脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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由紀子
由紀子


私の友人が保釈される。

裁判はまだこれから先らしいけれど、それでも彼女が元の様子に戻ったようで一安心だった。

 

鼃の目という新興宗教は佐藤カナミを洗脳した挙句、食人や遺体損壊を強制させた忌々しい組織だが、数ヶ月前の大規模なお祓いによって解体され、今は見る影もない。

 

幹部や実際に手を下していたような実行役の信者に至っては、洗脳状態とはいえある程度の罪に問われているが、幸いカナミに至っては無罪になる確率が非常に高く、社会復帰こそすこし難しいけれど、それでも五体満足でシャバに出られるのは、私としても嬉しい限りだった。

 

早速会いに行こうと拘置所の前で待っていると、すっかりやつれた友人が重厚な鉄柵の通用口から出てきた。

 

「カナミ」

 

せっかく出てきたのだから、これから美味しいご飯でも食べに行こうと誘おうとした矢先、彼女は私を見た瞬間を顔色を変えてその場にへたりこんだ。

 

「ぁ…ぁ」

 

「ちょっと、大丈夫?」

 

「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…」

 

「え?」

 

「お願いします、洗脳されてただけなんです、どうか…どうか、殺さないで…お願いします」

 

震えながら顔をあおざめるカナミ。自責の念を抱くのは結構だけれど、ここまで萎縮されるとさすがに心配になる。

 

「ちょっと、そこまで謝らなくても」

 

「や、やだ…死にたくない…やだ」

 

何かから逃げようと抜けた腰を引きずりながら、後退りをする。

ついに立ち上がったと思いきや、慣れない足つきでゆたゆたと走り去って言った。

 

それから彼女が水死体として発見されたのはわずか2日後の事だった。

 

入水自殺だった。

 

 

 

 

 

「本当に?」

 

「えぇ…近所でもよく噂になっていて、ほら東京から越してきたっていうのもこの町じゃ大きなニュースだったし、何よりあそこのお宅の娘さん?不気味というかなんというか、ほら普段は八方美人なのよ、でも急変するというか」

 

「なるほど…」

 

「なにより中学の頃、新聞に取り上げられるほど大きな事件もあったでしょ?だから」

 

「あぁ、少年Sでしたっけ」

 

「そう…別にあの子が直接手を下したわけじゃないのよ?警察も実際に捜査した上で彼女の無実が証明されたから…でも、未だに彼女のことを恐れたりだとかしている人は結構いるもの」

 

「今その、新垣由紀子さんはどこに」

 

「さぁ、上京したって聞いたけど、足取りまでは」

 

アングラ系の雑誌編集者として働き始めて早4年、今まで数々の事件を取り上げてきたが、今回記事にする内容はそれまでのものとは一線を駕す、非常に特異なものだった。

 

2004年9月9日

当時中学生だった里崎康太くんが山中で首を吊って見つかった。警察は当初、自殺と断定し捜査を続けていたが彼の周りには、自殺に至るまでの決定的な要因が存在せず、じきに事件性も視野に入れた捜査が展開されることとなった。

 

事件のあった町は過疎化が進んだ田舎で、里崎くんが通っていた中学校は全校生徒40名弱の非常に小さな学校だった。いじめは無く、むしろ里崎くん自体友達の多い活発な子であったことは周りの評判からも伺えるのだが、一つだけその町には奇妙な噂が流布していた。

 

東京から越してきた一家の一人娘が、学校の子供たちを半ば支配下に置いているのだという。支配下…というと少し子供らしく聞こえてしまうが、その実態は絶対的な主従関係が存在する言わば洗脳で、よく学校で形成されるスクールカーストを更に大袈裟にしたような、半ば独裁であった。

 

異質なのは、普通であれば学級をまとめるはずの教師でさえも、彼女の言うことには逆らうことが出来なかったということだ。普段は温和で誰に対しても親切な少女ではあるが、発作的に人格が変わり、さながら女王のように振る舞う暴君へと変貌を遂げる。

 

世の中には、二重人格や多重人格と呼ばれる、解離性同一性障害という症例が実際に存在するが、この少女もやはりその類で、実際に東京に住んでいた頃は通院を繰り返す日々を送っていたことが分かっている。

 

では彼女が自殺をほのめかしたのか…と言われればそうではなく、クラスメイトに対して事情聴取を行ったものの、誰一人としてそのような事実が存在しないと否定をし、逆に少女は里崎少年を気にかけていたとまで証言していた。

 

