脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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『夫婦』

後日。

 

書かれていた電話番号に連絡を入れた後、渡された住所へ向かった。

 

「…普通の家」

 

吉祥寺にある普通の家。それが住所に書かれた場所だった。ローマ字の表札には『HIRAI』と書かれている。私はおずおずとインターフォンを鳴らした。

 

『はーい』

 

「あ、新垣です…」

 

『今出まーす』

 

数秒後、玄関を開けたのは同い年くらいの清楚な女性と、旦那さんと思わしき髭を生やし眼鏡をかけたオシャレな男性だった。

 

「新垣さんですね」

 

「あ、はい」

 

「どうぞどうぞ」

 

「お邪魔します」

 

本当にここで合っているのかという疑問を持ちながら、家の中に招き入れられる。もっと雰囲気のある禍々しい建物を想像していたこともあり、若干拍子抜けだ。

 

家の中も至って普通で、なんらオカルト感はない。

しかし、リビングに入ろうとした矢先

 

「ごめんなさい、少し消毒いいですか」

 

「あ、はい」

 

旦那さんが、透明な液体の入ったスプレーを私に差し出した。

私は躊躇することなく、それを手のひらにふきかけよく馴染ませた。

 

今の時期、インフルエンザもなかなかに怖い、こういう万全の対策をとっている家庭があっても何ら不思議でない。これでよしと、リビングに入ると膝の力が抜けその場にへたりこんだ。

 

「やっぱ、少しだけ憑いてたね」

 

「やっぱりかー」

 

床に腰を落とした私を夫婦が見下げる、一体何事かと驚愕に顔を染めていると、夫婦は説明するように言った。

 

「最近怪我してませんか」

 

「け、けが…家の中で転んだくらいですね」

 

「やっぱり」

 

家の中で転ぶ程度、特に不思議なことではない気もするが、どうやら夫婦にとっては違うらしい。

 

「自分の身に降かかる怪我や病気は、そのほとんどが憑き物のせいです…今かけたスプレーの中身は私たちが独自で配合した聖水で、身体の穢れを洗い流してくれます」

 

「足腰の力が抜けたのも、憑き物がとれ一時的に気力を失ったからですよ」

 

普段ならそんなオカルトがあるはずないと、内心苦笑するが、現状を見るにそれも否定できなかった。確かに私は、あの聖水らしきものを振りかけられ、気力を失った。貧血だからとか、つまづいたからだとかそんな理由では無い。とても偶然とは思えない。

 

「疑う気持ちも分かりますが、霊はいますしそれを祓う人間も存在します。古来より厄除けや祈祷が存在するのもその証拠です…私たちはその祓いを生業として生活しています…今回あなたが、ひいては貴方のご友人が直面している問題は把握していますから、この場はあなたが今後どうしていきたいかを話していく場にしましょう」

 

そう言いながら手を差し伸べてきた奥さん、私はその手を握り立ち上がった。

椅子に座ると、私の正面に夫婦が座る。途中旦那さんが離席して戻ってきた時には、大きなバッグを片手に下げていた。

 

「これは私たちの道具の一つです、これを身につけてください」

 

そう言いながら取り出したのは白い小さな貝殻でできたペンダントだった

 

「これは」

 

「魔除の1種です、もう少しコンパクトなものもありますが、今回の相手はかなり厄介…なのでこれぐらいあからさまでないと、貴女の身が危ないです」

 

「なぜ…厄介なんですか」

 

「今回の依頼は怨霊でもなければ妖魔でもありません、いわゆる土着神と同等の力を有する邪神です」

 

「邪神…」

 

「えぇ、人の思念と言うものは時に強大な力を有する存在を生み出します、特に新興宗教などの熱心な思念を集めやすい存在は、それだけ力も強く凶暴になる傾向があります…おそらく(かはづ)の目が生贄を捧げることに心血を注いでいるのも、その邪神のせいだと思われます」

 

「…祓えるんですか」

 

「分かりません、実際に相対してみない限り…力量差は明確では無いです…ただ厄介であることは確実でしょう、何せ人を食っていますから」

 

そう言いながら奥さんは、一冊のノートを取りだした。

 

