脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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武部剛と、

朝霧千佳は、目の前で起きた出来事に、思わず息を飲んだ。

どこの世界に、霊に向かって特大の暴力を振るう人間がいるのか。

考えたこともない。

 

最初、彼女は武部 剛という男を軽蔑していた。別に過激なフェミニストという訳では無いが、彼女の人生経験上、男という生物は大抵ろくなやつが居ないという理論が構築されているため、初対面の男性に対して警戒心と若干の軽蔑を抱くのが彼女にとっての常であった。

 

武部 剛という人間は、非常識の塊であり、彼女が出会ってきた中で変人に分類される人間だということを会って数秒で自覚するに至ったが、その考えは目の前で起きている出来事で一気に覆された。

 

凶悪な怨霊を一方的にいたぶるその姿。

 

「こいつ…理不尽な程に強い…」

 

朝霧は、霊媒師として生きてきて20年以上が経つものの、それほどまでに蹂躙という呼称が似合う祓いをしている関係者には初めて出会った。そもそも、素手で霊を叩きのめすなんて不可能だとさえ思っていた。

 

それが今行われている。

ドロップキックの後に、悪霊の両足を掴んで、軽々とぶん回すその様は、プロレスの試合そのものだった。

 

あまりにも強すぎて、見ている側が苦笑いをうかべそうな程だ。

その後も、武部はアルゼンチンバックブリーカーや丸太のような豪腕から放たれるウエスタンラリアット、極めつけに驚異的な跳躍力を持って為せるフランケンシュタイナー。恐らくプロレス技とは無縁であろう僧侶が痛々しい技をなすがままに食らわせられるカオスな状況は、鶴岡八幡宮始まって以来の出来事だと思われる。

 

既に、ペったん人形のように無気力になった悪霊は塵になって消えた。

 

「うぃーーーーー!!!!」

 

謎の雄叫びをあげる武部。

 

「驚きましたか…これが彼の祓いです」

 

唖然として見ている朝霧に向かって、岩井が言った。

 

「私もこの業界、長いですが…彼のような規格外は見たことがありません」

 

「…こんなん、もう終わりやん…あいつ一人でええやん、もう」

 

「誰にでも向き不向きはあります。それに彼は猫よりも気まぐれで、正直この仕事を受けてくれるかどうかも分からなかったので…残念ながら私たちは今後も危険と対峙しなければなりません」

 

「…しばらくは食い扶持に困らんっちゅうわけか、あーあ、アホらし…」

 

「……」

 

未だに鼓動が鳴り止まない朝霧。それまで天才だと思っていた自分を軽々と超える存在を目の当たりにし、彼女は天を仰いだ。それだけが自分の取り柄だと思っていただけに、ショックは大きかった。

 

 

 

 

「よぅし!まずは1人!」

 

「やっぱり、武部 剛は逸材ですね」

 

「えぇ、首相公邸での祓いも見事なものでした」

 

下鴨神社。

鶴岡八幡宮の様子が映された巨大な鏡を見て、複数の男女が喜びの声を上げた。今回、この重要な任務を斡旋した組織『八咫烏』祓いに際して様々な準備が整っているのも彼等の計らいによるものだった。

 

「しかし、せっかく国宝級の物品を持ち出したのだから…せめて使ってくれても」

 

「いいじゃないですか、それにまだ怨霊は祓いきれてません。次に期待しましょう」

 

「今祓ったのは、確か後鳥羽上皇の配下であった僧侶 長賢でしたかな」

 

「えぇ…いやはや鏡越しでも伝わるほどの邪気…我々全員でも祓えるかどうか」

 

「やはり、優秀な霊媒師に委任してよかった」

 

「今回は依頼料も奮発しましたからな」

 

嬉々とする面々。

 

刹那。

 

悪寒と濃密な殺気が辺りを満たした。

下鴨神社の上空を真っ黒に塗り替えるほどのカラスが飛ぶ。

 

