高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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やつが来た

 かつて、とある鬼の集団が存在した。

 数にしておおよそ百ほど。略奪、強姦、惨殺。人の膂力では絶対に刃向かえぬ、絶対的な種族の差にて集落を蹂躙し、様々な悪事にて怖れられた鬼の群れだ。

 人の恐怖を糧として、彼らの悪行は更に進み、次第に襲う街の規模は大きくなっていく。

 やがてある鬼は声高らかに言った。今の自分たちであれば、都すら墜とし思うがままに転がすことすら出来るのではないかと。

 

 嗚呼、何という傲慢! 

 尽きることなき欲の体現者! 

 強さと我欲、これぞ鬼という化生の真髄!

 

 だが同時に、鬼達は増長した! 過剰なまでに自らの力を過信し、人という生き物を見誤ったのだ!

 

 都に構えるは設立当初であった四草(しのくさ)と国一番と謳われた退魔師白狐(はっこ)。人はそんな彼らを筆頭にした当時の最高戦力で鬼を迎え撃った。

 三夜に続く大決戦。都に張られた大規模退魔結界、そして五人の超人的霊術による大規模殲滅攻撃。

 力と妖力のみで攻める怪士(あやかし)風情が墜とすこと叶わず。堅固なる平安の都は穴一つ開けられることなく、かくして人々は勝利を収めたのだ。

 

 七割の同胞を骸に変えながら、それでもなお山へ逃げ帰り人への憎悪を抱えた鬼達。

 

 鬼達は激怒した。我ら至高なる鬼の角を折り、鋼が如き体に傷を付けた人の力を。

 鬼達は憎悪した。個々の強さではなく、集団として無数の策を講じた人の知恵を。

 そして鬼達は奮起した。このまま何も為せずに散ったのでは、鬼という存在の矜持に傷が付くと。

 

 数は失えど、その激情はなおも衰えず。

 むしろ残り火は業火へと火力を増し、生き残った鬼達の心を灯し続けたのだ。

 

 だが人は、そんな火継ぎすらも許さない。

 鬼の残党狩りを命じられた退魔師と武士の追跡部隊。計七人の精鋭が、彼らの本拠地を瞬く間に潰して回った。

 住処はもちろんのこと、鬼でありながら戦えぬ者、そして子ですらも容赦なく踏みつぶしていく。

 残酷に。徹底的に。鬼達の抵抗虚しく、かつて彼らが襲った人の集落のように呆気なく。

 

 やがて鬼は悉くを蹂躙され、物言わぬ骸の山だけと腐臭だけが残るのみ。

 人は彼らの残骸を集め焼いた。血を撒き散らしたこの地の浄化のために。そして彼らの屍が再び悪を為さないようにと願いを込めて。

 

 だが鬼には届かない。自らを殺した人の祈りなど、届くわけがなかった。

 彼らは暴力と悪なる根底によって生まれた化生。人の哀れみと善意など踏みにじるのが(さが)なれば。それすらも握りつぶすのが当然の道理。

 

 一瞬の隙だった。討伐を果たし、七人全てが燃ゆる焔に目を集めていた、ほんの僅かな時の隙間だった。

 彼らの骸の山から噴き出した妖気。鬼の妄念という力の塊が、突如最も近くにいた一人の青年の体を侵食したのだ。

 犯し、侵し、ひたすらに喰らう。肉を食むことがなかろうと、彼らの捕食はそれだけに留まらず。

 苦しみに藻掻く青年の悲鳴が木霊したのは十数秒。それより先は、人ではなく変わり果てた化生の咆哮。

 

 蹂躙。六人の体は瞬きよりも短き間にて引き裂かれ、噴き出した血が青年であった人を包み込む。

 鮮血の如き紅い皮膚に染まっていく。頭蓋には大きな角が生え、(まなこ)は深淵を思わせる黒へと塗りつぶされ、やがて一匹の怪異が完成する。してしまう。

 

 その怪異は、最早自身の正体などに興味はなく。

 鬼の怨を一身に受けた男は新生の雄叫びを轟かせ、かつて他の幸福を願える人であったことすら忘れ、飢えを満たすべくただただ骸の山を喰らうのみ。

 

 その後都を単騎で襲撃し、半壊まで及んだ死闘の末に封印を果たした退魔師はこう残した。

 人、忘れるべからず。その悪と怨の化身の名を。数多の骸を築いた一匹の化生の起こす嵐を。

 厄の名は屍鬼(かばねおに)。白き狐ですら滅することの叶わなかった、遠き世が背負うであろう最悪の大妖なり、と。

 

 

 

 

 

