ぶっつけで書いてるから敵強すぎるかも…。
鶴岡八幡宮
走る。
ただ走る。
普段、茶と団子を嗜むことのできる休憩所を抜け。
一般乗用車も"観光バス"もない駐車場を駆けた。少しばかり続く坂道、狭く、住宅と木々の連なる細い道を抜けると、それはあった。
鶴岡八幡宮 今宮。
暗い森の中にひっそりと佇むそれは、夜闇の中に輝く小さなライトに照らされていた。
それまで、私の知っている今宮は、真新しい木で作られたこじんまりとしつつも荘厳なものだったが、今や見る影すらもない。雨風に数十年晒されたように黒く腐り朽ち、崩れ落ちた瓦礫から無数の蟲が湧いていた。
背筋に走る寒気を我慢しながら、私は共にかけてきた神主の先輩に指示を飛ばされ踵を返した。
社務所に息切れをしながら急いで駆け込み、電話をかけた。
私なんかが電話をしていい相手では無いことは重々承知している、しかし今は緊急事態。上の者を待つような時間はない。
普段、誰も押すところを見たことのない番号。
古めかしいタンスの中に厳重に仕舞われた紙に書かれているその番号は『#81532』一つの記号とたった5つの数字だけで、政府内にある八咫烏直属の部署に繋がってしまうというのだから、驚きだ。
私が受話器を手に取り番号を記入し、凱旋ボタンを押した瞬間。ワンコールもしないうちに電話に男性の声が出た。
『鶴岡八幡宮ですね、どうしました』
「あ、ああの…今宮がたった今崩れているのを目撃して、本当にまずいです、すでに数名が犠牲に…」
『了解しました。今宮が崩れたということですね』
「はい」
『では、至急そちらに警察を送り周辺の区域に規制を張りますので、今すぐ逃げるように』
「は、はい…」
私は再び逃げた。
ひたすらに走り、巫女服を奇異な目で見られようがお構い無しに、ひたすらに、ひたすらに走った。
それから、警察が来て、いわゆる規制線と呼ばれる区域が定められ、広域に黄色いテープが貼られるのは、実際僅か20分にも満たなかった。
『鶴岡八幡宮』
鎌倉駅から徒歩数分の位置にある、屈指の名所。鶴岡八幡宮は、年間多くの参拝客で賑わいを見せる。まさに鎌倉の中心と言っても過言では無い神社である。
そんな赤く大きな、荘厳さを感じさせる鶴岡八幡宮からひとつ外れた小道の先にある社を知っている者は、かなり少ない。
鶴岡八幡宮 今宮 と呼ばれるそれは、かつて悲劇を迎えた後鳥羽上皇を鎮め奉る社で、彼の死後立て続けに起こった祟を恐れた朝廷が、彼とそしてその配下である僧侶 長賢を祀ることにし、今に続く。
2019年頃。
台風により一時損壊した後、新しく社がたてられた。
が
その時、周辺の地域が滅亡しかねない危機に陥っていたことを知るものは少ないだろう。
『というのが、過去に起こったことなんですが…今回は正直いってかなりまずい状況です』
「よく分からんのだけど…その怨霊が外に出ちゃったってこと?」
『まぁ、そういうことです。祀るとは方便で、実際は封印そのもの…2019年の時は対応も早く、世に解き放たれた怨霊も封印されてからそれなりの時間が経っていたために、十全な邪気を満たす前に再封印することが出来ましたが…今回は以前の封印からわずか5年しか経っていません…であればどうなるかは、察することも容易いですよね』
「寝起きがいいってことか」
『はい』
「となるとすぐに対処しないと…どうなるの?」
『そうですね…あくまで最悪の想定でありかつ、可能性としてはかなり確率の高い推察ですが。鎌倉全域が朽ち果て風化し、塵となるでしょう』
「範囲広すぎん?」
『それだけ強力な存在と言うだけです…彼らのような古くから祀られる怨霊は、はっきりいって前回、武部さんが討伐した鼃の目の主神や、私が祓った台湾の悪霊なんか比じゃありません…もしかしたら私、そして平井夫妻、武部さんの他にも数名の超優秀な霊媒師を合同で集結させねば、祓えぬ相手であることは承知しておいて下さい』