「怨霊も妖魔も、そして邪神ないし土着神も、人を殺し人を食らうような凶暴な存在は総じて厄介です。今回の相手は…まぁ、かなり凶悪なようで…我々としも万全を期し挑む予定です」

 

「安心してください、吉報を持ち帰りますよ」

 

 

 

 

 

『というのがつい3日前の出来事です』

 

「それで…えーと、なんだっけ、か、かは?」

 

(かはづ)の目です』

 

「あぁ、そうそう、かはづね…それでその蛙愛好会に潜入した2人は生きてるの」

 

『分かりません…連絡が無いので最悪のケースも考えられます…はぁ、私の采配ミスです、2人には謝らなければ』

 

「死んでたら謝れないじゃん」

 

都内某所にある病院の病室にて、武部 剛は包帯の巻かれた女性の傍らに座り、岩井なつから連絡を受けていた。

 

『妖魔や邪神は古くから信仰されているほうがより強力な力を持っています、したがって今回の依頼にある鼃の目は、まだまだ若い。100年ちょっとしか経っていませんから…ですがまさか、平井夫妻が失敗するとは』

 

「強いの、そいつら」

 

『えぇ、強いです…国内における、西洋式除霊を武器とする者の中では、最強と言ってもいいでしょう…実際、今まで解決してきた事件の中にはかなり有名なものもあります。[バズビーの椅子]のような呪われた物品のお祓いから[くねくね]のような怪異まで』

 

「まぁ、よく知らんけど凄いんだな」

 

『はい、私と同じく国から依頼されるほど優秀な霊媒師です』

 

「自分のこと間接的に凄いって言ってるじゃん」

 

『事実です』

 

岩井なつにとっても今回の出来事は完全に予想外だった。彼女自身、平井夫妻の実力は認めている部分があり、自身が日本に居ない時、多くの人間を脅かす怪異が現れたとしても対処できるほどの存在だと思っていた。

 

そんな最強の夫妻が消息を絶つほどの相手。通常の伝統的なプロセスで霊を祓う岩井や平井夫妻では歯が立たないと判断し、彼女は最後の奥の手として、ついこの前に知り合った武部 剛に連絡を入れた。

 

「それで、この寝てる人はどうすればいいの」

 

武部は自身のスマホで、ビデオ通話モードを音にし、病床に伏している人物を撮した。

 

『新垣さんには今、邪神が直接的に擦り付けた穢れがついています』

 

全身に包帯を巻いているのは、今回の依頼を出した新垣由紀子。平井夫妻が教団に潜入した直後に、車に跳ねられ意識不明の重体になった。現在、集中治療室で意識を戻さぬまま安静にしているが、このままではいつ心臓が止まってもおかしくはなかった。

 

『家に送った御札があると思いますので、それを彼女の額に着けてください』

 

「貼るの?キョンシーみたいに?」

 

『はい』

 

岩井の指示通り、額に御札を貼る。すると、バイタルが急に跳ね上がり身体が小刻みに痙攣しだした。身体からからドス黒い流動体がドロドロと漏れ出てくる。

 

『それが穢れです』

 

「え、こっからどうすんの」

 

『数回殴ってください』

 

「殴るの?」

 

『はい、黒い液体だけです。新垣さんには間違っても拳を当てないでください、普通に死にます』

 

「おーけい」

 

武部は自身の拳に力を込め、思いっきり振りかぶると、それを黒い液体に向かって叩き下ろした。

 

絞り出すような悲鳴をあげながら徐々に蒸発していく黒い液体。やがて完全に消え失せると、新垣のバイタルが安定し目を覚ました。

 

『一発ですか…』

 

「ぶっぱなしてやったわ、はっはっはっ!」

 

「…っここは、だ、誰ですか貴方」

 

「オレの名は剛、よろしくな」

 

「あ、新垣です…」

 

「今から蛙愛好会の邪神殴りに行くんだけど、来る?」

 

「え?」

 

「おぶってやるから、一緒に行こうぜ」

 

新垣は状況判断ができない状況で、戸惑いながらも小さく頷いた。

 

 

 

 

 

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