23時47分総理執務室
「それで、八咫烏からの見解はどうなんだね」
「あくまで推察という前提で一報を受けましたが、今宮に祀られていた後鳥羽上皇ならびに順徳天皇、僧侶である賢厳が封印を解き…現在早急な対応を行っていると」
「確認されている被害は想定よりも極めて微小でありながらも、数名の死者が出ている状況です。幸い、非関係者、いわゆる一般人への影響は報告されていませんが、早急な対応をしなければ状況は一気に悪化する可能性が高いと断言できます」
「総理、やはりこの一件は八咫烏へ委任した方がよろしいかと」
「宮内庁からはこの度の事態を危険とみなし、それまでの封印から祓うこともやむなしと許諾は得ている状況です」
「分かりました…では、八咫烏へ本件を委任すると同時に、第6次怪異対策本部の設置します、特命担当大臣ならびに本部長に長谷川 博信を任命し、事態の早急な解決および八咫烏への全面的なサポートを行ってください」
「了解致しました、ではこれより大会議室にて対策本部会議を開きます、関係閣僚は速やかに移動をお願いします」
休日の鎌倉。
車両が連なる道の上空を複数のヘリが飛んでいた。
駅から通ずる鶴岡八幡宮への参道ならびに小町通りなど、境内へと通ずる道は全て通行禁止となり、区域内に誰一人として入ることの出来ない状況が続いていた。当然ながら最寄りの鎌倉駅は閉鎖され、江ノ島電鉄は今現在臨時で終点を和田塚としていた。
せっかくの観光日和に目玉の鎌倉駅周辺を封鎖されたとなっては不満も多く飛び交い、SNS上では様々な考察も賑わいを見せた。
10時13分 境内に一基のヘリが着陸した。回転するローターから吹き荒れる風が強く木々を揺らし、木の葉を飛ばした。
ヘリから降りてきたのは2人の男女。
方や筋骨隆々、方や華奢な女性。
武部 剛と岩井なつの2名が、いち早く鶴岡八幡宮へと到着した。
「やはり霊の気配がありませんね…状況から容易に察することはできましたが、既に境内には居ないと見た方がいいでしょう」
「え、逃げたの」
「まぁ、今宮の破損から既にかなり時間もたっていますから…でもここで儀式を行うにあたって怨霊の存在の有無は関係ありません、結局は強制的に藁人形への口寄せを行いますから」
「じゃあ、どこにいても呼び出せるってことか」
「あまりにも遠すぎる場合は難しいです」
その後、鶴岡八幡宮本殿の横にある宝物殿へと向かった。神主からの先導を受けつつ、ケースの奥に展示されている宝物を取り出していく。
「まさか、神宝を使うことになるとは…」
「その弓矢が?」
「えぇ、国宝として知られている黒漆矢と朱漆矢です。この度の怨霊対峙に際して重要な役割を担う武器、このふたつは道具を使用した祓いのエキスパートである平井夫妻にお渡ししようかと」
「矢って当たる?弓で飛ばすより、直接ぶっ刺した方が確実じゃない?」
「…それは、武部さんしか多分無理です」
「そう?」
「はい」
岩井はこの他にも、全国各地から様々な神宝を取り寄せていた。
酒呑童子を切ったとされる童子切安綱、高野山から飛行三鈷杵。
どれも国宝や重要文化財級の宝物であるが、怨霊を退治するとなれば動員するほかなかった。
着々と準備の勧められていく鶴岡八幡宮。
そんな中、警察車両に周りを固められやってきたロールスロイス1台と大型のトラックが、境内に止まった。
中から出てきたのは、天才と謳われる霊媒師 朝霧千佳。
「なんや、今日の鎌倉は偉く澄んだ空気やなぁ」
「着いて早々、嫌味を言うのはやめた方がいいですよ、朝霧さん」
「あらこれはこれは、岩井ちかさん久しいですねぇ、変わらずお綺麗で、ますます貫禄が滲み出てはるわ」
「…」
「そう怖い顔せんと、褒めてるだけやさかいに…して、そちらの御仁は噂に聞く武部 剛さんで?」