「…強えってことか」
武部は自然と上がる口角を包み隠そうとはしなかった。
少年漫画の主人公のような、強い敵に心を躍らせるそれは、完全に狂っているとしか言いようがない。戦闘狂でもここまで感情がにじみ出ることは無い。
『無論、武部さんは興味のないことを知っていますが。それを踏まえて補足で言わせてもらうと、今回の依頼は再封印というノルマを達成した場合、一人あたり5億から10億の報酬が出ます』
「宝くじかよ」
『そうですね、一回で宝くじ1等分、まぁそれだけの危険はありますから…それに今回の依頼内容は並の霊媒師だと普通に死ぬだけですので、少数精鋭だけで挑む予定です。面子については、既に八咫烏とも協議し、海外からの招聘も視野に至急議論しています。恐らく今日の夕刻前には結論が降り、速達で本人の元へ案内が届くに違いありません。ちなみに、当然ながら武部さんもその面子に数えられることは確約ですので…ご一考のほどぜひ参加して頂きたいです、遅くとも明日の夜には祓いを行う予定ですので』
「まぁ、気が向いたらね」
『えぇ、お願いします』
電話が切れ、ツーツーという音が部屋の中で微かに鳴った。
武部は、スマホのカレンダーアプリを立ち上げて予定が入っていないことを確認すると、思い立ったが吉日と、先程まで電話をしていた岩井に再び連絡を入れた。
『はい、なんでしょう』
すぐさま電話に出た岩井に対して、武部は気まぐれの末のように、まるで友人の軽い飲み会に参加するテンションで返答を遂げた。
「まぁ、行くわ、暇だし」
『ありがとうございます!!』
普段、寡黙な岩井からは考えられないほど昂った大きな感謝が、電話の奥から聞こえてきた。こうして、武部は今後のささやかな霊媒師人生において、最難関に分類される依頼を、初めて受けることとなった。
一方。
京都大学のキャンパスの中を闊歩する一人の女性。
10人すれ違えば10人が振り向く、美貌を兼ね備えた、ミルクティーのような柔らかなベージュのショートヘアの、美女。
彼女の取り巻きとも言える同学年の女学生は、周りに集る男を追い払う役目を担い、彼女自身はそれをどうすることも無く我が物顔で闊歩する。
まさに現代の楊貴妃。実際、彼女のことを敬愛を込めてこう呼ぶ者もいる。
『女帝』と。
女帝と呼ばれるその人は、
現役"霊媒師"である。
エクトプラズムと呼ばれる、霊体物質を媒介とし、物を操ることを主体とした特殊な除霊で知られる人物で、日本国内ひいては世界においても有数の霊媒師として知られている。
そもそも物を操る事が可能なのか。
という疑問を抱く者も多いだろう、それは当然のことだ何せ八咫烏の中でも当初の彼女を疑問視する声が後を経たなかった。しかし彼女は悠然と言い放ったのだ。
『あんたらが手を焼いてはるようないわゆる、呪われた"人形"だって魂が宿ってはりますでしょう?それは大方、人に危害を加んとする呪われた物品やけれど、うちの場合はその現象を自分の"魂"をちょこっと切り分けて再現してるだけ…理論も考えんとに端から疑問視しはるなんて、天下の八咫烏が聞いて呆れるわ』
確かに、髪の伸びる日本人形であったり、それこそアメリカを恐怖で震撼させたアナベル人形も同様の類だ。しかしそれでも、人形を蛇使いのように操るなんて到底考えられない。そう異を唱えたものの、再び彼女は口を開いた。
『そんなん当たり前ですよ、うちは天才ですから』
以降、彼女の活躍ぶりは目を見張るものばかりで。かの首相公邸の除霊を行ったのは高校在学中の17歳の頃だった。これはそれまでの岩井なつが保持していた18歳を下回る、最年少記録である。
そんな彼女にも当然、この度の依頼が回されることになった。
キャンパスの中にあるベンチに腰をかけ、電話を片手に足を組む朝霧。
それだけで絵に出来るほど様になる。
彼女の返答は実に短く簡単だった。
「えぇ、受けます」