「いくら貰えるの」
「ものによりますが、私の請け負っている依頼で一件あたり3000万です」
「さんぜっ!?」
儲かるどころの話じゃない。プロの殺し屋でもそれぐらい貰ってるか怪しいレベルだ、しらんけど。下手すればゴルゴより貰ってる可能性がある。
「んー、割はいいんだけど…地方行くでしょ絶対」
「まぁ、仕事によっては海外にも…ちなみに私は昨日、台湾で仕事を少し…これが終われば再び戻りますが」
「へえ、台湾か…どんな仕事?」
「
「…モー?」
「沖縄では、比較的人間に対しても友好的なキジムナーとして伝わっていますが、台湾のソレはモノが異なります。主に子供を攫い、餌にするタチの悪い妖魔です」
「鬼より厄介?」
「同等かそれ以上です…祓うには誘き寄せて叩くしかありません。罠を張るんです」
「意外とお祓いってまどろっこしいんだな」
「強い存在には万全を期すに越したことはありません…最もあなたの場合は物理的に祓い殺すことが可能なようですが…それでお返事は」
「んー、暇な時だけやるわ…俺は別に金に困ってる訳でもないし」
「そうですか、力が必要になった時頼らせていただくこともあるかと思います。これ、私の名刺です…知り合った人間の中でも限られた者にしか渡さない個人用の連絡先が書かれてあります」
「おーけー、まぁなんかあったら電話ちょうだい」
「えぇ」
話は淡々と進んでいるが、ここに剛さんと岩井さんの密約が結ばれ、その場に場違いにも居合わせている私は、終始蚊帳の外で戸惑う他なかった。
車は進み、やがて多摩川通り沿いを右折すると競馬場の奥にある大國魂神社へとたどり着いた。荘厳な雰囲気に思わず身を引き締める。
境内には装束を身にまとった複数名の神主さんらがおり、床一面に真っ白な玉砂利が敷き詰められ、真新しい祭壇と薪がくべられ、ごうごうと燃える炎があった。遠くからでも感じられるほどの熱に目を細めるが、その熱さは不思議と縄で区切られた玉砂利の中では全くなかった。
「祓いに際して強力な結界を張っています」
四方に盛り塩と札が貼られ、床には
「御二方、そちらにお座り下さい」
促され、席に着くといよいよ祓いが始まった。
太鼓の音とともに神楽鈴がシャンっという音をたて鳴り響く。聞いた事のないお経が一斉に唱えられ、火がどんどん強くなる。まさに業火だ。
夜であるにもかかわらず。空の雲が段々と厚くなっていくのが分かる。星空が消え失せ、鴉の鳴き声が木霊した。月明かりすら隠すほどの分厚い曇天からぽつりぽつりと大粒の雨が、火をかき消さんと降り始めた。不思議にも、私たちのいる玉砂利の敷かれた空間には雨水一粒すら漏れてこなかった。画面の砂嵐のような幾重にも重なった雨音がバケツをひっくり返したように降り注いだ。
これがお祓いなのか…。
目の前で印を結んでお経を唱えるのがお祓いというものじゃないのか…今目の前で起きているこの異様な光景に私は目を見開いた。
刹那、私と剛さんの
「以上でお祓いは完了です」
「あの、流されそうなほど雨が降ってるんですけど」
「大丈夫です、一分以内に
岩井さんの言う通り物の数秒で雨は止んだ。先程までの喧騒が嘘のように静寂に包まれる。ホッと胸をなでおろし、結界の外に出た。
「数日は家やホテルから出ないでください、葉純さんは特別にこちらの神社で数日身柄を保護して下さるとのことですから、こちらで自宅の手配をしておきます」
「あの、両親は…実家があると思うんですけど」
「今はまだ会えません、こちらでも色々手配をしています」
その日を境に、私は平穏な生活へと戻ることになった。
数日後、両親とも再会した。最初は信じられないと言った顔をしていたけれど、やっぱり直ぐに私だとわかるようで、随分と白髪とシワの増えた2人に迎え入れられた私は多分、涙を流してたと思う。
実家に戻った翌日、私は祖父母の墓参りに行った。2004年の頃はまだピンピンしていたおじいちゃんおばあちゃんは、5年ほど前に他界したらしい。2人して7月と8月の夏頃に逝去したというのだから驚きだ。最後まで仲睦まじい夫婦だったという。