それでも警察は少女に関する捜査を進めるに至ったが、最終的には一切事件に関与していないことがわかった。

 

その少女の名前こそ、新垣由紀子。

両親は既に他界し、現在は東京で一人暮らしをしていると言うが、居場所は定かでない。

 

今回私は、この事件の真相を解明するという壮大な使命を抱き、辺境へとやってきた次第である。

 

しかしそんな最中、宿泊していた旅館の一室で、タイミングの良い報せを受けた。

 

「もしもし」

 

『おう、朝早くに悪ぃな…どうだ記事の方は』

 

「まあ、時間はかかりそうですけど…いま事件の周辺にいた人間を洗ってる状況です…しっかし田舎の人間は金渡せばすぐに話してくれて楽で仕方ないですよ」

 

『あんま、調子乗んなよ』

 

電話相手の編集長から注意を受けながらも、俺はその特報級の情報を聞き唖然とした。

 

『新垣由紀子の同級生、ほら俺たちが今度記事として取り上げる予定だった、話題のカルト教団があったろ…あれの信者だった奴』

 

「あぁ、はい…佐藤カナミでしたっけ」

 

『そう、一昨日遺体で見つかった』

 

「え?なぜそんな」

 

『入水自殺だとよ…』

 

「また、この街の人間が…」

 

『まぁ、深く考えすぎんな…流石の新垣由紀子でも友人の葬式ぐらいには参列するだろうから…その隙狙って本人に直接取材しちまえ』

 

「え、じゃあ新垣が地元に帰ってくると?」

 

『そうだ…』

 

「よっし!!」

 

思わずガッツポーズをする。

記者人生の中で、かつて重要参考人に話を聞けるなんてことは滅多にない。これは一番の大見出しになるに違いないと踏んだ俺は、佐藤カナミの葬儀が行われるまで、街のに聞き込みを続けその日を虎視眈々と待ち続けることにした。

 

4日後。

地元の寺で行われた葬儀には、今まで聞き込みを続けてきた人々が多く参列していた。しかしその中に1人、見覚えのない美しい女性が喪服姿で佇んでいた。艶やかと表現していい黒髪と、目鼻立ちがくっきりとした長身の女性…間違いない、あれこそが新垣由紀子本人で間違いないだろう。

 

お焼香をあげるときも、周りに座る人々は彼女の魅力から目が離せないのか、その背をジッと凝視している。確かに、この人なら学級の一つや二つ程度容易に支配することも容易いだろう。

 

合点がいったとばかりに小さく頷くと、彼女は葬式の会場からそそくさと立ち去って言った。

 

まさかお焼香だけをあげに来たのだろうか。

であれば悠長に正座をしている訳にも行かない。俺は会場を後にし、寺の門をくぐり彼女の後を追った。

 

新垣由紀子は寺の前を通る道路脇の白線の中を歩いていた。

 

当然すぐさま声をかける。

 

「…新垣由紀子さんですよね」

 

「はい?」

 

「あの、自分こういうものでして」

 

懐から名刺を取り出すと同時に、レコーダーを回す。

 

「記者さん…ですか」

 

「えぇ…しかしこの度は、本当にお気の毒に」

 

「…」

 

「ただ、話をかけたのはちょっと違った理由でして…実は2004年に起きた事件について独自に調査を続けているんですよ」

 

「はぁ…そうですか」

 

「…ズバリ、あの時の事件について、是非とも新垣さんに簡単なインタビューを」

 

「すいません、お断りします」

 

「…まぁ、そう言わず」

 

俺はポケットから数枚の1万円札を取り出し、それを彼女の手に握らせた。

 

「ささ…どうぞ」

 

「…いりません」

 

そう言いながら踵を返し立ち去ろうとする新垣。俺も必死に止めることしか思い浮かばず、彼女の肩に手を置いた。

それが間違いだった。

 

振り向いた彼女の形相はとてもこの世のものとは思えない恐ろしい顔を浮かべていた。それこそ、まるで違う何かに乗っ取られたような形容しがたい顔。

 

俺は思った。確信とは言えないし、証明することも出来ないが、彼女の中には別の何かが住み着いているに違いない。

 

初対面こそ良識のある善良な人間感があふれていたが、先程の表情を見てからはこの記事に関する取材を取り辞めようかと思うほど、酷く怯えてしまった。齢30近い年齢だと言うのに、まさか鬼の形相だけでたじろいでしまうとは。

 

一体何が彼女をそうさせたのか。

 

俺はこれ以上、彼女に声をかけることすら出来なかった。

 

 

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