「おう、夜露死苦」
「よろしゅうお願いします…して、いつ始めるん?」
「平井夫妻が到着し次第すぐに」
「そうですか、なんやタイから直通で来はるらしいやないですか」
会話の傍ら、朝霧が伴ってきたトラックからは次々と重厚な箱が下ろされていた。
「今回のお祓いは少しばかり奮発して、特別なものをご用意したんですよ?早う、始まらんと我慢出来ひんのですわ」
箱の中から出されたのは、京都は広隆寺が所蔵する国宝 十二神将立像。その全てが、鶴岡八幡宮の地に降ろされた。
仏像の背には式神の札が貼られている。
「相変わらず…大層なものを」
「それはお互い様と違います?なに、聞けば国宝をぎょうさん使うとるとか」
「貴方はもう少し神宝を慎重に扱うべきです、我々霊媒師からすればただの道具でも、世間から見れば歴史的な遺産なんですよ」
「別にええやん、そないなこと言うとったら気張りながら仕事せなあかんやないの、それに私は道具を傷つける趣味あらへんから…勘違いせんといて」
いつの間にか勃発した女同士の意地の張り合い。常人であれば、触らぬ神に祟りなしと静観を極めるところだが武部は違った。
「おい、空気悪いぞ。地球温暖化を促進させるな」
「…はい、すいません」
「空気悪いって、そないな意味と違うやろ」
「同じだ!!」
「…同じなんや」
武部の暴論に気圧される朝霧。普段の彼女であれば想像もつかないほど動揺を隠せない。目の前の男は怪異に勝る非常識ぶりだと、彼女は一瞬のうちにして気がついた。
「国宝があーだこーだと訳の分からないことを言ってるんじゃなくて、変な怨霊倒すのが先だろ!」
「…それをするためにここに来とるのよ」
「俺もそうだ!」
「あ、うんそうやね...」
「それで、さっきから言おうと思ってたんだが!先程から君たちの真後ろにいる変な男は誰なんだ?」
「「え?」」
大きく開いた口。目が陥没し、血を垂れ流した僧侶が、2人の霊媒師の眼前に現れた。袈裟の内側から溢れんばかりに流れ出る血液。どす黒いそれは、地面の玉砂利をジュウジュウと溶かしながら2人に向かって滝のように流れる。
避けようにも既に間に合わない。
岩井は懐から札を取り出しそれを地面に張りつけた。極小の結界を貼る効果を有するそれは、彼女が持つ僅かな防御方法のひとつだった。
しかし朝霧には早急に自身を守る術がなかった。
石を溶かすほどのそれを浴びれば、人間は一溜りもないだろう。
彼女は人生において初めて死というものを感じ取った。
それでも、ただ無抵抗に突っ立っているはずもなく。口からレース状の白い煙を吹き出す。彼女自身の魂を媒介とした霊体物質、エクトプラズム。
物理的な防御にも使えるそれは、申し訳程度の代物ではあるが、液体を防ぐ術としては十分であった。
しかしやはり暖簾に腕押し、ドス黒い液体がどんどんと侵食し、酸をかけた発泡スチロールが如く、みるみると溶けていく。
このままでは、確実に死ぬ。
そう思った矢先。彼女の首根っこを掴み、後方に引き寄せる腕が現れた。
「ギリセーフ」
そのまま、朝霧を抱え込み、自身の背で血液を受け止める武部。高熱の油をかけたような、生々しい音がジュッとなる。
来ていたシャツは、溶け破れ、背中が些か赤くなった。
「痛ってぇな…オゥラァッ!!」
あまりの痛みに青筋を浮かべた武部は、そのまま岩のような拳をぶん回し、僧侶に向かって裏拳をかました。
こめかみにもろ入ったそれは、それまで口を大きく開けて笑っていた不気味な顔を破壊し、境内の両端に植わって大木に叩きつけられた。
抱えていた朝霧から離れた武部は、そのまま木に伸された怨霊に向かって助走をつけながらダッシュをし、体重142キロから放たれる重いドロップキックを、僧侶の後頭部に向けて放った。