ミシ、ミシという木板を踏み抜く音が嫌な程に響き渡った。

円卓の天井から下げられたシャンデリアが揺れ、明かりが消えた。

夜闇が部屋を覆った。

 

襖が開く。

 

50cm程度の隙間から生温い空気がなだれ込んだ。

 

畳を這う百足。天井に蛾がとまる。

 

立派な装束に身を包んだ、一人の怪物が現れた。

 

「八咫烏…まだ続いていたか」

 

「ご、後鳥羽上皇」

 

「見ていたな…余が気付かぬとでも」

 

「…」

 

「あの時の小娘を、性懲りも無くまた差し向けたそうだな…貴様らには腸が煮えくり返る…いっそここで呪い殺してしまおうか」

 

「お、お待ちください…」

 

「口を閉じろ!殺されるぞ!」

 

「残念だが、もう遅い」

 

助けを乞うために立ち上がった一人が、干からびて死んだ。

 

「安心せよ、(じき)に全員送ってやる」

 

「…」

 

「もう貴様らに抗う手だてはない。我が長賢を消し去った忌々しいあの男でさえ、"あの方"には敵うまい」

 

「あの方…」

 

「さらばだ八咫烏。(ながら)く続いていた歴史も今日で終わる...では、死するが良い」

 

何を持って彼は死してなお、脅威をもたらそうとするのか。

現世への恨みか、はたまた再び日本を手中に収めるためか、その理由は定かでない。

 

 

八咫烏壊滅の一報を内閣が受けたのは、それから1時間後の事だった。

 

「まずい、まずいぞ!」

 

「経済的損失なんかよりもはるかに重大じゃないか、おい!下鴨神社に置いていた霊媒師はどうなってるんだ」

 

「分かりません…結界を張っていたとの事ですが…」

 

「今は、それよりも壊滅した八咫烏の早急な存続と、後鳥羽上皇並びにそれに準ずる怨霊の祓いを優先するべきです。責任の追求は後でやりましょう」

 

「そうだな…とりあえずこの情報を海外に絶対に漏らすな、大変なことになるぞ」

 

「終わった…もう私の内閣は終わりだ」

 

「総理!気をしっかり!」

 

 

 

 

一方、鶴岡八幡宮。

予定時刻よりも少しばかり遅れて、平井夫妻が到着した。

 

「どうも、療養から戻って参りました」

 

「武部さん、ありがとうございます…あなたは命の恩人です」

 

「おう!」

 

 

腰を低く曲げ頭を垂れている2人だが、その様相は物騒そのものだった。

あの一件以降、平井夫妻は装備の見直しを行った。

黒いキャソックはイングランド国教会特注の祈祷の込められた強力な服で、背負っているリュックからは真鍮や銀で作られた大量の銃器が詰め込まれている。

 

もはや歩く武器庫と言っても過言ではない様相だが、鼃の目の出来事から彼らは大幅な強化を図ることを決意し、現在に至る。その強さは計り知れない。

 

鶴岡八幡宮にカオスな霊媒師が2組揃ってしまったが、その様子を神妙な面持ちで眺めている暇はなかった。

 

「その装備では必要ないかとは思いますが…一応これを」

 

「これは…破魔矢の起源である黒漆矢と…おぉ!朱漆弓じゃないですか!貸してくださったんですか!」

 

「えぇ…快く」

 

大量の銃器を前にしては弓矢程度心もとないが、道具を主に除霊を行う平井夫妻にとっては国宝級の武具たるもの、興奮せざるを得ない何かがあった。

 

「武器はロマンの塊ですからね、いくら古く、いくら原始的であろうと、除霊に至っては威力よりもその質!これはまさに、一級品…いや、特級品ですよ」

 

「すいません…うちのケンジが興奮して」

 

「いえいえ…」

 

「はは…ところでそちらの刀は童子切安綱じゃないですか?」

 

「え、えぇ」

 

「抜いてみても?」

 

「どうぞ」

 

「では失礼して…ははっすごい、これはもう…うわぁ…」

 

妻の茜も大の刀オタクだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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