脳筋、きさらぎ駅に行く   作:草原山木

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『吐血』

東京都O町

覆面パトカーの車列の中に混じる一台のアルファード、その後部座席には今から邪神を祓わんとする、平井夫妻が乗っていた。

身なりは普通だが、服やリュックの中には夫妻らが作成した特性の武器が仕込まれている。祈祷を結んだ杭、聖水の入ったガラス瓶、銀製の十字架、水銀を含んだ注射器、そして何より銀弾の装填されたウィンチェスターm1873、ブローニングオート5。

 

装備だけ見れば、吸血鬼退治にでも行くのかと思われても仕方ないかもしれないが、古来より対悪魔ないし神聖なものとして伝わる、聖水や銀は吸血鬼だけでなくあらゆる穢れや呪いに対して特攻と言えるほどの効果がある。

 

その威力は、時に日本の御札や呪物を上回るとされており、なにより時間や経費のかかる祈祷やお祓いに対して、西洋式除霊は身一つで素早く祓うことが出来るのも大きな利点とされている。

当然日本において免許を持たず、銃の携帯許可を得ている一般人は、この夫婦くらいだ。警察機関は黙認どころか、大いに承認している。

 

警察の先導を得ながら到着したO町は、都内であるにもかかわらず自然豊かな山々に囲まれた、秘境と言える場所だった。さらにそこから、『(かはづ)の目』本部があるとされる山間の平野に向けて細い山道を数台もの車が連なり進む。

 

「平井さん」

 

「なんでしょう」

 

「すいません、これ以上は道が狭すぎて…車が通れません」

 

「ではここで下ろしていただいて結構ですよ」

 

車に揺られること数十分、崖道と言えるほどガードレールのない細い道はやがて狭まり、ついにこのまま進めば転がり落ちるところまで来た。

 

「もとよりこれ以上は我々のみで行く予定でしたから」

 

停車する車列に対して、引き返すよう促した夫妻は、2人のみで道を進むことにした。警察はあくまで護送や周辺地域への警戒を行うのみで、邪神の祓いに参加する予定は無かった。

 

リュックを背負い、山道を進む。

 

「やっぱり…意図的に切り崩してたね」

 

「それだけ、来て欲しくないのか…出てって欲しくないのか」

 

「両方じゃない?」

 

下車してから歩くこと数分、狭い道はやがて広がりをみせ、それまで通ってきた道と同様、十分なほどの幅があった。後方を振り向けば、ここに至るまで不自然な程に斜面の抉れた道があり、わざわざ車が通れないよう山道を削ったと思われる。

 

「…道から残穢を感じる」

 

「これは何人か死んでるね」

 

道を削るのに業者を雇ったのか、それとも信者に作らせたのか。夫妻は感じ取った残穢から明らかに、素人仕事で人が何人も死んでいることが手に取るようにわかった。

 

「これじゃ宗教組織ってよりも、独裁国家に近い」

 

「まぁ…うん」

 

道を進むにつれ、木々が減り、色とりどりの花々が絨毯のように埋め尽くされた不思議な空間へと変貌を遂げていく。

 

「…まずいかも」

 

「環境にまで影響を及ぼす…となると、ちょっと気張らないと厄介かもね」

 

「ッ…ッ゛ゥ」

 

「…茜ちゃん!?」

 

妻 平井茜が唐突に吐血し、その場に倒れ伏した。懐から聖水を取り出し急いで飲ませる。身体の痙攣が収まると、夫 平井ケンジは自身の頭から聖水をふりかけた。

 

「踏み入るだけで…祟りを起こすなんて、マジで言ってんのか…」

 

聖水には穢れを洗い流す他にも、一時的に、擦り寄る穢れから身を守る効果がある。普段の祓いであれば首から下げた銀製の十字架のみで、対処出来るためなんら使用することは無い。あくまで応急処置にしかならない行為だが、その十字架を貫通して直接、祟りを起こせるとなれば話は別だった。

 

「聖水の効果が切れるまで長くて10分、残りはあと6本、2人で使って3本ずつ…30分以内に祓わなきゃ…」

 

「わ、私の事は置いてってもいいから…ケンジが…」

 

