高嶺の勇者を殺したい!   作:ゴマ醤油

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わからせ

 それは現実にいるはずもない、まるでゲームから飛び出てきたかのような不可思議な何か。

 真っ黒な泥水の凝縮体。二つ目の付いた大きな黒い雫の生き物。

 ……いやいいや。もう言っちまおう。穢れだまりとか書いてあるけど、要するにあれスライムだよね。

 

「な、なんなんあれ……?」

 

 道路を塞ぐ謎に満ちた存在をまじまじと見つめながら、こいつが何なのかを考える。

 こんなやつ、さっきはいなかったよな。どっから出てきたんだろうか。

 いくらうっきうきで注意力が散漫になっていたとしても、こんなのがいたら気付かぬはずがない。というか大きさ的にどうあってもスルーなんて出来やしないはずだ。

 つまり通り過ぎてから振り返った僅かな合間で出現したってこと? んなゲームみたいなことある?

 

「しかしレベル7か。……ほーん?」

 

 しかし興味を惹かれてしまう。未知の存在もそうだが、何よりそいつを示すステータスにだ。

 未だ動く気配のないそいつは、本命たる高嶺(たかね)アリスを除けば過去最高のレベル。おまけに∞なんてわけのわかんない数値を叩きだしている。

 ……知りたい。この身に刻みたい。

 その強さの真髄を。その数値の意味を。たった30の肉体力とは、果たしてどこまでの差なのかを。

 

 いいじゃんいいじゃん乗ってきたよ。華々しい開幕にお誂え向きな敵じゃんかよ。

 もう月曜は終わるというのに、心は絶好調な日中みたいに滾ってついにやけちまう。

 やっぱ人生ってのはこうじゃないとな。それに俺、最初の敵はゴブリンよりスライム派なんだわ。

 

「さあ行こっ──」

 

 黒スライムくん目掛けて駆け出そうとした、その時だった。

 今まで動く素振りすら見せなかった塊が、突如としてこちらへ触手を伸ばしてきたのは。

 

「……はっ?」

 

 躱せたのは奇跡、いやそもそも自分の力で回避したとすら言いがたかった。

 頬を擦り、更に奥まで伸ばされた一本の長い細い黒棒。困惑が追いつくよりも早く、パチン、と強烈な音を立て、まるで弾かれたゴムのように黒スライムへと戻っていく。

 まったく見えなかった。まるで中学の頃部活でやっていた卓球で格上からスマッシュに反応出来なかった時のような、そんな感覚だった。

 

 ひりひりと何かが垂れるような感触を覚えた頬に触れてみれば、掌は赤い液体が付着している。

 ふと、思わず振り返ってしまう。するとそこには、誰かの家の煉瓦の壁に綺麗な穴が空いていた。

 

 ぞっとした。さっきまでのにやけもが止まっちまうくらい、体中を寒気が突き抜けた。

 もしあれが体のどこかに直撃していれば、あんな壁より易々と貫通されていたはず。俺の体が石や煉瓦よりも堅いなんてこと、ありはしないのだから。

 

 これが肉体力35の速度。単純に計算するなら俺の7倍の力。

 凄っげえ、凄すぎる。たった一桁、たった定規一本分の差だけでこんなにも違うのかよ!

 

 恐怖は依然心を支配したまま。だがそれと同じくらい、激しい好奇が胸を脈動している。

 レベル7でこれならば、高嶺(たかね)アリスは、レベル1000とはどれほど次元違いで至高の存在なのか。

 嗚呼たまらない。たった今死にかけたというのに、俺の心は萎びてくれやしない。

 それでこそ俺の目標。人生なんてものを費やして追い求める、ただ一つの大秘宝だ。

 

「ふへへへ……。とりあえず……退散ッ!!」

 

 とりあえず、現状一切勝ち目がないので尻尾巻いて全力ダッシュ。

 命を狙ってきた敵に背を向けるのは愚行以外にも何物でもないが、正直警戒しようが脇目も振らず全力疾走だろうが大差ない。何せ初見とはいえ、まったく反応出来なかったんだからな。

 神速触手パンチを撃たれないことを祈りつつ、人生で一二を争うほどの全力疾走。角を曲がり、体力が続く限りひたすらに走り、自宅へと転がるように飛び込んだ。

 

「はあっ……はあっ……。ハハッ、やった、ぜ……」

 

 玄関に転がりながら、言葉を出すのもしんどいくらい乱れた呼吸に身を任せる。

 やったぜ。多分逃げ切ったぜ。どうにか危機を脱したぜ。

 十五年生きてきた中で指折りな達成感に包まれる。苦しいにもかかわらずつい笑っちまう。やったことと言えば、道にいた変なのに挑もうとしてむざむざ逃げ出したってだけなのにな。

 

 しかし当面の目標は決まったな。あの黒スライムを倒すこと、まずはそっから始めないとな。

 

「……あんたなーにやってんの?」 

「えっ? ……ふうっ、ちょっと運動だよ。たまには全力一本ってやつ」

「はあ? ま、あんたの奇行は今更ね。汗掻いたならとっとと風呂に入っちゃいなさい」

 

 いつの間にか見に来た母は、呆れのため息を吐いてリビングへと去っていく。

 いつものこととは心外だなぁ。こんなにかわいくて大事な一人息子に掛ける言葉かよぉ。

 ……まあ汗を流したいのは事実だし、俺はご飯の先にお風呂派なのは事実。

 息はだいぶ落ち着いてきたし、ここはお言葉に甘えてさっぱり汗を流してしまおうかな。

 

「ああそれと。来週由奈(ゆな)ちゃん来るから」

由奈姉(ゆなねえ)が? へー、何しにくんの?」

「何でもこっちで仕事あるって話よ。後は自分で聞いてみなさいな」

 

 それだけ言うと、一旦足を止めた母は今度こそリビングへと帰っていった。

 由奈姉(ゆなねえ)かぁ。あの人持ってきてくれるお菓子は美味しいから嫌いじゃないんだけど、どうにも絡み方が面倒なんだよなぁ。

 まあ最後に会ったの結構前だし、あの人も社会人になって幾分か落ち着いただろう。最悪家から出てればいいだけだしな。

 それよりとっとと風呂だ風呂。ちょっとべたつきが気になってきたし、ぱっぱと洗い流してしまおうかな。

 

 邪魔なブレザーを脱いでから腰を上げ、シャツのボタンを外しながら風呂場まで向かう。

 キッチンから漂ってくる匂いからして、今夜のご飯は多分カレーだろう。

 運動の後に優雅に汗を流し、家庭でお馴染みなカレーに舌鼓を打ち、そして布団へダイブし疲労の波に身を委ねる。うーん最高、週初めとして申し分ないスタートだ。

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