「それでは…始めましょう」
昼過ぎ。
鶴岡八幡宮、下拝殿を大きく囲うように4つの組木がされ、火が放たれた。火柱がたつ。やがて、空は曇天に変わり、日が消えた。
下拝殿の中央に置かれた藁人形、そして銅鏡によるあわせ鏡。
うねるような暗澹たる空気に満たされ、息を吸うのも苦しくなるほど形容しがたい重圧で冷たい風が吹いた。
各々が最終段階の準備に取り掛かった。平井夫妻は地面に描いた陣の中央で、特注の銃器を構え、岩井なつは紋を刻んだ札を取り出した。
朝霧は並べ立てた十二神将の像に向けて息をふきかけた。
そして武部は。ただ腕を組み、仁王立ちをするのみ。
後は迎え入れるだけ。
しかしいくら待てど、口寄せの藁人形に変化は無い。
30分が経過した。
「…流石に、時間かかりすぎとちがう?」
「おかしいですね…」
「なんか問題でもあったんちゃうんか」
「いえ、口寄せのために事前に準備はしてありますし…失敗するはずは…」
「岩井さん、今回の口寄せはどのような方法で?」
思わず、平井茜も事態の異常さに問うた。
「日本国内の神社4つを起点とした、広域陣による口寄せです」
「まぁそれが妥当やな、広い範囲に怨霊が広がっとるとなればそれ以外の措置はほとんどあらへんけど…ちょっと確認した方がええんと違うか…」
「…えぇ」
岩井は恐る恐る電話をかけ、関係各所に確認を急いだ。1分後、震える手でポケットにスマホをしまい、ため息をはいた。
「…起点のひとつ、下鴨神社が壊滅したと」
「…下鴨神社が?うそやろ、あそこは日本において最も強固と言うても過言やない八咫烏の本拠地やろ」
「えぇ…」
「ちょ…」
霊媒師にとっては切っても切れない組織である八咫烏。特に、八咫烏の箱入り娘で賀茂氏の直系である平井茜にとっては、その報せにかなり刺さるものがあった。
「じゃあ…皆、もう…」
「残念ながら…」
「…」
八咫烏という存在は、それこそ渦中の後鳥羽上皇が存命の時代にも存在していた。陰陽道が全盛期とされていた当時、朝廷にとっても彼らのような組織は切っても切れない存在であり、それこそ後鳥羽上皇自身も八咫烏と密接に関わっていた。
「しかしなぜ、八咫烏を?」
「そんなん、"有名な霊媒師の組織だから"に決まっとるやん」
「いえ…恐らく腹いせです」
「腹いせ?」
「えぇ…少し、堅苦しい話になってしまうのですが…これは八咫烏に古くから伝わる逸話でして…後鳥羽上皇…まぁ当時後鳥羽天皇でしたが、その先代である異母兄の安徳天皇という方はご存知ですか?」
「確か、史上最も短命であったとされる天皇ですよね」
「えぇ…当時5歳。敗戦の末、船の上から海に入水をはかった安徳天皇は、天皇の系譜が代々受け継ぐ"三種の神器"のうち宝剣と
「あぁ…なるほど…」
1185年4月。
有名な壇ノ浦の戦いで、平氏は敗北した。
水軍を従えた水上戦にもつれ込んだこの戦いでは、当初平氏が優勢であったものの、潮の流れが急激に変化し、やがて平氏水軍は沖合に逃げる戦況に変貌を遂げた。
その時の平氏は壊乱状態であり、敗北を悟った二位尼は当時5歳であった安徳天皇に草薙剣と八尺瓊勾玉を結びつけ、共に入水。
その後平氏一門は破滅に至った。
「しかしながら、三種の神器は天皇家が代々受け継ぐとされるもの…海に沈んだままでは到底ならないと考えた朝廷は、八咫烏に沈んだ2つの神器の回収を命じます…史実では源氏が持ち帰ったとされていますが、八咫烏があくまでも秘密結社という形態であることを鑑みれば…察していただけるかと」
「…ネットもないような当時では容易く塗り替えられるでしょうね」
「えぇ…捜索に乗り出した八咫烏は血眼になって関門海峡を探しましたが、見つかったのは神璽、つまり八尺瓊勾玉のみ。と言うよりかは実際は宝剣も見つけていたようです、海峡の深くに沈んでいることは当時八咫烏が抱えていた陰陽師による念視で明らかになっています」
「ならなぜ?」
「回収できなかったんです。八岐大蛇が守護していて」
「え?」
