3日が経過した。
「今晩、火を焚こう」
教祖の一声によって、一同が頷いた。
ここ数日雨が降り続いた影響で、儀式を行うことが出来なかったが、ついに晴天に恵まれた。
侵入者に裁きを。という神からの啓示を受けた信者らは、捕らえた若い夫妻を磔にし、日が沈んだ夕刻に火炙りに処すことを決めた。まるでかつての魔女狩りのように。
平井夫妻は数日間、吊し上げられたことにより、疲弊のあまり目を開けることすらままならなかった。手足の感覚は既にない。たとえここから逃げおおせたとて、長い山道を自力で下るのは不可能だった。
最悪のケースは、警察が夫婦らの危険を察知して救助に来ることだった。並大抵の人間では無駄死にするだけだ。予め、平井夫妻は自分たちの身に何があったとしても、絶対に救助要請を出さないことを伝えてはいるが、日本国内における権力者、もとい平井夫妻の力がなくてはならないような、
そんな中。
火炙りの行われる晴天より昨日。
曇天の京都。
下鴨神社の最奥にて、老齢の男女が円卓に座り、今回の事態に関しての対処を詰めていた。
「やはり、救助へ赴くべきだと思われます」
「平井夫妻を失うのはあまりにも大きな損失だ…あの二人がいなければ、日本の縮図が大きく変わってしまうぞ」
「あの方々は我ら長の直系、命を散らしてでも助けるべきだ」
「しかし…あの二人を持ってしても…」
平井夫妻の妻、平井茜はかつての陰陽師、賀茂氏の直系にあたる子孫で、長い血筋の中でも最強ともくされる霊媒師だった。念話、念視、未来予知など陰陽道を通じ、あらゆる事象を容易に引き起こせる天才児として幼少の頃から、賀茂氏から連なる秘密結社『八咫烏』で大切に育てられてきた、超箱入り娘だった。
「既にイングランド国教会は数名の祈祷師を送ったようだ」
「さすがは、早いな…全くとんでもない夫婦だ」
妻が由緒正しき陰陽師であるのに対し、旦那ケンジはかつてイングランド国教会に属していた悪魔祓いであった。日系の血筋に生まれたケンジは、国教会の中でも特に頭を悩ませていた事象を解決に導いた、これまた天才と言われる存在で、2人の結婚は2ヶ国の裏を結びつける正しく政略結婚と言えた。
「我々からも優秀な霊媒師を送るしかない…」
「岩井殿にも要請はしたのか」
「残念ながら台湾の案件が長引いているようだ、どうやら赤い服の少女が現れたらしく追加で依頼があったらしい」
「なんたるタイミングで…」
「ユタにも連絡したのか」
「もちろんだとも、しかし断られた…今回の対象はあまりにも例外的…彼女らでは対抗できないと…」
苦悶を浮かべる一同。すると、円卓の真ん中に置かれた古めかしいダイヤル電話が大きく鳴り響いた。恐る恐る受話器をとると、聞こえてきたのは台湾にいる岩井なつの声だった。
『そのまま聞いてください』
「岩井殿…」
「緊急にでも帰国していただけぬか…」
『そう焦らず、私の方で一名…この度の事態を解決に導くことが出来る人材を派遣しようと考えています』
「まさか、そのような人間が居るのですか」
『えぇ、しかしながら…あまりにも気まぐれというか、私の方から連絡を取ることが出来ないのです…ですからそちらで探していただけませんか、武部 剛という男を』
「武部…?」
「誰だ…」
日本を裏から操る秘密結社の面々は、眉間にシワを浮かべ首を傾げながら、言われた名前の人物を探すよう政府機関に緊急で勅命を下した。
時は戻り晴天の夕方。
日が傾き、山際を藍色と山吹色に染める夕日は、あと数刻で沈まんとしていた。磔の麓に藁が積み上げられ、儀式の準備が着々と進む。
一方平原への入口である、山道にはサイレンをつけた警察車両が十数台連なり、車幅が狭くとも進める白バイも動員されていた。
袴を履いた霊媒師、修道服を着た悪魔祓い、計6名による救助隊も揃い踏みし、いよいよ乗り込まんとしている中、一人の男が緊張感高まる空気をぶち壊していた。
「それ御札?」
「え、あ…はいそうですけど」
「ちょっとちょうだいよ」
「いやそれはちょっと」
「まぁまぁ、後で返すからさ…ほらこのバットに貼るのよ」
「えぇ…」
「いっぱい持ってるんでしょう?いいじゃんかちょっとぐらい」
そう言いながら、御札を手に取りペタペタと金属バットに貼り付けていく男。身長194センチ、体重142キロ、筋骨隆々、長いもみあげに短く切りそろえられた髪。名を武部 剛。今回の事件で岩井なつ直々に依頼を受け、馳せ参じた無名の自称"スーパーれいばいし"だった。
なぜ霊媒師の前に"スーパー"が着くのかと聞いたところ「強そうだから」という単純明快な答えが返ってきたことは、その場にいた大人たちの頭を抱えさせるには十分だった。イギリスから来た悪魔祓いからも既に『CRAZY MAN』という愛称をつけられている。
「酒飲む?持ってきたんよウイスキー、ほら消毒にも使えそうじゃん…かっこいいじゃん、傷口にブーッって吹きかけるやつ」
「No,thanks you」
スキットルを片手に、悪魔祓いに絡む武部。
大丈夫かよ…という声が多く上がる中、本人は素知らぬ雰囲気でただ邪神をぶん殴ることだけを考えていた。
「では、時間にもなりましたし…行きましょうか」
指揮を執る霊媒師が、時計を確認し指示を出した。
6人の救助隊は白バイの後部座席に座り次々と山道を登っていく。
走ること数分、地面に花々が生え始め、本格的に邪神の領域へと足を踏み入れた。
「ちょっと止まりましょう…」
先頭を走る霊媒師が異変を察知してバイクが止まる。
「…これ以上進むと、死にますね」
「どうする…思った以上に穢れが強いぞ」
「聖水は何本あります?」
「
「…足りないな、というか聖水だけで乗り切れるか」
出発早々行き詰まった、救助隊。そんな彼らを尻目に武部はバイクからおり、バットを片手にずんずんと奥に進んでいった。
「ちょっ…危ないです!それ以上進まないで!」
「別になんともなくない?」
「悪いことは言いません!今すぐ戻りなさい!!」
カラスの鳴き声が空を埋め尽くす。バイクのライトがチカチカと消えかけ、星と月明かりが山中を照らした。
「っ、く、く、来る……祟りが…お、怒らせたんだ…」
一人の霊媒師が怯えるあまり、バイクから転げ落ちその場に崩れ落ちた。
連なる花々を覆い尽くすほどの、真っ黒な霧がドロドロと流れてくる。竦む足を動かし今すぐ踵を返そうとする者もいる中、武部だけはあっけらかんとズンズン進んでいく。
「も、戻りなさい!!戻りなさい!!」
後方から聞こえる警告を受けながら歩みを止めぬ武部は、ついぞや止まったかと思うと、スキットルからウイスキーを口いっぱいに注ぎ、ライターに火をつけ、それを思いっきり吹き付けた。
業火が前方を花ごと燃やし尽くす。
さながら火炎放射器のような炎の塊は、黒いモヤ、もとい穢れを消し飛ばした。
「はっはっ、汚物は消毒だーッ!!」
「どういう原理だよ!?」
あまりにも脳筋すぎるお祓いに、驚愕の顔を浮かべる霊媒師たち。
「穢れでも腐った肉でも、火を通せばなんとかなる!!」
「だから、どういう原理!?」