 あまりに唐突すぎる大本命との邂逅は、戦闘という言葉を使える拮抗などどこにもなかった。

 

「くそがアァ!!」

 

 吠える。ひたすらに吠えながら影を身に纏い、無様に回避を続けていく。

 負傷の激痛を誤魔化すため。そして萎縮し動けなくなってしまいそうな体と心に鞭打つために。

 

 穴の中心。屍鬼(かばねおに)の腕から噴き出し続けるのは、無数の腕にて編まれた紫紺の腕。

 掌から更に生え、結んで長くしたロープのように繋がった悍ましい触手。

 それは百を優に超える数で空を、そして大穴を埋め尽くし、たった三人を手中に収めるべく縦横無尽に蠢いてくる。

 

「結界だッ! 結界を割れッ! そうすれば、次に繋げられるッ! ここを誰かに伝えられるッ!」

 

 肉体を獅子の姿へと変え、触手を千切りながら戦場を奔る(つかさ)先輩はそう咆える。

 結界。俺らの脱出を拒み、この場を外へ知らせないための空間。

 なるほど、確かにそれを壊せれば可能性は生まれる。現状あれに勝ち目はない。けれど逃走という手段は増やすことが出来るだろう。

 

 ──だがどうやって? そもそもどうすれば、結界なんてもんを壊せるんだ?

 

(つく)さんッ!!」

「綻びが、あるはずだッ! 戦闘の余波で生じるはずだッ! 貴様は、そこをッ!!」

 

 遠くで肩を弾ませる(つく)さんは、迫る徒手空拳で触手を砕きながらこちらに答える。

 彼女も手一杯。逃げ惑うだけの俺よりはまだ捌けているが、あれではそう長い時間は保たないだろう。

 

 そもあいつは、屍鬼(かばねおに)は攻撃などしていない。ただ寝起きの朝食に腕を伸ばしているだけ。

 けれども何一つ通じない。腕触手を弾くだけで手一杯な俺では距離を縮めることも出来ず、抵抗一つ為せずに羽虫のように潰される。

 それが俺の運命。凡人には分不相応な力を手にし、不用意に非日常へ足を踏み込んだ己への罰なのか。

 

 ……冗談じゃない。ふざけるな、こんなところで、終わってたまるかよッ。

 まだ何も果たせてない。何も叶えてない。俺はまだ、やりたいことが、夢があるんだからッ──。

 

獣雷咆哮(ししのかずち)ッ!! 穿ち跳ねろォッ!!」

 

 後ろからの一撃によろけ、迫る腕に目を閉じかけた刹那。獅子から放たれた雷の(いばら)が、無数の腕を粉砕していく。

 まるで獅子の咆哮のように轟く雷鳴。自然の猛威が束となり、遮る悉くを薙ぎ払うのみ。

 

「乗れ二人ともォ!! 正念場だッ!!」

 

 俺達へと掛けられる言葉。そのか細い可能性に掴まるために、全力をで空へと跳び上がる。

 

(つく)。見えたか?」

「はい。上に四十五度、二時方向です」

 

 二人とも背に乗り、(つく)さんが透明化を施しながら空の一点を指差す。

 確かに遠くに僅かな罅が見える気がする。空に穴など空くわけがないのに、そこには綻びが生じているように見える。

 あれが結界の穴。あそこから結界をぶっ壊せば、きっと俺達にも退路が開ける。そのはずだ。

 

「……遠いな。多分そこまでは寄れないぞ」

「足場は作れる。届くなら俺が割ってやるぜ?」

「ならば可能なまで近くへ。後は私がぶん投げます」

 

 作戦会議は十秒未満。決まったと同時に、再び屍鬼(かばねおに)から腕が噴出される。

 先ほどよりも速く。多く。そして先ほどとは比較にならないほど込められた魔力。

 寝起きは終わり。触手とはいえ大漁の腕を潰されて、いよいよ本領発揮ってわけかよ。

 

「ここで仲良く落ちるなよッ! 加速(バースト)ッ!!」

 

 だが初動はこちらの方が一手早く。腕がこちらへ届く一瞬前に、獅子は大気の壁を突き破る。

 空を駆ける獅子。振り落とされぬよう、足に影を貼り付けただ力を溜める。

 失敗は出来ない。しくじれば死ぬのは俺だけじゃない。俺だけでも御免なのに、そんなクソみたいな結末なんて望めるはずがないだろう。

 

 そしてついに、金の獅子は速度を落とす。

 一本の足を掴まれた瞬間に、無数の掌が獅子を喰らうべく八方から囲んでくる。

 

「──跳べぇ!!」

「失礼ッ!!」

 