「正確には、八つある頭のうちの一つが、剣に取り憑いていたらしく…それほど強い妖魔を祓える存在が当時いなかったんですよ」
「まぁ、死んでるとてあの八岐大蛇やからな」
その後、八尺瓊勾玉を回収した八咫烏は、致し方なく伊勢神宮から献上された剣を形代とした。
「それに対して、後鳥羽天皇はさぞお怒りになったと…なにせ、紛い物の剣を掴まされた訳ですから」
「そないに怒ることか?」
「三種の神器は3種揃ってこその神器なんです。それぞれが相互しあっているからこそ効果を発揮するのであって、ひとつでも欠ければただのガラクタに等しい…特に草薙剣は直接、八岐大蛇を殺したとされる重要なもの…それが無ければ、苛立つのも無理はありません」
「だから、その腹いせに八咫烏を壊滅させた?結構短気なんやな」
「まぁ、実際…祈祷や神秘が重要であった当時では、三種の神器という最強の…そうですね、テレビの占いで言うラッキーアイテムが手元にない…からこそ、自分に不幸が降りかかったという思考に至ってもおかしくはありません。実際、後鳥羽上皇は流刑された末、怨霊となっていますから」
「それまでに流刑になった例もあらはるのに…八咫烏とはあんま仲良うなかったけれど、ほんならおっちゃん達があまりにも不憫やわ…800年前の話やろ?」
「まぁ、それだけが理由だとは限りませんから…とりあえず私達は、京都に行ってきます…この蹴りを付けさせてください」
「…んな無謀な」
思わず朝霧も夫婦を止めるに至ったが、彼女らも一介の霊媒師では無い。茜にとっては一族郎党が殺されたのだ、躍起になるのも無理はない。
「大丈夫です。今の私たちは、相当強いので…ね、ケンジ」
「まぁうん…今の話を聞いて俄然やる気も出たし…武器はどれほど持っていっても?」
「…持てるだけどうぞ、傍から平井夫妻のために用意したものなので」
「では遠慮なく……」
そう言うと、ケンジは政府の専門機関に連絡をとった。
「えぇ、今から京都に…はい、用意をお願いします」
「なんの連絡してんの?」
すかさず武部 剛が岩井に問うた。
「有名な都市伝説で、東京都の地下には専用の鉄道が存在する…なんて話…聞いたことありませんか?」
「さぁ…?」
「東京地下秘密路線説…なんて言われていますけれど、これは事実で、この秘密路線を作ったのは何を隠そう八咫烏そのもの…裏天皇なんて俗語が存在する八咫烏ですが、その権力は国土交通機関や警察機関など多方面に大きく影響を及ぼす程なんです…彼らが白と言えば、たとえ黒であったとしても絶対に白になる…それほどの権力を持ってして、高度経済成長期に密かに地下深くに開通されたのが…日本縦断線…通称、
「へぇ、なんでここに来るまで使わなかったの?」
「滅多に使うもんじゃないですよ…運行にはそれなりのコストがかかりますし、使用者と国の折半ですから、それに日本を縦断しているとは名ばかりに、その利便性は八咫烏と皇族、政府の高官にとって有用なもののみ、停車する駅もわずか5つだけ、ここ鎌倉なんて素通りで京都まで行ってしまいます…ですから平井夫妻も今から東京にトンボ帰りするんでしょう」
「ふーん、てかいくらかかんの」
「1回2億…性能は確かなんですが、莫大なエネルギーを使って高速で移動するので…そうですね、今で言うリニアモーターを使用したものです」
「たっか」
「速いけれど、使ってる車両は1960年代当初のものですからね…そりゃ無駄に電気食いますよ」
「その頃にはリニアってあったんだ」
「ありましたよ」
そんな雑談もやまやまに、平井夫妻は大量の武器を伴ってヘリに乗り込み、そのまま東京に向かった。
「さてと…あたしらだけになってもうたな」
「これからどうする?」
「気軽に観光…なんて呑気のこと言っとられんしな」
「とりあえず坊主は倒して…あと、2人?」
「うち1人は平井夫妻が憎悪を持って捻り潰すとして、我々は必然的にもう一体の怨霊、順徳天皇の祓いを行う必要があります…しかし口寄せは出来ない…ので、ここは…致し方ないですが降霊を行う他ないです」
「…死ぬで?」
「そんなヤワじゃありません…多分」