 

信憑性はない。しかしそれを真に受け、さらにとてつもなく事が上手く運ぶのが武部という男だった。手を叩きながら練り歩き、数秒後、唐突にクラップ音が残響へ様変わりを遂げたのを確信した武部は、そこだと言わんばかりに空中に向けて太い腕を突き出した。

 

触れているような触れていないような、漠然とした何かを確かに掴んだ武部は、それを赤い絨毯の敷かれた床に叩きつけた。

 

「まずは1匹」

 

腹から腸を垂れ流している若い軍人の霊を捕まえた武部は、その霊に向けてデコピンをかました。

 

鶏の鳴き声を雑音で濁したようなギョェーッという断末魔を上げながら、薄らと見える霊は消え去った。そのおぞましい声は、公邸の外にまで響き渡った。

 

「え、何ッ?」

 

大きな声に肩を震わせる若い女性官僚。

何事かと周囲の人々もざわつき始める。

 

それもそうだろう、霊の声なんて普通は聞こえない。例え祓われて消えかけそうになろうとも、霊体は声を上げることが出来ない。

ではなぜ断末魔をあげたのか、それはひとえに武部のデコピンがとてつもなく"痛かったから"である。

 

霊に痛覚なんて存在するのかと疑問に思う人間もいるかもしれないが、そもそも触れることが出来ない霊に痛みを伴う物理攻撃を行うことは不可能だ。ただ武部は違う、首を鷲掴み、信じられないくらい痛いデコピンを眉間に食らわせる。それこそ受けた者は、眉間が陥没したと勘違いするほどだろう。

 

何故か霊体に"触れられる"武部だからこそできる技だ。

 

次々と霊を祓っていく武部。進むうちに穢れの気配は強くなっていくが、そんな事を気にするような男では無い。やがて、公邸の中にあるキッチンにたどり着いた武部は、パントリーの中を物色しあるものを見つけた。

 

『瀬戸内海の塩』

 

日本においてシェア率40パーセントを誇る、塩の代表格。その袋を開けたかと思いきや、袋に入った塩を大きな片手で掴んだ武部は、それを霊のいる方向に向かって、思いっきり投げつけた。

 

ここで、相撲でもやったんかと思うほど廊下が塩まみれになる。

 

散弾のように飛んだ塩が霊に直撃すると、霊は直撃した背を抑えながら霧散した。

 

武部は『飛び道具』を手に入れた。

次々と塩を投げつけ、断末魔をあげながら消えていく霊たち。親の仇のように、節分気分で塩を投げつける武部。一方的な蹂躙がなされるここ首相公邸の中から彼が戻ってきたのは、昼過ぎだった。

 

30分に及ぶ死闘を繰り広げ、祓った数のべ344体。

八咫烏に属する梅辻は、彼の祓いの傍らその様子を、銅鏡を媒介とした念写で見ていたが、思わず冷や汗を浮かべていた。

 

その様。まるで『無双』。

 

今まであらゆる霊媒師がこの案件を受けてきた。岩井なつが受けたのは13年前、まだ高校三年生だった頃。制服姿で、ただ一人ひたすらに祓い続けるその様は、日の本を背負う霊媒師になると口を揃えて皆が賞賛した。

 

平井夫妻は、その年に起きた大災害の影響で例年に比べ濃く強くなった穢れを、容易く消し去り、公邸そのもの、ひいては永田町から丸の内にかけて強力な祈祷を結び、聖地のように浄化せんとした。

他にも、兵庫 東光寺の修行僧であり開創以来の天才と歌われた大勝地(おおかつじ)直実(なおざね)や、エクトプラズムを用いた独自の除霊を行う朝霧(あさぎり)千佳(ちか)など、名だたる霊媒師がこの案件を受けてきた。その全てを手配したのが梅辻である。

 

そんな梅辻だからこそ言える。

 

この武部 剛という男はまさに別格だと。

短時間でこれだけの霊を祓う霊媒師を産まれてから見たことがない。御歳82歳の梅辻は、他者の祓いをみて初めて冷や汗を流した。

 

この男一人で世界がひっくりかえってしまう。そう確信した彼は、気づけば彼を八咫烏に引き込まんとしていた。

 

「どうですかな武部殿、八咫烏に是非とも来て頂きたい。もちろん報酬も名声も好きなだけ差し上げましょう」

 

「うーん、パス」

 

 

揺れ動かぬ武部であった。

その様、心動かざること山の如し。

 

 




他にも色々書いてるので、暇なら読んでみてください。

https://syosetu.org/novel/278611/

https://syosetu.org/novel/279995/

https://syosetu.org/novel/309319/
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