「そんなこと絶対にしない…ここは邪神の住処で、カルト教団のお膝元…例え祟りから守れたとしても…一緒にいなきゃ、信者に殺される…」

 

「…でも」

 

「気を使う必要なんて無い、行くよほら」

 

茜を背負い、山道を進むケンジ。

花に埋め尽くされた道には、彫像のようにあちこち遺体が置かれていた。植物が生え、かろうじて人型を保ったそれは、徐々に数も増えていった。一体何人の信者が生贄として犠牲になったのか、皆目見当もつかない。

 

腐り、肥料になった者も居れば、昨日まで生きていたと思われるほど血の滴る新しい者まで。

 

道の中腹で、2本目の聖水を使い再び歩みを進める。

皮を剥がされた遺体の連なる道を進み、たどり着いたのは、人気(ひとけ)のない広大な平原だった。平原の真ん中には大きなテントがぽつりと建っており、それ以外何も無い。

 

妻と二人分の重い荷物を背負い、斜面の続く山道を歩いてきたせいか、ケンジの足腰は既に限界を迎えていた。せめて祓うまでは倒れることは出来ない。震える膝を殴りつけ、荷物を地面に下ろすと、銃を二丁取り出した。

 

もうなりふり構ってはいられない。

 

銀弾の装填された銃は、平井夫婦にとって最終兵器とも呼べる代物だった。今までの祓いでは滅多に使うことのなかった奥の手で、初っ端からこれを使うと考えたのは、今にも身体の内側を食い破りそうなほど濃密に満たされた邪悪な神気のせいだった。

 

一発で、最短で、迷いなく仕留めるしかない。

やり方は簡単、御神体を銃で撃ち抜くだけ。

 

「茜ちゃん、どこにあるか分かる」

 

「…3秒ちょうだい…、…、…、」

 

茜は目を瞑り、こめかみを指で押えながら念視を行った。鼻から血が垂れでる。顔中に汗を滲ませ思案すること3秒、やがて見開くと、真っ直ぐとテントの方向を指し示した。

 

「あそこ…あのテントの奥にある祭壇にいる」

 

「OK、わかった…直ぐに戻るから」

 

「待って…」

 

茜は自身の指先に歯を立てると、滲み出る血をケンジの額に付け、古代エジプトに伝わる強力な魔除けの紋章『ホルスの目』を描いた。

 

「これで…これで大丈夫、きっと」

 

「ありがとう」

 

ウィンチェスターとブローニングを装填(リロード)する。

 

 

平原を駆け抜け。

 

 

テントを捲り。

 

 

撃つ。

 

2発の銃声が重なった。

 

 

銃弾が空中でとまり、反転する。

出てきたはずの銃口に弾丸が収まり、やがて…

 

 

 

大きな破裂音とともに銃が暴発した。

 

手首がちぎれ、両腕が煤に包まれる。

倒れると同時に意識を手放した。その最中(さなか)、ケンジの瞳には、何十人にも及ぶ信者たちの、固められたかのような笑顔がうつっていた。

 

割れんばかりの喝采の拍手と、笑い声。万歳三唱。拝み泣くもの、笑うもの。

 

 

喧騒が静寂な平原を包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ」

 

ケンジが目を覚ますと、眼下の平原には食卓を囲む、真っ白な服を着た老若男女がいた。周りを見やる。隣にいる妻。彼らが持ってきた銀の十字架を模したような、木の板で作られた粗末な十字架に、磔にされたように紐で結ばれていた。

 

上から垂れる雫。

見上げればそこには、血を垂れ流す羊の首があった。逃げ出そうにも、紐がちぎれた腕にくい込み思うように動かない。痛みのあまり叫びそうになるが、声をかみ殺す。血が止まり足先が壊死しそうだった。

 

地上8m。容易に逃げ出せぬよう高い位置に磔にされた2人は。長い机を囲み、食事をする信者たちが笑顔を浮かべながら、自分たちを生贄にせんとする視線を向けていることに気がついた。

 

長い食卓の先。夫婦の真向かいには、子供の信者に囲まれながらまっすぐと磔を見つめる、人間の"皮"を被った何かがいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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