私はあれから、地元の海岸沿いにあるカフェで働くことになった。
仕事はまだ慣れてなくて大変だけど、昔から好きだった浜松の海の傍らで、コーヒーの香りとゆったりとした時間を感じながら働けるなんて夢のようだった。
ただ。あの駅から帰ってきて少しだけ変わったことがある。
それは、見えてはいけないものが、くっきりはっきりと見えるようになってしまった…ということ。幸い、きさらぎ駅にいるような凶暴なソレとは出会っていないけれど、海沿いに毎夜現れる子供が、どこか私を手招きして呼んでいるような気がして、不安は拭えていない。
上京して早3年、最初は戸惑ってばかりだった新生活も徐々に慣れ始めた頃、買い物に行こうと大きな百貨店へ赴いた際、たまたま出会った。
名前を佐藤カナミといい、私が中学3年生の頃、同じクラスである程度親しくしていた友人と呼べる存在だった。
「あっれ…カナミちゃん?なんでここに」
「え、あ!ゆっこ?」
「う、うん、そうそう!ゆっこ」
本名 新垣由紀子、あだ名はゆっこ。私のことだ。
中学時代は3年間吹奏楽部に所属していて、カナミちゃんも同じだった。お互いの顔は10年近くたった今でもよく覚えている。
「なんでここに?」
「あー、言ってなかったっけ…私も実は会社の関係で東京に越してきて」
「へえそうなんだ!」
「そうそう、でさ今日は仕事も休みだからせっかくなら買い物でもって」
「あ、そうなんだ」
久方ぶりの友人との再会に思わず顔がこわばる。あれから全く変わっていない、むしろ昔の素朴な雰囲気に戻ったようだ。カナミちゃんとの会話も必然的に弾み、流れ的に私たちは一緒に買い物をすることになった。
「そういえばさ、中学の頃、クラスメイトに里崎くんっていたじゃん」
「里崎くん…ごめんどんな子だっけ」
買い物の途中、カナミちゃんが思い出したように、唐突に中学校時代の話題を話し始めた。
「ほら、地味なメガネかけてる」
「んー…よく覚えてるね」
「まぁ、印象に残らないのは仕方ないんだけどさ…ほら、私つい最近まで地元にいて、上京したのは先月ぐらいだから、地元の噂話はよーく耳にするんだけど」
「噂も広まりやすい町だったからね」
「うん、でさその里崎くんって子、ゆっこの事が好きだったらしいよ」
「へぇ、でも中学の頃でしょ」
「まぁ、そうなんだけどさ、でもそれを聞いたのが最近のことで」
「うん…ちなみになんだけどさ、あれ東京に来たのは先月の…」
「10月だね!」
「10月ね、珍しいねこの時期に」
おかしい。
明らかにおかしい。
私がカナミちゃんと東京で出会ったのは2年前のことだ。彼女はその時、既に上京していて、表参道で買い物をしている道すがら偶然出会ったのが、再会だった気がする。
彼女の言動からするに、完全に私と出会った2020年9月のあの出来事を忘れているようだし、何より私の中学校時代のクラスメイトに"里崎くん"なんて子はいない。
田舎町に存在する中学校はたった一つのみで、1つのクラスで15名前後の生徒がいたが、そんな人数も少なければ全員の顔と名前は今でも覚えている。
もう一度言う、里崎くんなんて子は存在していない。
だったらカナミは一体誰の話をしているのか、そもそも目の前にいるのはカナミなのか…。
「ゆっこー」
「…ん、?」
「どうしたのそんなに思い悩んだ顔して、彼氏さんと上手くいってない?」
「ん?いや仲良いよ…あれ、彼氏のこと言ったっけ」
「もう、言ったよー」
私に彼氏はいない。
冷や汗が止まらない。今すぐここから逃げ出したい気分だ。目の前の人物はどこの誰なのか。なぜカナミの見た目をしているのか、なぜ私のアダ名を知っているのか、あまりにも不気味すぎで呼吸することもままならない。
「で、つぎどこに買い物に行くー?」
私は、笑顔を取り繕うことしか出来なかった。