 俺を抱き上げ、踏みつけるように獅子の背を蹴り空へと進む(つく)さん。

 空がぐんぐんと近づき、やがて罅と五十メートルほどまで来た辺りで彼女の跳躍は勢いを失った。

 

「任せたぞ。上野進(うえのすすむ)

「──応ッ!!」

 

 掛け合う言葉はそれだけ。それで充分。それ以上など、何一つ必要などない。

 投げられた体はまるで砲弾のよう。空を引き裂くように加速し、ついに結界の罅手前まで到達する。

 

「くだッ、けろォ!!!」

 

 影を足場にし、金槌を可能な限り影で包み込み、ありったけの強化を体に掛けて振り抜く。

 パキリと、ガラスが割れたかのような音。何を砕いたと確信できる、そんな音。

 

 空気が変わる。まるで籠もった部屋の窓が開いたかのように、そこがそこのみでなくなっていく。

 落ちていく。ただただ落ちる。魔力を失い、強化は抜け、足場は消え去り下へと吸い込まれる。

 

「まずったなァ……。ま、いいや……」

 

 分かっている。結界を割っただけで、あの次元違いの怪物が止まるわけではないと。

 けれども体は動かない。落下に抗う力は残されておらず、戦う余力はこれっぽちもなかった。

 死ぬ。落ちようが捕まろうが関係ない。最早死というくだらない俺の末路は決定した。

 後悔は無いと言えば嘘になる。けれど、この瞬間のみならやりきったという達成感が死の恐怖すらも勝っている。

 

 俺は駄目でも誰か、(つく)さんだと嬉しいな。一人でも逃げ切れてくれればそれでいい。

 それだけでこの敗北に価値はある。外に、高嶺(たかね)アリスにさえ情報が伝わればそれで俺達の勝ちなのだから。

 

 割と頑張ったマラソン大会の完走後みたいに、自己満足な達成感のままゆっくりと目を瞑る。

 じゃあね。後は任せたよ、俺の最強。俺じゃ無理だったけど、いつか良い出会いがあるといいね。

 

 

「まったく、そんな顔で早抜けなど許さんぞ」

 

 

 だが、そんな俺の体は何かに包まれ、駄目な子供を諭すような優しい声が永久の眠りを妨げる。

 目を開けると、そこは女性の腕の中。体中を抉られて血を垂らす(つく)さんが、自分の身など省みずに俺を受け止めていたのだ。

 

「な、なんで……?」

「生きろ上野(うえの)。お嬢さまを、頼む」

 

 返事の間もなく投げ飛ばされる。俺の体が鬼の手に囚われぬようにと、可能な限り遠くまで。

 地面に転がる体。勢いが止まり、死人同然の体でなお、必死こいて立ち上がる。

 

 そこに広がっていたのは、あまりの苦痛で笑っちまうくらいの悲劇。

 獅子の姿から人に戻った(つかさ)先輩は空で、俺を助けてくれた(つく)さんも地上で押し潰されるように握られている。

 悪夢。絶望。阿鼻叫喚の地獄絵図。その様を例える言葉など、きっとどこにもないだろう。

 これが敗北。強さによって形作られた、残酷極まりない結末の果て。弱者じゃ何も守れないと、弱肉強食の刻まれた生き物であれば当然の帰結。

 

 数えるのも馬鹿らしくなる数の腕が迫る。彼らと同じように、あの怪物が喰らう餌として。

 ごめん(つく)さん、これ駄目っぽい。助けてもらった命、全部無駄だったよ──。

 

 

大嵐(おおあらし)

 

 

 死が目前へと迫った、まさにその瞬間だった。

 突如吹いた烈風が空を巡り、()()()()()()の全てを消し飛ばしたのは。

 

 まるで包み込むような暖かく優しい風。どこかで感じた事のある気がする、安心出来る抱擁感。

 最早限界らしく霞んでいく意識。けれど絶望は既になく、息すらままならぬ胸を満たすのは温もりだった。

 

「何をした、怪異風情が。……私の大事な弟に、何かしたのかァァッッ!!!!」

 

 最後に聞こえたのは女の咆哮。聞き慣れているはずの、初めて聞いた激情の嵐。

 それの発生源は空。つい数瞬前までなかったはずの、屍鬼(かばねおに)に匹敵する力の塊だ。

 巨大な台風が如き風と魔力を荒れ狂わせているのは、この国で五指に入るとされる傑物。

 高月由奈(たかつきゆな)。政府直属の退魔機関である四草(しのくさ)第五位にして“疾風の巫女”と畏怖された怪物が、この戦場に舞い降りた。

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